【キャラクター短編 瀬島香澄SS】

聖魔戦争

<三人称全知視点>


 百合薗圓と瀬島奈留美――大倭秋津洲帝国連邦に亀裂を走らせた二大魔王魔女の因縁は中世ヨーロッパ、即ち彼女達の前世にまで遡る。


 時代は中世ヨーロッパ、丁度魔女狩りが横行していた時代だ。

 魔女とは元々は原初魔法と原初呪術を扱う者達のことを示す言葉で、魔女のコミュニティでは女尊男卑の傾向があったことと、女性の方が適正が高かったことの二点から魔法を扱う者達の総称として呼ばれるようになった。後々は現代の魔女のイメージのように拡大され、原初魔法と原初呪術を扱う者達以外、女性の魔法使いを示す言葉になっている。


 そんな悪しき力を扱う魔女を滅ぼすために選民救世教、三位聖霊教、最終予言教のそれぞれが作り出した対魔女の地下組織が宗教の枠を超えて統合された対魔女の最高機関が対魔女法術機関|聖法庁《ホーリー》であり、魔女と戦うための法術や聖術の使い手が所属していた。


 法術や白魔法と呼ばれる力(魔女を倒すためには同じ魔女の技を手に入れる必要があるというところから出発したが、魔女と同列にならないためにこちらは正義の技であると定義しただけであって、原初魔法となんら変わらない)と神界の天使と契約を交わし、或いは融合し、その力を発動する聖術の二つを使うことができる彼らは長きに渡る戦いの中で魔女をヨーロッパから駆逐した。

 中には魔女狩りの風潮を利用して「魔女狩り将軍」を名乗ったマシュー・ホプキンスなどのような犠牲者を数多く出した対魔女法術機関|聖法庁《ホーリー》に所属していない異端審問官も居たが、対魔女法術機関|聖法庁《ホーリー》に所属している者達の中に冤罪で魔女ではない者を殺した者は居らず、その正確な裁きは対魔女法術機関|聖法庁《ホーリー》という組織に高い価値を与えていた。


 そんな対魔女法術機関|聖法庁《ホーリー》でエースを張っていて聖騎士の名はクリストフォロス=ゲオルギウス――百合薗圓の前世だ。


 一方、ヨーロッパには多くの魔女が居たが、その中でも一大勢力を築いていたのが、後に魔女の中で唯一大倭秋津洲帝国連邦に渡り、その後瀬島を名乗る魔女の一族――ダスピルクエット。

 その当時の当主の名はベアトリーチェ=ダスピルクエット、瀬島奈留美の前世である。


 互いに身分を知らなかったクリストフォロスとベアトリーチェは偶然町で知り合い、交流を重ねるうちに互いを愛するようになった。

 その最初の出会いは任務の帰りにお腹を空かせたベアトリーチェにクリストフォロスがパンを買ってあげるというものだった。


 当時、ベアトリーチェは魔女の術を使って様々な禍いを引き起こそうとするダスピルクエットの魔女の一族に激しい嫌悪を抱き、家を飛び出していた。家出少女だったベアトリーチェにクリストフォロスは事情を聞かぬまま当面の宿代と服を与え、一旦は分かれたが、その後も何度か街で出会い、次第にベアトリーチェのことをクリストフォロスも意識するようになった。


 ベアトリーチェの笑顔が好きだった。彼女に笑って欲しかったから沢山のおすすめの場所を巡って景色を楽しんだ。

 心荒む任務をこなす日々の中でクリストフォロスにとっての唯一の癒しがベアトリーチェだったのだ。



 悲劇の幕は唐突に切って落とされる。


 クリストフォロスの上司で当時、対魔女法術機関|聖法庁《ホーリー》の聖皇を務めていたヴォリィヤァート=アンティオキア――才岳龍蔵の前世が、クリストフォロスを呼び出した。

 傲岸不遜、聖騎士としては最上位の地位にあったクリストフォロスの名前すら覚えないこの男はクリストフォロスにとある命令を下した。


 それが、悲劇の引き金となるダスピルクエットの魔女一族の殲滅である。


 クリストフォロスは聖騎士として冷酷に任務をこなして来た。それが、このヨーロッパの平和を守る唯一の方法だと信じていたからだ。

 クリストフォロスはその時も何一つ迷うことなくヴォリィヤァートから与えられた情報を元に隠れ家にいたダスピルクエット一族を皆殺しにした。


 その光景を見てしまったのが、ベアトリーチェだった。

 彼女は家族にやっぱりしっかりと災禍を振り撒く魔女の在り方が間違っていると伝えるべきだと、自分の手でダスピルクエット一族を変えなければならないと隠れ家に戻って来ていたのだ。


 両親はベアトリーチェを愛してくれた。次期魔女の当主として様々なことを求め、受け入れられなかったところもあったが、ベアトリーチェにとっては大切な家族だったのだ。


 両親と弟や妹の亡骸、その血溜まりの中で濡れながらベアトリーチェは激しい復讐の焔を燃やした。


 ベアトリーチェはその後、残された魔法書を頼りに様々な力を得ていった。

 目を閉じる度に、クリストフォロスの優しい笑顔が、彼との楽しい記憶が思い出されたが、ベアトリーチェはその気持ちを振り払って、塗り潰すように魔法研究に明け暮れた。


(…………殺す、殺す、殺す、殺す。なんで、なんでクリストフォロスさんは、私の家族を。ううん、違う、あの人は敵、私の大切な家族を奪った憎むべき相手なの! 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す……胸が苦しい。でも、私は、私は……お父さん、お母さん……私は、私は……)


 クリストフォロスへの愛と、家族を殺した聖騎士への憎しみ。相反する感情の中で苦しみ、ベアトリーチェの心は少しずつ壊れていった。


 ベアトリーチェはその力でクリストフォロスの大切な人達を――家族を皆殺しにした。


 そして、互いに大切な人達を奪われた二人は最後の戦いを繰り広げる。

 クリストフォロスは結局、ベアトリーチェを殺し切れなかった。彼女への愛が優ってトドメをさせなかったのだ。ベアトリーチェはその後逃亡し、長い旅を経て大倭秋津洲に到達する。


 どちらに非があったという訳ではない。

 当時、確かに魔女によって多くの人達が苦しめられていた。ダスピルクエット一族も多くの厄災を振り撒いていたのだから討伐される理由は十分にあった。

 クリストフォロスも守るべきもののために剣を血で染めてきた。殺した者達の十字架を背負い続ける決意はとうの昔にしていた。


 一方、ベアトリーチェにも非があるとは言えない。ダスピルクエット一族の中で曲がらずに育った彼女は、ダスピルクエット一族を変えようと頑張ってきた。その願いが報われるかもしれなかったのだが、タイミングが悪かったと言わざるを得ないだろう。


 百合薗圓は過去の記憶を取り戻していない。しかし、瀬島奈留美と相対して抱いた表現のしようもない壮絶な嫌悪、身体の内から沸き上がってくるような怒り、そうした感情と共に、神界を経由して過去の因縁を知り、彼女を終わらせてあげなければならないという使命感も継承している。

 あの時、もしトドメを刺していれば彼女が更なる外道になる必要はなかった。笑顔の可愛らしい彼女に彼女らしからぬ表情をさせることには無かった。


 百合薗圓が瀬島奈留美の殺害を自らの手で行うことに固執する理由には、クリストフォロスとしてベアトリーチェに向けられていた感情も含まれているのかもしれない。



 ベアトリーチェは大倭秋津洲に渡ったそれ以降も、決してその恨みを忘れることなく末代まで継承し続けようと決意し、ある魔法を完成させる。

 それが記憶継承魔法――ベアトリーチェとしての記憶を歴代の当主に継承するというものだ。そして、それはベアトリーチェの思想や感情を末代まで変わらず継承し、その技術を次の世代次の世代へと継承して更に発展させるということも意味している。


 瀬島一族は代々その記憶継承魔法で記憶を次世代に繋げ、魔法技術の更なる発展を目指してきた。

 また、陰陽術などの技術を取り込むことで魔法の可能性を広げていった。


 後に瀬島奈留美と瀬島香澄の母、瀬島藍那らんなによって基礎が築かれ、瀬島奈留美によって完成した瀬島新代魔法は原初魔法と原初呪術に科学技術や異世界の技術を取り入れられて作られていった。


 瀬島藍那の時代から既に異世界に移動する技術そのものは編み出されていた。

 瀬島藍那は支配していたゲーム会社で魂をゲーム世界のキャラクターと交換するゲームダイバーを開発していたが、瀬島奈留美は更にその技術を高め、ゲーム世界に関わらず異世界の指定した相手と魂を交換し憑依できるD.D.D(Different Dimensional Diver)へと発展させる。


 藍那の時代に既に創作物が生み出されるのと同時に異世界が生まれるということに気づいていた瀬島一族だが、奈留美の代になって〈形成の書セーフェル・イェツィラー〉と呼ばれるシステムが世界創造に関わっていることを解き明かし、瀬島奈留美は〈形成の書セーフェル・イェツィラー〉を手にして真なる神になろうという野望を抱くようになる。


 遥か上位の存在が作り上げたシステムか、あるいは人類外の文明の遺産か……巨大で超高度の情報ネットワークシステムである〈形成の書セーフェル・イェツィラー〉は無数の創作物の世界を自動で作成して保存する一方、様々なバリエーションの世界を創造し、そのデータを集めるという与えられた役割を全うするために無数の保存された世界のデータを組み換え、新たな世界を生み出していった。


 その組み替えの典型的な例が異世界ユーニファイドであると言えるだろう。



 瀬島一族の次女として生を受けた瀬島香澄は唯一真面な感性を持って生まれたためか、瀬島一族の考え方に恐怖を覚えていた。

 瀬島一族という歪みきった世界の中でよく真っ当に育ったというべきだろうが、その大きな要因は姉の存在だったと言える。


 瀬島奈留美――当主として記憶継承魔法の儀式を受ける前にも関わらず、既に瀬島藍那を超える天賦の才と魔法の腕を持つ化け物。

 瀬島一族はそんな〝天才〟奈留美を絶賛し、瀬島の才能のほとんどを受け継がずに生を受けた劣等者の瀬島香澄を「残り滓」と呼んで蔑んだが、瀬島香澄にとっては自分の置かれている立場などどうでもいいことだった。


 実の家族すら実験動物のように冷たい瞳を向ける瀬島奈留美。瀬島香澄のことを憐れむことも、劣等者だと罵倒することもなく、ただただ硝子玉のような何の感情も篭っていない視線を向ける奈留美は恐怖を覚えていた。


 その瀬島奈留美が次期当主として記憶継承魔法を受けるその日、香澄は瀬島一族の目を盗んで瀬島奈留美を止められる存在を探すために家出を決意する。


 この姉の好きにさせてはならないという強い決意を胸に、僅かな銭を持って向かった先は那古野駅のホテル。そこで、願いを叶えてくれる「yuLily」という掲示板で出会ったとある人物と面会することが決まっていた。


 一方、ベアトリーチェの前世の記憶を持って生まれた瀬島奈留美は瀬島が代々継承してきた瀬島の魔法知識と技術を全て手中に収め、動き出す。

 長い時を経て、百合薗圓クリストフォロス瀬島奈留美ベアトリーチェの因縁の物語が今再び始まろうとしていた。



「なるほど……俄には信じがたい話だけど、まあ、鬼斬とか、陰陽師とか実際に居ることが分かった訳だし、別に今更魔女がいるって分かったところで大したことではないか」


 手ずから淹れた紅茶を出した圓は、紅茶を国に運びながら香澄から事情を聞いてごくあっさりと信じてくれた。

 白ロリィタ姿の少女がまさか「yuLily」の管理人だとは信じられなかった香澄だが、それ以上にダメ元で尋ねた圓がごくあっさりと協力してくれると約束してくれたことが衝撃で、何がどうなっているのかと驚き呆れている。


「あっ、やっぱりこんな子供が何を言っているんだって思うよねぇ? まあ、大体みんなそんな感じだから。信用できないっていうなら右回れして帰ってくれていいよ?」


「あの、確かに驚いてしまいましたが、圓さんのことを疑うつもりはありません。……本当に信じてくださるのですか? それに、本当に私のことを助けてくださるのですか? 見ず知らずの私のことを」


「まあ、困っている人を見て見ぬ振りはできないからねぇ。……家出したってことは住むところもないだろうし、うちにはまだまだ空き部屋があるから好きに使ってくれればいいよ。対価は、そうだねぇ、魔法を教えてもらえないかな?」


「魔法……ですか? はい、私も落ちこぼれですが多少の魔法の知識はあります。ですが、何故、圓さんは魔法を学びたいのですか?」


「ボクは元々学べることはできるだけ多く学びたいというタイプだから、色々と出資させてもらう条件にバイトさせてもらったりしているんだけど、こういった戦える技術の会得はそう言ったものとは別次元で必要でねぇ。――大切な家族・・を守るためには力が必要だ。剣技、忍術、鬼斬の技、陰陽術、体術、闘気の扱い――様々学んできたけど、まだまだ足りない。新しい力の獲得は願ったり叶ったりだからねぇ」


「分かりました……本当にそんなことでよろしければお教えまします。よろしくお願いします、圓さん」


「よろしくねぇ、瀬島香澄さん」



 瀬島香澄の持ち込んだものは圓が想定していたものを遥かに超えていた。

 二十二歳で記憶継承の儀式を受けるまでに瀬島奈留美が在学していた黒澤大学で大きな派閥を形成していたこと。

 そして、その派閥の中に柳影時の因縁の相手である森舞華の姿もあったこと。


 点と点が繋がり、大きな構造が見えつつあった。その後、斎羽勇人が仲間に加わることでようやく圓達が瀬島一派と全面的に戦う意味が見えてくるのだが、この時点ではまだ香澄のために、という目的が大きかった。


 一方、瀬島一派の討伐のために設置されたと言っても過言ではない《聖法庁ホーリー》の大倭支部は、瀬島香澄が動き出したという情報を入手して多数の聖騎士を動かし始める。

 瀬島奈留美は出来損ないの妹に興味を示さず、この状況を静観していた。


 聖騎士達の向かう先は、瀬島香澄を匿う百合薗邸である。

 勿論、これは圓の策略によるものだった。瀬島香澄から《聖法庁ホーリー》の大倭支部の存在を知った圓はあえて《聖法庁ホーリー》の大倭支部に分かるように証拠を残しながら行動していた。

 《聖法庁ホーリー》の大倭支部の聖騎士を誘き寄せる罠にあっさりと嵌った聖騎士達は、百合薗邸で事前に香澄からもたらされていた情報を共有していた常夜流忍者、元軍人、《鬼斬機関》、陰陽師から成る混成部隊によって呆気なく撃破、捕縛されて百合薗邸の空き部屋に投げ込まれた。


「……なんだか、俺達の時のことを思いだよな。圓達に負けた鬼斬達がコイツらみたいに捕縛されて投げ込まれたんだろ? 命に別状は無かったから、本来考えれば捕虜としては最高の状態なんだろうが」


「捕虜とは敵に対する人質である一方、不自由を強要する相手ではないからね。とりあえず、《鬼斬機関》の場合は武器を奪ってから百合薗邸内のみという条件下で基本的にどこにでも行けるようにして、三食と風呂、寝床は用意した。後は捕虜期間の全額医療負担。まあ、これくらいは普通だよねぇ?」


「それ、とてつもない高待遇だからな? 本読み放題だし、最高だったってお前に軟禁されていた鬼斬達、嬉しそうに話していたぞ?」


「実際にこれほどの待遇で捕虜を扱うところはどこにもありませんよ。確かに捕虜の保護は条約で定められていますが、ここまで高待遇な捕虜の扱いは聞いたことがありません」


 「流石は圓様です!」と嬉しそうに誇る月紫とは対照的に、満剣や遥は呆れに近い表情をしていた。

 しかし、それが圓らしさだと納得し、二人ともそれ以上は言葉を続けない。


 圓の捕虜に対する行動が違ったものであれば、小豆蔲と《鬼斬機関》の和解も果たされなかったかもしれない。

 圓が誰一人傷つけることなく動いたことが、結果的に圓に対する信用へと繋がり、《鬼斬機関》と小豆蔲の和解へと繋がったのだ。


「圓様、これからどうなさいますか?」


「うーん、どうしようねぇ? 《鬼斬機関》の時みたいにいっそ本部をぶっ叩く方が早いかもしれないけど……厄介なのは《聖法庁ホーリー》の大倭支部支部長を務めている九重ここのえ勇悟ゆうごっていう大倭最強の聖騎士なんでしょう?」


「はい、九重聖騎士長は聖騎士の中でも別格の強さを持つ騎士ですわ。魔女の一族でも未だに大きな力を持っている瀬島一族を根絶やしにするために設置された《聖法庁ホーリー》の支部でトップを張っている大倭人ですから。高い法術と聖術の適性を持ち、実力主義の《聖法庁ホーリー》内部で駆け抜けるように地位を高めていった厄介な相手だと姉……奈留美が言っていたのを耳にしました」


「この大倭支部っていうのが厄介な存在なんだ。連中あいつらが出てきてから天使は討伐対象に含めるべきではない、悪魔の討伐は自分達の領分であると色々と言ってきてこっちも色々と変えざるを得なくなってきたが……それだけ連中は大倭秋津洲に対して影響力を持っているってことになる」


「第二次大戦で、大倭秋津洲帝国連邦は戦争に勝利して大東亜共栄圏を形成したけど、米加合衆連邦共和国や蘇維埃社会主義共和国連邦といった大国に勝利した訳じゃないからねぇ。欧州連合といった国家と対外的には対等な関係ってことになるんだよ。特に常任理事国の大倭秋津洲帝国連邦、米加合衆連邦共和国、蘇維埃社会主義共和国連邦、欧州連合、大英連邦帝国、仏蘭西連邦は対等な関係だから、《聖法庁ホーリー》の意向を突っぱねるのは難しい。大倭秋津洲帝国連邦が先の大戦で勝利したのは、現在、財閥七家と呼ばれる者達の力があったからということは大倭秋津洲帝国連邦もよく理解しているみたいだからね。これら列強と戦争になったら勝ち目がないって分かっているんじゃないかな?」


 ちなみに、欧州連合は常任理事国としては一席分だが、これはこれら大国に対してある欧州の国家単体では対抗し得る力を持たない故の苦肉の策である。

 大英連邦帝国と仏蘭西連邦だけは例外で、単体でも列強に対抗できるだけの力を有している。と言っても、やはり米加合衆連邦共和国、蘇維埃社会主義共和国連邦の二国が二大巨頭であり、大倭秋津洲帝国連邦も大倭秋津洲に特殊能力の保有する組織・一族が存在しなければこの二度の大戦を超えることはできなかっただろう。大東亜共栄圏に属する中華国も、もし仮に崑崙山、金鰲島、蓬莱山が協力していたら実際どうなっていたかは分からない。


「まあ、天使と悪魔を討伐に加えてはならないっていうのは良かったんじゃない? ほら、奪われる命が減った訳だし」


「そりゃ、そうなんだけどな。存在意義を少しずつ削られていっているというか……」


「人に害を成す悪しき鬼を征伐する――それが、君達鬼斬の役目だと思うんだけどなぁ?」


「まあ、それもそうだな。赤鬼さんみたいにいい鬼だっているだろうし……って、そういや赤鬼さんは今日はいないのか?」


「彼女なら今頃アフリカで紛争の調停をしているんじゃないかな? 小豆蔲から頼まれて国際弁護士資格を取るための費用出したし、法律系の本も最新のものを一通り買い揃えたから、準備も整ったみたいでねぇ。世界から争いを無くすために頑張るんだそうだよ」


「凄いスケールの話ですね。……というか、圓さん。資格試験の費用も勉強のために必要なものを買い揃えるための費用も全額負担したんですか!?」


「雪風さん、何を言っているの? 当たり前じゃん。それくらい安いものだって」


「道理で今回、赤鬼さんがいない訳だな。まあ、赤鬼さんがいなければどうにもならないってことじゃねぇが」


「……さて、ここからどうするかだねぇ。九重聖騎士長がどう動くのかってことが重要だけど、ここまであっさり聖騎士がやられたんだから本人も動かざるを得ない……と判断するのか、将又更に人数を増やした聖騎士で十分対抗できると判断するのか、それによって長期戦になるかどうか変わってくる。まあ、暫くは様子見でいいかと思う。必要なら、《聖法庁ホーリー》の大倭支部をそのまま叩けばいいだけだし」


「で、俺達はどうすりゃいいんだ?」


「うーん、お仕事もあるだろうし折角集まってもらったところ悪いんだけど、それぞれの職場に戻ってもらおうかな? あっ、今回の埋め合わせは後ほど送らせてもらうから、そのつもりでお願いねぇ」


「別に埋め合わせなんてしてもらわなくてもいいんだけどな? 困った時はお互い様だろ? ……って、もらってばっかりの俺達が偉そうに言うことじゃないな」


「これ以上頂いても本当に何も返すことができませんから、頼みますからこれ以上貸しを作らないでください!」


 結局、満剣と遥の努力も虚しく、後日お礼の荷物が《鬼斬機関》と陰陽寮に送られた。



 九重勇悟は意外なほどあっさりと百合薗邸に現れた。

 聖騎士の護衛も付けずたった一人で――彼はきっと沢山の聖騎士を連れて来ても的が増えるだけだと確信していたのだろう。


「へぇ、一人で来たんだねぇ。よっぽど自信があると見える」


「お前達が魔女を匿っていることは知っている。大人しく魔女を差し出して捕虜を解放すれば命までは取らないでやる」


「随分と立場を理解していないようだねぇ。……月紫さん、柳さん、大丈夫だよ、ボク一人で相手をするから」


「そっちこそ、立場を理解していないようだな。……小娘、捕虜と魔女を差し出せばお前には危害を加えないと言っているのだぞ? その美しい顔に傷をつけられる覚悟があるということか?」


「美しいねぇ、嬉しいことを言ってくれるねぇ。まあ、ボクは小娘じゃなくて男の娘だし、ボクより可愛い子も美しい子もごまんといるからボクなんて大したことないよ?」


「…………そうか? 俺の主観から言えば美少女の部類に入ると思うが? まあ、それはいい。……何故、そこまで見ず知らずの魔女に加担する? 奴らは悪しき存在だ、滅ぼさねばならん」


「逆に聞くけど、君達、正義の味方だと思い込んでいるみたいだけど、実際にそんなことないからねぇ。人殺しにいい奴なんていない、誰かの命を奪って、その屍の上に築いた平和なんて、そんなものは正しいものじゃない。どんなに言葉を取り繕って正当性を装おうとしたって、結局君達もボク達も悪人だよ。魔女の中には災禍を振り撒く者だけだったとは限らない、治癒の魔術で病気や怪我を治す魔女だっていた筈だ。一つの型に嵌めて、全ての魔女が悪と決めつけるんじゃなくて、一人一人を見て、その上で討伐をするべきじゃないかな? ……ボクは瀬島奈留美を止めなければならない。そう、香澄さんと約束したからねぇ。悪しき魔女は滅ぼす……ただ、それは全ての魔女を殺すということじゃない。鬼と一緒、どんな力を持っていたって、どんな見た目をしていたって、結局重要なのはその中身、人間性だ」


「……瀬島奈留美を殺すか。俺達と目的は一緒ということか。それを、瀬島香澄――当主である瀬島奈留美の妹と共に成す。それが、お前の望みということか。……俺とお前の目的は一緒でも、そこまでの道筋は異なる。そして、俺もお前もこの一点において互いに譲ることはできない――そういうことだな。……殺す前に名前くらいは聞いておいてやろう」


「百合薗圓……まあ、殺されるつもりはないから、せいぜい大倭の聖騎士様に土をつけた相手として覚えておいてもらうとしよう」



「雷精-黒稲妻・纏-。雷精-黒稲妻-」


 雷の精霊に霊輝マナを供給することで発動できる原初魔法の一つで全身に黒雷を纏うことによって、身体能力を飛躍的に上昇させ、同時に破壊力を持つ黒い稲妻を放つ。


「千羽鬼殺流・貪狼」


 圓は爆発的な踏み込みにより一瞬でトップスピードに達し、相手の間合いに入るおおぐま座α星の名を冠する鬼斬の技で黒い稲妻を躱すと、そのまま刀を構えて闘気を漲らせて斬撃を放った。


「千羽鬼殺流・武曲-圓式-」


「雷精-黒稲妻・壁-」


 弧を描くようにして、対象に斬撃を浴びせるおおぐま座ζ星の名を冠する鬼斬の技を人外の速度で放つ圓に対し、勇悟は咄嗟に黒稲妻の壁を顕現して防ごうとする……が。


「渡辺流奥義・颶風鬼砕」


 鋭い風の刃をイメージした霊力を武器に宿し、勢いよく抜刀して横薙ぎすると同時に爆発させて周囲全てを斬り捨てる渡辺流奥義を圓式で放って黒稲妻の壁ごと切り裂き、勇悟に強烈なダメージを加えた。

 無数に切り刻まれた勇悟は、力を振り絞って破壊力を持つ黒い稲妻を放つが、圓は「千羽鬼殺流・貪狼」を駆使して再び加速すると、勇悟に肉薄して掌底を叩き込んだ。


 吹き飛ばされた勇悟はそのまま意識を失う。


「柳さん、この人を医務室へ」


「承知致しました」


 柳は淀みなく勇悟を抱えると医務室へ運んだ。



「…………ここ、は」


「やぁ、目が覚めたようだねぇ」


「お前は……ってことは、俺はやられたってことか。……なんで殺さなかった?」


「ん? ボクに殺す利益があった? ボクと君達の目的は同じ、なら手を取り合って協力するのが一番じゃないかな? ……まあ、君達が嫌がってもすぐにボクと手を組まざるを得なくなるだろうけど」


「どういうつもりだ?」


 医務室のベッドの上で怪我人に鞭を打つような圓の笑顔に、部屋の外から覗いていた聖騎士達の顔が青くなっていく。


「《聖法庁ホーリー》の大倭支部を《聖法庁ホーリー》から買い取れば、君達に給料を払うのは誰になるんだろうねぇ? いくら高い志があっても、生活費が無ければ生きていけないよねぇ、霞を食って生きられる訳じゃないし」


「…………《聖法庁ホーリー》の大倭支部を買うだと? そんなこと、本気でできると思っているのか?」


「六兆円あれば足りる? 必要ならもっと金を集めてくるけど」


「……即金でそれだけの額を出すのか? あはは、参ったよ。そこまでその魔女のためにお前が自腹を切るっていうなら話を聞かない訳にはいかないな。……瀬島奈留美に関する情報は俺も大したものは掴めていない。魔女と手を携えるのも、魔女に協力を要請するっていうのも前代未聞だが、圓、お前の言う通り魔女でもいい奴と悪い奴がいるのかもしれないな。……その代わり、庇護するってことは何かあった時にその責任を取るということだ。瀬島香澄が悪しき魔女であるならば、処断はお前自身の手でやれ」


「まあ、そうなるよねぇ。勿論、言われるまでもないよ」


 その後、《聖法庁ホーリー》の大倭支部は予告通り約四百七十億ユーロで百合薗グループに売却され、百合薗グループの傘下に加わった。



「圓さん、聖術を教えて欲しいのか? それは構わないが」


「圓さん、瀬島新代魔法と原初魔法、原初呪術を教えて欲しいと以前からお願いされていましたが」


「「流石に、魔女と聖騎士の技術をどちらも習得したいとは欲張り過ぎじゃないかじゃないですか?」」


「えっ、ダメなの? どっちも習得しておけば、より戦術の幅が広がるでしょう?」


「まあ、そりゃそうだけど……聞いたことないぞ、原初呪術を使う聖騎士なんて」


「私も、聖術を使う魔女なんて聞いたことがありません」


「大丈夫、別に魔女になる気も聖騎士になる気もないし。技術そのものに正義も悪もありはしない。ボクにとっては科学と同じ、手段に過ぎないんだよ。それを使う人がどういう人間なのかという方が重要だと思うんだよねぇ? 実際、《聖法庁ホーリー》も法術と称して原初魔法を使うんだよねぇ?」


「……そりゃ、そうだけど」


 圓の全く反論の隙の無い理論を聞き、言葉に詰まる香澄と勇悟。

 そう、理論的には確かにそうなのだが……聖騎士と魔女である二人には原初呪術と聖術を同時に習得するということがどうしても受け入れ難いことなのだ。


 しかし、給料を支払ってくれている雇い主と、生活費を出してくれている恩人の頼みであり、これ以上のことを言えなかった二人は結局圓に瀬島新代魔法、原初魔法、聖術、原初呪術を全て教えた。


「それじゃあ、早速実践してみよう。神界の天使よ、魔界の悪魔よ! 今、我が元に顕現せよ!」


 聖なる金色の魔法陣と真紅の禍々しい魔法陣が展開され、天使と悪魔が召喚される。

 光の輪、背中には純白の翼がある金髪碧眼のサラサラなロングヘアーの美少女と、スカートからは黒い三角の尻尾が顔を覗かせている蝙蝠の羽を生やした黒髪ロングの美少女が現れた。


 だが、ここで妙なことが起こる。三つ目の魔法陣が展開されたのだ。


「――どういうことだ? 天使と悪魔を召喚しただけだよな?」


「私にもよく分かりません。こんなことは初めてです。まさか、天使と悪魔を同時に召喚すると何か良くないことが……」


「いや、どうやら違うみたいだねぇ」


 魔法陣から飛び出した魔法少女風の二人の姿を見た圓は内心「生魔法少女だ、会ってみたかったんだよねぇ」とこんな状況にも関わらず人知れず興奮していた。



『はじめまして、皆様。わたくしは神界所属の天使のホワリエルと申します。よろしくお願いいたしますわ』


『ヴィーネットよ。私は魔界出身の悪魔。ちなちに、昔は悪魔と天使は敵対していたのだけど、とある人間が天使と悪魔を支配して、その関係で今は神界の神が天使と悪魔を統率しているわ。……私達悪魔と天使は召喚され、使役されて戦わせられているけど、本当は私達が争う理由はもう無いのよ』


「……それは、すまないことをした」


「申し訳ないことをしてきたわね、ごめんなさい」


『ところで、マスター? マスターは何をお望みなのですか? わたくしだけでなく悪魔も召喚したということは、マスターは悪魔と敵対するつもりはないということですよね?』


「うん、そういうことになるねぇ。別に格別用があったとかじゃなくて、戦闘技術の一つとして天使と悪魔の使役ができたらと思っていたんだけど……二人とも可愛くて、とてもとても戦わせる気にはならないよ。ねぇ、美味しいお菓子と飲み物を用意するから好きなだけ食べていいからねぇ? その代わり、後で色々なポーズで絵姿を描かせてもらってもいいかな?」


『そんなことでよろしければ……しかし、わたくし達の絵姿にどのような価値があるのでしょうか?』


「うん、ホワリエルさんとヴィーネットさんの絵姿があれば十日は徹夜できるかも?」


「おやめください! 圓様が体調を崩されたら私は――」


「まあ、冗談だからねぇ。二人は好みのストライクゾーンだからそれくらい元気をもらえるってこと」


『あの……どういうことなの? 全く意味が分からないのだけど』


「ヴィーネット様。分かりやすく説明させて頂きますと、圓様は女の子同士が仲睦まじく愛し合う百合という関係が大好きなお方なのです。お二人の対比がきっと圓様のストライクゾーンだったのでしょう。正直、私にはあまり良く分かりませんが」


『でも……わたくし、ヴィーネットさんとは初対面ですし。それに、同じ女の子同士が愛し合うというのは、本当に許されることなのでしょうか? わたくしには良く分かりません』


「異性愛だけが許されて、同性愛が許されないなんてことは本来あり得てはならないと思うけどねぇ。まあ、ボクは自分の趣味や性格的立場から男性同時が嫌いというだけであって、別に否定する立場では無いんだけど。……まあ、百合だって他人が勝手に枠に嵌めてカップリングさせる概念であって、本人達にとっては迷惑千万かもしれないけど、まあ、ボクも『百合の間に挟まる奴は馬に蹴られて死んじまえ』って思っているから百合に直接干渉するつもりはないし、勝手にカップリンクさせているだけだから気にしなくていいと思うよ?」


 これが圓の基本スタイルである。

 百合とは関わるものではなく眺めるものなのであって、間違っても自分がカップリングに組み込まれるべきものでは無い。男の娘は結局、どこまで行っても男なのだから。


「さて、待たせちゃったねぇ。ラツムニゥンエル=シュペツリエリ=フェルゲルテエさんと、魔法少女ソフィアフラワーさん、お二人は法儀賢國フォン・デ・シアコルという魔法の国から来たってお聞きしたけど、具体的に何があったのかな?」


「それについては、私、ソフィアフラワーこと三國智花からお話し致します。法儀賢國フォン・デ・シアコルは現在、瀬島という魔女の一族に支配されつつあります。瀬島奈留美の魔女の尖兵――〝熾侍〟ヴィクトリアセラフィが魔法少女となって法儀賢國フォン・デ・シアコルにやって来たのを皮切りに、重鎮の魔法使いの籠絡や各派閥の上層部を次々と籠絡していったのです。八賢人のウィルティシェ=ヴィムホプ=セウクェレテ様、メリヒィヤ=ゼロヴァシャス=エターニャル様、カルティッティラ=ソフォントス=フォレッチェテ様、ザンダロエッテ=シェヌバルメルヴィ=シュピェレンハーツ様、アルフォンティエンヌ=アヴラパチバルタ=ピュトロス様、ヴェーガ=シィエスティルス=エンワールドレス様、そして、ラツムニゥンエル様の親友であったノイシュタイン=フォーラルニィ=エスタットィス様まで……ラツムニゥンエル様は瀬島一派の排斥を訴えましたが時に既に遅く、身の危険を感じた私達はランダムワープを使用しました。お話を聞く限り、そのランダムワープと圓様の召喚魔法が共鳴し、座標がこの世界に設定されてしまったのだと思います」


「…………すみません、姉がまたご迷惑を」


「香澄さんが謝ることじゃないよ。……とりあえず、ラツムニゥンエル様と智花さんはこの百合薗邸で暮らすといいよ。帰る場所もないだろうからねぇ」


「「ありがとうございます」」


 偶然に偶然が重なった結果だが、瀬島奈留美という打倒する敵を倒すための仲間達が百合薗邸に集結した。

 しかし、圓と奈留美が直接対決を繰り広げるのはそれから随分先のこと。更にその戦いでも決着が付かず、二人の戦いは異世界ユーニファイドに舞台を移し、そして――。

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