Act.8-142 再び・ペドレリーア大陸へ scene.2

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>


 近衛騎士達が生徒会室に到達するよりも遥か前に、生徒会室の扉を武装闘気を纏わせた『漆黒魔剣ブラッドリリー』で圓式を放ってぶった斬った。


「――何事ですか」


 生徒会室にいた生徒会長のリズフィーナは思ったほど取り乱さず、得体の知れないボク達の方に警戒の視線を向け――。


「――ラングドン先生!?」


 ボク達の中にトーマスの姿を見つけ、更に警戒を強めた。


「相変わらずのようだな、リズフィーナ・ジャンヌ・オルレアン公爵令嬢。過ぎた潔癖は蛇に付け込まれる……確かにあの時忠告した筈だが」


 同時にトーマスも殺気立つ。その後ろではミレニアムが震えていた。……そういえば、ミレニアムってここの元生徒だったねぇ。リズフィーナの恐ろしさを十分に知っているのか。


「へぇ、聖女っていうのがどんな神々しい存在なのかと思ってきてみたらただの小娘じゃないか。絵に描いたみたいな、クソつまらない女みたいだね。話に聞いていた通り、真面目一辺倒で、典型的な優等生タイプってところか。これじゃあ、友達の一人もいないんじゃないかな?」


 その隣ではジョナサンがリズフィーナに値踏みするような視線を向けている。


「ローザさん、曲がりなりにも相手はこの大陸を統べるオルレアン教国の『聖女』様なのですよね?」


「そうだぜ、親友。ジョナサンを止めなくていいのかよ?」


 オニキスとファントが止めなくていいのかよ? と心配そうにこっちを見ているけど……。


「別にいいんじゃない? 実際、この時点の・・・・・リズフィーナはクソつまんない真面目一辺倒な女性だからねぇ。いや、真面目なのはいいことだと思うのだけど、簡単に蛇の思う通りに動かされて……っていうのは、トーマス先生ご指摘の通り、杜撰も杜撰としか言いようがないよ。まあ、それはあくまで彼女と出会わない場合の『司教帝』ルートの話であって、このまま彼女から良い影響を受けていれば、トーマス先生が懸案しているようにはならないと思うけど」


「もしかしなくても彼女ってミレーユ姫のことだろ? まあ、実際にアイツの持つ物事を好転させていく力と巻き込んでいく力は途轍も無かったからな!」


 「まあ、そのご本人さんは凡人の、ちょっとだけ我儘な姫さまだってことがクソ笑えるんだけど」と心の中で続けるラインヴェルドとオルパタータダ……それ、リズフィーナに言っちゃダメだよ?


「……貴女方が何者かは知りませんが、トーマス先生はこの大陸で指名手配されている犯罪者です。彼を庇うというのであれば――」


「で、どうするのかな? トーマス先生相手に負けたのに、ここにいる全員を相手するって……まあ、島中の近衛騎士達を全員物言わぬ死体に変えたいならご自由に? 別に敵対するつもりはないんだけどねぇ? ミレーユ姫殿下から話は聞いていない? プレゲトーン王国で暗躍していた『這い寄る混沌の蛇』との戦いで共闘した海を越えた大陸からやってきた異邦人の話」


 ……どうやら、リズフィーナはミレーユから前回の件について大なり小なり連絡を受けていたらしいねぇ。『這い寄る混沌の蛇』の関係者……ジェイ達を引き渡した際に一緒にボク達のことも説明してくれていたみたいだねぇ。


『リズフィーナ様! 大丈夫ですか!? そちらの部屋に賊が――』


「問題ありません。彼女達は私に話があるようです。すぐに近衛騎士隊を引き上げさせてください」


 リズフィーナの命令を聞き、近衛騎士達は渋々戻っていった……と見せかけて、何人かは廊下に残ったみたいだねぇ。


「五人か……まあいい。ボク達はここに戦争をしにきた訳じゃないし。改めて、初めまして『聖女』リズフィーナ。ボクの名前はローザ=ラピスラズリ。海を越えた大陸にあるブライトネス王国の公爵令嬢だよ。残るメンバーは、ブライトネス王国のラインヴェルド陛下、フォルトナ王国のオルパタータダ陛下、フォルトナ王国で騎士をしているオニキス殿と、大臣のファント閣下、そしてオルレアン神教会の神父ジョナサンとフィートランド王国のティアミリス殿下。今回はいくつかの件を『聖女』様にお伝えしようと思ってねぇ」


「……どうぞ、お座りください」


 リズフィーナはそのままボク達をソファーに案内し、メイドを呼んで紅茶をクッキーを用意させた。


「まず、リズフィーナ様に一点質問しておきたいことがある。『這い寄る混沌の蛇』について、ミレーユ姫達には説明したのかな?」


「えぇ、ミレーユさんのご提案通り彼らにはしっかりと説教をしました。『白烏』のほとんどは国に忠誠を誓う、善良で無垢な間諜だったのだけど、ジェイという男に関しては違ったと。……そういえば、アモン王子が『近いうちに今回の件で協力してくれた人達が学院を訪れると思うよ』と言っておりましたね。彼女達から事情を聞くべきだとも」


「……ってことは、あいつら、まるっきり説明をローザに押し付けやがったってことか!? まあ、そりゃ、オルレアン神教会の信仰に思いっきり抵触するような説明を自分達から言える訳がねぇよな!?」


 オルパタータダが丸投げとかクソウケるんだけど! と腹を抱えて笑っている。……殴りたい。


「……まあ、仕方ないか。この話はミレーユ姫達には既にしてあるんだけどねぇ。こんな話をされても荒唐無稽のように思えると思うのだけど、この世界はもともと三十のゲーム……まあ、分かりやすく言えば、ファンタジー小説みたいなものかな? そういったもののシナリオが複雑に混ざり合って完成した世界であり、リズフィーナさんはその一つの作品の登場人物だった……って説明すれば、多少は分かってもらえるかな? ボクはリズフィーナさん達が登場するゲームを含めた三十のゲームの制作に携わった人間の一人を前世に持っていて、最も陳腐な表現でいえば、創造主、神に該当する……のかもしれない。厳密に言えば、この世界はハーモナイアっていう神が作って、そのハーモナイアって神を作るように依頼したのがボクでっていう、結局何もやっていないに等しいんだけど」


「つまり、私達が信仰する女神オルレアンがこの世界を作った訳ではないと、そう言いたいのですか?」


「そういうことになるねぇ。……まあ、神っていうのは極めて定義付けが難しい存在でねぇ。まず、この世界における神とは『管理者権限』というものを有する者を指す。それら神は世界創造のシステムから神という役割を与えられた着ぐるみだと思ってくれればいいよ。信仰したところで願いを叶えてくれることは、まあ、ないだろうし、覇権を手にして好き勝手したい連中の集団って思ってくれればいい。『管理者権限』を奪えば一応神に成り代わることもできるけど、全知全能って訳じゃない。あくまで世界の法則の中で全能な力を振るえるっていうことになるねぇ。ちなみに、この『管理者権限』は全部で三十二存在すると思われ、その一つは『這い寄る混沌の蛇』の親玉が有している。……ちなみに、神界の神とは人々の願いによって生まれる存在で、主に転生に関わるシステムの保護を仕事としている。そちらの神についても、現状、神界に女神オルレアンが存在するという報告はないし、オルレアン神教会が信仰している女神オルレアンそのものが存在しない可能性は極めて高いと考えている。……『管理者権限』の神とは、かつてトーマス先生が提唱した『神とは未熟な世界が成長するまでの間に必要な要素の一つであるが、神という概念と現象の具現化であって世界を安定へと導く要素に過ぎない』という説を体現した存在であると言えるねぇ」


「……つまり、それは私達の信仰が間違っているということかしら?」


「信仰に間違いも何もないと思うけどねぇ。……君達、本当に聖なる女神オルレアンを信仰している信徒達にとっては酷かもしれないけど、もう少し構造的に、機能としての信仰というものを考えてみるといいんじゃないかな? 大陸の向こう側のフォティゾ大教会の最高司教レイティア様にも問われた話なんだけどねぇ、結局重要なのは神の実在性ではなく、拠り所にするものとしての神、自分の過ちを見つめる内在的視点という意味での神、ということではないかな? 実在するかどうかではなく、神がいると信じることの方が重要ということ。ただ、これは神を必ず信じなければならない、なんらかの宗教に入信することが必要と説いている訳ではなく、どこどこの神々が見ているから悪いことはしないようにしよう……そうした内なる目によって未然に防がれた犯罪というものもあることを踏まえて、そういったものがあったほうがいいんじゃないかという話。その目が道徳と世間一般で呼ばれるものなのか、神なのかどうかは人それぞれだけど、そういった規範がなければ世界は死と禍によって覆い尽くされることになる。理性によって制御されなければ、欲望は際限が無くなるからねぇ。それに、神を信じ、それが生きる力となるのであれば、そこに神を信じる意味があるんじゃないかな? 結論から言うと、君達はこれからも自分達の信じる神を――女神オルレアンを信仰していけばいいんじゃないかな? 宗教と思想は自由なんだから、本来は何事にも侵害されちゃならない。ただし、それは他人に迷惑をかけない範囲で、ねぇ」

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