Act.6-37 ドゥンケルヴァルトの開拓村と、魔女の森の魔女の女王様と弟子 scene.2 下

<一人称視点・ローザ・ラピスラズリ・ドゥンケルヴァルト>


「それで、あんたはあたしにそのことを話して何を求めているだい? 生憎あたしゃ隠遁の身、もうくだらない揉め事には関わりたくないよ」


「別にボクはレジーナさんに何かを求めるつもりはないよ? ただ、たまにはラインヴェルド陛下やオルパタータダ陛下に顔を見せてあげて欲しいけどねぇ。……あっ、エリオールさんに肝心なものを渡し忘れていた。これ、お父様から」


 エリオールに手渡した手紙はレジーナとエリオールの誤解が解けて相思相愛になった時のためにカノープスと相談して用意してもらったもの。

 内容は「ラピスラズリ公爵家の庭師の職を辞める提案と、『気が向いた時には屋敷の植物を見に来てくれると嬉しい』という趣旨のメッセージ」、エリオールとレジーナの二人に幸せで暮らして欲しいと言うボク達からの細やかな気持ちだ。

 お父様から手紙と一緒に退職金を受け取っている。そこにボクも少し色をつけておいた。エリオールとレジーナの今後の生活が素晴らしいものになることを祈ってねぇ。


「まあ、開拓村に門を設置するからブライトネス王国を含めて多種族同盟諸国間の移動はかなり楽にできるようになるし、行き来自体はそれほど大変じゃなくなるけどねぇ。本当に気軽にラピスラズリ邸に来ればいいよ……って、引っ越しの準備もこれからだろうし、庭師としてやり残した仕事もあるだろうからねぇ……まあ、突然の話だし、エリオールさんとレジーナさんの二人で決めればいいよ。なんなら、開拓村にそこそこ大きな屋敷を作ってもいいよ?」


「私はユリアがウチに来てくれたら嬉しいわ。……でも、ユリアは」


「私も、カノープス様とお嬢様がお認めくださるのでしたら。……お世話になりますね、レジーナさん」


 エリオールがレジーナの庵に引っ越すのはラピスラズリ公爵邸でやり残した仕事を終わらせてからということになった。


「リィルティーナさんには今後の選択肢として魔法学園に入学するという進路を提示しておくよ。今は一昔前とは様変わりしていることは何よりエイミーンさん達がこの場にいることが証明していると思うけど、聖女としての力よりも時空魔法の方が重要視されているから天上の薔薇聖女神教団に神輿に担がれて面倒ごとに巻き込まれることはないだろうし、一度学園という場所で学んでみたらどうかな? レジーナさんは一流の魔女だけど、いずれはリィルティーナさんも独り立ちしないといけないだろうしねぇ。そのための人脈作りの意味でも、学園に入学するっていう選択はいいと思うけど」


「ですが……私の入学予定の時期って、乙女ゲームの開始地点ど真ん中ですよね。もしかして、圓さんは私を……僕を乙女ゲームの世界観を打ち壊すために利用しようとしてませんか?」


「まあ、そういう下心もあるにはあるけどねぇ……でも、随分情勢は変わっているから問題はないと思うけどねぇ。……どちらかというと、主人公以上に警戒すべき存在に警戒を向けておいた方がいいだろうし」


 ローザ=ラピスラズリ――ボクが最も警戒しているのは『スターチス・レコード』の悪役令嬢その人だ。

 ボクが悪役令嬢ローザに転生した時、ボクの中にはローザの人格は無かった。恐らく、『スターチス・レコード』の管理者権限を持つローザは乙女ゲームから完全に外れた存在になっている。神の座にいるローザは最早悪役令嬢ではない……だけど、悪役令嬢というファクターは乙女ゲームを構成するのに重要なもの。


 そこで器だけの魂を伴わないローザが、もう一人のローザ=ラピスラズリのデータ――『スターチス・レコード外伝〜Côté obscur de Statice』のローザを基に構築された。そこにハーモナイアが手を加えたのがボクの魂の受け皿となったローザの正体だと考えている。

 『怠惰』のスロウスが持っていたのは予想通り『スターチス・レコード外伝〜Côté obscur de Statice』の管理者権限だった。尚更、ローザが『スターチス・レコード』の管理者権限を保有している可能性は高まっている。


「まあ、そんなに怯えなくても大丈夫だよ? ボクもいる訳だし、危険なことが起きてもなんとかなるって。君は高校二年生の夏に彼女を庇って通り魔に刺されて死んだんでしょう? あんまりいい思い出はないかもしれないし、完全に同じにってことにはならないけど、学園生活でもう一度青春を味わってみるのもいいんじゃないかと思ってねぇ。どうかな?」


「ふん、いつまでも無能な弟子にウチにいられても困るからね! いい機会だ、魔法学園に入って学んできな。おまえがいない方が清々するよ!」


 ……相変わらず、ユリア以外には素直じゃない人だねぇ。まあ、こういうツンデレも嫌いじゃないけど。


「さて、そろそろ最後の話題に入ってもいいかな?」


「まだ何かあるのかい? ……あたしは、圓、あんたに協力するつもりだよ。私の大切な人に私の気持ちを伝える機会をくれたんだからね、そのお礼はするつもりだよ。あんたに危機が訪れた時は魔女として力を貸す。……領地の税に関してはさっき話をしたし、もうあたしに用事はないだろう?」


「……さっきも話をしたけど、レジーナさんの弟子のメリダ=キラウェアがブライトネス王国で孤立していてねぇ……もし、レジーナさんが推薦したなら顔を潰すことになるなって思ってねぇ……もし、そうなら謝罪するよ。魔法省優位の状態にした責任の一端はボクにもあるからねぇ」


「謝罪の必要はないさ。……あれはもうあたしの弟子じゃない。あたしの噂を聞きつけて勝手に弟子になるって押し掛けてきて、その後勝手にあたしに幻滅して見切りをつけて出て行った。あたしにブライトネス王国の宮廷魔法師就職の推薦状を書かせたけど、正直あの女には無理だと思ったね。最後まで唯我独尊な女だった。あの女はもう破門だよ。その後どうなろうが知ったこっちゃないね。魔法の才能はあるのに、性格が最悪なんじゃ部下もついては来ないだろう、そのことに気づければ変われるんじゃないかと、そう期待して推薦状を書いたけど、結局馬鹿は死ななきゃ治らない、いや馬鹿は死んでも治らないってことだったんだろうねぇ。いずれにしても、自分の力だけでなんでもできるなんて万能感に浸っているうちは変わらないだろうね。一度徹底的にボコボコにされたら変わるかもしれないと思ったけど、実際あんたにボコボコにされても変わらないかったんだろう? なまじっか力があったのが不幸だったってこった……まあ、同情する隙は一マイクロミリもないけどね!」


 実は、ラインヴェルドは推薦したレジーナの顔を潰すんじゃないかと心配していたけど、メリダに対するレジーナの評価も散々なものだったみたいだ。

 魔法の使い手としては超一流だけど、今後はより彼女を排斥しようとする動きが強まるだろう。時代は一騎当千から汎用的なものに切り替わろうとしている。それでも一騎当千が完全に廃れる訳じゃない……ただ、これから生き残るのは時代の変化を認め、それを受け入れつつ、自分は一騎当千の魔法の使い手として、暗殺者として活躍する人――本来協力するべき魔法省と敵対する要因にしかなり得ないトップはもう必要ない。


 ボクの住んでいた尾張国にも昔、政令指定都市と張り合って協力することもせず、非常事態に無能っぷりを見せた首長が居たそうだ。その結果、他の国からは尾張民が「お可哀想に」と同情され、阿呆な首長を選んだ者達を嘲笑する者が急増したらしい。とにかく色々な人に噛み付く人だったそうだ。肝心なことに目を向けないところも、今のメリダとよく似ている。

 宮廷魔法師団はまもなく要職から外されるだろう。寧ろ、よく二年も持ったよねぇ……宮廷魔導騎士団も正式に設置されてから一年も経ったのにさ。単にあの骨董品が処分されなかったのは歴代宮廷魔法師団長達が積み重ねてきたこれまでの功績と、副団長のホネストに対する評価の賜物だろうねぇ……まあ、メリダは自分の成果だと信じて疑わないだろうし、そもそも宮廷魔法師団が解体か、左遷か、そういった議論の俎板に上がっていることすら知らなくてもおかしくはないけど。


「しかし、あの女に仕える・・・・・・・宮廷魔法師共も大変だねぇ。共に破滅して坂を転がってどん底に落ちていくのかい」


「いやぁ、流石にうちのクソ殿下もそこまでするつもりはないみたいだよ? 寧ろ、優秀な人材を腐らせるのは勿体無いと、秘密裏に宮廷魔導騎士団に勧誘しているみたいでねぇ……メリダのやり方に不服があった者達や沈む泥舟になんか乗っていられないやっていう連中が早々に離脱している。それに、入団希望者数も宮廷魔導騎士団の方が多くなってきているみたいだし、確実に宮廷魔法師団は規模を縮小しているんだろうねぇ」


 魔法省もヴェモンハルトも宮廷魔法師の練度の高さは理解している。ブライトネス王国は魔法の国、フォルトナ王国は剣の国と別名で呼ばれて比較されるほど、ブライトネス王国の魔法使いは高い水準の実力を持つ。

 前世代であれば、魔法省と宮廷魔法師団は良い関係を築いていた。元々は現在ほどではないにしろ、武官と文官ということで関係に溝があったようだけど、魔法省特務研究室所長のスザンナと宮廷魔法師団団長のミーフィリアの尽力で今までにないほど魔法省と宮廷魔法師団は互いに協力し合っていた。それをぶち壊したのはミーフィリアのやり方をぬるま湯だと断じ、ミーフィリアの居場所を奪ったメリダだった。確かにメリダのやり方によって宮廷魔法師団の練度は上がったかもしれない……が、魔法省との繋がりを破壊したことで魔法国家の黄金時代は終わりを告げた。その罪は大きい。


 メリダやメリダを担ぎ上げている者達に関しては完全に見切りをつけているだろうけど、ホネスト=ブラックストーンのような真面目に宮廷魔法師として仕えてきた者まで彼女と同じ運命を辿れという残酷なことは流石に言わないと思う。……まあ、なんだかんだで宮廷魔法師団の要になっているホネストに関しては引き抜きは最後になると思うけど。


「それで、これからどうするんだい?」


「この後は開拓村を大幅に魔改造させてもらうために一旦未開拓の場所に向かうよ。その実験の見届け人になってもらうためにミスルトウさんも連れてきた訳だしねぇ」


「リィルティーナ、ローザについて行って学んできな。学べることはしっかりと学んで後で学んだことをまとめて提出するように、ほら、ボサッとしてんじゃないよ!」


「あ、あの……師匠は?」


「あたしはこれから用事があるからね! ユリアが来るんだからユリアの部屋を用意しておかなければならないじゃないか、そんなことも分からないなんて相変わらず愚鈍な弟子だねぇ!」


 ……とばっちりを喰らったリィルティーナが、そのまま嫌味混じりの叱責を受けた。まあ、これもいつものことなんだろうねぇ、大変だなぁ。

 これからユリアが来たら状況は好転するのか、更に居場所を失うのか……まあ、どちらにしろ弟子としては気に入られているみたいだし、大丈夫なんじゃないかな? 良く分かんないけど。

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