Act.7-5 ルヴェリオス帝国潜入準備 scene.2

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト>


 先代ラピスラズリ公爵家への連絡をジーノに任せ、ボクは極夜の黒狼のアジトに向かった。

 ちなみに、ジーノは先代の時代から仕えている古株の使用人のため、先代使用人達とも面識があり、戦闘で実力を測られることもない。……つまり、ジーノが行けばヘクトアールが死に掛けるような事態にはならなかった訳だけど、先代の庭師との顔合わせをしておいた方が後々のためにいいだろうと判断して「誰が馭者役でフォルトナに行く? じゃあ、一番暇そうなヘクトアールで」という満場一致の空気感にあえて乗ったんだろうねぇ。つまり、ジーノが引き受けていれば発生しない尊い犠牲だったってことだねぇ……南無南無。


 普段なら戦闘使用人の足でも数日かかるブライトネス-フォルトナ間だけど、魔法門の登場により移動に掛かる時間が大幅に短縮された。

 事前に連絡入れてあるし、そう時間も掛からずに先代公爵家からの返答が返ってくると思うけど……二年前に事前連絡入れておいたし、準備はできていると思うんだけど……大丈夫だよねぇ?



「あっ、ローザお姉ちゃんだ! わぁい!」


 無邪気にロケットダッシュで突撃してきたアーロンをふわりとキャッチして、ゆっくりと着地させる。


「お土産のクッキーを持ってきたよ。後でみんなで食べてねぇ」


「うん、ありがとうお姉ちゃん!」


「ごめんねぇ、これからラルさん達とお仕事の相談があるから」


「……うん、分かった。その代わり、後で沢山遊んでね!」


 今更ながらアクアを連れて来れば良かったんじゃないかなぁ、と思いながら、年齢の割には聡いアーロンが仕事を邪魔してはいけないと子供部屋に戻っていくのを確認し、ボクはラル、ペストーラ、スピネル、チャールズ、ポルトスに紅茶を淹れ、カルメナにはフォルトナ王国で手に入れたさくらんぼ酒をコップに注ぐと、ボクも席に座った。


「本当にいつもお土産ありがとう。ローザの買ってくるお酒ってどれもセンスが良くて美味しいんだよなぁ」


「お褒めに預かり光栄だけど……買ってきたボクが言うのもなんだけど飲み過ぎには気を付けてねぇ。みんなにはケーキを持ってきたよ」


「いつもごめんね。色々とお土産持ってきてもらって……ローザさんだって忙しいのに。二年間ずっとフォルトナ王国との往復で、家庭教師の仕事もやって大変だったでしょう? 別に私達のことは気にしなくてもいいのよ」


「お菓子作りも趣味の一つだし、美味しく食べてもらっている姿を見るのが最高の癒しだからねぇ。……それで、早速本題に入らせてもらうけど、フォルトナ王国での一件でルヴェリオス帝国と本格的に事を構えることになって、もう暫くしたらルヴェリオス帝国の革命の後押しという形で革命を成功させつつ、皇帝を倒して『管理者権限』を奪い返しにいくんだけど、何人か協力してもらえないかなって思って……お願いできるかな?」


「お願いできるかな、じゃないわ! 本当にお願いだから休みを取って! このところ……というより、四年前からずっとだけど働き過ぎだわ! アタシ達は大丈夫だけど、ローザさんの身が保たないわよ!! ……もう少し、自分を大切にして……お願いだから」


「……ごめんねぇ、心配かけて。でも、大丈夫だよ? ちゃんと自分のできる範囲で行動しているし、ここ最近はアネモネで行動していたから疲労も大して溜まってないしねぇ。……ボクが手をつけたのに、結局仕事がおざなりになって迷惑を掛けていることがいっぱいある……ビオラ商会もその一つだよねぇ。そんなボクを今でも会長に据えてくれているみんなには感謝しかないよ。……心の底から心配してくれるのも嬉しい。でも、ボクには沢山やらないといけないことがあるし、その一つ一つに向き合って過ごしている時間が楽しいんだよ。別に苦痛を感じながらやっている訳じゃないんだ。……大丈夫、もう二度、ボクを信じてくれる人達を絶対に悲しませないから」


「……ローザさんがおざなりにした仕事なんて一つもないわ。沢山の仕事を引き受けて大変な中でも合間を縫ってビオラ商会の会長の仕事をしているのはみんな知っているわ。……ごめんなさい、本当はローザさんを応援するべきなのに」


「ボス、ローザさんの体調を心配する方が普通ですよ。ただ、ローザさんは仕事中毒ワーカーホリック拗らせ過ぎて俺達がいくら止めても無理だからみんな諦めているだけです」


 ペストーラの言葉に同意するこの場にいる全員……そういえば、前世でも初期の方は随分と「働き過ぎです! 少しは御身を労ってください!」って言われていたっけ? まあ、暫くしたら納得して止められることも無くなったけど……で、今度は「ローザ様が働いているのに、私達が休んでいる訳には」と斎羽を除く幹部が暴走し始めて、最終的に他のメンバーの残業や百合薗グループのブラック化を心配して、正式に労働時間を規定することになったんだけど……そうなると、今度は斎羽を除く幹部が納得いかなくなって、結局「希望者は労働時間の延長を可能にする」規定を追加導入することになったんだっけ? まあ、百合薗グループにはボクと同じで仕事=趣味の人が多かったから受け入れられたんだけど、ビオラ商会でボクのやり方はあんまり受け入れられないのかもしれないねぇ。やっぱり、時間を掛けて「ボクがこういう人間なんだ」って、納得して諦めてもらうしかないか。


「今回はルヴェリオス帝国への潜入に力を貸して欲しいということね。……それで、どれくらいの人数が必要なのかしら?」


「それほど大人数はいらないかな? アーロン君もいるから全員は無理だし、なら一人残していくかっていうと、あの『怠惰』の時のような人数が必要になる訳じゃない。……人数が多いとかえって目立つからねぇ」


「具体的に誰を連れていきたいとか、そういうのは決まっていないの?」


「アーロン君の情操教育に悪いチャールズさんとカルメナさんの二人を連れて行こうかな、とは思っているけどねぇ」


「ちょっとローザさん酷くないかな! 俺は別にそんなんじゃ……」


「……つい、アーロンのウブな反応が可愛くて遊んじゃうんだよな。まあ、悪気はないから!」


「二人とも連れて行って構わない。たっぷりと扱き使って構わないよ!」


 ラルの目がマジだった……まあ、子供に思いっきり悪影響を与えているのに開き直っているんだから、そりゃ怒りを覚えるのも仕方ないか。


「後は……スピネルさん、お願いできるかい?」


「わ、分かりました……不束者ですが、よろしくお願いします」


「なかなか面白い人選になったねぇ」


「……ん? どうした? アタシの人選に何か問題があったか?」


「いや、最高の人選だなって思って。それじゃあ、具体的な行動開始時期が決まったらお知らせするから心算だけはしておいてねぇ」



 『古代アトランティスの錬金術天秤』、『古代アトランティスの錬金合成釜/ユグドラシルの錬成棒』、『古代アトランティスの錬金分離盤』、『古代アトランティスの性質改変台座』、『古代アトランティスの属性付与台座』、『古代アトランティスの硝子器具』といった錬金術関連の器具をセットにした簡易錬金室テントを持ち、やって来たのはエナリオス海洋王国。


 海王城の前で待つこと数分、門にやってきた魚人族の文官に案内され、ボクは謁見の間に向かった。

 謁見の間の中にいたのは、バダヴァロート、シリェーナ、ソットマリーノ、ボルティセ、シレーヌ……つまり王族全揃いってことだねぇ。

 やっぱり『王家の至宝』に関することだから王族全員の参加が必須だったのかな?


「久しぶりね、ローザさん。あの謁見の時以来だから二年ぶりかしら?」


「お久しぶりです、シリェーナ様。ソットマリーノ様、ボルティセ様、シレーヌ様もご健勝で何よりです」


「……あらあら、私達とローザさんは対等よ? 様付けは不要だわ」


「シリェーナ様、一国の王族と一公爵に過ぎないボクが対等になることは万に一つもありませんからねぇ」


「ローザ殿、貴君は多種族同盟のトップであろう? 国家を束ねる同盟長のローザ殿は本来、国王よりも上の立場だと思うのだが……」


「ソットマリーノ様、同盟長ってのはそもそもラインヴェルド陛下達が勝手に言っているだけで、ボクはただ各国を回って交渉しただけですからねぇ」


「……その実績を踏まえてもローザ嬢は国王と対等か、それ以上の存在だと思いますが。二つの宗教団体の神でもありますし」


「ボルティセ様、あれは天上の薔薇聖女神教団と兎人姫ネメシア教が勝手に言っているだからねぇ。ボクは神でもなんでもないし……強いて言うならただの悪役令嬢?」


「この世界の基礎を作り、世界女神ハーモナイアをも作り上げたローザ様は十分に神を名乗る資格があると思いますわ」


 ……シリェーナの言葉に反論することはできるけど、これ以上行くといつも通り平行線を辿ることになるからねぇ。ここで折れるしかないか。

 相変わらず、シレーヌは二人の王子の影からちょこんとこっちを見ている。……やっぱり、二年経っても人見知りは治らなかったか。


「それで、『玉手箱』の秘宝、人魚の涙シーレーン・ティアのことだけど……」


「その秘宝はこの箱に入っている」


 玉手箱(ちなみに、もともとは化粧道具を入れる玉櫛笥が転じて玉手箱。正確には玉・手箱なので、安易に玉手・箱と切ってはいけない)を躊躇なく開けると、中には無数の丸薬が入っていた。

 ってことで、早速鑑定。


-----------------------------------------------

人魚の涙シーレーン・ティア

→かつて、人間に恋をした人魚が人間と結ばれるために海の魔女から受け取った「尻尾を人間の足に変える」薬。飲むことで一定時間、亜人種族の特性を消し、人間の姿に変えることができる。

-----------------------------------------------


「どうだ? やはり、他の亜人種族には効果がないか?」


「いや、そっちは問題ないんだけど……飲むことで一定時間ってのがネックだねぇ。シンデレラの魔法かよって言いたくなるよ。……この辺りは改良の余地がありそうだねぇ。じゃあ、早速始めよっか?」


 とりあえず、試作品の開発には取り出した人魚の涙シーレーン・ティアを使わせてもらうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る