Act.8-141 再び・ペドレリーア大陸へ scene.1

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>


「そいつ、シェールグレンド王国の出身だったんじゃない?」


「その通りです。……シェールグレンドから数年前に流れ着いた新参者でして、更に調べるとシェールグレンドのタナボッタ商会の縁の者でした」


 タナボッタ商会……王太后様が仰っていた側室と所縁のある商会だねぇ。


「……物凄い嫌な予感がするんだけど、シェールグレンド王国の宝石価格暴落の一件も『這い寄る混沌の蛇』の思惑だったりしてねぇ。……しかし、そうなってくるとガネットファミリーに潜入した男の狙いは何だったんだろうねぇ? 恐らく、今回の件はシェールグレンドの秩序破壊が目的じゃないだろうし」


「……なんでも、多くの没落貴族を集めるためだとか。しかし、今回の件に関わっているのは大したレベルの貴族ではありません。多少爵位の高い者もおりますが、国を揺るがすほどは……」


 なるほどねぇ……もし、ボクの推理が正しければ裏切り者の大公家・・・・・・・・がどこの家なのか、特定できたかもしれないねぇ。


「ところでガネットは、転生した方の先代公爵様にあれからお会いしているかな?」


「……いえ、お会いしてはいません。ラピスラズリ公爵から『這い寄る混沌の蛇』については説明を受けていますが……確か、先代公爵が転生したあちらの大陸は『這い寄る混沌の蛇』が数多く巣食っているのですよね?」


「まぁねぇ……。で、話をベルデクト様のことに戻すんだけど、彼がどうやって死んだからというと、殺させたらしいんだよ。……戦火で滅びを迎えたブライトネス王国の王都で」


 瞬く間に動揺が広がっていく……どうやら、この話、ガネットファミリーには伝達されていなかったみたいだねぇ。


「ベルデクト様曰く、帰国した時点で五摂家の集まった席でクソ陛下とヒゲ殿下が正体不明の方法で暗殺されるという事件が起き、王位継承をめぐる争いが起きようとしていたらしい。その時にルヴェリオス帝国方面から冥黎域の十三使徒の魔法師軍に攻められたそうだけど、これは恐らくブライトネス王国に紛れていた『這い寄る混沌の蛇』の信徒のフォロー……つまり、完全にブライトネス王国を終わらせるために派遣されたと考えるべきだと思う。さて、その王位継承戦争の内訳なんだけど、第三王子派がシンティッリーオ大公家とフンケルン大公家、第四王子派がエタンセル大公家とアストラプスィテ大公家……この二派に分かれて敵対していたみたいなんだよ。この四家の中にこの騒動を仕組んだ黒幕がいるのは間違いないのだけど、この中でボクが怪しいと思っているのはフンケルン大公家」


「……フンケルン大公家ですか? 辺境伯も務める最も質素な貴族として有名な?」


「ボクも闇魔法の知識の関係で五摂家を疑っていて、独自に調査も進めていた。フンケルン大公家は何十年も前のルーセンブルク戦争でいくつかの有力貴族と共に反旗を翻した。その規模も勢いも決して侮ることができるものではなく、王国を二分する大きな内乱が起きることは確実とされていたものの結末はいささか呆気なく、当主の弟の手によって倒れ、反乱軍はあえなく瓦解することになった。協力した貴族達は全員処刑され、その者たちの家の名声は地に落ち、「反乱を防いだ功績を称えられる立場の弟もそもそもが問題を起こした大公家、その問題を自家で解決しただけではないか」と揶揄する者が現れて苦境に立たされた。更に、弟が陰謀に加担した家の者に対して、助命嘆願を行ったことも大きく向かい風になる。一族郎党皆殺しの憂き目にあっても仕方のない立場の者達を庇い立てした彼に対する非難は小さくはなかった。それでも庇われた家の者達はその弟に感謝し、フンケルン大公家の派閥に身を寄せることになる。以来、フンケルン大公家派閥には抗争に敗れた敗北者や、あぶれ者の貴族などが次々に訪れるようになる。……その規模は無視できぬ者となり、逆賊の汚名を着せられたにも拘らず、剥奪されていた辺境伯の地位を再び与えられるまでに地位を回復した。……もし、これが計算だったとしたら?」


「結果として、フンゲルン大公家派閥は大きく勢力を拡大し、より深い絆で結ばれたということになりますね。……そして、今回の件で困った貴族達も恐らくフンゲルン大公家派閥に加わるでしょう。確かに、ローザ様の仰る遠り、ブライトネス王国とシェールグレンド王国の『這い寄る混沌の蛇』がしっかりと協力関係を築いているのなら充分にその可能性はあるかと思います」


 『這い寄る混沌の蛇』は無秩序な組織に見えてしっかりと連携は取っている。

 確実にフンゲルン大公家の勢力を拡大させるために他国を巻き込むくらいのことをやってのけそうだねぇ……それに、シェールグレンド王国でも同時に何らかの作戦を実行していて、一石二鳥を狙っている可能性も充分にあり得るし。


「……しかし、よくフンゲルン大公家の可能性が高いと判断できましたね」


「ペドレリーア大陸のダイアモンド帝国にはダイアモンド帝国四大門閥貴族がいて、その中で『這い寄る混沌の蛇』と繋がりのあるイエローダイアモンド公爵家が丁度、似たような方法を取っているのを思い出しねぇ……まあ、彼らは虎視眈々と『這い寄る混沌の蛇』と手を切るための機会を窺っているという真逆の方向性なんだけど。……いずれにしてもまだ確定するためにはまだ証拠が足りないからねぇ。今のところは容疑者の最有力候補として注目しておくだけでいいとは思うけど」


 ……何かもう一つくらい決定打になりそうな証言か証拠が欲しいよねぇ。



 ジェーオとアンクワールにエリカを預けてから、そのままビオラの書類仕事を始めようと執務室に向かったところで、スマホが鳴った。


『フィートランド王国からフォルトナ=フィートランド連合王国樹立の準備が整ったって連絡が来たぜ! ってことで、親友、早速乗り込む準備をしてくれ!』


 電話の相手はオルパタータダ……どうやらフォルトナ=フィートランド連合王国樹立の準備が終わったようだねぇ。

 ……予想以上に決定が早い。ティアミリスが圧力を掛けたのかな? ……国の行く末を左右する訳だし、もう少しゆっくり決めればいいと思うんだけど。


 早速、ラングドンとミレニアム、ラインヴェルド、オルパタータダ、アルマン宰相、オニキス、ファント、ジョナサンを集めてフィートランド王国へ転移した。

 そのまま前回と同じ謁見の間に通されると、既に大勢の貴族達が参列していた……そりゃ、この国の一大事だし、集まるよねぇ。


「先日、ティアミリスからフォルトナ王国の庇護下に入ることを提案された。その後、我が国の貴族達の意見を募った結果、その提案を受け入れることになった」


「おう、そりゃ良かったぜ。庇護下に入ったことを決して後悔させやしねぇ。……こっちは貴族達の同意も取り付けてきたし、早速調印でも大丈夫だぜ?」


 アルマンが持ってきた調印書に二人がサインと玉璽で捺印し、ここにフォルトナ=フィートランド連合王国が樹立された。


「それじゃあ、細かい話はうちの宰相と詰めてくれ。魔法門の設置場所とか、そういったことも決めておいてくれよな?」


「こっちもビオラの出店位置に希望はないし、少しだけ土地を開けてくれたらいいよ。勿論、言い値で買い取らせてもらうからねぇ」


「ってことだ。俺達は早速ティアミリスと一緒にオルレアン教国に乗り込んでくるから後はよろしくな。じゃ、アルマン、後よろしく頼むぜ」


 貴族達が過ぎ去った嵐のような怒涛の展開を呆然とした表情のままボク達を見送る中、アルマンは心底呆れたといった表情で溜息をついた。



 数多の国家がひしめく大陸、その中央にある小さな神の祝福を受けた国――オルレアン教国。

 夏休みが終わり、後期の学園生活が始まった今は、休みの初めと終わりの日に巨大な湖に浮かぶ馬車を乗せることが可能な豪華な船の姿もなく、波一つない水面がキラキラと輝いている。


「しかし、ここからどうやっていくんだ? 橋は掛かってねぇし」


「以前は学院都市セントピュセルとを繋ぐ橋があったが、入学書類のチェックや、随伴する使用人の確認などで揉めて以来、行き来は船で行うようになった。橋の場合、どれだけ幅を広くしようと、あるいは本数を増やそうと渋滞は発生する……そうなれば、待たされることに慣れていない王侯貴族の子弟はトラブルを引き起こすだろう。揉めれば担当の首が飛びかねない、かといって、絶対に渋滞が起きないぐらい橋の幅を広くしたり、本数を増やすのは、使用頻度から言って無駄以外の何物でもない。……まあ、貴族の子弟はそうでなくとも部屋割り等くだらぬことで揉めるがな」


「で、ここをどうやって渡るかなんだけど……このまま大真面目に渡ろうとすれば、確実に向こう岸で警備の者達と関わることになる。トーマス先生は指名手配されているし、このまま行くのは得策じゃない。ボク達も不法侵入者扱いされかねないし、一々ボコすのも面倒極まりない。となれば、狙うは一点――生徒会室まで飛んでいけばいい。空を歩いてねぇ」


 「おっ、やっぱりそうなるか!」とやたら楽しそうに「不法侵入わくわくするぜ!」と人の悪い悪餓鬼の笑みを浮かべるラインヴェルド達と「えっ、嘘ですよね! 空を走るって!」と不安で一杯なミレニアム。


「それじゃあ、行こうか? トーマス先生、ミレニアムさんを抱えて運んでくれないかな?」


「勿論そのつもりだ。――失礼」


 ボクを先頭に空歩を駆使してセントピュセル学院を目指す中、ミレニアムが「きゃぁーーッ!」という絶叫を上げ――。


「し、侵入者だ!! このままだと学院に攻め込まれるぞ!!」


 その声に反応して一気に騒ぎが広まって……やっぱり、こっそり侵入は無理だったか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る