Act.8-116 ブライトネス王国の問題児達の暴走 scene.1

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>


 アモン達とプレゲトーン王国で別れたボク達は、ライズムーン王国経由でダイアモンド帝国に向かい、その後フィートランド王国に向かうことになる。

 もう既に夕刻になっていて、時間的には確実にオーバーするだろうけど、まあ、これで大陸の件はひと段落付くだろうから(まだ、オルレアン教国の件が残っているけど)今回は多めに見ようかな? とは思っている。


 既にオルレアン教国で調査をしていたブルーベル、フィーロ、エリッサ、アリーチェの四人、騎馬連合国で調査を行っていたプルウィア、ネーラ、ヴァルナーの三人にはそれぞれ帰国するように伝え、無事にそれぞれの国に帰国したと連絡を受けている。

 ブルーベル、フィーロ、エリッサ、アリーチェの四人はオルレアン教国側に悟らぬまま現在のオルレアン教国の情報を収集し、騎馬連合国で調査を行っていたプルウィア、ネーラ、ヴァルナーの三人は騎馬連合国の林族のキャラバンと遭遇し、林族の族長の林天馬リン・テンマから火族に関する情報を得られたとのこと。


 ……ライズムーン王国組に比べて二班とも優秀だよねぇ。それに比べてアクア、ディラン、ポラリス、ミゲルのライズムーン王国組は。

 というか、アクアもディランもいい年した大人なんだからもっとしっかりして欲しいよねぇ。


 ミレーユ達を乗せて『飛空艇ラグナロク・ファルコン号』でライズムーン王国を目指す間に、ディオンとの対談の時間を作ってもらった。


「わざわざ時間をとってもらって申し訳なかったねぇ。早速だけど、あんまり時間がないし、簡潔に話させてもらうよ。内容は、『帝国の深遠なる叡智姫』の真実について――」


 ボクが語ったのは前時間軸でのミレーユの経歴と、それを踏まえたこの時間軸でのミレーユの行動の舞台裏――つまり、ネタバラシ。

 正直な話、この話をするかどうかは迷っていた。ディオンの危険性はボク自身も理解しているつもりだから。

 でも、ボクは最終的にに自信があったからこそ、この話を打ち明けた。――ディオンが他の忠臣達とは違う目線でミレーユを見ていることを知っていたから。


「……なるほど、ミレーユ姫の正体は、つまりそういうことだったのですね」


「薄々勘づいてはいたでしょう? それを踏まえて、ボクの個人的な見解を述べるとミレーユ姫はやっぱり『帝国の深遠なる叡智姫』なんだよ」


「……ほう? それは、どういうことでしょうか?」


「リオンナハト殿下やリズフィーナ様は正し過ぎる。その正義は、残念ながら蛇――これから君達が敵対する相手に最もつけ込まれやすいものなんだよ。だけど、ミレーユ姫は違う。ちょっとだけ我儘で、臆病者で、意地っ張りで、心が狭いところがあって、それでも誰かを痛めつけることを嫌っていて、誰かが困っていることを放っておけなくて。自分ファーストだけど、それでも他人を放っておけない彼女だからこそ、奇跡と彼女自身の優しさが重なり、みんなが幸せになっていく――それが『帝国の深遠なる叡智姫』の幻想なんだよ。でも、幻想でもいいじゃないか? 実際に、みんながせっせと作り上げた帝国の深遠なる叡智姫という名の共同幻想はこの大陸を幸せにしようとしているのだから。ボクにとっても彼女は希望なんだ。ボクには、やっぱり彼女みたいに幸せを広めることはできないからね。だから、言われるまでもないと思うけど、ディオンさんにはミレーユさんを守って欲しい」


「人は失敗する……でも、過ちを認め、改めることができれば、なるほど、それは確かにリオンナハト殿下やリズフィーナ嬢にはないミレーユ姫の魅力ということなんだね。なるほど、僕がミレーユ姫に仕えてみたいと思った理由、それがようやく分かった気がするよ」


「それと、この話はミレーユ姫には内緒にして欲しい。彼女はやっぱり弱い人間だからねぇ、『帝国の深遠なる叡智姫』がポテンシャルを発揮するためには、彼女の努力と、ちょっとした失言と、ルードヴァッハ殿達の勘違いと、そう言ったものが必要であって、この緊張感がミレーユ姫を帝国の深遠なる叡智姫たらしめるんだからねぇ」


 彼女には悪いけど、もう少し頑張ってもらわないとねぇ。

 ディオンに納得してもらったところで(元々聞いたところでそれが何だっていう雰囲気だったけど)、ミレーユ姫をイレギュラーから守るための独走級の剣を授けた頃、『飛空艇ラグナロク・ファルコン号』がライズムーン王国に到着した。



 さて、到着した街はライズムーン王国の王都に程近い街、ガスパール。

 小さな闘技場も備えた比較的裕福な街で、今日はたまたまお祭りだったそう。


 そのお祭りでは、どうやら腕自慢トーナメントが行われていたらしい。その優勝賞品がチキン百本と、協賛店で使える金券――このチキンがまずかった。

 食い意地の張っている元漆黒騎士団の転生者組はポラリスとミゲルを振り切って優勝賞品のチキン欲しさに飛び入りで祭りの腕自慢トーナメントに参加。


 そこで、呆気なく優勝したまでは……良くないけど、そこで警備騎士達に目をつけられて交戦。結果として警備騎士達を素手で撃破し、ほとんど気絶させた……というところらしい。ついでにポラリスのヅラも吹き飛んで、ミゲルもボコボコにされていた。


「今回の件について、リオンナハト殿下はどのようにお考えですか?」


「おい、親友ローザ! 俺達は別に何も悪いことしてないよな! ただ、美味しそうなチキンが優勝賞品だったから勝ちにいっただけじゃねぇか? 試合も無茶苦茶盛り上がったんだぜ? なっ?」


「そうですよ、お嬢様! 騎士達が俺をディランの娘で幼女だって言ったので、分からせるために教育的指導を――」


「……もしかして、ディランに『パパ』とか言ったり、アクアを幼女扱いとかしたの? そりゃまずいよ。この二人、変なところでぷつりと切れるから」


「ついでに、ポラリスとミゲルが邪魔してきたので、チラついてウザかったヅラを吹き飛ばしておきました!」


 ……あー、それは流石にまずいんじゃないかな? ポラリスは止めようとしただけだし……気持ちは分からないでもないけど。


 警備騎士の隊長とリオンナハト殿下と三者で相談の末、今回の件は両者に非があるとして帳消しとなった。

 警備騎士も一方的に敵だと認識して襲い掛かったみたいだからねぇ。まあ、反撃した方も反撃した方なんだけど。


「ところで、まだお祭りの腕自慢トーナメントの実行委員さんって残っているかな? ちょっと会場をお借りしたいんだけど。かなり暴れ足りない人がいるみたいだから、ちょっと発散させようかと思って」


「えぇ、まだ残っている筈ですが……会場となる闘技場はガスパールの持ち物ですから会場の使用料は領主様にお支払いください」


「ありがとうございます」


 警備騎士の隊長はご丁寧に領主の屋敷に案内してくれて、警備騎士も腕自慢トーナメントの実行委員に許可をとってくれたので闘技場の使用料を支払うだけで準備は整ってしまった。

 決勝を終えてしばらく経っているということで会場の観客は疎らだけど、まあ、興行目的じゃないし、寧ろよくこれだけ集まったなぁ、と会場に入った時に少し驚いた。

 短時間で人を集めてくれたらしい撤収途中だった実行委員や領主様には感謝だねぇ……まあ、観客は居ても居なくてもあんまり関係ないのだけど。



<三人称全知視点>


「ルールは参加者全員によるバトルロイヤル! 使用するのは木刀のみ、純粋な剣の実力を競うという趣旨で行われますので、それ以外の魔法等の使用は禁止だそうです。優勝者には大陸共通の金貨五枚、或いは大陸共通の金貨五枚に相当する多種族同盟発行の紙幣やビオラ商会商品券がビオラ商会商会長のローザ様より進呈されます! それでは、大会参加者を発表致します! まずは、ブライトネス王国よりラインヴェルド国王陛下、バルトロメオ王弟殿下、ディラン大臣閣下、メイドのアクアさん、『剣聖』ダラス殿。続いて、フォルトナ王国よりオルパタータダ陛下、ポラリス第六師団長、ミゲル第十二師団長、カルコス警備隊長。続いて、緑霊の森より次期族長補佐のプリムヴェール嬢。続いて、フィートランド王国よりティアミリス王女殿下、神父のジョナサン殿。ダイアモンド帝国より帝国最強の騎士ディオン殿。我らがライズムーン王国からはリオンナハト王太子殿下とカラック殿。そして、無所属、トーマス教授とローザ嬢。本大会では事前に徒党を組むことは禁止ですが、試合開始と同時に参加者と協力体制を整えて戦うことは認められています。誰と戦うかは自由、最後に一撃も浴びせられずに会場に立っていた方が勝者です! それでは参りましょう! 試合開始ッ!」


 司会進行役が手を振りおろした瞬間――これまで「リオンナハト殿下の圧勝だろう」、「いやいや、あのリボンの嬢ちゃんとおっさんのコンビは化け物じみた強さだぜ?」、「ってか、なんで聞いたこともない王族とかが普通に参戦してんの?」などと会話をしていた観客達が一斉に黙った。


「久しぶり、オニキスさん。そんなところにいたんだねぇー」


 ジョナサンがニヤリと笑って木刀を握り、そのままアクアにのんびりとした表情で、けれど警備騎士であったとしたら僅かで勝敗が決まってしまっていただろう怒涛の剣裁きを次々に繰り出した。


「――ッ! ジョナサン!」


「相棒ッ! 大丈夫かッ!」


「チッ、出遅れたか」


 舌打ちを一つし、剣を交えたかったアクアを奪ったジョナサンを睨みつけるティアミリスだが、すぐに気持ちを切り替えることを迫られる。


「――ッ! ローザ=ラピスラズリ」


「余所見をしている暇はないんじゃないかな? 片手間でボクを倒せると思っているの? 白氷騎士団騎士団長さん?」


 元病弱の姫君から繰り出されたとは思えない、帝国最強の騎士と互角以上の破壊的な斬撃をローザは軽々と流していく。


「よう、側近殿。相手してくれよ」


 獰猛に笑った大臣が低く構えを取って、峰打ちの用意で刃を向けて剣を背に担ぐ。

 直後、ディランは思いっきり剣を振るった。


 危険を感じたカラックはバックステップでディランの攻撃を躱し、「この人が大臣! 嘘だよな」という言葉を飲み込み、木刀をディランに向ける。

 カラックはリオンナハトほどの剣の腕ではないが、リオンナハトと共に剣を磨いてきた経験がある。リオンナハトに迫る剣の腕をカラックは身につけていた。


 カラックは踏み込みと同時に鋭い突きを放つ。狙いはディランが剣を持つ腕――この試合では一撃でも浴びれば敗北が決定するのだから、急所に拘る必要はない。

 リオンナハトにも劣らない鋭い刺突――しかし、木刀らしくない鈍い音を立て、カラックの斬撃は受け止められる。


「生憎と刺突技には慣れているんだ。ライズムーンでは上位の実力者だとしても、まだまだポラリスには及ばねぇみたいだな」


 不規則なリズムで一度、二度と斬り掛かるも、ディランは楽しそうに斬撃を捌いていく。


 一方、カラックの主君であるリオンナハトもピンチに陥っていた。その対戦相手は、ブライトネス王国の国王――ラインヴェルドである。これは流石に対戦カードが悪過ぎるとしか言いようがない。


 リオンナハトの剣は相手の一撃を受け止め、受け流し、相手の態勢が崩れたところで反撃を打つ後の先を取る剣。しかし、ラインヴェルドの怒涛の攻撃は捌くのに精一杯で、とても後の先を取るようなレベルではない。


「いやぁ、凄えな。これが天才っていうのか。俺が子供の頃はここまで剣を扱えなかったと思うけどな」


『ラインヴェルド陛下、貴方様は幼少の頃から既に騎士団長との模擬戦に楽々と勝利できるほどの腕前でございました』


 懐かしむようなベルデクトの言葉に、会場者達が「マジなのか!?」とラインヴェルドの方を二度見する。


『旦那様、本当によろしかったのですか? あんな楽しそうな戦い、参加しなくて』


『私だとついうっかり殺してしまいそうだからね。しかし、陛下がこれほど嬉しそうに戦っておられるのを見るのは久しぶりだよ』


 ベルデクトの隣ではミッチェルが顔を綻ばせていた。

 ちなみに、アノルドはこの場にはいない。彼は他の『瑠璃色の影ラピスラズリ・シェイド』と合流し、フィートランド王国で合流する手筈になっていた。


「さて、僕の相手は……貴方にしようか?」


「ふん、帝国最強の騎士か何かは知らんが、このポラリス=ナヴィガトリア、オルパタータダ陛下の眼前で負ける訳にはいかん!」


「いや、別に負けてもいいぜ? というか、しょっちゅうヅラ飛ばされて負けているじゃねぇか! ウケるんだけど」


 結局、第一回戦の相手を見つけられなかったオルパタータダが、腹を抱えて笑っていた。普通なら怒るところだが、ポラリスの目は腐っているので、「笑われてしまったではないか!」と怒りを剣に乗せる。

 ポラリスの剣は突きを重視した形で正統剣術からは外れるが、洗練されている。


 騎士の中で、もっとも防御がし難い攻撃の型を持ったタイプで、剣でありながら槍のような独特の剣術を駆使してくる。防御よりも怒涛の攻撃を得意とし、あのシューベルトすら苦戦したほどの相手だ。


「へぇ、面白い攻撃をするんだね」


 対する傭兵上がりのディオンは生来の剣の才に加えて実戦で鍛えられたもの――そのタイプはややオニキスに近い。

 騎士の家系に生まれ、技を磨き、その上で実践経験を積んだポラリスとはタイプが違うが、そういった強さを有する者を知っているポラリスは決して油断しない。


「凄い強さだね。あの鋼烈槍よりも遥かに戦い甲斐のある相手だ。――楽しくなってくるな」


 ディオンとポラリスが激闘を続ける中、少し離れた地点では警備隊出身のカルコスがプリムヴェールと剣を交えていた。


「流石はアクア様やディラン様と共に戦場を駆け抜けたエルフの剣士様というところでしょうか?」


 眉を動かさず、気真面目そうに剣を振るいながら述べるカルコスに、プリムヴェールは表情を引き攣らせながら「無表情だし口調も淡々としているからいつ驚いたか分からない人だ」と呟いた。

 プリムヴェールも真面目で頭の硬いタイプだと自覚しているが、流石にここまでの生真面目さはない。


『頑張ってッ! プリムヴェールさん!』


「――そうだな。私の友が応援してくれている……無様な姿は見せられないな」


 普段細剣を使うプリムヴェールにとっては苦手な木刀から細剣を扱うように鋭い斬撃を放っていく。

 カルコスは全く表情を変えぬままその斬撃を捌いていった。


 一方、バルトロメオはトーマスと剣を交えていた。


『頑張ってくださいッ! トーマス先生!』


「いいなぁ、俺も誰かに応援してもらいたいなぁ」


「それじゃあ、ボクが応援してあげようか? 頑張ってー、王弟殿下!」


「――俺と剣を交えながら余所見とは、随分と余裕そうだなッ!」


「まあ、余裕だからねぇ。……それじゃあ、そろそろ終わらせよっか?」


 ローザが一気に圓式に切り替え、大気を擦過し燦くほどの斬撃を放ってティアミリスの木刀を両断して見せた。


「それじゃあ、次の相手はオルパタータダ陛下かな? ボクの圓式にどこまで剣技だけでついてこられるか楽しみだよ」

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