Act.7-25 影の歩行者達との邂逅 scene.5

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト>


 ――シャドウウォーカーのアジトの食堂は混沌と化していた。


「お嬢様、骨付き肉八つ追加、それから丸焼きと串焼き、野菜炒めもお願いします」


親友ローザ、俺の分のお代わりも頼めるか?」


「お肉追加、お願いする」


「はいはい、ちょっと待っててねぇ」


 アクア、ディランにプルウィアまで加わり、夕食の場はお代わり戦争の戦場と化していた。……ってか、ボクまだ一口も食べられていない。

 食堂に併設された厨房から空間魔法で料理を転送しつつ、追加の料理を高速で作り上げる。まだまだ余裕があるけど、無くなったら【万物創造】で料理作成パターンになるねぇ……まあ、どっちでも味は変わらないけど。強いて言うなら、参考にした料理の味に左右される?


「すまないな、料理を作らせてしまって。……しかし、驚きだな。使用人ではなく公爵令嬢自らが手料理を振る舞うとは」


「ローザお嬢様は特殊ですからね。うちの料理長と仲良く料理していたり、料理人志望の商人の娘に料理を教えたということもありますから。炊事洗濯掃除、こういったメイドの仕事をメイドに混じってこなしていることも多いですよ」


「まあ、変わった令嬢だっていうのは否定できないだろうな? ラピスラズリ公爵家はかなり変わった貴族だからアリなんだろうが……ってか、それをいうなら力仕事しかやらせてもらえない相棒もかなり特殊なメイドなんじゃねぇか?」


「アクアは料理を手伝いに行って食材を丸々ダメにしてから厨房に出入り禁止になったんだよねぇ? まあ、向き不向きがあるしいいんじゃないかな?」


「料理ができないのは俺も同じだな……昔から苦手なんだよ」


「そう落ち込むなって。前世で戦いに明け暮れていたんなら料理が下手でも仕方ないだろ? それに、料理が下手な女の子だって探せばいるだろうぜ?」


「……まあ、一流の軍人はサバイバル力が求められるけどねぇ。調理能力もその一つ――戦場に食堂はないかねぇ。軍人には家庭力が求められるものだよ。……例えば、軍専属の料理人なんて人がいて分業がなされているならいいけど、その人がやられちゃった時に誰も料理できなくなったら全滅。食糧が尽きた場合にも備えて現地で材料を調達できる能力と、その材料を調理する能力は必要不可欠だと思うよ?」


「つまり、ポラリスが軍人の理想って言いたいのか?」


「……認めたくはないけど、実際にあの人が一番生き残りそうだよねぇ」


 後は司書の姉とか、漆黒騎士団の女双剣士とか? いずれにしても、家庭力が壊滅しているアクアとかは食堂のない地での長期任務とか苦手そう。……その点、ディランは案外なんとかしてしまいそうなんだよねぇ。この人案外適応力高いからなぁ。


「僕はお腹いっぱいだから、これでご馳走様にするよ」


「私も、これ以上は無理ね。美味しかったわ」


「ご馳走様。ローザの料理、今日も美味しかったぞ」


「ご馳走様でした。私もローザさんみたいに美味しい料理を作れるようになりたいですね」


「もしかして、食べてもらいたい相手でもいるのかな?」


 ニヤニヤと笑いながらプリムヴェールとマグノーリエを見ると、二人とも固まって互いの方に目を向けないままモジモジとしていた。もしかして……もしかするかも!?


「私もこれでご馳走様です。しかし、よく食べますね……」


「シェルロッタさんは慣れていなかったねぇ。まあ、アクアとディランさんはこれくらい食べるからできるだけ早く慣れておいた方がいいよ? 二人の食べっぷりを見て食欲が失われていたら、健康にも関わってくるし」


 まあ、シェルロッタがカトレヤやネストみたいに食欲が減るタイプじゃ無いことは知っているけど。

 高い適応力ですぐにラピスラズリ公爵家に馴染んでしまったからねぇ。

 最初は全く笑顔を見せなかったシェルロッタだけど、ここ最近は笑うようになった。生きる糧を失って生きながらにして死んでいたシェルロッタだけど、少しは生きる希望を持ってくれたのかもしれないねぇ。

 ……まあ、それでも姉を殺した犯人を殺すために生きる……その負の原動力に代わるような大きな力ではないみたいだけど。


『ご馳走様でした』


「スティーリアさんは、食後の紅茶だねぇ。他の食べ終わり組は食後のお茶は欲しいかな?」


 スティーリアには紅茶を、夕食を食べ終わったプリムヴェール、マグノーリエ、シェルロッタ、イリーナ、ピトフューイ、ホーリィ、リヴァス、クラリスにはそれぞれ温かい焙じ茶を転送した。

 個人的には食後のお茶は焙じ茶が一番いいと思っているんだよねぇ。香ばしくて美味しいし。


 アクア、ディラン、プルウィアの三人は現在も食事継続中……というかプルウィア、いくらなんでも肉食い過ぎじゃない? 好きだっていってもさぁ……まあ、美味しく食べてくれるならそれでいいけど。


「しかし、今の私達で皇帝を倒すのが難しいのは分かっているが……強化に数日使うとして、その間のシャドウウォーカーが受けた任務がこなせなくなってしまうのが問題だな」


「それについては仕事をボクの仲間に受け持ってもらって、それをシャドウウォーカーがこなしたとすればいいと思うけどねぇ。ボク達の他にも四グループ来ているし、その中でも暗殺任務が得意なグループに依頼すればしっかりこなしてくれるだろうし」


「暗殺が得意というと、極夜の黒狼か先代公爵家ですか?」


「先代公爵家に頼もうかと思ってねぇ。今、お爺様、スピネルさん、欅さん、フレデリカさんの端末に現状報告のショートメールを送って、そのままお爺様にシャドウウォーカーの暗殺任務の代打を引き受けてもらえないか確認メッセージを送ったとこ……あっ、『丁度退屈していたところから引き受けるよ。暗殺対象の資料をメッセージで送ってくれたら、私達全員でおもてなしさせてもらう』って返信が来たねぇ」


「随分と過激な暗殺になりそうだな。……これでは、どっちが悪人か分かったものではないな」


 先代公爵家……ってか、ラピスラズリ公爵家もだけど、どちらかというとシャドウウォーカーに断罪される側だからねぇ。まあ、シャドウウォーカーも世間一般で言うところの正義には当てはまらないダークヒーローだし、誰がやっても暗殺している時点でアウトだと思うけど。それ相応の報いをいずれ受けることになるんじゃないかな? ……勿論、ボクも例外じゃない。


「少し心配ではあるが、それ以外に代替え案がある訳でもない。後で依頼された暗殺の資料を渡そう」


「ありがとうねぇ」


 夕食後、シャドウウォーカーのメンバーとアクア達がアジトの露天風呂で順番に入浴していく中、ボクはピトフューイの部屋で資料を受け取ってメネラオスの端末に写真を送っておいた。

 情報収集は他のグループに任せて、今から暗殺任務の方に従事するつもりらしい。……使用人達もやる気満々だって言っていたけど、勢い余って暗殺者が他国の間者だってバレないといいけどねぇ。


 ところで……アクアが露天風呂の女湯じゃなくて男湯の方に入っていったけど大丈夫かな? まあ、男湯にいるのはリヴァスとホーリィの二人だし、騒ぎは起こらないと思うけど。

 ……さて、ボクもそろそろ入浴して明日に備えよっかな? まあ、その前に溜まった仕事があるからやらないといけないけどねぇ。

 徹夜して何が明日に備えるだよ! というツッコミは受け付けていないのであしからず。



 翌日、ところ変わってフォトロズ大山脈地帯……の、中央フォトロズにある九千メートル級の一座。

 ……いや、元々は最高峰で修行をしようと思っていたんだけどねぇ。


 フォトロズ大山脈地帯の最高峰の現在といえば、天上の薔薇聖女神教団の新たな総本山となり、山頂には巨大な聖堂が建てられ、信徒が聖地巡礼と山岳修行のために上り下りを繰り返していると、全く静けさの欠片もなくなってしまっている。アレッサンドロス達に絡まれても面倒だし、こうして秘密の修行場を開拓することにしたんだよねぇ。ついでに、後々に行うシャマシュ教国侵攻のために転移先を作っておこうという目論見もあった。


 このフォトロズ大山脈地帯の最高峰を求め、宗教戦争が勃発した。

 ちなみに、ド=ワンド大洞窟王国は「鉱石採掘のために山内部を削ることさえ認めてくれれば、山の占有権は放棄する」という宣言をして、あっさりフォトロズ大山脈地帯の権利を放棄した……まあ、持て余していたし、当然の選択ではあったんだけど。

 その後、あの山の占有権を賭けて争ったのは天上の薔薇聖女神教団と兎人姫ネメシア教の二派だった。まあ、以色列共和国の聖地を賭けて争う三大宗教の戦争にも匹敵する熱量を持ってぶつかっていたけど、ボクが事前に釘を刺しておいた効果があったのか、武力衝突は起きなかった。


 代わりに起こったのが論争。天上の薔薇聖女神教団は頂上にあるリーリエ似の石像を根拠に「この地が天上の薔薇聖女神教団の聖地に相応しい場所である」という主張を、兎人姫ネメシア教は「ネメシス様が羽化登仙した由緒ある土地であり、この地こそ兎人姫ネメシア教の聖地に相応しい場所である」という主張をそれぞれ展開し、争った。……いや、石像動かせばいいんじゃない? とか、二つの宗教で聖地をシェアすればいいんじゃない? と思ったけど、ボクに口を挟む余地はなく(というか、ボクって双方の神的扱いなんじゃないの? なんでボクそっちのけでこんな面倒な争いが展開されているんだよ!?)、最終的に天上の薔薇聖女神教団が兎人姫ネメシア教を黙らせて聖地を獲得したそうだ。……っか、この論争終結と同時に転移門と聖堂の建設の依頼が舞い込んできたんだけど、絶対お前らリーリエを信仰していないよな!?


 と、まあこんな感じで中央フォトロズの一座に来た訳だけど、ボク達がいるのは雪山のど真ん中ではない。

 山の中腹にある複合戦闘訓練施設、又の名を合宿所――ここが今日から始まる強化合宿の舞台となる。

 食堂と寝室完備、大小九つある戦闘施設には全て「Lリリー.ドメイン」を常時展開してある。つまり、この施設内では本気で戦闘訓練をしても問題ないってことだねぇ。


 さて……ここから数日でどれくらい強くなってくれるのか? 楽しみだねぇ。

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