Act.8-3 ローザ・ラピスラズリ十歳の誕生日 scene.1 下

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト>


「お初にお目に掛かりますわ。私はローザ=ラピスラズリと申します。本日は私の誕生日会にようこそお越しくださいました」


 ラインヴェルド達王族御一行様に対して自然にカーテシーで礼を取ると、ラインヴェルドとヴェモンハルトからは「さて、どうかき混ぜてやるか」という悪戯っ子のような笑顔を、ルクシアからは「本当に猫を被っているのですね」と呆れ顔を、ヘンリー、ヴァン、プリムラからは驚愕の表情を、ビアンカとニーフェからは「面白そうな子ね」という好意的? な視線を、ノクトからは「本日も猫被りで平常運転ですか」というジト目を、レインからは「お疲れ様です」という同情的な視線を向けられた。

 ……まあ、ヘンリーが驚いたのは、高々誕生日会如きのためにロイヤルファミリーを招待した貴族というのはどんな常識知らずだとでも思っていたからだろうねぇ。公爵家の地位は高いけど表向きあまり王家とは関わりが無い筈のラピスラズリ公爵家が王族を招待するとは思わないだろうし、まあ誕生日を迎える娘が駄々を捏ねて招待状を送らせたとでも思ったんだろう……でも、残念。元凶はそこにいる君のお父さんとボクのお父様だよ? なんか他にも色々クソ共が絡んでいるような気もするけど。


 ヴァンとプリムラは、純粋に歳の近いボクが予想以上にしっかりしていることに驚いたのかな? ……うん、見気で感情を読んだら大体合ってた。


「ご招待ありがとう。しかし、まさか招待状が届くとは思わなかったぞ? ラピスラズリ公爵家と王家はあまり交流が無かったからな」


 どの口が言うんだ? その口か? 見えざる手で縫い付けてやろうか? とは決して言わないし、心の中に裏の見気でプロテクトを掛けてひた隠しにする。

 こういう時ってラインヴェルドって役者だよねぇ……大根ならいいのに。よく煮えるよ? よく味吸うよ?


「私はどなたにご招待が行ったか全く関知しておりませんわ。しかし、王族の皆様方にご不快な思いをさせてしまったということでしたら謹んで謝罪致します。大変申し訳ございませんでした」


 まさか、頭を下げるとは思わなかったんだろうねぇ。一瞬、ラインヴェルドとヴェモンハルトから「マジかよ。全く非がないのに謝罪しやがった」という気持ちが漏れた……すぐに消えたけど。

 うんうん、公爵令嬢のプライドとか無いからねぇ、ボク。前世は平民から金があるだけの奴隷に進化だか退化だかよく分からない変化を遂げた投資家だったし、確固たる地位にいた訳じゃないしねぇ。


「貴女が謝る必要はありませんよ? 今回の件は何者か仕組んだ方がいらっしゃるのでしょう? それに、私はずっと貴女にお会いしたいと思っていましたから、こうして実際にお会いできて本当に嬉しいわ。ミランダからよくお話を聞いていたから」


 さりげなくラインヴェルドとカノープス(とついでにヴェモンハルトとバルトロメオ)を咎めるビアンカ……というか、やっぱり二人も共犯だったんだねぇ。どうしてくれようか?


「ミランダ様は王太后様のご友人であられましたね。……私はただの公爵令嬢ですわ。王太后様が興味を持たれるようなことはないと思われますが」


 一応軽いジャブを打っておく。まあ、ビアンカほどの手練れにとっては痛痒も感じない口撃だとは思うけど。


「そう謙遜する必要はないわ。貴女のおかげでソフィスさんが外の世界に出る勇気を得られたってミランダさんが嬉しそうに話していたわよ。貴女が優しく歳に似合わないほど聡明なことはよく知っているわ。王太后と公爵令嬢――歳は大きく離れているし、身分を気にするかもしれないけど、私は貴女と良い関係で居たいと思っているわ。よろしければ、良き友として今後も付き合いをしていきたいのだけど」


「失礼ながら、私と王太后様では釣り合いが取れませんわ」


「ええ、確かにそうよね。……本来・・の貴女の立場を考えれば釣り合いが取れないわよね」


 扇子で口許を隠し微笑むビアンカ……バレるかバレないかのギリギリを攻めた中々の口撃だねぇ、これは。


「……私では王太后様に釣り合いが取れる立場ではないことは承知しておりますが、無礼を承知で申し上げれば勿体ないお申し出でございますので、友人のような対等な関係ではありませんが、今後も機会に恵まれましたら是非お伺いさせて頂こうと思います」


 まあ、いずれはこの人に召喚されることも増えそうだけど。

 お茶目で悪戯好きな貴婦人というような人だけど、実態はある意味社交界を牛耳る大妖怪で挙げ句の果てに見気と霸気を覚醒させているという厄介極まりない相手……油断は禁物だねぇ。


「それは楽しみね。ローザさんは行儀見習いを希望しているのでしょう? お会いする機会も増えそうだし、楽しみだわ」


 ……ボクは仕事が増えそうなのでお断りしたいところですが……プリムラ、実際に見ると本当に天使なんだよねぇ、比喩的な意味で。

 うん、この可愛い女の子のためなら頑張れる気がするよ、ボク!!


 挨拶も終わり、ビアンカ達も会場入りした。個人的にボクと話したいメンバーも居そうだけど、その辺りは二次会になりそうだねぇ……まあ、表向きは話せないような話題や関わりがあると公表できない人達を招待するために明日の二次会は開くんだし、そこで話すって流れになるのは当然なんだけど。


「ところでお父様? ボクの記憶だと、前半はお茶会で後半は舞踏会だったよねぇ? ……会場の用意はピアノの設置も含めてしたけど、演奏役って決まっていたっけ? ヘレナメイド長辺りがしてくれるの?」


「私はローザにお願いしたいなと思っていたんだけどね。確かに使用人の中には演奏の技術を持っている人も幾人かいるけど、ローザには敵わないからね。適材適所だと思わないかい?」


「……今回の誕生日会の主役ってボクだよねぇ? 後半の舞踏会は踊らなくていいのかな?」


「異例尽くめの誕生日会だから今更ローザがピアノを弾こうが驚く人はいないと思うよ? それに、私の自慢のローザの実力を知らしめるいい機会だからね」


 ……なんか色々とおかしい気がするけど、まあボクも踊る相手がネストくらいしかいないし、ネストの婚約者が決まっていない今、ネストと踊るとしたらカルミアだからねぇ。まあ、あまりもののボクはピアノ演奏が丁度いいか?

 ……後で一人楽しく誕生日会しよう。こんな祝われた気持ちの全くしない誕生日会で終わりは流石に辛いからねぇ。



<三人称全知視点>


 ヴァン=ブライトネスはブライトネス王国の第四王子として生を受けた。

 幼い頃は病弱で過保護に育てられた彼はやや甘えん坊な俺様王子へと成長した。


 一方で歳の近い腹違いの正妃の子である兄のヘンリー=ブライトネスと比べられることも多く、正妃シャルロッテ=ブライトネスに対抗心を燃やすカルナ=ブライトネスからは特に優秀なヘンリーと比較され、罵倒されることも少なくは無かった。

 使用人達から「いいところ取られた残り滓」と陰口を叩かれることよりも、本来なら愛情を注いでくれる筈の母から罵倒されることの方がよっぽど辛かったのは間違いない。


 ヴァンは母カルナに認めてもらいたかった。元々、何をやらせても人並み以上の成果を出す天才だったヴァンだが、比較対象のヘンリーはそれを遥かに超える天才であり、上位互換の兄に勝つことは内心無理だと思っていたが、それでも兄のライバルとして努力を重ね、いつしか兄を超えることでカルナに認められるために努力する以外に道は無かった。


 孤立無援のヴァンに初めて心の拠り所ができたのは、ヴァーミリオン侯爵家令嬢で後にヴァンの婚約者となるスカーレット=ヴァーミリオンである。


 ヴァーミリオン侯爵家のお茶会に招かれたヴァンは、ヴァーミリオン家を象徴する燃えるような赤髪を持つ二人の姉から少し離れたところで自信無さそうに挨拶したスカーレットに興味を持った。

 それとなく確認したところ、スカーレットは後妻の娘で姉達と使用人からはよく思われていなかったため、家の中に居場所が無かったそうだ。


 そもそも身分の低い家柄の後妻との再婚自体周りから反対されるほどのものであり、その反対を押し切ったスカーレットの父親は後妻の忘れ形見であるスカーレットのことを大切にしていたが、仕事の関係上家にいることの少ない父親はスカーレットの心の支えにはなり得なかった。


 何事にも自信を無くした上に対人恐怖症まで患ってしまったスカーレットは、家の中で唯一の居場所となっていた庭で植物を育てていた。

 お茶会の途中、その庭に偶然迷い込んだヴァンはスカーレットが植物を育てる才能を持つことを知る。


『スカーレット、君は凄いね。俺とは違って才能を持っている。もっと自信を持ちなよ。君は素晴らしい緑の手を持っているんだから』


 スカーレットにとって、この言葉は大切な宝物となり、自信を取り戻す切っ掛けとなった。

 自分の才能を見つけてくれたヴァンの隣に立てるように己を磨いていき、やがて社交界の華や貴族令嬢の鑑などと称えられるほどにまで成長した。


 一方で、スカーレットがその言葉に引っ掛かりを覚えていたのも事実だ。

 スカーレットはヴァンが自分に事情を持てないことに気づいていた。義兄と比較されて、自分のことを出涸らしだと、劣等感を抱えていたヴァン。スカーレットはヴァンが自分に自信を与えてくれたように、自分もヴァンに自信を与えたいと思っていた。


 そして、ようやく見つかったヴァンの才能は音楽だった。

 後に『音楽界の神童』と呼ばれるほどの才能をスカーレットに見出され、これなら兄ヘンリーにも勝てると、そう自信を持っていたのだが……。


 その小さな手から想像もつかない演奏に、会場の視線がグランドピアノに座る少女に集まった。

 曲こそ舞踏会でよく演奏されるありふれた曲だったが、演奏の技巧が、表現力が一線を画していた。


 ペアを組み、踊ろうとしていた貴族達が思わずグランドピアノに座る少女を凝視してしまうほど、その少女はこの場の空気を支配し、主役として君臨していた。

 ヴァンはその少女と一度この会場で出会っている。あの会場の入り口で大人びた挨拶をしていた誕生日会の主役――ローザ=ラピスラズリだ。


「本当に素晴らしい演奏ね。流石はローザさんというところかしら?」


 ビアンカが口許を隠しながら嬉しそうに笑う。厳格な父や普段は派閥争いをしている歳の離れた仲の悪い・・・・兄達も、表情を綻ばせていた。

 『音楽界の神童』と讃えられたヴァンの矜恃を粉々に打ち砕くほどの圧倒的な音楽の才、それをまざまざと見せつけられ、ヴァンの心に仄暗いものが生じる。


「本当に素晴らしい演奏だけどなぁ……俺は不満だな」


『いかがなさいましたか? 国王陛下』


 全く気配一つ無く、一人のメイドが現れた。しかし、ラインヴェルド達は全く動じる素振りもなくそれが当然のように受け入れている。

 その状況に優秀な義兄すら驚いていたことを知ると、ヴァンは少し小気味よく思えた。


 真っ白な肌と深海色ブルーダイアモンドの瞳を持つ作り物めいた人形のような美貌を持つ少女だ。これほどの美貌を持つメイドなど王宮のどこを探しても見当たらない。

 それほどのメイドをラピスラズリ公爵家が囲っていたという事実にヴァンは驚きを覚えた。


「いや、本気を出してねぇなと思って。舞踏会用の曲で、しかも踊りやすいように加減しているだろ? こういうのって自重無しにやるもんじゃないのか? 才能を披露するのにこんな中途半端はいけねぇだろ?」


『はぁ……ご主人様ローザ様は舞踏会用の曲を御所望だとお聞きし、演奏をなさっているのですが?』


「そりゃそうなんだけどさ? お前もお前の大好きなお嬢様に本気を見せてもらって会場を沸かせたいなんて思わないのか? 俺の気持ち伝らねぇか? なぁ、スティーリア」


『先に断っておりますが私はこの国にもラピスラズリ公爵家にも仕えている覚えはありません。私はご主人様に仕えている……よって、貴方に馴れ馴れしく名を呼ばれる理由は存じ上げませんわ。……今回もまた随分と悪巧みをしてご主人様に迷惑を掛けましたね。ご主人様が咎めていないので、今回も見逃すことになりそうですが、ご主人様は貴方のお人形ではないことをよく肝に銘じておいてください』


「……俺は別にあいつのことを人形だなんて思っていねぇけどな。そもそも、俺如きに御せられるような相手じゃねぇことはお前もよく知ってんだろ? あいつが優しく無かったら今頃この国は灰になっているぜ」


『……貴方達には色々と思うことがありますが、私個人はご主人様に全力をご披露して頂き、その才能の一端を知って頂きたいというお考えには賛同しています。舞踏会終了間近にいくつか披露して頂けるようにお願いに参りますが、具体的にどのような曲を?』


「あいつが最も実力を発揮できる曲……お気に入りの曲を頼めるか? 絶対凄え曲持ってくるだろ?」


『……承知致しました』


 現れた時と同じようにメイドは突如として姿を消し、いつの間にかピアノに座るローザの元に現れ何やら話していた。

 無論、ヘンリー、ヴァン、プリムラの三人は全くと言っていいほど状況を理解できていない。


「ラインヴェルド、たまには良いこともするのね?」


「お母様、偶にはってどういうことですか!? 俺、ちゃんとしっかり国王の仕事やっているのに!!」


「あら? 本当にそうかしら? ミランダさんから話は聞いているわよ」


「……ぐっ」


「あら? バルトロメオ、どこに行こうとしているの?」


「ギクっ……せ、折角だからもっと良い場所で聴こうと思ってな」


「うふふ、貴方の話もよく聞いているわ。ラインヴェルド、バルトロメオ、二人とも今日の夜は離宮にいらしてね。……ノクトさん?」


「はい、承知致しました」


「「しまった、外堀埋められた!?」」


 いい歳して子供じみたラインヴェルドとバルトロメオに呆れる第二王子のルクシアと、ポーカーフェイスを貫き火の粉が降りかからないことを願う第一王子のヴェモンハルト――そんな普段は見せない父や叔父、二人の兄の姿にヘンリー達は驚きを隠せない。


「まあ、予定外ではあったがファーストインプレッションとしてはいい感じになるんじゃねぇか?」


 ラインヴェルドがニヤリと笑い、グランドピアノに座るローザが一瞬だけ淑女の仮面を投げ捨て、「また面倒なことを思い付きやがって、クソ陛下」とジト目で睨めつけた。

 そして、舞踏会の終盤――ローザが奏でたフランツ・リストのピアノ曲『ラ・カンパネラ』によって会場が大きく沸くこととなる。


 ヴァンと同世代の少女で『演奏の女神』と後に称されることとなる公爵令嬢――ローザ=ラピスラズリ。

 ヴァンにとってその日越えるべき壁は塗り替えられ、ヴァンはローザのことをライバルとして意識するようになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る