【キャラクター短編 斎羽勇人SS】

百合薗圓暗殺計画

<三人称全知視点>


 今では怠惰で無気力なサボリ魔の庭師として知られる斎羽勇人だが、かつての彼は今とは百八十度ひっくり返したような活動的な少年だった。

 いつもクラスの中心にいる少年でスポーツ万能、更に成績も優秀という非の打ち所がない優等生だった。

 サッカーが好きで、校庭をクラスメイト達と駆け回っていた少年がまさか暗殺者となって、怠惰で無気力なサボリ魔の庭師に成長するとは誰も思っていなかっただろう。


 そんな勇人には明るく楽しい帰る場所があった。父と母、そして愛する妹、斎羽朝陽――特に勇人はたった一人の妹をとても大切にしていた。

 朝陽は花を育てるのが好きだった。勇人が当時好きでもなんでもなかった植物を育てる庭師になったのは、朝陽が花を育てた花を勇人に 見せて嬉しそうにしていたことに由来する。


 そんな勇人に転機が訪れたのは、勇人が高校生の頃、朝陽が中学校の卒業旅行で友達と山城国に行っていた時のことだ。

 今でも何故かマスメディアで一切報道されないものの、痛ましい事件として人々に記憶されている山城ホテル爆破事件。


 たまたま朝陽が泊まっていたホテルで起きたこの爆破事件に巻き込まれた朝陽は命を落とした。

 たまたまクラスメイト達は一階に居て助かったが、朝陽は十七階に止まっていた。上から順番に、嬲るように爆発させていた陰湿な犯人の行動によって朝陽の命はまだ助かる可能性があったが、乗り込んだエレベーターに新たに乗ろうとしていた妊婦の代わりに降りて命を落とす。

 この時、エレベーターに乗って降りた八人は無事だったが、朝陽は結局階段を使って降りるも間に合わず、爆破に巻き込まれて死亡した。


 この事件を皮切りに、斎羽勇人は学校に姿を見せなくなる。

 様々な手を使って暗殺者教育機関『キリング・ガーデン』に入学することに成功した勇人はそこで有名な暗殺者『死神』を師事し、その後、朝陽に「代わりに降りてくれてありがとう」という意味で毎年花を贈っていたエレベーターを降りなかった六人を次々と殺害し、最後に爆破事件を起こした犯人を殺すために情報の収集を開始する。


 一方、定職に就かなかった勇人には暗殺者として働く以外の道は残されていなかった。

 生活資金のために暗殺の依頼を受けていた勇人は、ある日、一人の男の娘を暗殺する依頼を受ける。


 その依頼の主は最後まで名前を明かさなかったが、正体は瀬島奈留美。

 爆破事件を引き起こした田村勲と繋がりを持つ、極東の魔女であった。



 幸い、クライアントから普段の暗殺対象の一日の行動パターンの情報を渡されていたので、暗殺対象の普段の動きを調べる必要は無かったのだが……。

 これがまた、意味不明なほど過密だった。こんな少女にどれだけ働かせるんだよ、と内心勇人が同情してしまったほどだ。


 まあ、後々少女……というか、この男の娘が自ら決めてこういった生活をしていると知った時は同情を撤回して「こういう生き方もあるんだなぁ」と納得したが。


 小さい子供を殺すことに最初は躊躇を覚えた勇人だが、すぐに心を冷たくして「殺すしかないんだよ。俺も、アイツを殺すまで生きないといけないからな」と覚悟を決めた。

 神出鬼没、冷酷無比で夥しい数の屍を積み上げ、「死」そのものと呼ばれるに至った暗殺者『死神』は八百万に通じる多数の技能を持っているが、勇人は銃火器一筋だ。


 スプリングフィールドM1903を使い、ビルの上から狙撃する。

 殺した……と思ったが、道を執事風の男を連れて歩く圓は一瞬にしてどこからともなく取り出した刀で弾丸を両断してしまった。


「――おい、まさかこれだけの距離からの狙撃に気づいたのか!?」


 狙撃手としての腕は超一流で、スコープの補正なく片手で、安定しない揺れるヘリコプターから三キロ先にいる揺れる船に他の乗客に混じっている標的を完璧に撃ち抜くという意味不明なレベルの技術を持ち、驚異的な視力を持つ勇人は『死神』が絶賛するほどの狙撃の化け物だ。

 狙撃銃を使った暗殺での暗殺成功率は百パーセントと言われ、暗殺者界隈では『狙撃の王』などと呼ばれていた勇人だが、圓の能力はその上を言っていた。


 ビルの上にいる勇人を捉える驚異的な視力、そしてどんなに弱い殺気でも認識してしまう驚異的な殺気認識能力と、こちらも驚異的な殺気コントロール能力。

 一度も勇人に気づかせず、狙撃銃を構える勇人を認識し、弾丸を切り捨てた――その事実にようやく気づいた勇人は圓を超高難易度の暗殺対象に位置付け、その後も様々なシチュエーションで暗殺を狙ったが、結果は全て空振り――最も成功に近づいたのは護衛の少女を狙った時だったが、呆気なく暗殺対象は少女を狙う弾丸に気づいて両断し、恐ろしい殺気の篭った視線を勇人に向けた。


 ――そう、勇人に。薄々感じ取っていたが、遂にこの時、勇人は完全に暗殺対象である圓に認識されていることを理解させられたのだ。



「……圓様、どうなされますか? この頃、暗殺者に狙われているようですが」


「今のところ、目立った被害はないけどねぇ。ただ、月紫さんが狙われたってのは許せないかな? どうせ狙いはボクなんだろうし」


「圓様の身に何かあれば、私は耐えられません! これからはより一層警備を強化――」


「それには及ばないよ。実際、月紫さんは反応できなかった……まあ、仕方ないよねぇ。ボクの殺気感知能力は特別だから」


「確か、強者の判別ができない代わりに発せられた殺気はどんなに微力なものであっても感知できる異能でございましたね。正直、あの狙撃手は相当な手練れです。恐らく、圓様でしか対処はできないかと」


「別に月紫さんがあの暗殺者に劣るって訳じゃないからねぇ? 一対一の近接戦闘なら月紫さんや柳さんに軍配が上がると思う。……とりあえず、彼のことはボクに任せてよ?」


「……しかし」


「圓様は月紫様が傷つく姿を見たくないのでしょう。ここは、圓様にお任せするべきだとわたしも思います」


 イマイチ納得がいっていない月紫も渋々圓の指示に従った。

 一方、勇人の方はというと既に狙撃では殺せないと判断し、別の作戦への移行を決定した。即ち、百合薗邸に忍び込み、圓が眠った瞬間に銃撃を仕掛けるという作戦である。

 勇人は深夜、警備の隙を掻い潜って(何故か、いつもよりも警備の忍者が少なかった)百合薗邸に忍び込み、圓の部屋の窓を開けた。


 白いレースカーテンを隔てた先には桃色の天蓋付きベッドの上で眠る少女の姿がある。


「……悪く思わないでくれ」


 拳銃をホルスターから取り出し、銃口を圓に向ける。


「謝るくらいなら殺さないでくれない?」


 拳銃の銃口が刀に切り裂かれ、蹴りで拳銃が吹き飛ばされた。

 不思議な色気のあるネグリジェ姿の圓はため息を吐くと、勇人が取り出そうとした二丁目の拳銃を叩き落とし、手刀を首に当てた。


「なかなかの強さだねぇ。その狙撃能力、ボクも欲しいよ。その任務を諦めてウチで働く気はない?」


「暗殺者っていうのは、クライアントの依頼をしっかりと熟さないと信用問題に関わるからな。……暗殺を遂行しようとする以上、殺される可能性もあるし、その覚悟はしている。殺すなら殺せよ」


「だから、その才能が勿体無いって思っているんだって。後三つ、手榴弾と拳銃が一丁、後はナイフってところかな? ……なら、一つだけ教えてくれない? どうして殺し屋になったのか? ほら、殺し屋って普通は志さないじゃん。だからどういう心境で暗殺者になったのか知りたくてねぇ」


「それを教えたら死んでくれるか?」


「それとこれとは話は別かな? 命だけは取らないであげるよ……君、命差し出すって言いながら全くその気ないでしょう?」


 あっ、これは貰っとくねぇ、と早業でナイフと拳銃と手榴弾を回収されてしまった。

 唖然としている勇人に圓は二杯分の紅茶を淹れて一杯を差し出す。


「あっ……ありがとう」


「それで、なんで暗殺者になったの?」


「…………仕方ねぇな。教えなかったら逃してくれないんだろう? ……俺の妹がとある事件で殺された。その犯人を殺すために殺し屋になった。だけど、殺し屋になるために時間を費やしたから真っ当な仕事に付けていないからなぁ。だから、妹の仇を取るまで死ぬ訳にはいかないし、そのために生きて行かなくちゃならねぇんだ」


「ふうん? じゃあ、仮に衣食住を補償してくれて、更に暗殺のバックアップ――例えば、犯人の捜索に協力してくれるっていう提案をされたらどうする?」


「なんだそれ? ある訳ないだろ? そんな美味しい話」


「それ、ボクが提案しようと思っているんだけどねぇ。……妹さんの仇、取りたいんでしょう? ボクはそのために衣食住と給料、そして暗殺のバックアップをする。暗殺者から足を洗えとは言わない。どう? 我ながら破格だと思うけど? なんなら、相手からより良い条件を出されて乗り換えたって言えば、信用も落ちないだろうしねぇ? どちらにしろ、ボクを殺せないんだし、ここで暗殺を諦めて暗殺に失敗した暗殺者の烙印を押されるか、それとも、ボクに雇われるかどっちがいい?」


「そんなもん、選択肢ねぇじゃねぇか。……でも、いいのかよ? お前の命を奪いに来た奴だぞ?」


「でも、実際殺せなかったんだし、ノーカンだよ、ノーカン」


「なんか傷つくなぁ……圓さん、こんな俺にこれだけのものを与えてくれるってことなら、必ずその恩に報いる働きをして見せる。改めて、斎羽勇人、狙撃手の暗殺者だ」


「百合薗圓、ただの百合好きな投資家だよ」


 こうして、斎羽は圓の仲間に加わった。

 その後、圓が斎羽の妹が花を育てるのが趣味だったと聞いて庭師の仕事を推薦し、そこから庭師としての技術を学んで庭師統括にまで上り詰めることになる。



 『死神』という暗殺者は、裏社会でもほとんど知られていないが、実は二人存在する。

 一人は初代『死神』と呼ばれる人物。国籍不明、年齢不明、神出鬼没、冷酷無比で夥しい数の屍を積み上げ、「死」そのものと呼ばれるに至った大倭秋津洲最強の暗殺者と言われる男だ。


 一方、二代目『死神』は「力で抑えつけることで反抗心を奪いつつ、彼の望む通りの力を与えることで満足心を与える」という方法で『死神』からあらゆる技術を叩き込まれた、こちらも凄腕の暗殺者である。

 非常に裕福な家庭で育ったが横暴な父親が目の前で殺し屋に暗殺される場面を目撃し、その殺し屋の技に魅了されて殺し屋になった。

 斎羽勇人に暗殺の技を教えた師とはこの二代目の方であり、暗殺者教育機関『キリング・ガーデン』の教師を務めている。


 この二代目『死神』――財前ざいぜん黎牙れいがには初代『死神』も知らないとある秘密がある。

 それは、彼が前世の記憶を持つ転生者であるということだ。


 彼の前世は、奇しくも二代目『死神』と同じ変装術に長けたカッペ=マージェストである。

 だが、彼は圓の転生体であるローザがいない世界線から転生した存在であり、その世界線では『這い寄る混沌の蛇』によってブライトネス王国が破滅し、ラピスラズリ公爵家も全滅していた。


 さて、記憶を取り戻したカッペは暗殺者の中に明らかに自分と同じ転生者がいることに気づいた。

 『暗殺公女』と『闇医者』という二人の暗殺者である。


 『暗殺公女』は素性を隠しているが、布良星めらぼし璃々花りりかという名で異様に厚みのある黄色く鋭い爪を使った素手による暗殺の他、拳銃を使った格闘術など近距離戦闘に長けた女暗殺者だ。


 『闇医者』は蛭間ひるま五郎ごろうという暗殺者の通り名であり、彼は絶命のギリギリまで生きたまま切り刻む悪趣味な暗殺術を得意とする闇医者である。ちなみに、ちゃんと医師免許も取得している。


 この二人の正体がカノープス=ラピスラズリ或いはメネラオス=ラピスラズリ、先代公爵家の料理長だったシュトルメルト=アーヴァンスなのではないかと疑ったカッペは二人に接触し、結果として二人が同じ世界線のカノープスとシュトルメルトであることが判明した。

 

 三人の目標はブライトネス王国への帰還だった。

 【ブライトネス王家の裏の剣】だったカノープスにとって、国王陛下とその一族の死は許されざることである。もし、帰還して運命を変えられるならと異世界に渡る術や過去に移動する術を探したが、結局どれも空振り続きだった。


 そんな中、ノーブル・フェニックス社が発売した乙女ゲームがカッペ達の住んでいた世界と酷似していることにカッペが気づく。

 そこから何か分かるのではないかと探ろうとした三人だが、ゲーム会社の人にそれとなく聞いてみても、盗み聞きをしてみても当然、何も掴むことはできず、そのうち、たまたま酷似しているだけだろうという結論に達した。


 結局、そのまま別の方法を探り、必ずブライトネス王国に帰ろうと決意を新たにしてから数年――二代目『死神』は弟子の勇人の依頼で百合薗グループに協力することになった。

 内容は要人暗殺――瀬島と繋がりを持った財界の者達の暗殺であった。


「五反田堀尾である! 百合薗圓と化野學が異世界に召喚された件について何か知っているのだろう! お前達が奴の指示を仰がずにこのような大それた真似をするとは思えん」


「ヅラ師団長……じゃなかった、ヅラ教師に連れられてきたっすけど、これどういう状況っすか?」


「五反田堀尾様……それから、どちら様でしょうか?」


「栗下大サーカスに所属するマジシャンの白羽しろばねはやてです。あっ、歓迎してくれるなら甘い飴玉をもらえないかな? 俺、飴玉が好きなんだよね、特に宝石飴が好きでね――」


「馬鹿者、我々はそのようなことをしにきたのではない!」


 その依頼を楽々こなし、戻ってきた三人は偶然、五反田と白羽が柳に詰め寄る(といいつつ、白羽はただどさくさに紛れて飴を要求しているだけだが)場面に出くわした。


「その話、詳しく聞かせてくれないかな?」


「『死神』様、それから、『暗殺公女』様と『闇医者』様ですね。どうなさいましたか?」


「異世界に召喚でしたか? 実は俺達、異世界に渡る方法を探しているんですよ」


「ほう、異世界にですか。神界の力を借りれば世界を渡ることが可能ですが、どのような世界に渡りたいのですか?」


「ブライトネス王国という国がある世界です」


「なるほど……ホワリエル様とヴィーネット様は確かに三十の世界が融合した世界がユーニファイドと仰っていましたな。そして、ブライトネス王国は確かに『スターチス・レコード』の国の一つだった筈です。きっとお三方のご期待に添えるでしょう」


「…………柳殿、確かにブライトネス王国と言ったな? ブライトネス王国はフォルトナ王国の隣国であり同盟国だ。ファイス、お前を連れてきて正解だったな」


「ヅラ団長が何を考えているかさっぱりだったっすけど、これなら納得ですね。俺達の母国か……死んじまって分からず仕舞いだったけど、俺達が向かえばもしかしたら運命変えられるかも? そしたら、隊長と副隊長にいっぱい褒めてもらえるんじゃない!?」


「……事情は分かりませんが、五反田様と白羽様もどうぞ一緒にお越しください。ただ、出発まで暫く時間が掛かります。それまで、どうぞ屋敷でお寛ぎください」


 柳は恭しく礼をすると、人数分の紅茶とお茶菓子を用意するために屋敷の奥へと消えていった。

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