Act.8-91 ペドレリーア大陸探索隊~動 scene.5

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>


 馬車を乗り継いで夕暮れの頃にはダイアモンド帝国の帝都に到着した。

 おおよそ予定通りということになるねぇ。


 今日は時間的にこのままトーマス・ラングドンの探偵事務所に赴き、トーマスを勧誘して終わりということになると思う。

 ……ただ、港湾国セントエルモでも現時点の情報をあまり掴めなかったのは問題かな? 時系列的に見るとそろそろダイアモンド帝国の代わりにライズムーン王国に諜報部隊「烏」の策略でプレゲトーン王国に革命が起きる時期だと思うんだけど、でもこの件も『這い寄る混沌の蛇』の末端のジェイが関わっているだけでミレーユ姫殿下のお力で大したことにはならないからなぁ。

 ……と油断しておくとそれこそ『這い寄る混沌の蛇』に油断を突かれて取り返しのつかないことになりかねないし、念のためにラインヴェルド、バルトロメオ、オルパタータダ、ダラス、カルコスの五人を派遣しておいて正解だったかも?


 他の国に関しても戦えないメンバーはいないし、戦力に偏りがあるように思えるけど大した問題はない筈。まあ、最悪の場合もボク達の場合連絡を取り合って戦力を集中させれば済むから大丈夫なんだけど。


 トーマスの探偵事務所はゲーム時代と変わらず帝都の一等地にあった。

 煉瓦造りの三階建ての建物――ところどころ蔓が巻きついている不気味な洋館……ここだねぇ。


「ここがラングドン探偵事務所ですか?」


「なんとなくお化けとか出てきそうな不気味さだよねぇ?」


「まあ、お化けが出てきても叩き切ればいいだけの話だがな」


「……割といいお化けも多いから斬る前にしっかり事情を聞こうねぇ? 強制成仏は話が通じない奴だけでいいと思うよ?」


 これまで見てきた霊も妖怪も割と会話が通じたからねぇ。

 ……朽葉灯里さんの時は終始怯えっぱなしだったけど、トイレの花子さんは男子トイレのヨースケ君によるストーカー被害に悩んでいたからヨースケ君をサクッと切り刻んで、その対価として学校から別の場所に移ってもらえたし、他の妖怪なんかとも割と会話が成立しているから基本的には話は通じるんだよ?

 戦死者の幽霊とストーカー拗らせたヨースケ君と怪異那由多の融怨は話が通じないから強制成仏に出ざるを得なかったけど。


「失礼します」


「ラングドン探偵事務所にようこそいらっしゃいました。本日のご用件はどのようなものでしょうか?」


「トーマス・ラングドン探偵にお話があって参りました。ご案内頂けますか? ラングドン先生の助手で元オルレアン教国の学院都市の生徒のミレニアム・ヴェトラさん?」


 初対面で自分は名乗っていないのだから、名前を言い当てられたら当然相手を疑うよねぇ? その気持ちよく分かるよ。


「ボクはローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ。そうだねぇ……『這い寄る混沌の蛇』について情報提供と協力要請を持ってきたとお伝えしてもらえないかな?」



「初めましてだね。私はトーマス・ラングドンだ。……と名乗る前に既に君達は私のことを知っているようだが」


「お初にお目に掛かりますわ。私はローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハと申します。この国の海を越えた先、別の大陸から参りました。先程、お弟子さんにもお話ししましたが、私は『這い寄る混沌の蛇』と敵対しています。『這い寄る混沌の蛇』と敵対しておられるトーマス先生にもお力をお貸し頂ければと思い、参りました。私は『這い寄る混沌の蛇』について多くの情報を持っております。きっとトーマス先生のお役に立てるかと」


「先生! この人達は怪しいです! さっきと口調が変わっていますし!!」


「……ローザ殿、口調を変える必要はないかと。どうせすぐにバレますし、不自然です」


「……一応、私って公爵令嬢なんだけどねぇ」


 口調を戻し、トーマスに真っ直ぐ視線を向ける。


「……事情は聞こう。だが、海を越えてきたと言われても実感はなかなか湧かない話だ。君達が『這い寄る混沌の蛇』の間者である可能性も十分に考えられる」


「賢明な判断だ。どうすれば認めてもらえるかな?」


「……他国から来たというのが事実であればオルレアン神教会の教義を暗唱するという方法はできないか。これなら一発で蛇かどうかを見抜けるのだがな」


「聖典第二章第一節、『神は常に世を見下ろし、努力する者に微笑む』……でしたっけ? 貴方にとってもっとも因縁ある一節だった筈ですが? ねぇ、トーマス先生?」


 トーマスの冷たい瞳に一瞬恐ろしいほどの殺気が灯ったのをボク達は見逃さなかった。


「……なるほど、確かに『這いよる混沌の蛇』の関係者ではないということが証明されたということになるな。そして、どうやら私とオルレアン神教会の確執も知っているようだ。この国に渡ってきたという割には随分としっかり探りを入れてから来たようだな?」


「まあ、その辺りの疑問にも全部お答えさせてもらうよ。少々荒唐無稽な話になるから特にミレニアムさん、しっかりついて来てねぇ」



 ボクは二人にこの世界の真実とボクのローザとしての半生や前世の話、海を超えた先にある大陸のこと、そしてこれからこの大陸で起こるであろうことを全て話して聞かせた。


「…………なるほど、つまり聖神オルレアンに祈りを捧げたところで無意味だったということか。真の神とは私の学説に当て嵌めれば女神ハーモナイアということになるのだな」


「『神とは未熟な世界が成長するまでの間に必要な要素の一つであるが、神という概念と現象の具現化であって世界を安定へと導く要素に過ぎない』……この仮説は実は「形成の書セーフェル・イェツィラー」によって生み出された世界の唯一神のことを示したものだったんだよねぇ。君にとっては偶然辿り着いた自分の学説がまさかシナリオに影響されたものであるとは思わなかっただろうけど。……ところで、神というものは極めて定義付けが難しいんだ。例えば、世界の転生システムを管理する神界という世界には天上の神々が存在する。個々の世界に目を向ければ土着の神もいるし、その世界ごとで神の体系が存在している場合も多い。また、今回のように『管理者権限』を与えられた擬似的な神的存在もいる。実際、大きな括りでいえば君達が敵対している『這いよる混沌の蛇』の首魁は『管理者権限』を持つ『唯一神』であり、本の化身『混沌の蛇アポピス』の形を取った邪神ナイアーラトテップの化身でもある。トーマス先生は幼少の頃に自分が神にいくら願っても本当に助けが必要な時に救いが与えられない経験をして神の存在を疑った。それがこの聖典第二章第一節、『神は常に世を見下ろし、努力する者に微笑む』との矛盾への気づきにつながり、神格機関説に繋がったんだよねぇ? まあ、この女神ハーモナイアの母体となった人工知能を作るよう命じたとか、この世界の元になったゲームを作り出すことに貢献したことから真の神はボクだなんて考えを持った宗教が少なくとも四つ彼方の大陸にあるんだけど、まあ、ボクは見ての通り神でもなんでもない普通の人間なんだよ?」


「いや、その定義付けで言えば『管理者権限』を持つローザ殿は間違いなく神に該当する。しかし、この私の学説がローザ殿のものだったとは……なかなか愉快なものだな?」


「奇妙とか、不気味とかじゃなくて? 自分の考えがまさか他人のものだったなんて恐ろしいでしょう?」


「いや、この考えは私が苦労の末に見つけたものだ。この事実は変わらない。確かにローザ殿の影響を受けていたかもしれないがそれだけのことだ。……この学説は残念ながらオルレアン神教会では受け入れられなかった」


「……君にとっての初めて弟子と呼べる存在だった聖女リズフィーナ・ジャンヌ・オルレアンは平民にも貴族にも平等に扱い慈悲を注ぐ一方、潔癖な性格で正義を重んじていて、容赦なく他者を裁くことができる本物の聖女だけど、あまり柔軟に物事を考えられる人間じゃないからねぇ。実はバッドエンドルートだと彼女は蛇に唆された者達による暗殺により非業の死を遂げるんだ。潔癖すぎる性格のあまり掛け値無しに友達と呼べる存在がいなかったそうだけど、それ以上にその潔癖過ぎる性格が裏目に出る出来事が起きた。遠くない未来でこれから起きる可能性の一つ、リズフィーナは反乱分子を炙り出し、徹底的に監視し、弾圧することによって、仮初の平和を実現する。だけど、その暴力的なやり方には反発も根強く、リズフィーナは『這いよる混沌の蛇』の思惑通り暗殺によって非業の死を遂げるという訳。これがずっとトーマス先生が懸念していたことでしょう?」


 セントピュセル学院の聖夜祭で起こった猛毒による無差別殺傷事件。これが聖女リズフィーナの名誉の失墜と彼女自身の闇堕ちの引き金となった。

 ただ、これはシナリオの範囲内だからねぇ……ボクが自ら手を出すつもりはない。この件はミレーユさん達に解決してもらいたいからねぇ。


「……やはり、そのことも承知の上か。そして、まあ驚くほど私の予想通りの展開になる場合もあるのだな。だが、そうならない展開もあると……その鍵を握るのは帝国の深遠なる叡智姫ということか」


「……ん、まあ、帝国の深遠なる叡智姫? が鍵を握っているのは間違いないねぇ」


 色々と話したけどミレーユの帝国の深遠なる叡智姫の正体が我儘で、でも困っている人を見るとなんだかんだ言って放っておけない小心者の足りない子だってことは話していない。帝国の深遠なる叡智姫の幻想をわざわざこのタイミングで壊す必要はないからねぇ。


「……ラングドン先生、信じるんですか!? こんな荒唐無稽な話を!?」


「そうか? 私としては随分と興味深い話だと思うが? ……しかし、そこまで知っているなら私にわざわざ接触しなくてもそちらで解決すれば良かったのではないか?」


「まず、前提として今回はバッドエンディングが確定していないからねぇ。わざわざボク達が動かずとも、君達だけで充分ゴールできると考えている。ただ、どうしても君達だけに任せられない理由があってねぇ。……ここまで話したこと、もし敵が――『這いよる混沌の蛇』の首魁が知っていたとしたらどうする? 自分が負けると分かっているなら対策を打つ。その証拠をお見せしよう」


 ボクは統合アイテムストレージから『這い寄る混沌の蛇』の魔導書を取り出して二人に見せた。

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