Act.8-135 ラングリス王国の革命 scene.6

<一人称視点・アネモネ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキア>


「初めまして、革命軍の代表を務めているゲリュミュス=ルッツドーファだ。こっちは革命軍副団長のガンティツ=ファドォーマイル。彼女は説明するまでもないだろうが、革命軍の相談役を務めている元騎士団長のエルセリス=シルヴァレスト殿だ。さて、こちらの自己紹介は済んだ。そこのお二方、自己紹介をお願いしても良いだろうか。私も一応この国の民だから女王陛下のご尊顔は存じているが、お二人については存じていないのでね」


「ご挨拶が遅れて済まないねぇ。ボクはアネモネ、表向きは隣国のビオラ=マラキア商主国の大統領ということになるねぇ。ビオラ=マラキア商主国は、この国の隣国であるマラキア共和国をブライトネス王国を拠点としていたビオラ商会が買い取った新国家ということになる。ボクは商会の会長であると共に、一国家の君主……ということになるねぇ。まあ、大統領とは君主とは異なるもので、後々には国の住民達が大統領を選挙で選び、国を治めていけるようにしたいとは思っているのだけど」


「……マラキア共和国って言ったら革命軍に武器を下ろしていた商国じゃねぇか! そうか、武器が輸入できなくなったのはそういうカラクリか」


 ……脳筋タイプかと思ったけど、ガンティツもかなり頭が回るタイプみたいだねぇ。話がスムーズに進んで助かるよ。


「話の腰を折るようで申し訳ないのだけど、一つ本筋から離れる話を聞いても良いかしら? 『表向きは隣国のビオラ=マラキア商主国の大統領』ということは、裏の顔もあるってことよね?」


「折角だし、そっちの説明もさせてもらおうと思っているよ。クラウディア女王陛下には中途半端に説明したけど、この際しっかり説明させてもらおうか?」


 アカウントを一つ目のローザのアカウントに戻す。

 ボクの正体が十歳の少女だったことに驚いたのか、全く違う姿に瞬時に姿を変えたことに驚いたのか……まあ、どちらでも大して変わらないか。


「……ローザ様、その姿は」


「これが本来の姿ってことになるねぇ。改めまして、ボクはローザ=ラピスラズリ。長ったらしい名前だとローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキアとなるけど、正式にはブライトネス王国にあるラピスラズリ公爵家の公爵令嬢ということになるねぇ。そして、ブライトネス王国やその隣国のフォルトナ王国などが所属する多種族同盟という組織の議長も務めている。この組織は相互協力組織で、目標は人間、エルフ、ドワーフ、獣人族、海棲族、魔族などによる差別のない大陸秩序を作り上げる……なんて大層なことを言っているけど、まあ、そんなところ。個人的にはラングリス王国にも是非この多種族同盟に所属してもらいたいものだけど、今はそれほど重要な話でもないし、先に本題に入った方が良さそうだねぇ」


 人数分の紅茶とケーキを配り終えたところで、改めて現状の説明をすることにした。

 クラウディア女王陛下が具体的な革命軍との和解方法を模索する前に、この国で何が起こっていたかは説明しなければならないからねぇ。それは、ボクからした方が都合がいい内容だし。


「ボクが統治を始める以前のマラキア共和国の中枢――マラキア共和国の商人ギルドでは奇妙な金の動きがありました。その犯人は商業ギルド役員の一人だったヴィオ=ロッテルっていう人で、商人ギルドも把握し切れていない闇のマーケットから多くの武器を購入して、隣国ラングリス王国の革命軍に送られていました。……と、ここまでは皆様もご存知ですよねぇ? このヴィオという男は世界の秩序を崩壊させることを至上とする傍迷惑な『這い寄る混沌の蛇』の信徒でした。『這い寄る混沌の蛇』の目的はこのラングリス王国の秩序を破壊すること。具体的には革命によって王家を壊滅に追いやること――そのために、革命軍に武器を送っていたということになるねぇ。さて、この秩序の破壊を確実に成功させたいとして、ゲリュミュスさん、貴方ならどうする?」


「……つまり、革命軍の中にその『這い寄る混沌の蛇』の信者が紛れ込んでいる……と言いたいのですか?」


「惜しいねぇ。より確実なのは王家と革命軍、双方に信者を派遣しておくことだよ。双方をコントロール下に置いた方が確実性が増す。実際、ラングリス王国の大臣のモルチョフ=ヴァレスコール侯爵は『這い寄る混沌の蛇』の信者だった。モルチョフは彼自身が服従の魔法で操っていた侍女オシディス経由で王太后殿下を操って女王陛下から政治の実権を取り上げることで革命の火種を生み、『過激派で武装蜂起する革命派の速やかな撃破と革命の鎮圧』を求める提言でその火種を更に燃やそうとしていた。幸い、モルチョフは既に捕らえているし、他に王城側に『這い寄る混沌の蛇』の信者がいないことも確認済み。……さて、具体的に革命軍に紛れている『這い寄る混沌の蛇』の関係者を特定する前に、『這い寄る混沌の蛇』の大まか区分を説明させてもらうよ。『這い寄る混沌の蛇』には脅されるなどして協力することになった消極的協力者、利用して利を得ようとする積極的協力者、教義に共感して主体的に行動する信者、『這い寄る混沌の蛇』の教典である『這い寄るモノの書』を広める教師の四グループが存在する。モルチョフは信者だったけど、ボクの予想ではおそらく革命軍にいる協力者は消極的協力者だと思う。彼女は誰よりも国を想い、国を変えたいと願い、それ故に『這い寄る混沌の蛇』と手を組むという選択肢を選ぶしかなかった……そこまで追い詰めれてしまったんじゃないかな? 貴族社会の腐敗を直に見て貴族社会の破壊の決意し、信頼していたクラウディア女王陛下も実権を奪われていてどうにもならない。王太后殿下に刃向かってでも自分の信じる政治を行わなかった、王女時代のような民のことを想った為政者では無くなったクラウディア女王陛下に絶望したところに蛇の甘言……それに縋ってでもこの国を変えようと、国を見限って革命軍に加わった。だよねぇ? エルセリスさん?」


 ゲリュミュスとガンティツの視線がエルセリスに一斉に向いた。

 クラウディアはただ申し訳なさそうに、エルセリスを見つめている。


「……国家というものは女王陛下一人でどうにかできるものではない。もし、仮にそうなればそれこそ本当に独裁国家でしょう? 国王と有力な貴族達、その微妙な力関係で国家というものは成り立っている。様々な利権が絡む面倒な世界なんだ。クラウディア女王陛下がのびのびと政治ができたのは前国王陛下という後見人がいたから。周囲の貴族を黙らせる圧倒的な力でもってクラウディア女王陛下を守っていたからこそ、本当に心から民を考えた政治ができていた。クラウディア女王陛下は女王陛下に即位して間もなく、一人前でないと判断されても仕方がない。本来は前国王陛下のようにクラウディア女王陛下を守るべき王太后殿下はクラウディア女王陛下を利用して好き勝手政治を行っていた。……エルセリスさんの言い分としては、そこに是非とも叛逆して自分の政治を貫いて欲しかったのだろうけど、なかなかそれは難しいことなんだよ。王家という特別な家庭に生まれ、王に相応しくなれるようにと教育されてきたとはいえ、彼女はまだ十四歳。……その一人の肩に一体どれだけのものを背負わせるつもりだったのかな? ……見限るのも一つの選択肢かもしれないけど、ボク個人としては親しい関係だったクラウディア女王陛下を最後まで信じ、タチの悪い蛇の甘言に騙されないで欲しかった。余談だけど、革命軍が王国を攻め滅ぼしたのと同時に『這い寄る混沌の蛇』も何らかのアクションを起こす筈だった。それが、革命軍が支配者に成り代わった新たな国に打ち込む呪いの楔……永遠と革命によって滅ぼされ、成り代わり、再び滅ぼされるという繰り返しが起こるのか、それとも疑心暗鬼に包まれた戦火の絶えない国になるのかは知らないけど、恐らく良い国にはならなかっただろう。『這い寄る混沌の蛇』を甘く見ないほうがいい、連中はボクらが御することができるような存在じゃないよ。まあ、したいとも思わないけどねぇ」


「……本当なのか、エルセリス殿」


 俯くエルセリスにゲリュミュスが声を掛ける。その声は凪いだように静かで、だからこそ一層重いものとして聞こえる。


「……仰る通りです。私はモルチョフ大臣に声をかけられ、革命軍に加わりました。この国を変えるためには、もう連中に頼るしかないと……ただ王太后殿下の言いなりになるだけのクラウディア女王陛下に絶望して、私は騎士団を去りました。……まさか、クラウディア女王陛下がそんな思いをなされているなんて……政治の柵だとかそういったものを理解できていたら、クラウディア女王陛下を信じていたらこんなことには……申し訳ございません。クラウディア女王陛下……」


「こちらこそすみませんでした。……わたくしが不甲斐ないばっかりにこんなことになってしまって。……結局、わたくしは他国の力で今回の件を解決したに過ぎません。ローザ様がお越しにならなければ、この国は滅びていました」


「まあ、断頭台に掛けられて首を刎ねられて……そこから一気に国政が悪化しただろうねぇ。全てはモルチョフの思い通り……まあ、あの男も撤退していただろうし、最悪の結果になったに違いない。さて、ここからはクラウディア女王陛下、貴女が自分の意思を言葉にする番だ」


 この場の全員が固唾を飲んで見守る中、クラウディアが深呼吸をして、瞑っていた双眸を静かに見開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る