Act.8-114 プレゲトーン王国革命前夜編 scene.16 透明なゴーレム

<三人称全知視点>


 「隠れて行く気がない」などとフーシャに揶揄されたものの――。


「館内にいる者達よ、武器を捨てて投降せよ! 我が名はリオンナハト・ブライト・ライズムーン。既に『白烏』の企みは露見している。お前達が戦う意味はない」


 まさか突入前に大声で呼びかけるなどとは思ってもみなかったミレーユである。


 「本当にこれで大丈夫かしら?」と思わず不安になってディオンの方を見るが、ディオンは涼しい顔で小さく肩を竦めた。


「素直に信じるかは微妙なところですけどね。まあ、迷ってくれると思いますよ」


 その後、ディオンは剣を抜いて肩に担いだ。


「それじゃあ貴き方々。どうか我が後ろより前に出ぬように……うっかり前に出たら命の保証は致しかねますよ」


 ミレーユ達は二手に分かれて館に潜入することにした。表からはリオンナハト、ディオンとアモン、それにミレーユとライネである。

 ライネはともかく、ミレーユが完全におまけであることは言うまでもない。

 ちなみに裏手にはフーシャとカラックが回っている。


「――では、行きますか」


 一閃――ディオンが正面の扉を破った。


 薄闇に包まれた屋内を確認し、ディオンは瞑っていた眼を開いた。目を鳴らしたディオンが目を開いた瞬間――ガキンという金属音が鳴り響く。

 死角から突き出された刃をあっさりと受け止めたディオンがうっすら苦笑を浮かべた。


「おっと……奇襲攻撃か」


 死角からの完全なる不意打ちにも拘らずディオンは驚く様子もない。


「流石は間諜、騎士というよりはやり方が暗殺者めいているなぁ。屋内なら剣を振り回せないとでも思った? それとも暗闇に目が慣れる前に倒してしまおうと思っていたとか? 悪いけど、その程度の突撃だったら目を瞑っていても対処できるよ。どうもティアミリス殿下やジョナサン神父、ラインヴェルド陛下やオルパタータダ陛下、そしてローザ公爵令嬢のせいで期待値が上がってたかなぁ」


 自分が全力を賭したところで絶対に勝てないと実感できる相手にこれほど会ったことは初めてだった。

 メンバーの中でそこまで強くなさそうなプリムヴェールという少女剣士ですら、ディオンを凌駕する実力を持っていたのだ。

 今回の件は「大丈夫、ボクらの助力無しでもいけるいける……多分?」とローザが言っていた時点でそこまで期待できないんじゃないかと思っていたが、案の定だった。


 刃物を持った男の腕を力の限り握る。すると軋むような音がして、男の顔が僅かばかり苦痛に歪んだ。

 ディオンはそのまま顔を寄せると男の目を覗き込み獰猛な笑みを浮かべる。


「ところでさ。聞こえていたと思うんだけど、こちらにはリオンナハト王太子殿下がついている。そんな仕事やってんだから夜目は利くんだろ? よく確かめてみなよ? おたくら『白烏』とやらの企みも大体露見しているんだけど、それでもまだやるの? 命を捨てて掛かってくるというのならその覚悟に応えて容赦はしないよ?」


 言いたいことだけ言ってそれから男を思い切り蹴り飛ばした。

 倒れる男の腕を踏みつけて刃を鼻先に突きつける。


「投降しなよ。後、仲間にもそう伝えてくれ。無駄な戦いはしたくないんだ」


 好戦的と思いきや、あまりやる気の無さそうなディオンをミレーユは少し意外そうに見ていた。


「あら、意外ですわね。ディオン隊長、てっきりあなたは戦うのが好きな方かと思ってましたけど」


「それは心外ですねぇ、姫さん。僕だって相手を選びますよ。あんまり実力差があると弱いもの虐めになってしまいますからね。……あの似非神父みたいな使い手なら喜んで戦いますけど」


 「というか後で決闘を申し込んでみようかな? 選り取り見取りだけど、誰にしよう?」などと、既に心ここに在らずなディオンである。

 ディオンは倒れた男を冷めた目で見下ろす。それは男達の戦意を挫くには十分すぎるやり方だった。


 自らが従う王家が敵に回り、自分達が決して敵わない強者が立ち塞がる状況。

 どちらかだけならまだしもその両方が揃っててなお戦おうという気には流石にならないだろう。

 戦ったところで無意味なのだから。


 投降した男に命じて館内のランプを次々に灯していく。

 と、その明かりに照らされたリオンナハト王太子の姿を見て館の奥からポツリポツリ、と武装解除した男達が投降してきた。


「さて……行きましょうか? ローザさんはこの地下の牢獄にドーヴラン卿が隠れていると仰っていましたわ」


 安心し切って盛大にフラグを立て、地下への階段を滑り落ちたミレーユとは異なり緊張に染まった表情でミレーユはディオン達と共に階段を降りた。

 この時点でミレーユが人質に取られるルートから外れた。



「これはこれは、ミレーユ皇女殿下。お会いできて光栄です」


 狡猾そうな笑みを浮かべてミレーユに視線を向けたのは仲間達からジェイの名で呼ばれている男だった。


「……貴方がジェイですの?」


「はははッ! 帝国の深遠なる叡智姫様には全てお見通しですか? 私はジェイ、『白烏』の一員です。以後お見知り置きを」


 小馬鹿にしたような巫山戯た口調で言って、芝居掛かった仕草でお辞儀までして見せてから男は小憎らしげな笑みを浮かべた。


「しかし、俺の名を知っているってことはもしかすると『白烏』の計画も既にご存じってことですかね?」


「その通りだ。お前達の企みは全て露見しているぞ」


 そう言ってリオンナハトは剣を抜き放つ。


「お前の仲間達も投降している。無駄な抵抗はやめろ」


「……仲間ねぇ」


 ジェイは何故か苦笑いを浮かべて首を振った。


「それにしてもレーゲンの奴も可哀想に。折角の国家への忠誠もお若く潔癖な殿下には受け入れられなかったか」


「諦めなよ。グレンダール・ドーヴラン伯もすでに救出した。後はお前だけだ」


 反対方向――地下の方角から声が響いた。


 暗がりから現れたのは涼しげな顔をしたカラックだった。

 これでジェイは挟撃状態である。


「抜け道まで見つかったのかよ。やれやれ、リオンナハト王子だけじゃなく、従者の方も噂に違わぬって奴だな」


 階段の上にはリオンナハト、地下にはカラック。


「ああ、これは困った。……八方塞がりではないか」


 しかし、ジェイはあまり余裕を失っているようには見えなかった。

 そのジェイの奇妙な余裕に違和感を感じたリオンナハトだが、ジェイを捕縛するべく歩を進めようとする。


「――莫迦めッ!」


 ジェイが口を孤に歪めた。その瞬間――十体の透明なゴーレムがミレーユ達の方へと殺到する。


「俺が何も策を用意していないと思ったかッ! 例え俺を殺したところでお前らは逃げられんッ!」


「さあ、それはどうかな? ムーンライト・ラピッド・ファン・デ・ヴー」


穿光条の流星群ミーティア・ライトニング


 有機物・無機物を問わず、また物体の硬度・耐熱性・可塑性・弾力性を問わず対象を貫く無数の光条が地下室に降り注ぎ、自身の刀身に月属性の魔力を宿す付与術式を発動した後に円を描いて中心を突く形で突撃したプリムヴェールが何もない空中を貫いた。


「プリムヴェールさん、それに、マグノーリエさん!? ど、どうしてここに!」


「ミレーユ姫殿下には申し訳がない話ですが、ローザさんに頼まれてここまで尾行させて頂きました。万が一、皆様で倒せない敵が出た場合に備えて。彼らは完全に気配と姿を断つ敵のようです。見気を習得していない皆様では気づく間も無く全滅させられていたでしょう」


 プリムヴェールの言葉にブルブルと震えるミレーユとライネ。


「さて、これでそちらの切り札は無くなったようだな。リオンナハト殿下、捕縛を」


 『ムーンライト・フェアリーズ・エペ・ラピエル』を鞘に収めたプリムヴェールと『妖精女王に捧ぐ聖天樹杖』を握り直したマグノーリエを恨みがましく見つめながら、ジェイはカラックに縄で縛られて捕縛された。



 ジェイは捕縛され、その後リズフィーナの元に送られることになった。

 こうして、全てが解決したところで後は事後処理である。


 まず、ローザ達はプレゲトーン王国の王城に向かい、そこで王国政府と革命派の和解の場が設けられた。

 その後は賠償に関する話だ。無論、秘密裏にライズムーン王国とプレゲトーン王国の会談が設けられるのはまた後日ということになるだろう。それぞれの国で、しっかりと纏めてから会談に臨む必要があるからだ。


「さて、具体的にどれだけ要求する? ジョナサン神父が暴れた分の賠償、好きなだけ踏んだくって良いよ?」


「しかし、そなたらの助力が無ければ今回の内乱がこれほど早期に解決しなかったとアモンも証言しておる。それに、実際に誰も怪我をしておらんのだ」


 困り果てたプレゲトーン国王と「相手もこう言っているんだし、好きなだけ踏んだくってやりましょう」と宣う貴族達。


「ドーヴラン伯爵、そなたはどうするべきだと思う?」


「そうですな。……今回の件はローザ殿にお支払い頂くのは筋ではないと思います。責任があるとすれば、フィートランド王国の方だと思いますが」


「…………随分と身の程を弁えないことを言う。余程死にたいようだな」


「おい、ティアミリス。落ち着けって。事実だろ? ジョナサンは一応、フィートランド王国の中枢にいるんだから」


「それを言うならこのドSを神父認定したオルレアン神教会にも責任があるだろう。オルレアン教国にも損害賠償を請求しろ」


「ティアミリス姫殿下。それ、無茶苦茶な理屈だからねぇ。……それで、ドーヴラン伯爵はプレゲトーン王国とフィートランド王国の国交樹立を求めたいということでいいのかな? フィートランド王国がフォルトナ=フィートランド連合王国に移行後は国交が消滅する。恐らく、この大陸でオルレアン神教会を抜き、トップの影響力を有することになるフォルトナ=フィートランド連合王国と国交を結ぶのは得策だと思うよ?」


「ついでにビオラも出店するみたいだし、これからフィートランドは格段に発展すると思うぜ?」


「なるほど。では、フィートランド王国への請求は国交樹立とする。ティアミリス姫殿下、よろしいかな?」


「ちっ、好きにしろ」


「それじゃあ、その条約。ブライトネス王国のラインヴェルド=ブライトネスが証人となってやる」


「同じく、オルパタータダ=フォルトナもな」


「私、リオンナハト・ブライト・ライズムーンも証人となろう」


「わたくし、ミレーユ・ブラン・ダイアモンドも証人となりますわ」


「ボク、ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハも証人となる。まあ、ここからの詳しい話はフォルトナ=フィートランド連合王国が正式に完成してから各国の文官でということになるだろうし、一旦はここでおしまいだねぇ。さて、次はライズムーンの方か……」

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