Act.6-3 懐かしの騒がしきトラブルメーカー達の巣窟にて scene.2 中

<一人称視点・アネモネ>


 ひゅん――と風を切る音が耳朶を打ち、続けて人外じみた重く速い斬撃が放たれた。

 「圓流耀刄」のように全身の筋肉を完璧に使いこなせている訳ではないのにも拘らず、この威力――やっぱり、魔王の異名に相応しい化け物だねぇ。


 ――愉しくなってきた!


 シューベルトの斬撃を左の剣で受け止める。僅かに眼を見開いたシューベルトが後方に飛び、態勢を立て直した。あのままだとさっきのアクアとの立ち合いの時のように右の剣で斬られると予想したんだろうねぇ。


 そのまま地を砕くほどの威力で肉薄――両の太刀を宛ら翼の如く広げ、そこから高速連撃を叩き込む。


「――ちッ」


 更に後方に飛んで二刀を回避するシューベルトを、二刀をクロスさせて追い縋る。前方への防御と十字斬りへの連携を両立させる攻防一体の隙のない構え。

 そのまま無音・・の踏み込みと共に十字斬りクロススラッシュを叩き込む。その速さと鋭さ故に、剣の残像すら肉眼では捉えられない、不可視の太刀がシューベルトに殺到する。


 無音故に音から軌道を読むことも敵わす、残像すら捉えられないが故に刀身が大気を擦過して生まれた白熱をかろうじて捉えられるのみ。

 身体の動き、視線の動きから斬撃の軌道を逆算しなければならない「圓流耀刄」の斬撃にシューベルトもなんとか対応しようとしたようだけど。


 攻撃から身を守ろうと突き出した剣が粉々に砕け散った。

 完全に刀身を失ったのを確認して、ボクも裏武装闘気を解除して、漆黒の剣を消滅させる。


「マジかよ……この嬢ちゃんどうなっているんだ? 全く剣が見えなかったんだが」


「ファンマン様の目で捉えられなくても仕方のないことですわ。お嬢様の剣は全ての筋肉を本来意識して操作できないものを含めて完璧に操作することで、一切の加速が存在しないゼロから百への緩急を誇る世界最速の剣。そのためには脳から送られる信号を短く情報密度の高い戦闘用の脳信号に変える必要があるそうなので、真似をするとなれば人外じみた努力が必要になると思われますわ。かくいう俺……じゃなかった、私も剣の扱いに自信がありますが、一度もアネモネ様に勝てた試しがありませんわ」


「というか、商人が一流の剣の腕を持っていたり、メイドが護身術の達人だったりするっていう時点で本当に謎なんだけど、そもそもメイドが商会の長に挑むって状況も普通じゃないよな? ……なんか、普通に信じろって空気感なんだけど、本当にあることなんですか? オニキスさん?」


「別にあってもおかしくはないんじゃないか? アネモネさんも商人であると同時に名の知れた冒険者なんだろ? このメイドさんも護身術の達人ってことだし、もしかしたら冒険者ギルドに登録しているのかもしれない。冒険者同士なら手合わせする機会もあるんじゃないか? ……しかし、このメイドさんの剣技、どこかで見覚えがあるような?」


 見覚えじゃなくてお前の剣技だよ、オニキス! って言ってやりたいけど、ここはグッと我慢。しかし、このメンバーだとやっぱりレオネイドが唯一の真面で真面目枠なんだなぁ。


「最高に痛い気持ちいい一撃でした。剣での重い一撃を求めた私の期待を裏切って思いっきり回し蹴りを叩き込んだところもオニキス騎士団長のようなドSっ気があって最高です。ですが、まだ満足ではありません。さあ、性欲を除く趣向的な意味でのドMの私をもっと満足――」


「うるさいですね。……もう一回いっぺん沈んどけ!」


 不快感を露わにしたオニキスとアクアがほぼ同時に攻撃を仕掛けようとする前に、ドレスのスカートが捲れあがるのも気にせず、思いっきりハイヒールを履いた片脚を振り上げ、起き上がりながら眼鏡の位置を直す頑丈なモネの片脇腹目掛けて思いっきり振り下ろした。

 頑丈さに定評のあるモネの身体をヒールの踵が容赦なく砕き、廊下に走った衝撃が蜘蛛の巣状に廊下をひび割れさせる。


 これほどの一撃を浴びても吐血で済んでいるモネをそのまま爪先で蹴り飛ばし、先程シューベルトを吹き飛ばした壁に減り込ませた。


「助かった……ありがとうございます、お嬢様」


「助かった……じゃ、ないでしょ! また王宮ぶっ壊したんだから纏めてお叱りを受けることになるだろ! しかも、相手合意の上とは言え、オルパタータダ国王陛下のお客様を危険に晒し……あれ? 無傷だよな? 寧ろ、危険に晒されたのは俺達の方じゃないか? 無傷だけど」


「……俺もモネも無傷じゃないがな。……まだ、説教は終わっていない。オニキス、ウォスカー、ファンマン、レオネイド、モネ、俺の執務室に来い。弁明の機会くらいは与えてやる。……それから、そこの商人とメイド。無性に苛立ちを覚えたからお前らの嫌いなことと、やりたくないことを教えろ。積極的に全て採用してやる」


「……イエ、トクニハナイデス」


「そうですわね。嫌いなものは薔薇ボーイズラブですわ。男同士が交わる光景などを見ると反吐が出ます。関係者全員皆殺しにして晒し首にしてやりたいですわね。オホホホホ」


「……マジで怖いんだけど、この嬢ちゃん!! ってか、シューベルトと張り合うなんてどんな神経しているの!? オニキスさんなの?」


「「いや、俺ってそんな神経してないからな! 風評被害だ!!」……あっ、ナンデモアリマセン」


「……どうした、アクア。眉間にシワが寄っているぞ? 腹でも下したか?」


「ウォスカー様、私ならともかく他のレディーにそのようなことを言ってはなりませんわ。……(おいコラド阿呆、見当違いにも程があるわ、ぶっ飛ばすぞ!)」


「……気のせいか? 今一瞬、このメイドさんが『おいコラド阿呆、見当違いにも程があるわ、ぶっ飛ばすぞ!』って言いたげな顔をしていた気がするんだが」


「気のせいじゃないか?」


 アネモネをオニキスと重ねたファンマンの言葉をオニキスとアクアが異口同音で否定し、空気を読まない脳筋のウォスカーがアクアの腹下しを疑い、アクアがウォスカーを心の中で罵倒したのをレオネイドが顔から見抜き、ぼんやりでうっかりのオニキスが「気のせいじゃないか?」と両断するって流れ……うん、王宮に来たばかりの筈なのになんか濃厚な時間を過ごしている気がするねぇ。


「何を騒がしくしている! またお前達か!!」


 整髪料でこれでもかと固められた茶色の短髪に、度が入っていない黒縁眼鏡の奥に輝く金色の双眸と美しい銀色の眉。

 若い騎士達を連れた建国を支えた『建国の青騎士』という歴史を持った、名高いナヴィガトリア伯爵家の嫡男――蒼月騎士団の騎士団長ポラリス=ナヴィガトリアが現れた……また、面倒な奴が。


「オニキス、また漆黒騎士団が大物の討伐の任務を受け、我々蒼月騎士団に雑魚を当てがったのだろう!? お前達の目論見は分かっている! そうはいかんぞ!! ルーネス殿下の直属は、我ら蒼月騎士団だけである!!」


「……ヅラ騎士団長、そんなに怒って腹が痛いのですか?」


「違うわ莫迦者! オニキス、部下の教育はしっかりしておけと何度言ったら分かるのだ! 大体、貴様らは――」


 そこから始まるポラリスヅラ騎士団長の説教。煩すぎてアクアとオニキス達は耳を塞ぎ、シューベルトは顔に苛立ちを滲ませ、モネは眼鏡キャラが被っているポラリスに冷ややかな視線を向けた。


「――大体人の話はちゃんと目を見て耳を塞がず聞くなど子供でも分かる常識であろう!? 何故、それが理解できんのだ!!」


 ……それはお前の声が無駄にうるさいからだよ!! と本音をぶつけたいし、あの似合わないヅラを吹っ飛ばしてスカッとしたいんだけど……これ、いつまで続くんだ?


「……あのな、ポラリス。関係ない俺達まで巻き込んで懇々と説教されても困るんだけど……それで、結局何が言いてぇんだ?」


「ふん、決まっておろう! 我々蒼月騎士団は、次の任務を掛けて漆黒騎士団に木刀勝負を挑む!!」


「いや、次の任務を掛けても何も、言われた戦場に赴いて戦ってくるだけだから拒否権も何もないんだが……。というか、こっちにはウォスカーしかいないんだが」


「オニキス様、心中お察ししますわ。よろしければ、私とお嬢様がご助力致します。こういう時はとっとと戦って満足させるのが一番ですわ」


「……なんだ、貴様は? 見ない顔だが」


「申し遅れました。私は隣国のブライトネス王国で公爵家に仕えているメイドのアクア=テネーブルと申しますわ。こちらにおられるビオラ商会の商会長を勤めていらっしゃるアネモネ様がオルパタータダ国王陛下の求めに応じて三人の王子殿下の家庭教師として召集されることが決まった際に、商会に勤める兄の伝で身の回りのお世話をするメイドとして行動を共にすることが決まったのですわ」


 うん、よくその設定きっちり覚えられたねぇ。そのまま、少なくとも今回の一件が片付くまでは貫いてもらいたいねぇ……敵に不審がられると面倒だし。そもそも、このタイミングで呼び寄せられるのも怪しさてんこもりわんこもりだしねぇ。


「これで四対四ですね。……実はあのうるさいだけで何言っているのか分からないお叱りの間、ずっとあの無性に似合わないヅラが気になって仕方なかったのですわ。昔、睡眠時間を削ってきた教師に物凄い似ていて更に苛立ちが倍増していますし、もう狙うは一点でいいですわよね?」


「狙うは一点って国外まで伝わってんのか? 王宮外じゃポラリスは『建国の青騎士』の一族で人望もあるみたいだし、そっちの噂が同盟国の方に伝わっているんじゃなくて? こいつの弱点がそのヅラってのは王宮の騎士でも限られた奴しかいねぇだろ?」


「ファンマン様、別にどうでもいいじゃありませんか? お嬢様も何やらあのヅラをお気に召さないようですし、私もあの似合わないヅラは早急に飛ばした方がいいと思います。オニキス様も、あの似合わないヅラ、とっとと飛ばしたいと思っておられるようですし、とっとと飛ばしてしまえばいいと思います。正直、関係ない私達まで説教の雷を落とされる意味が分かりませんし」


 ……いや、アクア。ボク達王宮で暴れているから関係ない訳じゃないよ? まあ、あのヅラを見せられたまま懇々と説教をされても苛立ちしか感じないけど。


「このメイドちゃんと商人さん、遠慮がないというか、色々な意味で大物だな」


 そんなボク達を常識人のレオネイドが、諦観のこもった瞳で見つめていた。

 ……ところで、いつになったら謁見できるの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る