Act.8-89 ペドレリーア大陸探索隊~動 scene.3

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>


 ダイアモンド帝国の帝都を目指すボク達だけど別段急ぐ理由もないからと理由からダイアモンド帝国行きの馬車を待つ間、港湾国セントエルモの街で時間を潰すことにした。


「ふふふ、エルフの族長の娘であるこの美しい少女は頂いていくわよ!」


 ハッ? と固まるミスルトウとプリムヴェール、そしてお姫様抱っこで攫われたマグノーリエを置き去りにして、悪役令嬢らしい笑みを浮かべるボク。


「……何の茶番だ? ローザ殿がそのような真似をする性格ではないことは分かり切っていることだぞ」


「……そもそも、私を捕らえてもローザさんにはメリットはありませんよね? 奴隷にするなら緑霊の森に来た時にエルフを捕らえればそれで済む話だった筈です」


 ミスルトウだけでなく、ボクに捕らえられたマグノーリエまでボクの擁護に回っているこの状況……誘拐しているんだけどなぁ。

 ちなみに、亜人種の面々は『分身再生成の水薬リ・キャラメイク・ポーション』で亜人要素を消されているから人間の美青年と美少女二人という風の姿になっている。つまり、側からみれば少女が少女を誘拐している構図……カオスだねぇ。


「マグノーリエさんは頂いていくわ。貴方達はせいぜい二人で大切な人を奪われた悔しさ共有しながら過ごしなさい。あっ、一時間経ったらここに戻ってきてねぇ」


 そのまま騒ぎが起こる中をマグノーリエを抱えて駆け抜けていく。



<三人称全知視点>


「……行ってしまったな」


「行ってしまった。……しかし、ローザ殿の真意が分からない。マグノーリエ様を攫っていく必要は果たしてあったのか?」


「お父様、恐らくローザさんは私とお父様が家族水入らずで過ごせる時間を作ってくださったのだと思います。ここ最近は仕事漬けで、なかなかお父様と一緒に過ごすことはできませんでしたから」


「……そうだな。プリムヴェール、お前とは父親として、家族として一緒に過ごす時間が少なくて悲しい思いをさせたからな。母の分も愛すると誓ったのに……すまなかった。ローザ殿の気遣いがなければお前と過ごす時間を作ることを思い至らなかった不甲斐ない父親ですまない。本当にローザ殿には感謝しなければならないな」


 プリムヴェールの母でミスルトウの妻だったオルタンシアはプリムヴェールを産んですぐに命を落とした。

 それからミスルトウは男手一つでプリムヴェールを育ててきた……とされているが、実際は夫のベルドゥジュールを亡くしたエイミーンの娘であるマグノーリエと共に二人で育ったと言った方が正しい。

 ミスルトウはこれまで娘を愛し、育ててきたということは記憶を遡っても一度もない。プリムヴェールにはマグノーリエの騎士として、仕える者として必要な教育を施してきただけだ。


 本当の意味で家族となったバトルロイヤル以降は今度はミスルトウが文官として忙しくなり、父と娘として家族らしいことをすることはほとんどできないままこれまで月日が経ってしまった。

 そんな二人のことをローザは気に掛け、二人の時間を作ろうと一芝居打ってくれたのだろう。


「……ローザ殿は本当に優しいな」


「お父様の仰る通り、ローザさんは優しい。……とても周囲を見ていて、誰かの幸せのために尽くしてしまえる、そんな人だと思います。……かつてエルフとの関係を修復しようとした時、ローザさんは自分の命を差し出して許してもらえるなら、と、自分を殴ってそれで怒りが収まるなら好きなだけ殴ればいいと、そういう顔をしていました。……私は、ローザさんが、圓さんが普通の異世界に転生していたらどれほど良かったかと思います。私達は自分の手で様々なことを選択してきました……しかし、どこかで必ずシナリオの影響を受けてきたことがローザさんの存在によって証明されてしまいました。確かに、自らの意思を持って運命を変えることはできるので完全にシナリオに支配された世界ではありません。しかし、その影響を受けてしまっているという事実は変えられない。……私達エルフのような亜人族に対する差別も、ソフィスさんのことも、ローザさんは自分の描いたシナリオの影響を見る度に辛そうにしている……その姿を見ているととても悲しくなってきます。私達もソフィスさんも圓さんのせいじゃないと伝えてもきっと救われない……きっと永遠に運命に縛りつけた罪の十字架を背負い続けてしまいます。圓さんだって被害者なのに……異世界に召喚され、日常を奪われた被害者なのに。本当に救われるべきなのはローザさんだと、圓さんだと思うのに……どうすればいいのでしょうか? お父様」


「……私にも分からない。プリムヴェール、お前の言う通り、ローザ殿はその頑張りを認められるべきだと思うし、実際にローザ殿の姿を間近で見ている者達には認められている。だが、それでもローザ殿は永遠に創作者としての罪悪感を抱えていくことになると思う。……元々、誰かのために生きてきたお人なのだろう。愛する人のために、家族のために、言い訳を並べながら自分以上に家族のために尽くしてきた、そういうお人なんだ。他人の痛みを知っているし、その痛みに寄り添うのに、決して正義の味方のように振る舞わず、極めて公平な視点から自分を悪だと理解している。ローザ殿にとって何が救いになるのか私には分からない。彼女が救われたいと思っているかも疑問だからな。……だが、アクア殿達と剣を振るっている時、仲間達と冒険している時、大切な人達と一緒にいる時、趣味の小説を書いている時、ローザ殿はとても幸せそうだ。自分のためがいつかは誰かのために……ローザ殿は確かに誰かのために行動することが極めて多いが、利他性ばかりという訳ではない。その中心には確かに自分の大好きな部分というものもあるから厄介なのだろうな。だからこそ、自分がやりたいことだからという言い訳が成立してしまう。――本当に素で笑い合える、そういう何気ない時間がローザ殿にとっては本当の幸せなんじゃないかと思う。私はローザ殿ではないから本当のところは分からないがな」


「私も、そうだと思います。……お父様、折角ローザさんが用意してくれた機会ですから、二人で久しぶりに家族水入らずで過ごしませんか?」


「そうだな。折角の気遣いを無駄にするのは申し訳ないからな」


 ミスルトウとプリムヴェールは二人で港町のカフェに行き、仕事のこと、冒険のこと、様々語り合った。



<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>


「折角二人を残したのにボクのことを話題にして……家族水入らずで過ごして欲しいと思ったんだけどなぁ」


「この流れでローザ様の話題になるのは致し方ないと思いますよ? 私だって、プリムヴェールさんやミスルトウさんと同じ気持ちですから」


「まあ、別に自分達がいいならそれが一番だけどねぇ。ちなみに、ボクは無理はしていないし、やりたいことを好きなだけやっている我儘娘だと自覚しているんだけどねぇ?」


「確かにローザ様は我儘だと思います。私達がどれだけ心配しても自らの身を削って私達のために東奔西走していらっしゃいますから。……本当に我儘です。私達だって頼って欲しいのに」


「……ちゃんとボクは頼っているつもりなんだけどねぇ。ボクは自分に力があるなんて、そんな不遜なことは思っていないよ。みんなの力が無ければボクは何も成し遂げられないし、これまで成し遂げてきたことも本当に正しい行いか分からない。みんな分からないなりに足掻いて、それぞれの目標に向かって走って、それはこの世界でもどの世界でも変わらないと思うんだ」


 訂正するとすれば、ボクは罪悪感の十字架を背負い続けているという訳ではない。


 ラインヴェルドとメリエーナの件はもうちょっと何かできたんじゃないかと思っている。シナリオの影響もあったし、貴族達の反対もあったのは承知している。

 それでも真実の愛とやらを選んだなら、それを貫かなければいけなかった。メリエーナを不幸にして、今度はカルナを不幸にして……あの国王としても騎士としては完璧なクソ陛下に弱点があるというのは人間味があっていいかもしれないけど、沢山の人を不幸にしているとなると……まあ、ちょっとは色々と省みて欲しいところがある。


 プリムラだって、本当は幸せに暮らせたかも知れなかった。ボクだってそれを望んでいたんだ。

 シナリオなんてものは壊してしまえる。沢山の悪役令嬢転生者が幾度となく破滅の運命を壊し、ハッピーエンドを成し遂げてきたんだから、誤解されている方の破天荒な国王陛下ならそんな運命捩じ伏せてくれって思うんだけど……まあ、一方で上に立つと柵が多いことも知っているからねぇ。だから、組織のトップとかになりたくないんだけどなぁ。


 一方でソフィスみたいにどうしようもないパターンもあるし、プリムラみたいに生まれた瞬間から冷遇される立場に置かれた場合もある。

 自分の力ではどうしようもないこと……それをボクの手で生み出してしまったことには罪悪感がある。

 勿論、罪滅ぼしなんてそんな考えはしていない。ボクが救ってあげなくちゃ、なんて、そんなのどんな傲慢な態度だよって思うからねぇ。

 ただ、少しでも環境を改善するために努力を惜しむつもりはないし、最も沢山の人が幸せだと思える形を模索しているんだけど……ここは前世と同じかな?


「まあ、実はマグノーリエさんに聞きたいことがあったし。丁度、プリムヴェールさんが居ない時に聞きたかったんだよねぇ。……マグノーリエさんはプリムヴェールさんのことをどう思っている?」


 ずっとはっきりさせたいと思っていた。……でも、流石に二人揃っているところでは聞き辛いからねぇ。答え辛いとも思うし。


「……私は、プリムヴェールさんのことが好きです。友達だとか、そういう意味の好きじゃなくて……でも、それって認められることなんでしょうか?」


「百合を認めない奴は叩き切るつもりだよ?」


「ローザさん、そんなことで殺戮はダメですよ! もっと平和的に……」


「うーん、この手の話は血が流れるものなんだけどねぇ」


 まあ、別に対象がすぐ目の前にいる訳でもないし、百合の間に挟まる男とか出てこなければ血が流れるような死闘を演じるつもりはないけど。


「きっとエイミーンさんもミスルトウさんも認めてくれると思うよ? うん、やっぱりそうなんだねぇ。それを聞けて安心したよ。ところで、いつ頃からなの?」


「遡れば女性同士で恋愛ができるということを知った緑霊の森で初めてローザ様と会った時かもしれません。ただ、その時はプリムヴェールさんを幼馴染だと思っていましたし、友情は感じていましたがこのような気持ちではありませんでした。……でも、プリムヴェールさんと、ローザ様達と一緒に旅をして同じ時間を過ごすうちに少しずつ気持ちが変わっていったんだと思います」


「そっか。まあ、要するにボクの蒔いた種が巡り巡って……二人はお似合いだと思うし、そうと分かったからにはしっかり応援するよ! ボクは昔から恋を応援するのが好きなんだよねぇ」


「でも、いいのですか? ローザ様はローザ様で恋愛の渦中に――」


「ボクは月紫さん一筋だからねぇ。どうやって頑張ってもみんなの気持ちには応えられないし、かと言って全員と付き合うという選択ほど不誠実なものはないでしょう?」


 うん、とっとと諦めて新しい出会いを目指してもらいたいものだけど……これがなかなか思うようにいかないんだよねぇ。なんで、こんな捻くれ者に好意を寄せるのかさっぱりだよ。

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