Act.7-6 ルヴェリオス帝国潜入準備 scene.3

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト>


 簡易錬金室テントを統合アイテムストレージから取り出し、【完成予測】を発動して、人魚の涙シーレーン・ティアを最も最適な形で望む効能を持つ薬に再構成し直すか、その答えを模索する。


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人魚の涙シーレーン・ティア

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夢幻の奇石ミラージュ・ストーン

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・虹結晶・改+魔3×15

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・神水晶・改+魔3×15

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・水結晶・改+魔3×15

+

・浄化水×100

・夢幻変化の妙薬

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 見えた……けど、やっぱり求められるものはそこそこ高級なものばかりだねぇ。費用対効果はそこまで良くないんじゃないかなぁ……【万物創造】で無限増殖が可能なボクでなければ。


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・夢幻変化の妙薬

▶︎海の魔女の秘薬と負傷を夢に置き換える力を持つ伝説の石の力を融合した夢幻変化の水薬。人間種族以外の種族の者の姿のみを人間に変化させる力と肉体に直結する能力以外の種族特有能力を人間形態で使用することができる効果を持つ。薬の効果は使用後に一口以上飲むか、致命傷を負うことで解除される。致命傷にあたるダメージを負った場合は負傷を「夢」に置き換えることで一度だけ無かったことにできる。

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 【完成予測】に従って釜に内蔵されたヒーターを、強・中・弱のボタンから弱火を選び、中に素材を入れてじっくり混ぜ合わせる。

 完成した水薬を小瓶に入れ、【万物創造】で複製した。後は実際に効能を確かめてみる行程だけ。


「この中で誰かこの薬を試してみたい人っていますか?」


「では、我が試してみよう」


 バダヴァロートが夢幻変化の妙薬を一口飲むと、身体が変化――人魚族の身体的な特徴が消え、普通の人間と同じ見た目に……ってか、人魚族の性質消えたらただのおっさんじゃん。


「……上手くいったようだな」


「いや、まだだねぇ。バダヴァロートさん、ボクに思いっきり海王の三叉突ポセイドン・スピアリング、放ってみて。それで、薬の性能を確かめられるから」


「本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫大丈夫。さぁ、いつでもどうぞ?」


 バダヴァロートの三叉槍にどこからともなく水が集まり、激流を纏った三叉槍から高速突きが放たれた。

 ボクは武装闘気を纏わせた人差し指で槍を受け止めると同時に踏み込み、一瞬でリーリエにアカウントを切り替え、死の支配者が獲得可能な即死魔法の一つで不完全な蘇生魔法では復活させることができない強力無比な即死魔法――「真なる即死トゥルー・デマイズ」を放った。


 魔法を受けたバダヴァロートの心臓が止まり、死が確定した瞬間――バダヴァロートの人間の姿が無数の欠片となって飛散し、人魚族の姿のバダヴァロートの姿となり、崩れ落ちた姿勢から立ち上がった。


「……うむ、何が起きたのだ?」


「薬の効果を試したんだよ? 具体的に言うと激流を纏った三叉槍を武装闘気を纏った人差し指で受け止め、そのまま瞬間的にリーリエにアカウントを切り替えて不完全な蘇生魔法では復活させることができない強力無比な即死魔法をバダヴァロート様に浴びせた。結果として、薬の派生効果でボクの予想通り即死魔法を掛けられたという事実そのものが「夢」に置き換えられ、全く無傷の状態で元の姿に戻れた……ということだねぇ」


「……うむ。…………うむ? いや、ちょっと待つのだ! 今さらりと即死魔法を撃ったと言ったよな!? もし失敗していたら我死んでいたのか!?」


「あっ、大丈夫大丈夫。「真なる即死トゥルー・デマイズ」での即死も治せる蘇生魔法、ボクも持っているし」


「……そういう問題ではないのだが。しかし、この薬、人間の姿になることができるという以上にとんでもない価値があるのではないか?」


 シリェーナ達はさらりとバダヴァロートが殺され掛けたことに戦慄を覚え、シレーヌに至っては完全に怯えちゃっているけど、バダヴァロートだけはこの薬の本当の価値に気づき、驚愕している。なかなか鋭いねぇ。


「完璧って訳じゃないよ。負傷を「夢」に置き換えることで一度だけ無かったことにできるけど、夢の消滅と同時に出現する実体の位置は本体と重なる地点しか選べない。これは、例えばバダヴァロート陛下が脇腹を刺されたとして、そのままの地点であれば刺された刃に実体が重なって同じ位置に傷を負わないためのものなんだけど、極めて広範囲に、しかも長時間効果を及ぼす魔法に対しては全く意味がないから注意してねぇ。ただ、物理攻撃による致命傷や即死攻撃に関しては一度だけなら無効化できるだろうねぇ」


「主産物と副産物が逆転しているようにも思えるが……。この薬、もらってもいいのか?」


「いいよ、そういう約束だし。とりあえず、十ダースくらいでいいかな? それから、公平を期すために各国に同じ本数納めたいんだけど、大丈夫かな?」


「多種族同盟の中で一国だけがこれほどのものを得るという訳にはいかないだろう。エナリオス海洋王国が今後も多種族同盟の一員であるためにも、是非各国に供給してもらいたい」


「決まりだねぇ」


 その後、十ダース分の夢幻変化の妙薬を提供し、折角王宮に招いたのに何ももてなさない訳にはいかないとボクはバダヴァロートに拉致ら……応接間に案内された。

 最近輸入を始めたという紅茶とお菓子で細やかなお茶会が行われた……けど、相変わらずシレーヌからは怯えられている。


「……うむ? どうしたのだ?」


「いや……露骨に怯えられているなって」


「ローザ殿、気分を害してしまったのなら謹んで謝罪したい。……シレーヌは極度の人見知りで、決して悪気がある訳ではないのだ」


「まあ、それは理解しているし、怯えられる原因もほとんどボクにあるのは承知しているんだけどねぇ。……あんまり気を張らせちゃうと申し訳ないし、なんとか打ち解けられたらなぁって」


「確かに、これからは王女として外交にも参加せねばならないだろうが。……そういえば、ローザ嬢は引きこもりがちだったアクアマリン伯爵家のソフィスと打ち解け、彼女が外との関係を作るきっかけを作ったと聞いたぞ。なんでも、最近はアクアマリン伯爵家で行われるお茶会にも顔を見せているそうだな。……その、知恵を貸してもらえるとありがたいのだが」


 ソフィスは最近勇気を持って外の世界に少しずつ足を踏み出しているって表情筋が死滅したニルヴァスが表情には見えないけど嬉しそうに話していたっけ。

 ……まあ、最近はアーネストの仕事が綺麗なディランペルちゃんの存在や、多種族同盟の文官達の協力、多種族同盟設立のためのゴタゴタが終わったこと、仕事をサボる人間一人の不在などの理由が相まって、かなり軽減されてきていてお茶会も開けるようになってきたみたいだけど、一方で正式に書肆『ビオラ堂』で本格的に連載を開始して執筆活動に随分と時間を使っているらしい。

 担当編集としてモレッティ、モレッティが別の仕事で忙しい時はモレッティが優種な部下だとその実力を高く評価している、小さな書店『リーヴル』の店長を務めていたレネィス=リーヴルが編集としてついているようで、二人から話も聞いているけど、新人作家シャトヤンシーとしてかなりの人気を得ているみたいだねぇ。今度、お祝いを持っていかないと。


 ちなみに、レネィスは祖父の代から書店を営んでいる家の出身で、元々は昔ながらの写本という形で販売していた。ビオラ商会に融資の依頼に来たことがきっかけで繋がりができ、ボク達がやっている印刷技術を見て愕然としたそうで、そこから紆余曲折を経てリーヴルはビオラ商会の傘下に入ることになったのだけど、今は写本の担当として昔ながらの写本の愛好家達に写本を販売しながら、書肆『ビオラ堂』の編集としても活躍している。


 どこぞの国の古代か中古か中世かと言いたくなるけど、この国では歴史書などのなんとなく漢文体で書かれていそうな本を読むことが貴族の嗜みとされ、平仮名で書かれていそうな物語は下世話な本とされていた。ビオラ商会が、大々的にそう言った本の販売を始めた頃から貴族の中でも読まれるようになり、ぽつぽつと物語批評も始まってきている。いずれは、本格的な物語研究が始まるんじゃないかな? どこぞの本好きを拗らせた変態にとっては最高の環境になるかもしれないねぇ。

 ちなみに、ボクは過去二回神界の研究会に参加して本好きを拗らせた文学狂と議論を繰り返したことがあるけど、全く歯が立たなかった。……あれが、ただのモブキャラなら人類皆考える葦ですらないということになるよねぇ。全く、過度な過小評価も嫌味にしかならないよ。


 ……話を戻そっか。


「何か共通の趣味があると楽なんだけどねぇ。例えば、ソフィスさんは本だった。シレーヌ様にも何か共通の趣味があればいいんだけど……」


「シレーヌの趣味か……そういえば、我も普段シレーヌが何をしているのか知らんな」


「そうですわね……」


 普段は部屋に引き篭もってほとんど外に出ないという引きこもり姫のシレーヌ。……普段は何をやっているのか家族も知らないんだねぇ。


「シレーヌ様……」


「…………ビクン」


 あっ、駄目だこりゃ。話し掛けただけでこれじゃあねぇ。


「ちょっと無理そうだねぇ。……まあ、こういうことは無理強いすることじゃないから」


「……そうであるな」


 まあ、結局微妙な雰囲気のままお茶会が終わり、ボクはお茶会のお礼にビオラ商会のお茶菓子を置くと応接間を出た。

 廊下を歩き、目当ての人物ヴィアベルを見つけると声を掛ける。


「ヴィアベルさん、お仕事お疲れ様」


「ローザ様がこちらにお越しだとは聞いておりましたが、もうご用事は終わったのですか?」


「まあねぇ。それで、ちょっとタイミングを逸しちゃってバダヴァロート陛下にお渡しできなかったものがあるんだけど、後で渡してもらえないかな?」


「ええ、構いませんが……」


 統合アイテムストレージからラッピングされた箱と、バダヴァロート宛ての手紙を取り出し、ヴィアベルに手渡す。

 流石にただでという訳にはいかないので、『Rinnaroze』で使える食事券を渡してヴィアベルと分かれると、ボクは何食わぬ顔でどこぞの西洋文化や学術紹介に貢献した商社を後にした奇怪な悪漢のように王宮を出ると、ラピスラズリ公爵邸の自室に『全移動』した。


 シレーヌの声無き声が教えてくれた彼女の趣味に使われる画材が、臆病で踏み出せない一歩を踏み出す力になることを祈って……なんて、ちょっと格好つけ過ぎたか。

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