Act.5-44 使節団の再始動〜ブライトネス王国発、ユミル自由同盟行き〜 scene.10

<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


「それじゃあ……と、その前に。琉璃、水弾!」


『了解です! ご主人様!!』


 元の大きさに戻った琉璃が口から放った馬車クラスの水の弾丸がグレイトディアーと呼ばれる鹿型の魔物を一瞬にして吹き飛ばした……跡形も残っていない。恐るべし、顕在化された精霊。


「……これでは、素材の回収どころか食材にもなりませんね。ところでお嬢様、私達も好きに暴れてきていいでしょうか?」


 戦いたそうにうずうずしているアクアとディランに許可を出すと、二人は嬉々として魔物狩りに向かった……しかし、相変わらず体力が余っているよねぇ、流石は体育会系。

 ……う〜ん、ディランもやんちゃしていなければ普通の大臣で、アクアに関しては可愛いメイドの女の子なんだけどなぁ。並んでいると親子に……は禁句だねぇ。暴れてさえいなければ、戦いとは無縁の高級文官と、愛嬌のあるメイドの女の子に見えるんだけどなぁ……まあ、そのギャップがいい訳だし、ああやって前世と変わらず最高の相棒と二人で暴れて楽しそうにしている姿を見ると、ボクも元気を貰えるんだけど。


「それで、ローザはこれからどうするんだ?」


「どうするって大いなる業アルス・マグナの実験をするけどねぇ……まあ、その前に琉璃がどれくらい戦えるのか試してみたかっただけだよ……まあ、結果は想像以上だったけど。さて、それじゃあ始めよっか。二人とも、琉璃を連れて後ろに離れて」


 琉璃をマグノーリエに預け、後ろに下がってもらう。

 統合アイテムストレージから取り出した二つの指輪を嵌めると、自らの魔力・・・・・も含めて三つの魔力を解放する。


「マナフィールド魔法-領域支配-! 悪役令嬢ローザに宿りし闇よ、深淵なる影と星の引力と交わりて、地獄の使者たる漆黒の猟犬を呼び醒ませ! 地獄の黒妖犬ヘル・ハウンド!」


 渦巻いた魔力が巨大な狼のような姿となった。……成功だねぇ。これこそが、悪役令嬢ローザのものではない、オリジナルの三属性融合魔法。


「そうだねぇ……君の名は真月。真月ってのはどうかな?」


 その瞬間、漆黒の狼の周囲に銀色の文字が生まれ、収束して首輪の形へと姿を変えた。


『ワォン? ご主人様?』


 やっぱり予想通り実験は成功したみたいだねぇ。意思なき魔法……闇と影と重力の魔力は大いなる業アルス・マグナの『名付け』によって琉璃と同じ意志を持った存在へと変化した。まあ、彼らを生物と定義できるかどうかは微妙だけど……一応、生きているということでいいのかな? 琉璃も普通に持ってきたクッキーを食べていたし……精霊なのに? やっぱり、実体を得たらカロリーも必要になるのかな?


「…………一体何が起きた? 最後のは琉璃の時と同じ大いなる業アルス・マグナの力が働いたのだろうが……」


「ああ、マナフィールド魔法のことねぇ。マナフィールドは大気中の魔力を支配し、思い描くように魔力を歪め、望む形に変える「外魔法」の典型的な魔法、或いは魔法技術だよ。マナフィールドが発動されると、周囲一帯の魔力が支配下に置かれることになるから、マナフィールドの使用者以外の外部に放出する類の「内魔法」と「外魔法」が使用不能になる。その結果、事前に発動していた魔法も、魔力を使用したものに関しては無効化されて、マナフィールドのあらゆる地点から自身の魔法を発動することができるようになる。更に、自身の魔力ではなく大気中の魔力を使うため、魔法の発動の魔力的制限が解除されることになる。つまり、マナフィールドは魔法分野に限定すれば戦場をマナフィールド使用者の独壇場にしてしまう破格の魔法ということになるねぇ。使えるのはボクと宮廷魔法師団師団長のメリダ女史の二人……ミーフィリアさんは大魔法の使い手だけど、「内魔法」の使い手だからねぇ」


 まあ、ミーフィリアさんに関しては本物の化物なんだけど……あれほどの大魔法を自分一人の魔力で賄うとか、超越者プレイヤーじゃなければ難しい話だよねぇ。


「そのマナフィールドを駆使してボク自身の闇の魔力と影と重力の二つの魔力を同一地点に留めさせて一つのオリジナル魔法を完成させたんだよ。まあ、マナフィールドは保険だったんだけどねぇ」


 ボクの足元に擦り寄ってきた真月と真月を牽制する琉璃を宥めながらプリムヴェールとマグノーリエに説明を続ける……ほら、二人とも、喧嘩しないの。


「まあ、すぐにマナフィールドを使おうとしても無理はあるんだけどねぇ。マナフィールドはあくまでも上位互換……ボクに関しては『大魔導覇斬』を習得するために過程を飛ばしてから取りこぼしを拾ったんだけど、本来はマナオーラっていう魔力を常時纏うことで身体能力を底上げする技術が基礎にあるんだ。これが「外魔法」の入門だと思えばいいと思うよ。これに関してはプリムヴェールさんとマグノーリエさんも習得できると思うけど、後はここにいないディランさんもねぇ……本当はアクアにも素質はあると思うけど」


「アクアさんって細かいことが苦手ですからね」


 ボクの気持ちを察したマグノーリエが苦笑いを浮かべる……まあ、そういう大雑把なところもアクアの魅力なんだけどさ。


「まあ、習得しておいて困るものでもないからねぇ……。さて、真月。君って元々はボクの魔力だけど、外部に存在する魔力である以上は普通マナフィールドの影響を受ける……でも、大気中の魔力から切り離された君はマナフィールド下においても関係なく動けるということでいいんだよねぇ?」


『ワォン? そうだよ? 真月の身体を構成するのは魔力だけど、真月そのものは真月と定義されるものであって魔力じゃないから誰かのマナフィールドが発動しても効果を受けないよ。ただ、物理に頼らない攻撃だと魔力を使用する――つまり、ご主人様が魔法を使うのと同じことだから』


「なるほど……魔力という一にして全、全にして一の独立したものから切り離されて個の存在として定義されたから真月は魔力であって魔力ではない存在になったってことか。差し詰め、属性を持った半生物……ちょっと違うねぇ、もっと高次元の精霊に近い存在になったということになるかな? また、琉璃とは性質が異なる訳だけど……だけど、攻撃に使う力は魔力だから物理に頼らない攻撃はマナフィールドの影響を受けると……。ところで、真月には魔力と会話をすることとかってできないんだよねぇ?」


『ワォン。できないよー……魔力は意識を持たない、水や空気と同じようなものだから。真月はご主人様に真月って定義されたから自我が生まれたんだよ』


「なるほどねぇ、よく分かったよ。それじゃあ、真月。君の力を見せてくれないかな?」


『ワォン! ご主人様に真月が凄いところ、いっぱい見せてあげる!!』


 現れた魔物を重力で捻り潰し、影を操って拘束して、挙げ句の果てに口から闇のビームまで放つ大きな狼姿の真月。


『僕だってご主人様のお役に立つんだから!!』


 そんな真月に対抗心を燃やした琉璃は巨大な竜のまま敵を凍らせたり、巨大な水弾を放ったり、高波を起こして敵を巻き込んだり……その度にボクの霊輝マナと魔力が吸われていく(真月と琉璃にエネルギーを供給しているのはボクだからねぇ。二人とも忘れているみたいだけど)。

 競い合うように魔物を駆逐していく琉璃と真月に、流石のプリムヴェールとマグノーリエも現実逃避気味になっていた……まあ、気持ちは分かるよ。目の前で巨獣大乱闘みたいなのやられたら頭くらくらしてくるよねぇ。


「……あの、ローザさん。私にマナオーラを教えてくださいませんか?」


「そうだな、私にも教えてもらいたい。私も強くなりたいからな」


「勿論だよ。そのつもりで説明した訳だしさ……さて、琉璃と真月へのお説教は後でするとして、二人にマナオーラのイロハを教えるとしようか。……まあ、そこからマナフィールドに発展させられるかは才能にもよるんだけどねぇ」


 競うように魔物退治をしていた二体は『なんで!? ご主人様!!』って潤んだ目で見てきたけど、ボクをご主人様だって思っているならもっとボクの気持ちを考えた上で行動してもらいたいよねぇ。



 そのまま順調に進み、昼頃にはシャンタブルズム山脈の麓にまで到達した。寄る予定はないけど、近くにはノルグの村と思われる小さな集落も見える。その奥にはゴルジュ大峡谷と思われる巨大な渓谷が広がっていた。


 最大の深さは千メートルというところかな? 最も深い場所は蛇行した大河が流れている。なかなかの速度でとても渡れるレベルではない。いくつもの切立った巨大な巌壁が聳え立ち、大河に飲み込まれていない巌壁を経由してもこのゴルジュ大峡谷を突破するのは難しそう……勿論、楽しそうではあるんだけどねぇ。いずれにしても、高低差もあるし道なき道をひたすら進むというイメージだから『精霊の加護持つ馬車』を使うのは自殺行為だ。


「しかし、よくこんなところに開拓村を作ったねぇ。すぐ側は崖じゃん」


「まあ、人間の獣人族に対抗する前線基地という意味合いがあったからな。ここに作るしか無かったんだろ。……まあ、それも最近じゃ人が寄り付かなくなった少子高齢化っていう状況になって機能不全になっているんだけどな。その上、最近は獣人族も人間の領土に攻め入って来なくなったんだからここの村の価値ってのは全くないってことになるな……いざとなったらシグミの街を前線基地にすればいい訳だし」


 まあ、獣人族が人間に戦争を仕掛けてくる必要が無くなったのも理解はできる。獣人族は、このゴルジュ大峡谷の中心に位置する場所にユミル自由同盟の首都にあたるものを置き、先祖代々の天然洞窟の迷宮――ボクの予想では、ゴルジュ大峡谷の地下にあると思うんだけど……これだけ大規模に大河が流れていたら、どう考えても楽な移動は難しい。その点、地下なら大河も関係ないからねぇ……ただ、大峡谷の地下に鍾乳洞が作られるかどうかは微妙だけど。鍾乳洞の形成に関わるのは地下水だからねぇ――を駆使してエルフやドワーフと取引をして、一つの経済圏を築いている。

 天然の防衛システムと交易ルート、経済圏を持っているのにわざわざ危険を冒してまで人間の領土に攻め入る必要はないだろうからねぇ。……そもそも、今回の使節団も獣人族にとっては迷惑千万な話なんだろうけど。


「移動手段は巌壁伝いに中心部を目指すか…………私達には飛行という手段もあるが……」


「それだと、アクアさんとディランさんが移動できなくなってしまいますよね」


『プリムヴェールさん、僕が巨大化すればみんなを乗せて飛べるよ? ご主人様から沢山霊輝マナを貰う必要があるんだけど……』


『琉璃、ズルいよー!!』


「あのねぇ……それくらいなら普通に『空翔ける天馬の召喚笛ペガサス・ホイッスル』や『鷲獅子の召喚笛グリフォン・ホイッスル』、『鋼鉄翼竜の召喚笛ワイヴァーン・ホイッスル』を使って全員分の飛行系の魔物を召喚した方が早いでしょう? 真月はボクの影に入って琉璃は自分で飛べばいい。……もっと簡単に、しかも体力を使わずに移動する手段がある。それじゃあ、多数決を取ろうか? 巌壁伝いに中心部を目指すか、それとも『飛空挺インヴィンシブル・ジッリョネーロ』で雄大な空の旅でユミル自由同盟を目指すか、どっちがいい?」


 勿論、満場一致で『飛空挺インヴィンシブル・ジッリョネーロ』で移動することに決まったよ? そりゃそうだよねぇ。

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