Act.8-136 ラングリス王国の革命 scene.7

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>


「このまま全てを無かったことにするなどということはとてもできないでしょう。革命軍はこの国を変えようと武器を取り、ここまで来てしまったのですから。……決着をつけましょう。勿論、武器ではなく言葉で。皆様には王城に来て頂きたいと思います。そして、その場で皆様の言葉をわたくしにぶつけてください。女王として、これからこの国をもっとより良い国にするためには皆様の言葉が必要です。……勿論、その全てを叶えることはできないと思いますが、女王として精一杯お応えさせて頂きますわ」


「つまり、女王陛下に直訴できる権利、ということですか。それも、革命軍に加わった者全員に……本当によろしいのですか?」


「王太后殿下の弱みも握っているし、彼女はきっと母親としてクラウディア女王陛下の政を見守り、貴族達の反対から守ってくれる筈だ。かつての国王陛下のようにねぇ。ただ、いずれは一人で立ち、一人で貴族達と渡り合っていかないといけない。……いや、一人である必要はないか。心から信頼できる友と共に、臣下と共に少しずつ国を良くしていければ、それで十分だ。そのために大臣がいて、騎士達がいて、文官達がいるのだから。……ここから先はボクが言うべきではないか」


「エルセリスさん、わたくしは確かに不甲斐ない女王です。……一人では何もできない、母にも貴族にも真っ向から立ち向かえない、そんな弱い女王です。……わたくしに力を貸してくださいませんか? どんな手を使ってもこの国のために尽くそうとしたエルセリスさんの力を貸して頂きたいのです!」


「……本当に、私でよろしいのですか。本当に苦しんでいるクラウディア女王陛下を見捨て、国を売ろうとした売国奴と罵られても仕方のない私に……」


「エルセリスさんにしか頼めないことですわ。わたくしの隣で、わたくしが怯えて動けなくなった時に、或いは間違いを犯そうとした時にわたくしを正し、奮い立たせることができるのはエルセリスさんだけだと思います。……よろしくお願いします、エルセリス騎士団長」


「……女王陛下」


 これでクラウディア女王陛下とエルセリスは和解できたし、革命軍とも和解の兆しが見えた。

 これからはクラウディア女王陛下をエルセリスがしっかりと支えていってくれるだろう。心から民を守りたいと願い、革命軍に加わった元騎士団長殿はきっとクラウディア女王陛下にとっても最も大きな心の支えとなってくれる筈だ。



<一人称視点・アネモネ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>


 後に歴史書にも書かれることになるラングリス王国内戦終戦の日、ラングリス王国の王宮にある中庭にラングリス王国の王族と主要貴族達、そして革命軍のメンバーが集まっていた。


 代表……ではなく、革命軍一人一人に謁見の機会を与えたため、謁見の間ではなくこの中庭で行うことが決まったらしい。


 当初は「叛逆者である革命軍の連中を城内に入れるなど、女王陛下は一体何を考えている! 即刻打首にすべきであり、城内に招き入れて政に参加させるなど愚の骨頂である!」とか何とか言って一部の貴族が猛反発していたそうだけど、何故か反対派の急先鋒だった伯爵の家から汚職の証拠が大量に発見され、前代未聞な速度で爵位を簒奪されたため、それ以来、伯爵の二の舞にはなりたくないと反対の声は消え去っていったとか。


 ……何故か、ラングリス王国では非合法な奴隷売買を伯爵に代わり引き受けてきた伯爵家の執事が無惨な氷漬けの死体として発見されたようだけど…………正直に白状すると、この革命軍と王国との和解のための布石としてボクとスティーリアでちょっとした細工をしておいたんだよねぇ。伯爵家の執事を凍らせられ、目の前で氷像と化した執事を打ち砕かれた伯爵……恐怖のあまり失禁してきたっけ。


 その後はおとなしく罪を認めて「死ぬくらいなら……」とあっさりと爵位の返還に応じたみたいだし、やっぱり圧倒的な恐怖っていうのは無駄な被害を減らすのに効果があるみたいだねぇ。


 ちなみに、今回の会のために王太后殿下も相当尽力したそう。

 これまでの罪滅ぼし……ってことにはならないだろうけど、彼女なりに責任を感じているようで、今後は政治にほとんど関わらず、クラウディア女王陛下に全て任せるつもりらしい。


 国を良くしたいと考えている若い文官はいっぱいいる。そうした人達を上手く登用し、今後はクラウディア女王陛下を中心に政が行われていくんじゃないかな? 今回の件の責任もあるし、王太后殿下が大きく前に出てクラウディア女王陛下を輔弼するということはないと思う。

 まだまだ未熟……ってクラウディア女王陛下よりも年下のボクに言われたくないとは思うけど、志は素晴らしいものだし、一人では難しくてもクラウディア女王陛下にはエルセリスさんを含め、信頼できる仲間がいっぱいいる。……悲観することはないと思うけどねぇ。


「今回、革命軍の者達をこの王宮に招いたことを不服に思っている者は大勢いると思います。まるで革命軍に降伏したようだと思う者。王家や貴族に叛逆した者達を徹底抗戦で討伐すべきと考える者。……そんな皆様にこそわたくしは問いたいのです。国とは何なのかと、王族や貴族とは何なのかと。民が地を耕し、納めた税で生きているのが我々、王族や貴族です。それは決して、民を苦しめるためではありません。我々はこの国で暮らす民によって生かされている。心に刻んで決して忘れてはならないことをわたくし達は忘れてしまっていたのです。民の言葉の代弁者として立つ者、それが我々の役割だとわたくしは思います。革命軍の皆様は色々と不満があるかもしれません。同じ国の民が傷つくこと、それは王国政府、革命軍共に望んではおりません。この場で全ての不満を、意見を仰ってください。その全てをわたくしが全て受け止めます」


 ……あえて言及を避けているようだねぇ。

 王国政府という在り方、王族と貴族を中心とする国。

 確かに、特権階級である王族や貴族が政治を牛耳ることを心良く思わない者も革命軍には大勢いる。


 だけど、実際、革命軍が王国政府を倒したらどうなるか? 民主主義などと言えば聞こえがいいけど、結局首の挿げ替えが行われるだけ。

 かつて支配されていた一部の者が支配者に回るだけで、首の名前が変わるだけで、結局根本の支配体制は変わらない。無駄な血が流れるだけで、いずれは革命軍の者達は豪奢な生活を送り、そのために多くの民が苦しくなることになるだろう。……まあ、いつも通りのことだねぇ。


 クラウディア女王陛下は相当配慮している。貴族達の不満が爆発しないように、そして革命軍の不満も爆発しないように、両者の折り合いがつく妥協点を模索している。……本当は不要に思える豪華な暮らしを捨て、その分を恵まれない子供達のために、スラムで暮らす人たちのために使いたいと思っているけど、大きな反発が起こることは目に見えている。

 だから、これでもクラウディア女王陛下は十分頑張っているんだよ。


 ……王太后殿下はきっと認めたく無かっただろうけど、クラウディア女王陛下はもう一人前の女王だ。

 ……必要ならフォローに入ろうかと思っていたけど、どうやらボクの出る幕はないらしい。


『ご主人様、一つ宜しいでしょうか?』


「ん? スティーリアさん、どうしたの?」


『何故、侍女のオシディスを生かしたのですか? 彼女は『這い寄る混沌の蛇』の信者でした。モルチョフと同じように処刑すれば良かったのではありませんか?』


 モルチョフは現在牢に入れられているけど、今後正式に処刑されることが決まっている。

 この国を混沌に陥れようとした、その罪は大きいからねぇ。


 ……しかし、スティーリアさん。やっぱり改変前のことを覚えていたか。


「目的の一つは実験だった。ボク以外にも改変の変化を覚えていられるのか。……つまり、従魔合神していた状態で改変を行った場合、どうなるかということを調べたということだねぇ」


『なるほど、それで実力的には全く不要なタイミングでわたくしと従魔合神をなされたのですね。ご主人様のことですので、何かお考えがあるとは思いましたが……。流石はご主人様ですわ』


「それと、もう一つ。オシディスは劣悪極まりない環境に置かれ、歪むべくして歪み、心が壊れ、自分と同じ苦しみを他人に与えることしか喜びとして感受できなくなってしまった。善良……かどうかは分からないけど、両親に愛されて育てばきっとああいう風に歪むことはなかった。正しく、環境が作り出した悪人だった。彼女を殺して解決……ってのはちょっと違うと思ったし、オシディスが裏切り者であったことを知って尚、彼女を信じようとした、大切に想う気持ちを捨てなかった王太后の目の前で彼女を殺すっていう残虐なことをしたくなかった。……誰を殺すか、誰を生かすか……こういう風に線引きをするのは傲慢なことかもしれない。恣意的に行えば公平性に欠けるからねぇ。でも、ボクは天上から見下ろして公平に裁きを下す神という名の部外者じゃない。ちゃんとこの地に踏み締めて立っている一人の人間だからねぇ。だから自己責任で自分の信じたものを守り抜き、守りたいもののために戦う……それでいいんじゃないかな?」


『やはり、ご主人様はお優しいですわ。わたくしはそれでいいと思います。寧ろ、誰がご主人様を責められましょう。当事者であり、オシディスと戦われたご主人様にこそ、彼女の生殺与奪は全て委ねられていたと思いますわ。そこにケチをつける者がいるとすれば、どんな権利があってものを言っているのでしょうか? もし、そんな不届者がいれば、わたくしが速やかに氷漬けにして差し上げますわ!』


 冷気を放ってダイアモンドダストを纏いながら、そう力強く肯定してくれたスティーリアに微笑むと、ボクは革命軍の参加者一人一人の言葉をしっかりと受け止めているクラウディア女王陛下に視線を戻した。

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