Act.8-82 ペドレリーア大陸探索隊~動 scene.1

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ>


 午後九時頃、プリムラが眠ったのを確認してから筆頭侍女の部屋に戻る。

 とりあえず書類仕事は終わっているので、ソフィスが来るまで執務室で待っていると、ノックの音が聞こえ、ソフィスの声が聞こえた。


 部屋に入るように促すと、そこにはソフィスの他にメアリーの姿が……あれ? 声を掛けたのってソフィスだけだったよね?


「あ、あの。……ソフィス様からお聞きしたのですが、ろ、ローザ様はブランシュ=リリウム先生なのですよね!? 私、先生のファンなのですがサイン頂けますか!?」


「……ソフィスさん、話しちゃったの?」


「ついつい私が小説や漫画を描いていることをメアリー様達がいる席で話してしまって、その流れで……。皆様には広めないようにお願いしましたからきっと大丈夫だと思いますが、申し訳ございません」


「あっ……まあ、ソフィスさんの方もバレちゃったよねぇ。ソフィスさんが『ソフィア』の名前で執筆活動をしていることも」


「はい、皆様驚かれていました」


「だよねぇ。貴族達の中で小説みたいな虚構を描いたものはあまり好ましいものじゃないと未だに思われているけど、実際には貴族達も隠れて読むくらい世間に浸透している。ソフィア先生の小説も漫画も素晴らしいものだし、評価を得られて当然だし、ファンも多いと思うよ? ボクだってファンだし」


「ローザ様にそう言って頂けるなんて……私が小説を書こうと思ったのはローザ様が背中を押してくださったからですから」


「……あれ? そうだっけ?」


「引きこもりだった私に手を差し伸べて外の世界に連れて行ってくださったのはローザ様です。私にとってローザ様は憧れの存在なのですわ!」


 いつになく興奮している趣味に関連することになるとオタク特有の早口になるソフィスの隣りにいるメアリーは困惑気味だ。そりゃ、大人しそうな子が豹変したらびっくりだよねぇ。


「あの……筆頭侍女様はそちらが素なのですか?」


「あっ、そっち? まあ、こっちが本来の口調ってことになるねぇ。ただ、あんまり貴族令嬢らしくないから普段は猫を被っているんだけど。……今日、ソフィスさんを呼び出しのはプレゼントしたいものがあってねぇ。アクアマリン伯爵邸に招いてもらって祝ってもらったお礼。ニルヴァス様にはまた今度何かを返しておくから」


「そっ、そんな……私はもらってばかりなのに、またローザ様にご迷惑を」


「正直、今回のプレゼントはソフィスさんに持っていてもらっている方がボクとしても安心できるものだから気にする必要はないよ。できれば肌身離さず持っていてもらいたい」


 ソフィスに手渡したのは鍵穴のついた分厚い本と小さな金色の鍵。

 鎖が施されたその本には『エメラルドの王女と仮面の伯爵』という題名が書かれている。


「これはソフィア先生の代表作『エメラルドの王女と仮面の伯爵』の本ですか!?」


「でも、こんな装丁見たことがありませんし……ローザ様、この本は一体」


「ボクが新しく作り出した『典幻召喚コール・ヴィジョン』という魔法の媒体となる重要なアイテムだよ。この魔法は作品の内容を圧縮した『原典』から作品内部のキャラクターの力を借り受けて虚像コピーを召喚するということができる。あくまで虚像コピーを召喚するだけだから、物語の世界に影響は与えないし、能力そのままに召喚できるけど、物語内部に記憶を継承して影響を与えることはないから安心してねぇ。この本には完結した『エメラルドの王女と仮面の伯爵』の全話が刻み込まれている。この本を使えば『エメラルドの王女と仮面の伯爵』の中に登場する仮面の伯爵様を召喚することもできるということだねぇ。……ソフィスさんも魔法は使えると思うけど、この魔法は切り札として持っておいて欲しい」


「こんな素晴らしい魔法を……ローザ様、本当によろしいのですか?」


「ソフィスさんに持っておいてもらいたいと思って頑張って編み出したからねぇ。もしかして、別のシリーズが良かったかな?」


「いえ、私にとって『エメラルドの王女と仮面の伯爵』は特別なものですし、そもそもローザ様に作って頂けたというだけでも嬉しいのです。ありがとうございます、大切に致します!」


「……あの、ローザ様は戦う術を持たないと仰られましたよね? ですが、これほど魔法に卓越しているローザ様が弱いなんてないと思うのですが」


「ローザ様、私も気になっていました。隠す以上は何か理由があると黙っていましたが、ローザ様は魔法分野でも剣を扱ってもこの国随一の実力者です。ローザ様の旅のお話は沢山聞いてきましたから、ローザ様の強さを目にしたことがない私もよく存じ上げているつもりです。どうして、隠そうとなさるのですか?」


「……えっ、ローザ様が魔法と剣の分野でこの国随一!? 流石にそんなことありませんよね? その国には騎士様もいらっしゃいますし、宮廷魔法師の皆様も」


「否定できないことが辛いところだよねぇ。……ちなみにブライトネス王国よりもフォルトナ王国の方が騎士の練度が高いし、魔法分野でいけば宮廷魔法師や宮廷魔導騎士が優秀だけど、どっちの国も王族……というか、国王陛下が無駄にアグレッシブで強い国だからねぇ。まあ、その国王陛下と戦ってもまあ、負けることはないだろうからブライトネス王国とフォルトナ王国に限って言えば、ボクは最強ということになるかもしれないねぇ」


 うん、嘘を言っても仕方ないからねぇ。


「ちなみに陛下は現役の上位クラスの冒険者だからその強さは推して知るべしだよ。とはいえ、ボクと陛下達の関係は極秘事項なので喋らないでもらいたいのだけど」


「……ソフィス様、ローザ様って一体何者なのですか? 社交界にも顔を出さない深窓の令嬢で、第三王子の婚約者を狙っているとか、傲慢な性格で誕生日に王族を呼びつけたり格下の貴族のお茶会を断ったりしているなど様々囁かれていますが、結局のところローザ様はどのような方なのか……噂されるような恐ろしい方ではないことはお会いしてよく分かりましたが」


「色々好き勝手言われているねぇ。まあ、お茶会を断っているのは事実なんだけど……令嬢達の……というか貴族同士の腹の探り合いがどうにも好きになれなくてねぇ。生産性が皆無だし」


「ローザ様はまさに深謀遠慮という言葉が相応しいお方で、国だけではなく国家全体、いえそれ以上のものを見据えているお方ですわ! 多種族同盟の立役者で、亜人種差別の撤廃など様々な奇跡を起こしています。三大商会の一角であるビオラ商会の商会長でもあり――」


「……えっ、ええっと? ローザ様がビオラ商会の商会長!? そ、そんな、いくらなんでも嘘よね?」


「……ソフィスさん、喋り過ぎ。ついでに天上の薔薇聖女神教団の御神体の吸血姫の正体がボクだなんて知ったら……あっ、遂に処理し切れなくてショートしちゃったねぇ。丁度そこに仮眠のようのベッドがあるし運びますか?」



「メアリーさん、大丈夫?」


 意識を取り戻したメアリーに紅茶を淹れて手渡す。

 ちなみにボクとソフィスは既に二人で飲み始めていた。


「さっきの話……ご冗談ですよね?」


「あっ、リーリエの話? 見せよっか?」


 リーリエの姿を見せると、メアリーは真っ青になってブルブルと震えていた。……ちょっとやり過ぎちゃったかな?


「メアリーさん、この件は他言無用だからねぇ。ボクはここでは非力な筆頭侍女でなければならないから」


「……ローザ様、それはシェルロッタさんを侍女として連れてくるためなのですよね? 傲慢な令嬢だって思われても、それでも彼女を侍女として連れてくるために……ローザ様が一体何を為そうとしているのか分かりません。ですが、今のローザ様は私と初めてお茶会をした時と同じ顔をしています。あの時のローザ様は私を救ってくださろうとしていました……例え、私や兄から憎しみを持たれる可能性があったとしても。いえ、それすら望んでいるように見えました。……ローザ様、どうか自らが傷つくような真似は絶対になさらないでください。ローザ様は何も悪くありません、ですから――」


「うん、分かったよ。だからソフィスさん、安心して」


 ソフィスを安心させ、メアリーにサイン入りの本を手渡して口封じをしてから、二人が筆頭侍女の部屋を後にするのを見送り、ボク自身も筆頭侍女の執務室を後にする。

 ……さて、本日の後半戦――ペドレリーア大陸の探索に向かいますか? ……と、その前にビオラ商会の仕事を終わらせておかないとねぇ。



 ビオラ商会の会長室での書類仕事、融資希望者との面接十二件、ドゥンケルヴァルト公爵領とライヘンバッハ辺境伯領への顔出し、ビオラ系列店への顔出しと『Rosetta』への新しいロリィタ衣装のデザインと実物の手渡しと、モレッティとの新規事業(漫画や本が読める漫画喫茶のような喫茶店の構想)の相談などを終え、夕方になる頃にフォルトナ王国、ド=ワンド大洞窟王国、ルヴェリオス共和国を経由してブライトネス王国に戻ってくる。

 ここで残るラピスラズリ公爵家の参加メンバーを含むブライトネス王国の参加メンバーと緑霊の森組を回収して、全員で転移したエナリオス海洋王国からペドレリーア大陸を目指す旅が始まった。


 ボク、ラインヴェルド、バルトロメオ、アクア、ディラン、ダラス、ブルーベル、フィーロ、ミスルトウ、プリムヴェール、マグノーリエ、エリッサ、アリーチェ、オルパタータダ、ポラリス、ミゲル、カルコス、プルウィア、ネーラ、ヴァルナー……なかなかの大所帯だねぇ。


「なんか結局凄いメンバーになったな。ブライトネス王国、フォルトナ王国、緑霊の森、ド=ワンド大洞窟王国、ルヴェリオス共和国の連合軍か。……少し昔のことを考えたらあり得ないチームだよな」


「まあ、このうちダブルクソ陛下とヒゲ殿下とアクアとディラン、ヅラ師団長とミゲル師団長は呼んでいないんだけど?」


「ヅラではないと何度も言っているだろう! 私はポラリス=ナヴィガトリアであるッ!!」


「ポラリス様になんてことを言うのだ! 良いか、ポラリス様が鬘をかぶっているのには崇高な理由があるのだ!!」


「……だから前から言っているでしょう? こいつら揃うと二倍で面倒になるから能力高くてアクア達みたいに問題児じゃなくても絶対に連れて来んなって」


「……おい、誰が問題児だ!」


「ラインヴェルドとオルパタータダ、アクア、ディラン、バルトロメオ、お前ら以外にいないだろッ!」


「おいおい、肝心な奴を忘れているぜ。エイミーンさんだって問題児じゃねぇか」


「ここにいない奴を挙げないでくれないかな? ってか、ついでにミスルトウさんとプリムヴェールさんとマグノーリエさんに飛び火して申し訳なさそうにしているから!」


 まあ、実際にエイミーンはこいつらに負けず劣らず問題児なんだけど。


「そもそもお前が指名してきたのがカルコスだけだったから気を遣ってポラリスとミゲルを寄越してやったのに、どこに不満があるんだよ? ってか、カルコスと面識があったのか?」


「ないよ? ただ、フォルトナ王国の主要人物は把握しているからねぇ。カルコスさんはフォルトナ王国で最も信頼できる警備隊長だからねぇ。まあ、突然初対面の人間から声を掛けられて驚いたと思ったけど」


「勿論存じております。かつて、フォルトナ王国に危機が迫った時、黄金世代の英雄の皆様と肩を並べて戦われた英雄でございますから。あの頃はアネモネ様と名乗っておられたお方が警備隊長でしかない私に、そのように大事な話を持って来られることはないのではとも考えましたが、実際に貴女様とお会いした時にはらしくなく驚いてもしまいました」


「……いつ驚いていたんだ、お前?」


「ねぇ、面白い人でしょう? 真面目で仕事もしっかり遂行するし、どこぞの騒ぎしか起こさない連中よりはよっぽど頼りになる。……今回は以前使節団で各国を回った時と同じ、協力関係の構築が目的だからねぇ。『這い寄る混沌の蛇』と戦うという共通の目的でペドレリーア大陸諸国と繋がりを持つことが必要であって、相手に嫌われたり、敵として判断されることは避けねばならない。……まあ、一応これだけのメンバーもいるし、同時進行で調査を進めても問題ないかな?」


 ところで、今回使用している『飛空艇ラグナロク・ファルコン号』は初お披露目となる異世界化後に作った新型の飛空艇なんだよねぇ。

 『Eternal Fairytale On-line』に存在した飛空艇の材料である『飛空艇のコア』を【万物創造】で作り出し、ステルス戦闘機などの大倭秋津洲の技術も加えた渾身の作品ということになる。

 とにかく速度と乗り心地の良さの両立を目指したこの飛空艇は内部空間に空間魔法を施すことで大空間を実現し、多数の兵器も四次元空間から取り出して攻撃に使えるように仕掛けがされている。


 『飛空艇ノーティラス』のように海の中に潜って進むことはできないけど、『飛空艇ラグナロク・ファルコン号』は地上以外に水中への着陸も可能だし、かなり使い勝手がいい飛空艇ということになるねぇ。


 自動操縦付きなのでボクが何もせずとも自動で座標を目指して飛んでいってくれるし、自動迎撃機能もあるから警戒する必要は、まあ、ほとんどない。

 ということで、全く警戒もせずに船の中心にある司令室にラインヴェルド達を集めて一人ずつに地図を手渡した。


「これは『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』のゲーム時代の地図だから変わっている可能性もあるんだけど、念のために全員に手渡しておくよ。到着後、すぐに地図を購入して情報を確認し、その後で各班に分かれて各々行動してもらうことになる。ラインヴェルド陛下、オルパタータダ陛下、アクア、ディラン、バルトロメオ殿下の五人は基本的に夜になったら一緒に手渡した空間移動魔法が組み込まれた腕輪でこの船に帰還すること。時間内に戻れない場合はボクに連絡するように。今回の調査は長期に渡り行われるものということになるけど、この五人に関しては明日にはブライトネス王国に戻らないといけないからねぇ。他のメンバーは国内で宿を取ってもいいし、必要ならこの船に戻ってきてもいいけど、任務に伴い必要になった経費は全てボクに請求すること。また、地図を確認して班が決まったらそれぞれに必要な情報を纏めた本を提供させてもらう。ここまでで質問は?」


「あの……ローザ様に全額経費を請求するというのは?」


「これこそ、多種族同盟の共有の財源から支払えばいいんじゃねぇのか? 『這い寄る混沌の蛇』は各国にとっても厄介な共通の敵なんだし」


「出すって言っている人に出させればなんの問題もないでしょう? マグノーリエさんも気にしなくていいよ? まあ、ここ最近は出費も抑えているし、大きな買い物もマラキア共和国の商人ギルドの購入くらいしかないし」


「……お話を聞いた時には随分と思い切ったことをすると思いました。予算は大丈夫なのですか?」


「寧ろ、予算より経営の方が問題そうだよねぇ。まあ、商人ギルドの上位陣をリストラして、実際に運営していてノウハウを持っている人は残すし、そこから一気にグレーな商売をしているところとアウトな商売をしているところをごっそり削って、上納金とか呼ばれているショバ代の金額を下げたら終わりかな? しかし、商人ギルドを傘下に加えたらビオラ商会ってどういう扱いになるんだろうねぇ?」


「まあ、三大商会っていいつつ本体だけでも釣り合いが取れない上に傘下や資金提供をされているところを含めれば一強なんだから、今更傘下に商人ギルドが入ったところであんまり変わらないだろ? しかし、これでお前も遂に国持か。……共和国首相?」


「肩書き的には商人ギルドのギルドマスターってことになるんじゃないかな? ……国の経営って本当に面倒で避けてきた筈なんだけど、なんでここ数年領地経営とか国家経営とかせざるを得ない状況になっているんだろうねぇ?」


 まあ、ボク一人じゃ流石にできないし、ノウハウのある人間とビオラ商会の幹部……特にモレッティ辺りに皺寄せが行きそうだけど、本当に申し訳ない話だよねぇ。

 迷惑かけた分、ボクのできる仕事(まあ、主に書類仕事だけど)を精一杯頑張るぞ!

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