Act.5-62 獣王決定戦開戦〜模擬戦を含めて全試合、実況の琉璃と解説の真月でお送りします〜 scene.3

<一人称視点・アネモネ>


 エルフ伝統の木製の横笛を吹き鳴らし、竹の編笠を被った男。腰にはミスリル製の長剣と短剣を二本差しにして、麻製のフード付きマントを編笠の上から目深に被っている。


「お久しぶりですね、イーレクスさん。って、直接相見えるのはこれが初めてでしたっけ? ところで、何故エルフの君が獣王決定戦に参加しているのですか?」


「気安く話しかけるな! 緑霊の森の愚か者どもは簡単に絆されたようだが、俺達は騙されん! 我々エルフは人間に虐げられてきた、その屈辱が簡単に消えると思ったかッ! そんな訳がなかろう! 我々【新生・エルフ至上主義ネオ・グローリー・オブ・ザ・フォレスト】はエルフによるエルフのための国家建設と、人間の排除のために既に他の集落のエルフに働きかけ、賛同も得ている! この誇り高きエルフ様が、卑しい獣人族にも救いを与えるべくわざわざ出向いてやったのだ、有難く思うといい!!」


 ……相変わらずだねぇ、馬鹿なの? よりにもよって獣人族の長を決める大会の会場で、獣人族を蔑む態度を取るとか。

 獣人族のほとんどの者達が猛烈な殺意を向ける中、「あの阿保が」と頭を抱える獣人が数名――恐らく、あの梟人族の長と猩々人族の長、狼人族の長があの青年将校みたいな無鉄砲に獣王決定戦の出場権を与えたみたいだねぇ……恐らく、ボク達をぶつけて同士討ちをさせようと画策したのも連中だろう。


 プリムヴェールとマグノーリエに「エルフに掛けられた洗脳は俺が解く!」と言いたげに視線を向け、プリムヴェールとマグノーリエは揃って露骨に嫌そうな顔をした。プリムヴェールの「あの馬鹿が……」という目よりも、マグノーリエのゴミを見るような目の方が怖い。


「……その話は後でエイミーンさんとミスルトウさんに報告させてもらいますよ。私ではどうにもできない話ですから。…………プリムヴェールさん、マグノーリエさん、こいつ完膚なきまで潰しちゃっていいですか? ……彼らはエイミーンさんとミスルトウさんに信頼され、他のエルフ達にも私達人間とエルフが歩み寄ろうとしていることも知ってもらうために大使として派遣された筈です。まだまだ差別は根強いかもしれませんが、少しずつ変わっていこうとしています。それを、こいつらは踏みにじろうとしている……別に人間と関わるかどうかは個々のエルフが考えることです。ですが、偏った情報を与えてエルフ達を煽り人間との戦いを引き起こそうとしているのであれば、どうなると思いますか? そんなことも分からない子供ではないでしょう? エイミーンさん達の努力を、信頼を、全て蔑ろにするような貴様のような存在を私は許すことはできません。別に貴方達エルフを皆殺しにすることはできます。しかし、それでは何も生まれないから、啀み合っていたところで何も得がないから、それなら歩み寄った方がいいと、互いの違いを認め合い、助け合える世界にしたいとエイミーンさん達は私達の求めに応じてくれたのですよ。……それでも人間との戦争を望むなら、覚悟しなさい。命を懸けることを、巻き込んだエルフ達が命を喪うことを。自分達だけが傷つかないなんて、そんな虫のいい話はないのだから。……私はそうやって命を懸けてきた、友のため、家族のため、前世からずっと……その私に中途半端な気持ちで挑むのなら、激情に身を任せて思慮なく挑むのなら、きっと散々な結果になるでしょうねぇ」


「……久しぶりに見るな、あの目。炯々と輝く全てを飲み込む漆黒の瞳なんて表現するのが適切そうなあれって確かミスルトウさんが緑霊の森に侵攻した時にも見せていたよな。……仲間や家族、本当に大切な人を傷つけられた時、踏み躙られた時にだけ見せる目……良かったな、プリムヴェールさん、マグノーリエさん。親友ローザにとってお前達エルフは……いや、エイミーンさんやミスルトウさんは大切な人みたいだぜ?」


「…………喜ぶべき話かどうかは微妙だな。……実際、ローザが怒る原因となったのは若いエルフ達の暴走とエイミーン様とお父様、大多数のエルフの気持ちを蔑ろにしてエルフを戦争に駆り立てようとしているからだろう? ……まさか、同族の中にここまで頭の悪い愚か者がいたとは……これでは、人間と友好にしたいと思っているエルフまでもが迷惑を被ることになるではないか」


「本当に、最低ですッ! まさか、貴方達がそこまで馬鹿だとは思いませんでした!! 卑怯者に相応しく、私達の多数決を蔑ろにし、お母様とミスルトウさんの信頼を踏み躙り、貴方はエルフの風上にも置けない……いえ、エルフですらありません! ……本当は族長の娘としてエルフのゴミの焼却処分をしなければならないのですが、今は獣王決定戦――アネモネ様に彼の処遇はお任せします。……別に嫌なら関わらなければいいのです。それを、わざわざ焚き付け、戦に誘おうとするなら私は人間と友好なエルフの一人として、敵対するエルフ全てを皆殺しにします」


 相当腹に据えかねているねぇ、プリムヴェールとマグノーリエ。もうきっと緑霊の森に彼らの帰る場所はないだろう。

 エルフのことはエルフが決めること、ボク達が出しゃ張る必要はない――ただ、攻め込むなら容赦なく叩き潰すし、骨の一欠片も残すつもりはないけど。


「今回、私は全戦を通してアネモネではなくネメシアのアカウントを使います。それは、貴方との戦いも例外ではありません……エルフ相手ならエルフで決着をつけるべきですが、ご了承ください」


「貴様がエルフだろうと、獣人だろうと本質は汚い人間だ。それを、あの緑霊の森の一件で我々は学んだんだよ! さあ、薄汚い女狐、百合薗圓ローザ=ラピスラズリよ! この新たなエルフネオ・エルフの切り込み隊長、イーレクス=アクイフォリウムが貴様ら人間に鉄槌を下してやる!」


「…………アカウントチェンジ・ネメシア」


 アカウントを切り替え、天の川のような美しい青髪を靡かせる包容力の高そうな、チャイナドレスのようなボディコンシャスなワンピース姿の神祖の兎人族――ネメシアの姿になると同時に「静寂流十九芸 体術一ノ型 抜足」(「五十嵐流体術四ノ型 抜足」と同じもの)でイーレクスの目の前に移動すると、ボクを完全に見失ったイーレクスに軽いジャブ(スキルではなく純粋な体術)を放った。


 面白いように壁まで飛んでいき、背中に衝撃を受けてポリゴン化して消えていくイーレクス……散々大きなことを言っていたのにやっぱりこうなるんだねぇ、全く、学習能力ない子(六十三歳)だねぇ。



<三人称全知視点>


「一体何が起きた!? 人間の女が一瞬にして兎人族の女に姿を変え、エルフの青年イーレクスを一発で気絶させただと!? そもそも、あの最弱の兎人族だぞ!? それに、人間が獣人族に変わるなど、あり得るのか!?」


 猩々人族の長ゴリオーラ=硬堅インジィェン=ヴォルドス=オランウータンは、予想外の結果を目にして思わず声を荒げた。


 獣人族の中で兎人族は最弱の種族である。その兎人族が、エルフの青年を一撃で倒すというのは彼ら獣人族にとってはまさに常識を揺さぶられて破壊されるような、起こる得る筈のないことなのだ。

 そもそも、何故人間が兎人族になることができるのだろうか? あのウサ耳や丸い尻尾は偽物ではなさそうだ。それに、髪色や服も変わっている……早着替えをしたという可能性は低いだろう。


「まあ、いいではありませんか。どの道、彼は捨て駒でしょう? 随分と我々獣人族を下に見ていたようですが、実際は陰険な引きこもりの森の種族の世間知らずな若造――それではいくら歳を取っても成長はしないものでございましょうよ。……しかし、あの女、素晴らしい身体をしているようですな。抜群のプロポーションに扇情的な衣装――寝込みを襲い、調教すればきっと素晴らしい娼となりましょう」


「それは名案であるな! では、俺は最初に味見をしてやるとしよう」


「ドランヴァルド様、抜け駆けは許しませんぞ!」


 梟人族の長オルフェア=思慮スー・リュ=フォール=ロフォストリクスが提案すると、猩々人族の長ゴリオーラと狼人族の長ウルフェス=餓狼ェ゛ァ・ラン=ヴォールグ=カニスルプスは揃って創作のオークがしそうな下卑た笑みを浮かべる。

 イーレクスを取り込みつつ、最終的には【新生・エルフ至上主義ネオ・グローリー・オブ・ザ・フォレスト】とそれに連なるエルフを支配し巨大な王朝を築く計画を練っていた三人――彼らの興味は既に戦場に突如現れた兎人族の絶世の美女に向けられていた。


 イーレクスの単純さを笑い、利用しようとしていた彼らもまた単純な存在だったということに当の本人達は全く気づいていない。

 欲望のために邪な思考を巡らせる三人――彼らの頭からはイーレクスが瞬殺された事実はすっかりと消え失せていた。



「我々と同じ兎人族が、エルフを一撃で……」


「最弱と呼ばれた我らと同じ兎人族が……」


「もしかして、私達もあのお方を師事すれば……他の獣人達に負けない」


「……他の獣人達を見返すことが」


 一方、三人の獣人族の長達と同じ戦いを見て全く別の感想を持ち、希望を見出す者達もいた。

 彼らは兎人族――獣人族最弱の種族とされ、自分達を除く全ての獣人族から蔑まれてきた者達である。


 強さこそが正義の獣人族の中で最弱の彼らに居場所はなかった。細々と生活することを強いられてきた彼らにとって、強者を拳一つで倒し、凛々しく戦場に立つネメシアという兎人族はまさに理想そのものだったのである。


「……あのネメシアというお方にお会いしなければ……そして、我らを導いて頂けるようにお願いしなければならないのでございます」


 兎人族の族長――メアレイズ=淡霞ダン・シァ=ラゴモーファ=ブランはネメシアの姿を探すために客席を立つ。

 この彼女達の判断が、後にリリウムの三大宗教の一角に数えられる兎人姫ネメシア教の発足にも繋がっていくのだが、この時の彼女達は知る由もなかった。

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