百合好き悪役令嬢の異世界激闘記 〜前世で作った乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢が前世の因縁と今世の仲間達に振り回されながら世界の命運を懸けた戦いに巻き込まれるって一体どういうことなんだろうねぇ?〜
Act.8-88 ダイアモンド帝国の皇女物語 scene.5
Act.8-88 ダイアモンド帝国の皇女物語 scene.5
<三人称全知視点>
ディオンに後ろから圧を掛けられ、森の紛争を全て解決せざるを得なくなったミレーユは、その後ウィリディス族との和解のために動き出した。
事情を問おうとするヴァルマト子爵を放置して、随伴の者たちを率いて帝都へと出発する。
帝都に戻るとすぐに
ヴァルマト子爵も含め役者の揃っていた謁見の間でミレーユは静寂の森を焼き払う方向からなんとか話を遠ざけ、ぬいぐるみを強請るような口調で「ぜひ、あの森を私の、皇女直轄領に加えて頂きたいですわ」と提案した。
この提案に微かな失望を感じ、その失望によりついにルードヴァッハの目からはミレーユに対する信仰という名の曇りが取り除かれようとしていた。
ミレーユは別に叡智でもなく、聖女でもなく。どちらかというと、ちょっぴり残念な皇女殿下であると……彼が真実に到達しそうになった、まさにその時!
「ならば、ヴァルマト子爵よ、その森の側にミレーユのための街を作るのだ!」
阿呆な皇帝――マティタス・ブラン・ダイアモンドが火に油を注ぎ、いよいよルードヴァッハが頭を抱えようとしていたその時――。
「お、おお……陛下、そ、それは……」
感動に打ちひしがれるヴァルマト子爵の姿を見て固まった。
そして、ルードヴァッハは遂にミレーユの本当の意図|(そんなものはない)に気づくことになる。
相手が商人であった場合、ミレーユの選択は恨みを買うものだった。自らの資産を、皇帝の権力を持って接収するのだから。
だが、名誉を重んじる貴族の場合は話が変わってくる。皇女の静養地を領地内に作ることを肯定より命じられるというのは大変名誉なことなのだ。
ミレーユ自身が自腹を一切切ることなく森を守る条件を整えてしまったのだ。
更に森の側にミレーユの街を作ることで迷惑を被ったウィリディス族にも、繁栄の道を用意した。
ルードヴァッハはこの時、遂に夢から醒める手段を失ってしまった。こうしてミレーユ信奉者の文官は夢から覚めることなく永遠にミレーユを信奉していくことになるのである。
◆
ルードヴァッハはレイドール辺土伯爵側にもきちんと配慮する筈だと末期症状的な予想をしていたのだが、その予想は当たることになる。
レイドール辺土伯爵の娘、マリアから手紙が届いたのだ。
これがフィリイスやアモンであればテンションも上がっただろうが、相手はかつて自分を断頭台に掛けた因縁の相手。
とはいえ、レイドール辺土伯の貯蔵する小麦は魅力的……無碍に扱うこともできないという大変厄介な存在であった。
その手紙には「弟のセルロ・レイドールがとても優秀なのだが財政難で学校にいけない」ということが書かれていた。
このセルロ・レイドールは前の時間軸、ラフィーナ・ジャンヌ・オルレアン公爵令嬢の庇護下でオルレアン公国(オルレアン教国とも呼ばれる)の研究機関におり、長年の研究が実り「寒さに強い小麦」を開発したことで領内の食糧難を救い、革命軍が人心を得る大きな役割を果たした存在であった。
ミレーユはそのマリアのズルい弟を取り込む作戦を考えた。決してセルロをオルレアン教国に譲ってなるものかと考えたミレーユは自国で研究のために必要なものを揃えてしまおうと考えた。
これをルードヴァッハは「大切な跡取りを二人とも国外の学校に行かせるというのはレイドール卿にとってあまり嬉しい話じゃないと考えたミレーユ様が気遣ったのではないか」と深読みしてより一層ミレーユを信奉するようになるのだが……。
ミレーユはフィリイスの力を借りて本を集め、帝国内で最高の教育を受けられるよう手配するつもりなのだろうとルードヴァッハは推理という名の妄想を発展させていく。
更に、ルードヴァッハはこれを先の一件でのレイドール辺土伯爵家に対する償いのためなのだと勝手に深読みしていた。……このようにして彼の妄想はどんどん現実から遠ざかっていくのである。
ミレーユは偶然セルロが花に水をあげているところに遭遇し、彼がセルロであると見抜いて実にあざとく好感度を上げていく。
そして、セルロを新しくできるミレーユの街の学校の生徒第一号にする許可と、ついでに小麦をミレーユの名前で民衆に配ることを図々しくお願いすると、ホクホク顔で帰っていった。
レイドール辺土伯爵はこのミレーユの提案に内心歓喜していた。それは何故か。
実は今まで農作物の不作などで食料が不足した時には大貴族達がやって来ては小麦を奪っていたのだ。……帝室に献上する故にという名目で、実際には自らの貯えとするために。
自分達が飢える可能性があるというのに、民草に食料を配るなど考えられぬこと……とそのような常識で大貴族は動いている。
厄介なのは、彼らの大半はそこまで贅沢をしようとは考えていないことである。
貴族達のほとんどは贅沢な生活を維持するために小麦を欲しているのではなく、不作がいつまで続くか分からない状況で自分達が飢える可能性を危惧し、でき得る限りの食料をため込んでおこうとするが故に小麦を欲し、溜め込むのだ。
丁度、某ウィルスで海外の工場が停止するからとデマが流れ、紙類が大量に店から消えたのと大体同じ構造の話である。
贅沢ならば咎められるが、飢えないための備えと言われては、誰も文句は言えないものである。
そのような状況で、無償で民に食料を配ったりしたらどうなるか? 下手に訴えられれば、帝国に対する反逆と取られかねない状況である。
それをミレーユは「自らの名によってそれを成せ」とそれを見越して言ったのだと思ったのだ……そんな訳がないのだが、幸か不幸かレイドール辺土伯爵はミレーユの本性を知らない。
こうして全ての材料が揃い、運命の大河は新たな流れに移り行くことになる……そして。
◆
ミレーユの血塗られた日記帳が消滅し、ギロチンの運命は回避された。
……だが、喜んでばかりもいられない。次なる問題が早々と浮上していた。
それは、プレゲトーン王国で引き起こされようとしている革命。
革命を訴えて民衆が蜂起したという段階であることが学院に戻ったミレーユ達にカラック・レストゥーアによって伝えられたのだ。
そして、ミレーユに選択の時が迫る。
死の運命、血塗れの日記帳に縛られ続けていたミレーユがする、これが、最初の選択だった。
そして、ミレーユは協力を募り、プレゲトーン王国に行く予定のフィリイスの
リオンナハト、カラック、マリアの助力を得てプレゲトーン王国に向かうことになった。
斯くて、全ての駒は盤上に揃った。
プレゲトーン王国を盤面とした
果たして、ミレーユの呼びかけで集まりし仲間達は敵陣に孤立した騎士、アモン王子を救い出すことはできるのか。
未来がどこに行き着くのか、未だに見通せるものはいな……い?
◆
逆さまになった黒い城。上空に浮遊するこの城を含む都市を丸々一つ飲み込んだような逆さの浮遊島が現在の『這い寄る混沌の蛇』の本部と呼ぶべき場所となっている。
この荒廃した都市を浮遊させた居城はアポピス=ケイオスカーンの保有する自分だけの世界である。当然、この城を知る者は『這い寄る混沌の蛇』の上位者しか存在しない。
「ようこそ、お越しくださいました。早速ですが百合薗圓がダイアモンド帝国の情報を掴んだようです。今は丁度革命の時期ですからこの革命を利用して百合薗圓を……それが厳しければせめてミレーユを滅ぼしてきてもらいたいと思っております。……貴女のその力で」
アポピスに相対する白銀髪と黒髪を半分ずつで持つ金色の瞳を持つ踊り子風の戦場的な衣装を纏った妖艶な雰囲気の女性は嫣然と笑みを浮かべる。
「あら? アポピス様は今すぐローザとことを構えるつもりは無いと仰っていたわよね?」
「私自身はことを構えるつもりはありませんよ。しかし、このまま対『這い寄る混沌の蛇』の包囲網が完成するのを指を咥えて待っているというのもなんだか違うと思いますからね。君を派遣するのが適任だと私は考えたのですよ、ヘリオラ」
ヘリオラ・ラブラドライト――彼女は『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』に登場しない存在だ。
圓も知らないアポピスの切り札――冥黎域の十三使徒の一人である。
この冥黎域の十三使徒には蛇巫女であるレナス=ケイオスカーンも含まれる。つまり、自分の妹と同格の存在ということになるのだ。
権力構造で言えば、狼使いの
「一応念のためにレナードも派遣しておきます。互いに協力する必要はありませんから、ヘリオラは成すべきことを為すように」
「分かったわ。……ミレーユ・ブラン・ダイアモンド、ギロチンを回避するために保身のために努力を重ね、仲間は友人に恵まれた選ばれし主人公の一人」
ヘリオラは太陽のような金色の紋章が描かれた漆黒のククリナイフを一舐めして愉悦に震え、顔を赤らめる。
「その絆が断ち切られた時、貴女達はどうなるのかしら? とても楽しみだわ♡」
斯くして、物語は打ち砕かれ混沌の渦中に放り込まれる。
盤上にはローザ達と『這い寄る混沌の蛇』の駒が放り込まれ、ミレーユ達の物語世界はこの時をもってシナリオから外れた道を進み始めた。
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