Act.5-61 獣王決定戦開戦〜模擬戦を含めて全試合、実況の琉璃と解説の真月でお送りします〜 scene.2

<三人称全知視点>


「まさか、私とプリムヴェールさんがこうして戦う日が来るとは……緑霊の森にいた頃には思いもよりませんでしたね」


「……マグノーリエ様、私は」


「……全力で来て。手加減なんて絶対に許さないわ。…………いい機会じゃない。私はプリムヴェールさんを守れるくらい強くなりたいって、そう思っていた。ずっと守られて……私はいつしか対等になりたいってそう思うようになったの。守られているばっかりじゃなくて、プリムヴェールさんの隣で戦えるように、同じ場所に立てるようになりたいって。……私は全力で勝ちに行くわ、例えその先でローザさんにボコボコにされる未来が待っているとしても。だから、プリムヴェールさんも」


「……承知しました。マグノーリエ様の騎士として守るべき主人に剣を向けることは…………いえ、親友に剣を向けることなど本当はしたくありませんが、アクアさんとディランさんだって親友同士で、本当は嫌なのに戦ったのですから、私が手加減などをすればお二人の戦いに、ひいてはこの獣王決定戦に泥を塗ることになってしまう。……常に誠実であることを求める騎士として、それだけは絶対に避けなければなりません」


「あの二人は結局嬉々として本気で戦っていた気がしますけどね…………それじゃあ、始めますわ! 魂魄の霸気――精霊世界エレメンタル・ウォッチャー!」


 マグノーリエから淡い光が発せられ、それがフィールド全体に広がっていく。

 戦場に赤や青、緑や茶色――色とりどりの粒子のようなものが唐突に闘技場に居合わせたもの全ての視界に入った。


「なるほどねぇ……。マグノーリエさんはなかなかロマンチストだねぇ」


「どういうことだ、そりゃ。というか、親友ローザにはあれの正体が分かったのか?」


「太古の昔、この世界のエルフの中にはとある存在とコンタクトを取り、その力を借り受けることで魔力を使わず超常的な力を操る力を持つ者がいたという。ただ、それはエルフ個人のイメージの反映――例えば、水なら人魚やボクらの思い浮かべるような水の精霊――まあ、ウンディーネみたいなイメージかな? 彼は彼女らはその力でとある存在――まあ精霊と呼ばれるものなんだけど、その精霊に仮名を与え、実体ある形に擬人化することでコンタクトを取っていたそうなんだよ。……まあ、エイミーンさんから聞いた話だけど、ボクが設定したものと寸分違わない……で、目の前で起こっていることなんだけど、そこから外れたイレギュラーな現象なんだよ。仮の名を与えず、実体化させず、精霊を適性のないものにも見えるように可視化する……それが、マグノーリエさんの魂――《精霊視》みたいだねぇ。これはまた随分彼女らしい力だ――しかし、いいのかねぇ。こんなに使って……ボクの戦力強化になるのに」


「…………そういえば、ローザ様って目視した魂魄の霸気を自分のものにしてしまえるんでしたっけ。……やっちゃったなぁ……見せ過ぎた」


「俺もだ……親友、ドンマイ」


 アクアとディランが揃って項垂れていることに試合に集中している当然プリムヴェールとマグノーリエは気づかない。


「精霊術法・水竜の竜巻レヴィアターノ・ハリケーン!」


 青い粒子が渦を成し、激流と化して地を抉り、青い粒子の竜巻と化す。そこに水の竜巻が重なっているようにローザ達からは見えた。

 《精霊視》によって見えた精霊本来の姿と、その精霊によって発生する事象が重なって見えるからこそ、このような風に見えるのだろう。古のエルフ達もローザ達のように見えていた訳ではなさそうだ。


「……あれって何を原動力にしているんだ?」


「エイミーンさんから詳しい話は聞いてないけど、ボクの資料通りなら精霊力。この精霊力を精霊に与えることで魔力無しで魔法のような現象を引き起こすことができるんだよ」


「……お嬢様、それどこかで聞いたことがあるような」


「珍しく察しがいいねぇ。その通り――この精霊術法は原初魔法をモデルにしているんだ」


 両者の性質はかなり近しい。対象となる精霊の種類が異なることと、供給するエネルギーの違い――この二つの違いしかない。同じ精霊という表現で紛らわしいのであれば精霊(大倭秋津洲産)、精霊(異世界ユーニファイド)と仮称してみるのもいいかもしれない。


「……精霊術法を使うのですか。それでは、魔力を支配しても別に問題はありませんね。――ロマンティシズム」


 大気中の魔力を支配する「マナフィールド」を発動し、大気中の魔力を支配したプリムヴェール。

 一方、マグノーリエは水の竜巻に武装闘気と覇道の霸気を纏わせてプリムヴェールへと放った。


「ファンタズマゴリア-ガイストラッシュ-」


 迅速闘気を纏ったプリムヴェールは、無数の幽霊を顕現する月属性魔法で小さな幽霊を大量に生成するとマグノーリエに向かって放ちながら戦場を駆け巡り水の竜巻を器用に躱していく。


「月の力よ、我が武器に宿れ! ムーンライト・フレア!!」


 プリムヴェールは自身の刀身に月属性の魔力を宿す付与術式を発動し、月の魔力を剣に宿すと勢いよく振り下ろして三つの月属性の炎をマグノーリエに飛ばした。


「【森土支配】――大地の壁! 精霊術法・水竜の竜巻レヴィアターノ・ハリケーン!」


 『妖精女王のドレスローブ』の【森土支配】のスキル効果で地面を隆起させて防御すると、マグノーリエは二つ目の水の竜巻を生成し、武装闘気と覇道の霸気を纏わせてプリムヴェールへと放つ。


「流石にこのままでは竜巻に巻き込まれて負けてしまいますので、ここからは大技で攻めさせてもらいます! ムーンフォースピラー・コンセクティブ」


 「マナフィールド」に自らの魔力を行き渡らせたプリムヴェールが迅速闘気を漲らせながら二つの竜巻の猛撃を紙一重で躱しながら一つの大魔法を発動した。

 「ダークマター」から着想を得た月光の柱を顕現し、対象にダメージを与える大魔法「ムーンフォースピラー」を「マナフィールド」によって広範囲化させる大規模魔法――その威力と攻撃範囲は戦術級に分類されるほどのものだ。


「ムーンフォース・メテオライン」


 更に「ロマンティシズム」を発動した状態でのみ発動できる月光の流星を降らせる戦術級魔法を発動――上と下から大規模魔法を展開し、マグノーリエを追い詰めていく。


「月の力よ、我が武器に宿れ! ムーンライト・スティング!! ヴォーパル・スラスト!!」


 プリムヴェールはそこで終わらない。自身の刀身に月属性の魔力を宿す付与術式を発動すると、超高速で剣を突き刺して攻撃を繰り出す細剣ウェポンスキルの一つを繰り出し、更に迅速闘気――否、最早迅速闘気とは完全に別物となった闘気の追い風を受けてマグノーリエに迫った


「――そう来ると思ったわ! プリムヴェールさんなら絶対に自分でトドメを差しに来るって! 【妖精乱舞】!」


「――【妖精乱舞】!!」


 青や赤、緑や黄色、紫や橙色――色とりどりのデフォルメしたような妖精がマグノーリエの『妖精女王に捧ぐ聖天樹杖』とプリムヴェールの『ムーンライト・フェアリーズ・ガーディアン』から飛び出し、淡い光を纏ってそれぞれ好き勝手な軌道を描きながらプリムヴェールとマグノーリエに向かって飛んでゆく。

 妖精の中には相手の放った妖精とぶつかって消滅するものもあったが、その三割は生き残りプリムヴェールとマグノーリエに突撃した。


「痛………く、ない?」


「……なるほど、武装闘気を纏っていれば耐えられる威力か」


 プリムヴェールとマグノーリエは互いに武装闘気を纏わせて妖精の突撃から身を守ると、プリムヴェールは更に加速してマグノーリエに向かって走り、マグノーリエはプリムヴェールの突撃を勢いを削ぎあわよくば足止めをしようと【森土支配】を発動して大地を隆起させる。


「――私は止められませんよ! 壁があるなら砕けばいい! ヴォーパル・スラスト!!」


 更に「ヴォーパル・スラスト」を発動して加速――遂にその速度は隆起した地面の壁すらも破壊するほどのものになっていた。


「…………プリムヴェールさん、やっぱり貴女は強い。……でも、負けたくないの! ごめんなさい、精霊術法・水竜の竜巻レヴィアターノ・ハリケーン!」


 青い粒子が渦を成し、激流と化して地を抉り、青い粒子の竜巻と化す。プリムヴェールのすぐ間近で生まれた水の竜巻は武装闘気と覇道の霸気を纏ってプリムヴェールに殺到した。


『――これは、絶体絶命かッ!?』


「だとしてもッ! ――私は、騎士として、マグノーリエさんの友達として絶対に負ける訳にはいかないッ! ヒロイズムッ! メガロマニアッ! ムーンライト・ラピッド・ファン・デ・ヴーッッ!!」


 自身の身体能力や治癒能力を前借りするという月属性の特殊な付与術式と自身の刀身に月属性の魔力を宿す効果と自身の月属性魔法攻撃の威力を上昇させる効果を付与するという月属性の特殊な付与術式を発動し、遂に背水の陣を敷いたプリムヴェールは円を描くとその中心を突く形で竜巻に向かって突入していく。


「――ッ! プリムヴェールさん!!」


 マグノーリエも一瞬、これが試合であることも忘れて本気で親友の身を案じた。

 その場に居合わせた誰もが固唾を飲んで見守る中、プリムヴェールはなんと武装闘気と覇道の霸気を纏った竜巻を突破――「ムーンフォース・メテオライン」と「ムーンフォースピラー・カンタフェイト」によって追い詰められ、身動きが取れなくなっているマグノーリエを容赦なく貫く。


「…………申し訳ございません、マグノーリエさん」


「いいの…………ああ、負けちゃった。でも、次は負けないんだから」


 マグノーリエはポリゴンと化して消えていく。

 プリムヴェールはそれを見送ると淡い光に包まれて現実の闘技場に戻ってきた。


『決着! しかし、最後は一体何が起きたのでしょう!? 武装闘気と覇道の霸気によって強化された竜巻をプリムヴェール選手に突破する術はなかった筈ですが!』


『ワォン? さっぱり分からないよ。何が起きたんだろう?』


 解説が全く解説らしいことができていない状況を見るに見かねた梛が真月の手からマイクを取る。


『会場にお越しの皆様、はじめまして。先程模擬戦を行った欅さんの妹の梛と申します。先程の試合の最終局面について、素人ながらご説明させて頂きます。先程の戦いで、プリムヴェール選手は迅速闘気を身に纏っておりましたが、その色がところどころでより純度の高いものへと変わっていました。そして、雌雄を決する最終局面――竜巻を突破するところでは金剛闘気、剛力闘気の二つの闘気にも同様の変化が現れていました。この未知なる闘気が覇道の霸気を上回ったのではないかと私は考えております』


「……なかなか目がいいねぇ、梛」


「本当なのか? 金剛闘気、剛力闘気、迅速闘気を極めた先にあるのは武装闘気だとお主も言っていたではないか」


「そうボク達が思っていた……だけみたいだねぇ。実際、闘気という技術には謎が多い。でも、一つだけ疑問に思っていたことが解決したのは確かだよ。何故かボクの師匠――赤鬼小豆蔲師匠の迅速闘気だけは他の迅速闘気とは比べ物にならないほどの力を有していた。……きっとその答えが今戦場で限界を超えたプリムヴェールさんが見せたものなんだよ。……さっき調べてみたけど、迅速闘気は神速闘気、剛力闘気は神攻闘気、金剛闘気は神堅闘気という名称に置き換わっていた。……ただ、この力をどうやって手にするか、その方法は分からず仕舞いだねぇ。まあ、武装闘気ではなく三つの闘気を武装闘気と併用してバラバラに使い分けて使うことがヒントにはなると思うんだけど」


 ――特殊な条件なんてまあないんだろうけどねぇ、迅速闘気を使い続け、極めた先で小豆蔲が手にしたように、努力を続けたからこそ手に入れることができた力なんだろうけど。


 そう心の中で付け加え、アネモネは席を立ち上がった。


『第一回戦第一試合、勝者はプリムヴェール選手です!! それでは続いて第三試合、アネモネ選手とイーレクス選手は闘技場中央にお集まりください! やったー! 次はご主人様だよ! ご主人様、頑張れー!!』


『ご主人様、頑張れー!!』


 全く公平性の欠片もない実況と解説の二人である。アネモネはそんな二人に呆れながら闘技場の中央に向かい――。

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