Act.6-2 懐かしの騒がしきトラブルメーカー達の巣窟にて scene.2 上

<三人称全知視点>


 若い騎士達は「もう、本当マジでやめてくださいッ!」、「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」、「まだ死にたくないッ!!」、「死にたくなかったらとにかく道を開けろッ!!」などと阿鼻叫喚の声を上げながら道を開け始め、騒動に巻き込まれた文官や侍女達からは完全に血の気が引き、パニックになった混沌とした王宮を騒動の元凶となった四人の騎士が走り抜けていく。


 爆発音にも似た剣戟が響き渡る中、騒動の中心となっている四人はというと。


「この阿呆ッ! なんでよりによってアイツとの合同作戦の会議を放っぽり出して俺達のとこに顔を出したんだよッ!! 怒りまくっているじゃねぇか!!」


「いや、仕方ねぇだろ? すっかり忘れちまっていたんだから。……ってか、それを言うならウォスカーが火に油を注がなければこれよりマシになったんじゃねぇか? ってか、なんで合同会議に参加する筈のモネまで漆黒騎士団の部屋に居たんだよ? お前のせいで更に怒りが倍増してんじゃねえか!」


「私はお仕置き希望でバックれました。シューベルト騎士団長とオニキス騎士団長に同時にお仕置きしてもらえるなんて最高なシチュエーション、逃す手はありませんから。さあ、オニキス騎士団長、最高に痛い気持ちいい一撃を!」


「阿呆! 誰がお前の望むことをするかよ!!」


「……ファンマン先輩、顔色が悪いですね? 腹でも下しましたか?」


「下してねぇよ! ……しかし、こりゃマズいなぁ。生存率を高めるためにももう一人くらい生贄が欲しいなぁ……とあんなところに丁度いい生贄……じゃなかった、親友が!」


「おい、こっち来んなッ! マジで来んなよ! なんで、また破壊衝動解放したシューベルト連れてきてんだよ! ってか、オニキスさん、なんとかしてください!! アンタならなんとかできるでしょ!!」


「よう、会いたかったぜ親友!!」


「レオネイド、なんで毎回俺が止めねぇといけないんだ? 大体、今回の件も全面的に惚気話を永遠聞かせにきたファンマンのせいだろ? 俺は巻き込まれただけだ!」


「一人だけ関係ない風を装っていますけど、シューベルトさんはオニキスさんのことを目の敵にしていますからね! いるだけで火に油を注いでいるんですよ!!」


「いくらなんでもそれは酷くね!?」


 と、一人生贄を加えて五人で意外と余裕のありそうな雰囲気で疾走していた。


 オニキス=コールサック、【漆黒騎士】の称号を与えられた黒い髪と赤い瞳を持つ漆黒騎士団団長。


 ウォスカー=アルヴァレス、オニキスの補佐役を務める大柄の男で物事の本質を見抜く獣的直感を持つ一方、猪突猛進型の筋肉馬鹿で思考回路がぶっ壊れた、もはや脳筋とすら呼べない存在。常に行動が予想の斜め上をいく、集中力も記憶力もない、すぐに迷子になる。


 ファンマン=ロィデンス、銀星騎士団の騎士団長で燻んだ橙色の癖のある短髪の四十代後半ぐらいのベテラン騎士。喜怒哀楽の表現が激しく感情的になりやすい性格。愛に燃える男で、斜め上に想像力も豊か。一途に初恋の相手を愛しており、何度彼女に振られても諦めず、自身の記憶すらご都合主義で改変するタチの悪い男。既に百回くらいは振られている。

 初恋の人が絡むと火事場の馬鹿力が炸裂する。


 モネ=ロータス、元漆黒騎士団の騎士団員で、その後、白氷騎士団に移籍し副団長となった人物。神経質そうな銀縁眼鏡をかけた美丈夫。性欲を除く趣向的な意味でのドMで、その性格故に危険極まりないシューベルトに仕えている変わり者。


 レオネイド=ウォッディズ、騎馬隊を統べる騎馬総帥の男。ファンマンの親友。ゆるくウェーブを描く柔らかな髪と紫紺の瞳が印象的な落ち着いた雰囲気を纏っている。至って真面目な性格だが、親友のファンマンのせいで面倒ごとに巻き込まれる。


 そして、そんな五人を追う男はシューベルト=ダークネス。白氷騎士団の騎士団長で、頭脳、剣術共に将来騎士のトップに立つ総大将軍の席に最も近いと言われている。独裁者に相応しい器の持ち主だが、気に食わないことがあるとすぐに剣を振り回し場内を破壊する存在。【白の暴君】や【破壊神】、【白の魔王】の異名で呼ばれ、過去にその異名からシャマシュ教国に襲撃されたこともあるが全員を瞬殺している。未熟な筈の少年の時にすら刃を潰した剣で大理石を叩き割るほどの力を持ち、その剣の重さは尋常ではない。

 過去にオニキスに剣を受け止められて以来、ことあるごとに噛み付いている。


「……なんか、見覚えのある連中がこっちに走ってきている気がするんだけど……気のせい、だよな? 相棒?」


「見間違いであって欲しいんだが……間違いない。魔王シューベルトだ」


 設定を一瞬忘れてしまったのか、アクアとドネーリーディランが素で会話しつつ、現実逃避している。ミナーヴァはその様子に気づいていないようだ。


「ドネーリーさん、ミナーヴァさんを安全なところに避難させて。……さて、アクア。このままだと完全に連中はこっちに突っ込んでくる。巻き込まれるのは明明白白、どうせ巻き込まれるなら先手を打つのが最善だと思わないかな?」


「……お嬢様ならそういうと思ってました。気が進みませんが、とりあえずあの魔王の破壊衝動をなんとかしましょう? まあ、一回沈めれば大丈夫でしょう」


 アネモネとアクアは裏武装闘気でそれぞれ一振りの剣と二振りの剣を顕現すると、騒動の渦中に飛び込んでいった。



<一人称視点・アネモネ>


 ディランがミナーヴァを連れて魔王の侵攻方向から退避したのを確認し、ボクはアクアと共にオニキス、ウォスカー、ファンマン、モネ、レオネイドの五人の進行方向とは逆向き――つまり、シューベルトの方向に向かって走った。


「おい、そこの嬢ちゃん達! そっち行ったら危険だぜ!?」


「――お構いなく!」


「ってか、分かってんなら最初から破壊衝動解放させんなよ!!」


 苛立ちの篭った瞳で元凶ファンマンをひと睨みしつつ、地を蹴って弾丸のように超加速――逆手で片方の剣を構え、持っていた剣を鞘に収めて投げナイフで攻撃を仕掛けようとしたシューベルトに向かって思いっきり斬撃を放つ。

 シューベルトの目が半ば冷静さを取り戻したかのように僅かに見開かれた。投げナイフをオニキス達目掛けて放った後、素早く剣を抜き払い、アクアの左の剣を受け止める。


「――ッ! 壁まで吹っ飛べ!」


 その一瞬の隙を逃さずアクアが本命の・・・右の剣を一薙ぎして、シューベルトを吹っ飛ばす。

 ……流石にアクアの馬鹿力でもあそこまで飛ばせはしない。間違いなく、《漆黒騎士》の正の《強化》――《昇華》の力を使っているねぇ。


「……ふう、助かった……って、嬢ちゃん、一体何者だ? シューベルトを壁まで飛ばすなんて只者じゃねぇだろ?」


「オホホホホ、ただの護身術が使えるメイドですわ」


「素晴らしい一撃ですね。是非、私にも最高に痛い気持ちいい一撃を!」


「阿呆、誰がお前の望むことをするか!」


 剣での重い一撃を求めたモネに、「お前の望むものを素直にあげる訳がないだろ!」と強烈なバックステップから、スピンを利かした回し蹴りをモネの横面に踵を叩き込んだ。

 二回転ほどして「ぐふっ」と呻き声を漏らして気絶したモネを放置して、アクアは溜息をついた。


「お嬢様、なんで王宮に来て早々トラブルに巻き込まれるのでしょう?」


「トラブルを呼び込む体質なんじゃないの? アクアが」


「私のせいですかね? どう考えてもお嬢様の方がトラブルを呼び込んでいる気がするんですけど」


「というか、今更なんだけど二人って何者なんだ? シューベルトを吹き飛ばすってことは相当な手練だろ? 不法侵入者……ってことはないと思うけど、一応確認させてもらってもいいかな?」


 ボク達に声を掛けてきたのはオニキス……まさか、こんな王宮に来て早々アクアの前世に遭遇することになるとはねぇ。


「これは、大変失礼致しました。はじめまして、オニキス様、ウォスカー様、ファンマン様、モネ様……は、まあいいでしょう。レオネイド様、私はブライトネス王国でビオラ商会という小さな商会の会長を務めております、アネモネと申します。こちらは、とある貴族に仕えるメイドのアクアさん。もう一人、行動を共にしている我が商会の社員のドネーリーさんの妹さんで、この度私がブライトネス王国から正式に派遣されることになった際にメイドとして一緒に来て頂くことになったという経緯があります。漆黒騎士団、銀星騎士団、騎馬隊、白氷騎士団のお噂は隣国にも届いておりますわ。お会いできる日を楽しみにしておりました」


「その白氷騎士団の騎士団長と副団長がついさっき二人仲良く吹っ飛ばされたけどな……」


「二人とも自業自得ですわ」


 正論を言った筈なのに、オニキスは苦笑い、ウォスカーはクエスチョンマークを浮かべて、ファンマンは「とにかく助かったからいいんじゃねぇか? 終わり良ければ全て良しってことで」と無かったことにして、この中では一番の常識人のレオネイドは「ただの商人がこの状況を『自業自得』で片付けられる訳がないよな? ってか、自業自得も何も先に仕掛けたのはこのメイドの嬢ちゃんの方がよな? なんだ? 俺の認識の方が間違っているのか?」と頭を抱えている……いや、確かに先に仕掛けたのはボク達だけどさ、絶対にこっちに来たからねぇ!? 危険な芽は摘んでおかないと。


「…………ブライトネス王国のビオラ商会の名は聞いたことがある。冒険者としても世界の上位に位置し、『二刀絶剣』や『天翔騎士』の異名を持つ『世界最強の剣士』だったか? それが、何故この王宮にいる?」


「後々にオルパタータダ国王陛下から説明がなされると思いますが、三人の王子殿下の家庭教師にとのことで依頼を受けまして、オルパタータダ陛下のご友人のラインヴェルド国王陛下からの勅令で国の代表として参った次第です。……ところで、【白の魔王】の異名で知られるシューベルト騎士団長殿、壁までぶっ飛ばされて早々で大変恐縮ですが、私とお手合わせ頂けないでしょうか? 是非、一度お手合わせしたいと思っておりましたので」


「……いいだろう。『世界最強の剣士』だったか? その看板に偽り無しか確かめてやろう。生憎、今の俺は虫の居処が悪い。女だからと手加減はできぬからな」


「ご心配には及びませんわ」


 裏武装闘気の剣をもう一振り用意して二刀流の構えを取る。


「……お嬢様の目が炯々と輝いて黒い渦を成している……これ、マジな奴だ」


「メイドのアクアさんだったか? アネモネさんってそんなに強いのか? 確かに立ち居振る舞いには全く無駄がないが……」


 アクアとオニキスのコンビか……オニキス側にも、他のメンバーにもアクアの前世がオニキスだと気づいた気配は無し。


 その場の空気が一気に鋭さを増し、騎士達や侍女達が蜘蛛の子を散らすように去っていき、モネの体がびくりと一瞬動いたように見えた。

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