Act.8-149 とある近衛騎士の興味と、国王陛下の悪巧み。 scene.1 下

<一人称視点・アルベルト=ヴァルムト>


 近頃、王宮は騒がしくなっている。表面上はいつも通り(度々、文官達が「大臣様が逃げたぞ! 騎士団に連絡を入れてくれ!」と叫びながら廊下を走っている姿をいつも通りと表現していいのか分からないが……)だが、文官達や騎士達を中心に明らかに俗な方な意味で浮き足立っているような雰囲気がある。


 直近の大規模なイベントといえば、王女殿下の誕生パーティだが、これが原因という訳ではないのだろう。


 その理由については多少察しがついている。  王国宮廷近衛騎士団の中でも噂が出回っている王子宮筆頭侍女殿のお見合いの話だ。


 彼女は『高嶺の花』として認知されている人物で、真面目一辺倒、浮ついた噂も一つとしてなく、高い人気を誇りながらも誰一人としてアタックすることができなかったという。

 第一王子のお気に入り……というのは、周囲から妬まれる立場だが、彼女はそれを誇ることも利用してお手付きになろうとすることもなく(王子宮の侍女はそういった可能性も考慮し、他の宮よりも選定が厳しいのだそうだ)、淡々と職務に忠実に励み、派閥争いの中心地とも言える王子宮において、第二王子、第三王子、第四王子の専属侍女を纏めるほどの高い統率力と彼女達を納得させるだけの(内心は別として表面上だけでも)高い実力を有しているという。


 そんな王子宮筆頭侍女のお見合いの話は彼女らしからぬものではあるが、同時に優秀で第一王子の覚えもめでたい彼女とお近づきになりたい男達にとってはまたとない好機だ。

 明日行われるというこのお見合いへの参加は彼女の人気の高さを加味してか、宰相閣下と王弟殿下が希望を取り纏める形式で行われるという。きっと、今頃、届け出が遅れている希望者は宰相閣下と王弟殿下の元に殺到していることだろう。


「そういや、お前は参加しねぇのか? あっ、そうか? お前は自分から頑張らなくてもモテるからなぁ……外宮の侍女の子に、近衛隊の宿舎に食料品置きに来てるアリシスちゃん。一人くらい俺に回してくれたっていいだろ?」


「……ついこないだ外宮の侍女に上がったばかりの子をナンパしてたでしょう」


「あー、彼女には地元で待ってる男がいるんだとよ」


「それは残念でした」


 このリジェルという男は近衛の同期だ。まあ、腐れ縁のように仲が良い相手でこの悪い笑いをしているが、実家は侯爵家で三男坊。

 要するに自分と同じで家督を継げないからと就職活動をした結果、近衛騎士になったという口だ。


「しかし、何故、このタイミングで……なのでしょうか?」


「あっ、舞台裏が気になっちゃうか? 確かに、王弟殿下や宰相閣下が関わっているんだから、何かあるかもしれないが、そんなことどうでも良くねぇか? それよりもレインちゃんのハートを射止めることが重要だろ?」


「はいはい、せいぜい頑張ってくださいね」


 ……しかし、王子宮筆頭侍女か。宮こそ違うが、ローザ嬢と同じ地位の侍女……流石にこの件に彼女が関わっている……ということはないだろうが、彼女は同僚の大々的なお見合いをどう思っているのだろうか?



「アルベルト、確かこの後は仕事が無かったな?」


 夕刻、仕事を終えて寮に戻ろうとしていた時に呼び出しを受け、私はシモン=グスタフ王国宮廷近衛騎士団騎士団長殿の執務室を訪れていた。


「はい、本日の仕事は報告書を提出すれば終わりですが」


「そうか。……大変申し訳ないが、国王陛下がお前に会いたいと言っている。場所は地下会議室203号室だ」


 近衛と言っても国王直々に呼び出しを受けるということはない。……接点があるとすれば、姫君とルークディーンの件か。

 近衛騎士である以上、国王陛下の呼び出しがあれば一刻も早く応じなければならない。私は報告書の執筆を一旦後回しにして地下会議室に向かった。


「よっ、呼び出して悪かったな?」


 会議室で私を待っていた国王陛下は、騎士が使うパイプ椅子に座っていた。護衛一人つけず、上等でもない椅子に座って私のような一介の騎士を待っていて本当にいいのだろうか?

 ……国王陛下にあるまじき姿に茫然としていると、陛下が「とっとと座れ」と促した。


「別に気にする必要はねぇぜ? 普段から友人達とはこうしてパイプ椅子に座って楽しく休憩しているからな。というか、あんなゴデゴテとした装飾過多な悪趣味な椅子に座ってられるかよ。ついでに王冠も重いしいらねぇと思わないか?」


 ……どうやら、国王陛下は随分と……その……フランクなお方らしい。


「そんな畏まる必要はないと思うぜ、アルベルト。俺とお前は同門の兄弟弟子みたいなものだからな」


「『剣聖』ミリアムの弟子……ということでしょうか?」


「まぁな。だが、次期『剣聖』と言われるお前と違って大した実力ではないし、何より『剣聖』とは違うこの国の剣技が俺の剣の基礎になっているからな。ちょっとだけ剣を教えてもらったって程度の関係だが。……で、早速だが、お前の弟――ルークディーンとプリムラの関係は良好みたいだな。お見合いの第一回目も成功ってことでいいんじゃないか? ただ、今の地位はあくまで仮の婚約者だ。俺としてはプリムラとルークディーンの婚約を正式に認めたいし、そっちの方が都合がいいんだが、それを決めるのはプリムラであって俺じゃない。まあ、第一印象に関しては良かったみたいだから安心してくれ」


 ……良かった。ローザ嬢からの手紙で姫君が悪い印象を受けていらっしゃらないことが分かっていたが、改めて父親である国王陛下の口からプリムラの心証について聞けたのは行幸だ。

 それに、国王陛下自身も今回の婚約に前向きであるというのは私達にとって追い風になる。


「ところで親友……じゃなかった、ローザと度々手紙のやり取りをしているんだってな」


「はい、王女宮筆頭侍女様とは何度かやり取りをさせて頂いております。さりげなく弟と姫様の関係が上手くいくように情報提供をしてくださったり、相談にも乗ってくださいますし、とてもお優しい方だと思います」


「あいつは本当に優し過ぎるし、人一倍色々なところに気を配れる奴だからな。そういや、ミッテランに行く途中でルークディーンと偶然会って、色々とアドバイスをしたらしいな」


 ルークディーンは伯爵家の跡目争いのことを侍従達が案じ、私の預かり知らないところで、私に心ない言葉を向けていることを悩んでいた。……まあ、その侍従は親戚筋で将来上手く取り立ててもらおうと考えていたのだろうが。

 その悩みを聞き、塞ぎ込んでいたルークディーンの心を軽くしてくださり、その後、字の練習や礼儀作法の勉強をするようにとアドバイスをしてくれたそうだ。


 また、姫の誕生日の贈り物選びに同行して欲しいというルークディーンの頼みも二つ返事で了解してくれたらしい。

 当日は私とルークディーン、そしてローザ嬢の三人で集まってプレゼント選びに行く予定だ。


「知っているか? あいつがわざわざミッテランにショコラを買いに行くのも頑張っている部下の侍女達へのご褒美のためなんだぜ? ……どう考えてもあいつが作った方が美味しい。ということは、まあ、別にいいとして、本当に優しい奴なんだぜ? ――公爵家の権力を濫用する傲慢な貴族令嬢だったか? ああいうのは、あいつに会ったことがない奴が為人も知らないで好き勝手言っているだけのことだ。お前もあいつに会ったならあの噂が偽りのものだって分かっただろう? あいつは、心から俺の娘を愛し、仕えてくれているんだ。それほど、幸福なことはおそらくこの世界をどれだけ探しても見つからないと思うぜ」


 これほどまでに陛下から信頼されているのか。……それほどでなければ、大事な一人娘を託すことはできないのだろう。


「そういや、お前自身はローザのことをどう思っているんだ?」


「私のような一近衛騎士にも気を遣ってくださるお優しい方だと」


「ふうん……忙しいところ、呼び出して悪かったな。聞きたいことは聞けたからどう帰っていいぜ?」


 「聞きたいこと」……ほとんど陛下が話していた気がするのだが。

 陛下は私に何を聞きたかったのだろうか?



<一人称視点・ラインヴェルド=ブライトネス>


 アルベルトが部屋を後にしたところで、俺は大きく伸びをした。


「まあ、計画通り……ではあるか」


 俺にとって、この婚約はプリムラに幸せになってもらうためのものであると同時に、ローザに幸せになってもらうためのものでもある。

 あいつが何かを企んでいるのは間違いない。シェルロッタが関わるとなれば、もう明らかに答えは一つだ。


 シェルロッタを王女宮筆頭侍女に据えることで、姫と侍女という主人と従者の関係であっても叔父と娘の良好な関係を築き上げるため。

 大切な姉を失ったシェルロッタにとって、忘れ形見である姪と共に暮らすことが幸せであると考えているのだろう。……あいつなら、自分がフェードアウトして二人を幸せにしようと考えても別段不思議ではない。


 ……ローザは、プリムラがあいつのことを慕っているってことを軽んじているみたいだからな。実の母親みたいに、あそこまで信頼しているんだ……そんなことをしたってプリムラも喜こばねぇだろうし、シェルロッタだって望んでないと思うんだけどな。


 だから、俺は俺なりの方法で先に外堀を埋めちまうことにした。

 あいつが百合好きだってことはネックだが……まあ、それはそれとして、プリムラとルークディーンの婚約を一つの切っ掛けとしてアルベルトとローザを恋仲にしちまおうって作戦だ。

 無理があるのは承知の上だが、上手くいけばプリムラの義姉という確固たる繋がりができることになる。……まあ、我ながら無茶な作戦だとは思うが、俺にはもうこの遠回りで綱渡りで、なおかつ成功確率が低い作戦しか残っていないんだ。……ローザは一度決めたら周りの人間がいくら止めようとしても止まらない、そういう奴だからな。


 まあ、ローザの中でナンバーワンにはなれないだろうけど(常夜月紫という超えられない壁があるからな)、スティーリアやフォルトナの三王子、ソフィス、ネスト……ローザのことを諦められない奴らが大勢いる。

 アルベルトもその中の一人になれば……と思っていたのだが、どうやら色々と仕掛けるまでもなく、アルベルトはローザのことを気に入ってくれたようだ。その気持ちが恋にまで発展するまでは暫くかかるだろうし、仮にそこまで到達してもようやくスタートラインに立ったというだけ。そこからは果てしなく険しい道が続いているだろうが……まあ、それはその時にアルベルトが考えるべき話だ。


 まあ、その時は俺もプリムラとローザの幸せのために持てる力を全て尽くして応援するつもりだけどな。

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