Act.8-115 マラキア共和国の運命を握る商談。scene.1

<三人称全知視点>


 マラキア共和国の国境付近――共和国軍の国境警備隊が入国審査を行う砦は緊張感に包まれていた。

 国境付近に現れた三台の黒塗りの鉄の塊――魔道四輪という物珍しいものを国境警備隊は新種の魔物なのではないかと警戒し、臨戦態勢を整えたのだ。


「これは大変失礼致しました。私はビオラ商会の幹部を務めております、モレッティ=レイドリアスと申します。本日はマラキア共和国の商人ギルドの組合総長をお務めになられているルイ=マギウス様にビオラ商会の代表としてお話があって参りました。大変申し訳ない話で恐縮なのですが、国境警備隊の皆様からルイ様に会談のアポイントメントを取っていただけないでしょうか? 生憎と、ブライトネス王国のビオラ商会はルイ様とのパイプを持ってはいないものでして」


「なるほど、そういうことでしたらすぐに商人ギルド本部にご連絡をさせて頂きます。ビオラ商会のモレッティ=レイドリアス様ですね。会談の日程が決まりましたら、ご連絡させて頂きます。会談の日程が決まるまではこの国境の街の宿にご滞在ください。期間限定の入国許可証を発行させて頂きます」


 その後、遠隔通信魔道具を使って国境警備隊から商人ギルド本部に連絡が行き、モレッティ達が到着した翌日には会談の準備が整っていた。

 商会ギルド側としてもビオラ商会を自分達の側に取り込めるのなら、是非とも取り込んでおきたいという思惑がある。


 ブライトネスの三大商会などと言われているが、ビオラ商会の商業規模が同格とされるジリル商会、マルゲッタ商会と比べても別格なほどの規模を誇る。

 国内での五十パーセントの稼ぎの上納金となれば、マラキア共和国にとっても相当な稼ぎになるだろう。

 様々な商品を世に送り出し、経済革命の中心核となっているビオラ商会は無償どころか、圧倒的にマラキア共和国側にとって有利な状況で誘致できるという意味は大きい。


 ルイはビオラ商会の商会長アネモネがマラキア共和国への出店を渋っている姿を目撃している。

 実際、ビオラ商会にとって、マラキア共和国への出店に大した魅力はない。ビオラ商会は既にブライトネス王国を含む多種族同盟などというルイ達には全く理解もできない亜人種族達も交えた巨大な共同体の中で巨万の富を築いているのだから、わざわざマラキア共和国に高い上納金を支払ってまで入ろうとするメリットはないだろう。


「まあ、所詮はあの女も商売のイロハも理解していない小娘だったということだ。そもそも、女如きに商売ができる筈もない。たまたまここまで上手くいっていたというだけだったということだ」


 男尊女卑に亜人差別――典型的にユーニファイドのダメな性質を全て有するルイは内心、アネモネを見下しながらわざわざ飛び込まなくてもいい火の中に飛び込んできた頭の悪い女を鼻で笑いつつ、ビオラ商会の一団の到着を待つ。


 あの時のルイと対等な立場で話すアネモネが気に食わなかった。

 ビオラ商会が商人ギルドに所属してからはルイの持つ様々な手札を用いてビオラ商会の商売を妨害し、上納金を支払えなくまで徹底的に潰すつもりである。上納金には最低額というものが存在する。それを下回った場合、商会ギルドがその商会を買い叩くことができるという取り決めが、契約書にほんの小さな字で書かれているのだ。

 そうして、上納金を支払うことができずに潰れたビオラ商会は商人ギルドのものとなり、借金を背負ったアネモネは奴隷落ちせざるを得なくなる。


 その奴隷となったアネモネを買い取って、目の前に跪かせて喘がせる。その光景を頭に思い浮かべるだけで、ルイの表情は愉悦に歪む。



 ルイにとって野望の序曲となる会談の当日。

 ルイの前に現れたのはアネモネでは無かった。


「初めまして。商人ギルド・組合総長のルイ=マギウス殿。私はビオラ商会で幹部の地位にあるモレッティ=レイドリアスでございます」


「改めて、商人ギルド・組合総長のルイ=マギウスだ。さて、今日はビオラ商会が商人ギルドに所属したいという意思を伝えに来たのかね? 勿論、私達は大歓迎――」


「いえ、本日は会長のアネモネ閣下に代わり、商談に参りました。取引の対象は、商人ギルド――ビオラ商会は、この商会ギルドを購入したいと考えております」


 予想外の言葉に、ルイの表情はピキリと固まった。


「またまたご冗談を」


「勿論、冗談など申しません。ビオラ商会は商会ギルドの購入を検討しております。皆様、どうぞ入ってきてください」


 モレッティが合図をすると、黒いスーツに身を包んだ男女十名がそれぞれアタッシュケースを持って現れた。


「ところで、アネモネ様は公爵や辺境伯という地位におられるお方でございまして、ブライトネス王国の王族やフォルトナ王国の王族と懇意にしておりますと、様々な情報が入ってきます。なんでも、ブライトネス王国やフォルトナ王国はマラキア共和国への侵攻を企んでいるとか」


「いや、そんな筈はあるまい。この国は永世中立国だ。その中立を認めた国々が軍を派遣など――」


「些か悪さが過ぎたようでございますね。この国には『阿羅覇刃鬼』を含め、多くの非合法組織が根を下ろしております。更には『這い寄る混沌の蛇』の息のかかった間者も紛れ込んでいたそうでございますね。……この国が大陸の秩序を崩壊させるような闇を抱えていることを、両国の国王陛下は大変憂いているようです。その憂いを無くすためなら挙兵もやむなしと。……冒険者ギルドのヴァーナム=モントレー本部長は、フォルトナ王国出身のとある騎士の転生者です。彼が集めたこの国のスキャンダラスな情報は全てフォルトナ王国に流れているそうですよ? いずれにしても、ブライトネス王国やフォルトナ王国側に戦争の大義名分がある状況でございます。もし、戦争に打ち勝てばブライトネス王国やフォルトナ王国の広大な土地が手に入る。えぇ、マラキア共和国がそのつもりなら私共は一向に構いません。しかし、この戦争――失うものが多過ぎるとは思いませんか? そこで、この取引です。戦争前に我々にこの商会ギルドを譲り渡してくれれば、ルイ様達商会ギルドの重役の皆様方は退職金を持って円満退社できる。しかし、戦争に負ければ貴方達に残されるものはゼロです。いいのですよ? 私共はそれでも。さあ、どうなさいます? アネモネ会長の慈悲に縋るか、それとも――」


「…………くっ、分かった。だが、少し待ってくれ。商人ギルドの重役達と話し合いたい」


「一時間。一時間で方針をお決めください。時は金なりと他国では申すようでして、私共にとっても時間は宝です。さあ、とっととお行きなさい」



 その後、ごくあっさりと商人ギルドの売却が決まり、同時に暫定商人ギルド総長となったモレッティによってルイを含む重役全員の失脚が決まった。

 アネモネ――つまり、百合薗圓によって事前に指示を与えられていたモレッティは、その後商人ギルドが契約している全商会の情報を洗い出し、非合法な商売を行っている商会との契約を全て断ち切った。


 それだけで全体の一割の商会が消えた訳だが、商人ギルドの恐怖政治はここまで。

 そこからは上納金を稼ぎの五十パーセントから十三パーセントへの減額、また上納金という名称から商税という名称への変更、就業支援制度の制定、売り上げの落ち込んだ企業への支援金などの画期的な方針を次々と打ち出した。


 まあ、新体制の商人ギルドはマラキア共和国の全商会に二つの選択肢を与えた。

 一つはこれまで通り、マラキア共和国の商人ギルドに上納金を支払って商売を行うという選択肢、そして、もう一つがビオラ商会の傘下に加わるという選択肢である。


 商人ギルドはビオラ商会への傘下入り自体を推奨してはいるものの強制してはいない。

 しかし、最終的にビオラ商会への傘下入りを決めた商会は全体の八割に上った。


 その理由は、ビオラ商会の福利厚生を傘下入りすることで得られるようになるという大き過ぎるメリットである。

 これまで通りの商品を製造、販売を認めてくれる上に地位もほぼ据え置きで会長だった者達もリストラされずに済む。ビオラ商会が求めるのは「こういった商品を作って欲しい」という程度のもので、そういった商品案はどれも喉から手が出るほど魅力的なものであった。


 更に、各企業で実績が認められれば、本社での仕事も夢ではない。そして、その本社とは多種族同盟の中で圧倒的な影響力を持つあのビオラ商会である。


 新体制(仮)となったマラキア共和国とビオラ商会は、その後アネモネ会長や幹部が集結した場で今後の方針が話し合われ、様々な改革が行われることとなる。


 まずは、マラキア共和国の国号をビオラ=マラキア商主国へと改名し、ビオラ商会の商会長アネモネを大統領とした(本人は断固として反対したが……)。

 これを多種族同盟諸国が認め、ビオラ=マラキア商主国は多種族同盟諸国と同等の一国として認められる。


 これに伴い、ローザの正式名称がローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキアとなった。……その正式名称が公の場で語られることはないため、アネモネ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ビオラ=マラキアの方が世間に知られることになるが。


 ビオラ=マラキア商主国は大統領を頂点とし、その下にビオラの八幹部、その下に商主国政府が置かれるという構造になっている。

 商主国政府はこれまでの商人ギルドの政治面をそのまま流用しつつ、新たにビオラ商会側の人員を投入することで構築されており、実際に国家運営の中心となる実務を行うのは彼らということになる。

 将来的には二院制などを導入して、政治面に関してはマラキア共和国の平民達に委ねたいと考えているアネモネだが、それまでにはかなり時間が掛かることになるだろう。とりあえず、革命の火に油を注ぐ『這い寄る混沌の蛇』を一掃した頃には、などと考えを巡らしているが、いずれにしても当分先のことだ。


 また、今回の吸収合併を経て巨大化したビオラ商会は、新たにビオラ商会合同会社と改名。

 会長にアネモネを据え置き、総社長にアンクワール=ゼルベード、総副社長兼ホームセンター部門統括長にジェーオ=フォルノア、総副社長兼銀行部門統括長にモレッティ=レイドリアス、服飾部門統括長にラーナ=フォーワルト、服飾部門副統括長にアザレア=ニーハイム、アゼリア=ニーハイム、警備部門統括長にラル=ジュビルッツ、書籍部門統括長にレネィス=リーヴル、ドゥンケルヴァルト分社長にルイス=サヴォーノ、ライヘンバッハ分社長兼建築部門統括長に藍晶がそれぞれ就任した。部門は他にも様々あるが今回は割愛する。


 なお、ペチカ=ゼルベードは八幹部の一人に数えられ、役員にも就任しているが役職自体は持たず、『Rinnaroze』店長のまま据え置きとなっている。これはペチカ自身が自分の店に集中したいからという理由で辞退したからであった。

 後は、浮いた役職に牧場主の瑪瑙がいるというくらいか。……この瑪瑙に関しては悠々自適に牧場主ライフを送っているようである。


 こうして、マラキア共和国の商人ギルドのほとんどを飲み込み、巨大成長を遂げたビオラ商会合同会社は、三大商会から脱して名実共に大陸最大の商会として君臨することとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る