Act.8-31 誕生日会の二次会と、ドリームチームトーナメントと……。 scene.8 丙

<三人称全知視点>


三位トリムールティ・魂霊崩壊エーテリアス・ディスインティグレーション


 ヴェルナルドはその瞬間、作戦を大きく軌道修正せざるを得なくなった。

 剣による徹底抗戦から形振り構わないあらゆる攻撃を許容する作戦へと……そうしなければ、ヴェルナルドはシューベルトに勝てないと確信したのだ。


 ひゅんッ、と風を切る音が響いた。シューベルトが試し斬りをしたのだろう。

 その人外じみた斬撃音にヴェルナルドは自分の勘が正しいものであったと実感した。――この剣と打ち合って勝てる気が全くしない。


「……リーリエ様は【白の暴君】の剣は重く鋭く破壊的で厄介な剣だと仰っていましたが、確かに速度は数多劣るものの破壊力はリーリエ様の剣よりも僅かに上回っているかもしれませんね」


「あの女の剣と比較するな、気に食わん」


 ニコリともしない美貌で混沌の象徴のような鋭い紺色の瞳を向けたシューベルトが、呆気なく魂を消し飛ばす光の奔流の魔法陣を光が解放される前に回避し、凶暴な気配を隠そうともせず次々と展開される「魂霊崩壊エーテリアス・ディスインティグレーション」や「三位トリムールティ・魂霊崩壊エーテリアス・ディスインティグレーション」の魔法陣を駆け抜けて躱すと、あっという間に肉薄されてしまった。


崩魂霊聖剣メルトスピリチュアル・ブレイド


 「魂霊崩壊エーテリアス・ディスインティグレーション」を込めた『天上聖剣エンピレオ=レイ』で斬撃を放つヴェルナルド。

 対するシューベルトも『王国騎士の剣エスカリボール』で袈裟斬りを放ち……。


 その瞬間――空間がガリンっという音と共にひび割れ、猛烈な衝撃がヴェルナルドに襲い掛かった。

 衝撃波がヴェルナルドの体勢を大きく崩し、吹き飛ばした瞬間を狙い、シューベルトの斬撃が放たれる。


 ひゅんッ、と風を切る音が響き、『天上聖剣エンピレオ=レイ』の刀身が綺麗な断面で切り裂かれて落下し、続いて放たれた左切り上げがヴェルナルドに深々と傷を刻み込んだ。

 赤い稲妻を伴って傷口の周りがどんどん破壊されていき、やがてヴェルナルドは無数のポリゴンと化して消滅する。


 シューベルトの魂魄の霸気――《大魔王》はあらゆるものを破壊する破壊の概念だ。

 その破壊の概念である赤い稲妻を宿した武器はあらゆるものを破壊する力を有する。


 その応用で、剣で空間を破壊することで衝撃を発生させることも可能だ。先程、ヴェルナルドの体勢を大きく崩したのは、シューベルトが空間の一部を破壊したことで生じた衝撃波だったのだ。


「……ちッ、あの女のことを思い出させた鬱憤を晴らそうとしたのに歯応えが無さ過ぎてストレス解消にならなかった」


 苛立たしげに周囲の木々を破壊すると、シューベルトは次の獲物を求めて再び森を歩き始めた。



 銀氷騎士団第一師団長のファンマンと騎馬総帥レオネイドの親友コンビは、森の一角で天上の薔薇聖女神教団の上位聖職者二人と遭遇していた。


 天上の薔薇聖女神教団の筆頭枢機卿コンラート=シラクサとフォリルスの街の教会の女子修道院長で天上の薔薇治癒師修道会の治癒師長ルイーゼ=プファルツだ。

 特にコンラートは聖人の領域の到達者であり、他の聖人到達者のほとんどと同じく限界を越えるために【アラディール大迷宮】の迷宮統括者ギア・マスターであるエヴァンジェリン・γ・ラビュリントの監督の元、【アラディール大迷宮】での百日修行に参加し見事に達成した猛者である。


 種族限界を越えるためには恨みや恐怖、絶望、圧倒的な逆境の中で希望を失わない必要がある。常に危険と隣り合わせの大迷宮での修行は聖人に至るために最も適した方法だったと言えるだろう。

 ……とは言え、ローザを含め、百日修行以外の方法で聖人に至った者もいる訳だが。


 ルイーゼは聖人の到達者ではないが、高い治癒魔法の適性を持ち、治癒においては天上の薔薇聖女神教団の中では他の追随を許さない猛者である。

 神聖魔法の使い手であるコンラートが前に出て、治癒魔法の使い手であるルイーゼを守りながら戦うというファンマンとレオネイドの予想通りの理に適った布陣で、コンラート達はファンマンとレオネイドと相対した。


心無き天使のウィング・オブ・ミッシング・ 破滅の翼ハート・エンジェル


 戦闘開始早々、コンラートの背に光り輝く純白の翼が出現した。

 大きく飛翔すると共に無数の羽を降り注がせ、羽一つ一つが小さな天使へと変形してファンマンとレオネイドに襲い掛かる。


「おいおい、これって確かルヴェリオス帝国の人造魔導士の魔法って聞いていたんだが、なんで天上の薔薇聖女神教団がその術式を持っているんだ?」


「あら、ご存知ありませんでしたか? 我らが女神リーリエ様はルヴェリオス帝国の崩壊後、他の術式と共に光魔法のいくつかをお教えくださったのですよ。その中に『心無き天使のウィング・オブ・ミッシング・ 破滅の翼ハート・エンジェル』もございました。この魔法は今や、天上の薔薇聖女神教団の『光魔法典』の中にも記されている極めて重要な魔法となっております。なんたって、あの女神であるリーリエ様から賜った魔法なのでございますから」


 序盤から絶体絶命の状況に陥ったファンマンとレオネイドだが、その表情に焦りはない。

 騎馬隊時代から相棒の関係にあるレオネイドは、相棒であるファンマンが愉しそうに顔を歪めている姿を見て、小さく溜息をつく。


「いくぜ相棒!」


 ファンマンが地を蹴って宙を走り出した・・・・・・・。それに続き、抜刀したレオネイドが空中を走るように駆け抜ける。


「おや……その技は神境智證通ではないようですね。見たことがない技です」


 同時多発的に襲い掛かる天使を的確に一体ずつ『王国騎士の剣エスカリボール』で撃破していくことには全く驚きもせず、コンラートはファンマンとレオネイドの足に視線を向けていた。


「一瞬にして地面を十回以上蹴って空中を歩いているようですね」


「よく分かりましたね。これはアネモネ……圓さんの世界に存在する武術の一つで、八技などと称されるものの一つのようですよ。その中の一つ空歩はその名の通り空中を歩く技です」


 遠い目をしながらレオネイドが答えたのは、その七技を習得するための修行が過酷を極めたからだ。


『いや、こんなの絶対に無理だって! 俺、人間だよ! こんな人間離れした動き絶対に無理!!』


『レオネイド様、何を仰っているのですか? 八技は最も身体能力に近い能力で、会得こそ大変ですが闘気と同じく幅広く習得されている技術ですよ。ただの人間に習得できるのですから、レオネイド様に習得できない筈がありませんわ』


 淑女然とした笑顔でそう断言して少女とは思えない腕力で脱走者達を連れ戻したローザを思い出して、思わずぶるぶると震えてしまう。


「なんと、それは羨ましい」


「……一体何が羨ましいんだよ!」


 思わず素で返したレオネイドは自分達の目の前にいるのが一体何なのかを思い出した。


(……そういえば、コイツってローザの嬢ちゃんの狂信者じゃん)


 彼ならば、例えどれほどの試練を与えられようとも「リーリエ様の与えてくださった試練ならば!」と間違いなく命も顧みずに挑むことを思い出し、レオネイドはなんとも言えない表情になる。


「ちなみに、他の八技は一瞬にして地面を十回以上蹴って移動する俊身、緩急をつけることで残像を生み出す歩法の幻身、音と気配を絶つ歩法の絶音、身体を鋼鉄を凌駕する硬度に変える鋼身、手や足を刃に見立て、超人的脚力や腕力で放つ飛ぶ斬撃の刃躰、指を突き出し、超スピードで相手の身体を貫く突きの技の白指、相手の攻撃を最低限の動きでひらひらと紙のように躱す紙躱があるってローザ嬢が言っていたな。なんでも『不幸せな出生で苦痛に塗れた半生を送ったのだから、後の人生は天人のように素晴らしい人生を送るべきであり、送れる筈だ』という思想を掲げる不幸せな出生の五人が結成した反仏教系武装思想家組織「天人五衰」が代表的な使用者だって話だが……まあ、その辺りはよく分かんねぇな」


 武装思想家組織「天人五衰」はその名の通り武装した思想家の組織だ。

 仏教思想を母体としながらも、その実態は「解脱を逃げ」と断じ、「仏教で否定される五感を賛美する」という思想を持つが故に、仏教勢力から追われる身となっている。

 「より良い生活のためなら、たとえ前の雇い主であろうと殺す」という考え方が「天人五衰」らしいと言われる思想であるということからも、その危険さがよく分かるだろう。


 ローザは圓時代に敵対していないため、直接関わった経験はないが、その噂は裏世界にどっぷりと浸かっているため望む望まざるに関係なく聞こえてくる。

 頂点の五人――衣裳垢膩、頭上華萎、身体臭穢、腋下汗出、不楽本座のコードネームを冠する五人の情報は名前を含め一切が不明で裏世界にも全く情報がないことを踏まえれば、その得体の知れなさは瀬島以上かもしれない。……邪悪度は瀬島奈留美に劣るだろうが。


 武装闘気を纏った剣で天使を次々と撃破していくファンマンとレオネイド。

 その圧倒的劣勢を覆す状況に特に驚くこともなくコンラートは聖杖を構え、ルイーゼは純白のトゥニカの裾が汚れるのも気にせず跪き、祈りの姿勢を取った。


弩級聖極ドレッドノート・ホーリー・十字光カテドラル・クロス!」


聖光浄弾ホーリー・ライト!」


 コンラートの聖杖から「聖極十字光ホーリー・カテドラル・クロス」を上回る巨大な光の十字架がファンマンに向けて放たれ、ルイーゼの目の前に光が収束し、レオネイドへと放たれた。


「おっ、これは流石に捌けねぇな。退避だ」


「この程度の聖光なら俺でも何とかできるかな?」


 ファンマンはシューベルトとの追いかけっこで鍛え抜かれた脚力で巨大な光の十字架を回避すると、更にコンラートとの距離を詰めていく。

 一方、レオネイドは武気衝撃で聖光を消し飛ばすと、ファンマンの方に視線を向け――。


「ファンマン、一人でコンラート筆頭枢機卿を倒せるか?」


「ん? まあ、ちょっと厳しいけど何とかなるんじゃねぇか? で、どうした?」


「先にルイーゼさんを撃破しておいた方がやりやすくなるかと思ってな」


「……まあ、どっちでもいいと思うけど、レオネイドがそっちの方がいいっていうなら先に決着をつけてきたらどうだ?」


「それじゃあ、そうさせてもらうか」


 方針が決定した。レオネイドが地上に降りてルイーゼと対峙し、ファンマンが上空に登っていくコンラートを追いかける。


「どうぞ一戦よろしくお願いします。ルイーゼ様」


 レオネイドが恭しく騎士の礼を取り、『王国騎士の剣エスカリボール』の切っ先を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る