Act.8-90 ペドレリーア大陸探索隊~動 scene.4

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>


 ミスルトウとプリムヴェールがカフェに入っていくのを見て、ボクとマグノーリエもカフェに入った。

 二人の姿が上手く見える席を取ってメニューを開く。


「ローザさんは何をご注文されるのですか?」


「えっと……抹茶っていうボクの前世の世界にあった飲み物にしようかなと思ってねぇ。まあ、西洋文化メインの異世界だからブライトネス周辺では普及していないんだけど。特に和菓子と相性がぴったりなんだよねぇ」


「和菓子ですか? 確かにブライトネス王国と周辺国にはありませんでしたね」


「どちらかと言えば珈琲や紅茶文化圏だからねぇ。ちなみに、この紅茶はアジア圏から輸入されるようになるまで時間が掛かっているし、珈琲も一般に普及するのは1450年頃を待たないといけないから歴史的には中世ヨーロッパの世界観に適しているかどうかは微妙なんだけど、まあここは異世界だから問題なしってことで。ちなみに、珈琲は軍人、紅茶は貴族の飲み物っていうイメージで定着しているみたいだねぇ。まあ、ボクは両方飲むんだけど。ちなみに、抹茶と紅茶……というか、緑茶と紅茶と烏龍茶はどれも同じカメリアシネンシスっていうツバキ科の茶の樹の葉っぱを元にしているんだけど、発酵させると紅茶や烏龍茶に、発酵させなければ緑茶に、緑茶を石臼で挽いたものが抹茶ということになる。しかし、香辛料は条件が整わないとできない世界なのに、珈琲の木と茶の木はやたら分布しているよねぇ」


「緑霊の森にもそういえば茶の木がありますね。あの茶の木から抹茶や緑茶を使って売れば新たな商売になるかもしれませんね」


「それじゃあ、いっそ緑霊の森の輸出品として販売を始める? ボクの方で商品化しようと思っていたんだけど……じゃあ、こっちは和菓子の販売を進めてみようかな? 昔実は和菓子職人に弟子入りして技を習った経験があったんだよねぇ」


 珍しく本当に美味しいと思える苺大福に出会って、衝動的に弟子入りしちゃったんだよねぇ。

 大倭秋津洲に居た頃の冬といえば、クリスマスケーキ、シュトーレン、ガレット・デ・ロワ、苺大福ととにかく大好きな甘味がいっぱいあって最高だった。ガレット・デ・ロワとかホールで食べていたっけ?

 ……って、今でも毎年冬にはクリスマスケーキを作って、シュトーレンとガレット・デ・ロワを焼いて、家族と使用人全員で食べるのが恒例行事なんだけど。ここ最近はちゃっかり苺大福も一人でねぇ……ほら、【万物創造】があるから比較的簡単に作れちゃうんだよ。


「スイーツは……まあ、帝都じゃないから厳しいか。でも普通に珈琲を頼むとパンがセットで付いてくるサービスがあるんだ。……って、これもしかしなくてもモーニングだよねぇ? まさか、あるの? しかもお昼までやっているモーニングの概念を飛び越えたモーニングだよねぇ? いや、モーニングっていう名前じゃないからモーニングじゃないんだけど。ってか、これで本当に飢饉起きるの? いや、まあ、起きる……かもしれないんだけど」


 注文を確認しに来たウェイトレスに尋ねてみるとこのカフェのバックに大商会があるから成立している話で、普通の店では難しいとのこと。やっぱり小麦は貴重だからねぇ。

 この店の店長さんが頑張って働いている漁師達のために腹一杯食べられるようにと赤字覚悟で始めたサービスなのだそうだ。


 ちなみにこの大商会、港湾国セントエルモを拠点に大陸の各国に様々な商品を卸している大商人のシャイロック・スクルージのスクルージ商会と現在ライバル関係にある港湾国セントエルモに古参商会のワイゼマル商会であるとのこと……うーん、直接作中に関わらず名前くらいしか決めていないから人物像は不明だけど、随分と気前がいい人か、底なしの善人かどちらかなんだろうねぇ……まあ、恩を売っておきたいって気持ちもあるんだろうけど。それが普通の商人だからねぇ。それに、ボクにもそういう下心がないという訳ではないし。


 トーストはただのトーストではなくバタートーストだった。これは凄い、乳製品は騎馬連合国からの輸入にほとんど頼っている状態の筈だからねぇ。どれだけ奮発しているんだって話だよねぇ。

 ケーキとかほとんど王族しか食べられないようなものだしねぇ。パンも基本的にライ麦パン黒パンだろうし、乳製品も貴重だから庶民には手が届かない……この喫茶店は飲み物の価格だけでこれを成立させているんだから相当無茶をしているってことになる。


「……うちの国って割と贅沢な方だったってことだよねぇ?」


「でも、ローザ様が贅沢にしたというところが大きいと思いますよ? 実際、料理の水準は多種族同盟所属の国内で大幅に上がっていると聞きます。前に文官さんが『裕福な生活を求めて他国から亡命してくる人や拠点を移してくる人が後を立たない』と仰っていました」


「まあ、その辺りはきっちり危険がないかを確認した上で入国させているから大丈夫だと思うけど。そういえば、あのシャマシュ教国からの移民も僅かながらいるんだっけ?」


 冒険者と商人以外の他国への移動を実質禁止しているシャマシュ教国……まあ、要するに鎖国に近い状況なのだそうだけど、それでも冒険者や商人といった移動を許された者達に紛れて亡命する者達も多いという。

 まあ、シャマシュ教国は情報がある程度統制がされている筈だから旅の冒険者や商人から情報を受け取れる機会がなければ他国の発展に気付かないとは思うけど。


「贅沢は別に悪いことじゃないと思うんだ。ただ、片や貧困で食事もロクに摂れなくて、片や食べきれなかった食事が大量に廃棄される……こういったことはあってはならない。みんなが楽しく食卓を囲める世界を、飢えることがない世界を、そして食材が廃棄されない世界を……ってまあ結局理想論なんだけどねぇ」


 ……これでも庶民までしっかりと三食食事を摂れるように頑張ってビオラ商会や融資先に協力してもらって比較的安価に食事ができる食事処を広めているつもりなんだけど、まだまだ完璧という訳ではないし、もっと頑張らないといけないよねぇ。って、ほとんどボク何もやっていないからなんとも言えないんだけど。


 マグノーリエと二人でお茶を楽しんでいると、丁度お茶をし終えたプリムヴェールとミスルトウに見つけられてしまった。


「見つかっちゃった♡」


「……ローザ様が本気で隠れようとしたら誰も見つけられませんよ。ローザ様、本当にありがとうございました。こんな機会が無ければ娘と一緒に沢山語り合うことはできなかったと思います。……忙しさを言い訳にして、私はプリムヴェールと向き合って来なかった。父親らしく在りたいと、変わろうとしていたつもりだったんですけどね。娘の成長に驚かされっぱなしです……もう子供じゃないんだと、立派な騎士に、女性になったとあのバトルロイヤルの時にも思い知らされた筈だったんですけどね」


「長い時を生きるエルフにとっては感じ取りにくいものだと思うけど、子供っていうものは自分達も予想以上の速度で成長し、親元を離れていってしまうものなんだよ。まあ、ボクなんかに言われても説得力がないと思うけど」


 ……一応、肉体年齢はまだまだ子供の部類だからねぇ。って、前世も子供だったから足したところで成人を超えていると言い張れるかどうかは微妙なんだけど。


「ってか、別に二人を気遣った訳じゃないんだけどねぇ? 丁度マグノーリエさんに確認しておきたいことがあったし。そういえば、マグノーリエさん、プリムヴェールさんに話したいことがあったんでしょう?」


 顔を赤らめるマグノーリエと、不思議そうにマグノーリエを見つめるプリムヴェール。


「……プリムヴェールさん、後でお話ししたいことがあります。……とても大切なお話です」


「カフェを出たらボクとミスルトウさんで街で買い物をしてくるから、二人はゆっくりしているといいよ」


 さて、買い物……の前に、まずはマグノーリエの一世一代の告白の結末を見届けないとねぇ。



「……ローザさん、買い物に行くのではなかったのですか? なんで二人で覗きなんか」


「買い物はいつでもできるし、正直な話既に見繕っているからすぐにでも店員さんに購入できる状態だからねぇ。それよりも重要なことがあるでしょう?」


 ミスルトウとボクに「不可視の透明化インヴィジル・トランスパレンシー」を掛け、堂々とプリムヴェールとマグノーリエの姿を覗き見する。


「プリムヴェールさん、今日、ローザさんとお話をして決心がついたわ。プリムヴェールさん、私はプリムヴェールさんのことが好き。友達としてじゃなくて、そういう意味の愛じゃなくて、プリムヴェールさんのことが好きなの」


「……マグノーリエ様、それは」


「うん、分かっているわ。気持ち悪いわよね……」


「いえ、私もマグノーリエ様を……マグノーリエさんと同じ気持ちを持っていましたから、とても嬉しいです。ただ、私はマグノーリエ様の騎士として仕えてきました。騎士として、従者として側にいる、そんな存在だった私を友達として、対等な存在と見てくださっただけでも嬉しかったのに、それ以上を望むなんてとずっと思っていたのです」


「……プリムヴェールさん」


 まあ、ルヴェリオス帝国への旅の途中での二人の反応から実は物凄い進展しているんじゃないかって思っていたんだけど、やっぱり予想は正しかったってことだねぇ。


「……まさか、プリムヴェールがマグノーリエ様にそのような気持ちを抱いていたとは」


「なんかごめんねぇ」


「いえ、ローザ様が謝ることではありませんよ。……正直、私も愛の形は様々だと思います。本当に愛し合っているならそれを引き裂くことほど愚かなことはないと思います」


「その言葉、家柄だとかなんだとか様々な理由で愛し合う二人の仲を引き裂こうとする連中に聞かせてやりたいよねぇ。まあ、実際子孫の問題についてはどうにかなると思うよ? ボクとしても月紫さんと結ばれる以上は子供の問題は避けて通れないからねぇ。まあ、作らないって選択肢もあるんだけど」


 うちには天才科学者がいるからねぇ。必要無かったから研究していないというだけで生殖細胞の性別を変更する……つまり、精子を卵子に、卵子を精子に変化させる方法を簡単に編み出してしまうと思う。なんたって、たった数週間で反物質を最適な方法で安価に作り出す方法を編み出し、ハイパー・トリプルコンピュータ「百合」を三日で完成させちゃう人だからねぇ。

 理系分野では負け無しなんだよ? ……ただ、物理で殴られるとハピで止まりますのトラウマ源みたいに一発ノックアウトだけど。


「ところで、プリムヴェールさんとマグノーリエさんに似合うウェディングドレスってどんな感じかな?」


「……幾ら何でも気が早過ぎませんか?」


 ミスルトウにジト目を向けられたんだけど……そんなに気が早過ぎる話かな? あのエイミーンが障壁になるとも思えないし、すぐに話を進めちゃいそうだよ?

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