Act.5-45 ユミル自由同盟と獣王ヴェルディエ scene.1

<三人称全知視点>


 ユミル自由同盟はゴルジュ大峡谷の中頃に位置する地域を支配地としている。

 といっても、それは獣人族全体でという注釈がつくもので、森と草原、真針山岳と呼ばれる巨大な山からなる地域を獣人族に分類される各部族が治め、その頂点に獣王――各部族の長の上に立つ唯一絶対の存在が君臨するという権力構造をしている。


 獣王に求められる資質は様々あるが、その中でも特に重要視されるのは力――武力だ。獣人族にとっては力こそが全て、例えどれほど知力に長けていても、力が弱ければ頂点に立つことはできない。


 今代の獣王――ヴェルディエ=拳清チュェン・チン=ラシェッド=ティグロンという名を持つ虎獅子族の女性は、唯一どの種族にも支配権が与えられていない獣人族にとっての神山――真針山岳の山頂付近で修行に明け暮れていた。

 獣王は獣人族にとって唯一絶対の存在である……あるが、その権力は永遠に条件無く個人が保有し続けられるものではない。年に一度行われる獣王決定戦――各部族の代表者二名までが本戦に出場し、最強の獣王の座に相応しい者を決める祭典、あるいは儀礼――で優勝することができなければ獣王の権力と称号は掌から零れ落ちてしまうのだ。


 六度目の獣王の防衛が掛かっているヴェルディエも、王者の椅子の上で胡座をかいている訳にはいかない。七年目も獣王の座に君臨し続けるために、ヴェルディエは精神を集中して一つ一つの動きを確認していた。


 ヴェルディエの武術は気功に打撃技、投げ技をミックスした独自のものである。獣王決定戦では、魔剣、神剣など魔法の武器は持てる者は、それに選ばれるだけの『格』があると見なされ、賞賛の対象になるため武器の使用も認められてはいるものの、ヴェルディエは自らには必要ないと防具すら一つも使うことなく己の技だけで勝利をものにしてきた。

 蹴り技、殴り技、投げ技、気功、突き技、掌底……一つ一つの技を確認し終えた頃、ヴェルディエは空を奇妙な物体が飛行していることに気がついた。


「…………あれは、なんだ? 魔物か?」


 ――にしては、様子がおかしい。しかし、あれはどこに向かっている? まさか、リルディナ樹海か!? と、嫌な予感を抱いて獣人族にとっての首都のような位置づけにあるリルディナ樹海に向かおうとするヴェルディエだったが、何故かその奇妙な飛行物体は急旋回して進路を変え、真針山岳の山頂に向かってくるではないか。


「…………臨戦態勢を整えた方が良いだろうな」


 何が現れても対処できるように気持ちを作った上で真針山岳の山頂に向かう獣王ヴェルディエ。そして、彼女が見たものは――。


「凄かったな! こんな風に空を飛べるなんて長生きはしてみるものだな! そう思わないか? 親友!!」


「……長生きって俺達二人ともそんな歳じゃないだろう? 俺はまだ十六歳だし……そもそも、俺達の前世が生きた時代とほぼ同年代だから、単純に一緒にいる奴が凄いってことだろ?」


(……あれは、人間か?)


 謎の飛行物体から最初に現れたのは人間の男とリボンを身につけた使用人風の少女だった。続いて銀色の髪を靡かせる碧眼の女騎士風の美女が黒い狼と小さな蛇のような存在を連れて姿を現し、最後にエルフの少女二人が降り立った。

 一瞬、二人のエルフの少女が人間達の奴隷にされているのではないかと疑ったヴェルディエだが、二人の様子を見る限りどうやら奴隷にされている訳ではないらしい……窶れている訳ではなく寧ろ逆――片方の魔法使い風の美少女のエルフが目を輝かせ、隣の美女と形容するべき女剣士風は若干呆れながらも楽しそうに笑っていた。


「しかし、なんでこんなところで降りたんだ? 親友アネモネ? とりあえず中心部を目指すって話じゃなかったか?」


「そう思っていたんだけどねぇ……とりあえず、多少の情報は入手しておきたいし、第一村人ならぬ第一修行者を発見したから是非ともお話ししたいと思ってねぇ。ねぇ、そこにいる獣人のお姉さん?」


 気配を消していたつもりだが、気づかれていたらしい。観念して焼くなり煮るなり好きにしろという腹積もりで出て行くと、エルフの少女二人も含めて五人全員がヴェルディエをロックオンしていたことに気づくこととなった。


「アネモネさん、やりましたよ! 見気でお姉さんの位置を見つけることができました!」


「なかなか上手く気配を消していたけど、それでも見つけるなんて、なかなかやるねぇ。この分だと近いうちに霸者の気も覚醒するんじゃないかな?」


 人間の女性に褒められて嬉しそうに笑うエルフの少女と、それを微笑ましそうに見つめるエルフの女性――その光景はヴェルディエの眼に奇妙なものとして映った。


 ――あのいがみ合っていた人間とエルフが笑い合っている、だと?


「さて、事情を説明しないと情報はもらえないとは思うんだけど……誰が代表して話しかける?」


「勿論、お嬢様ですわ!」


親友アネモネに決まっているだろう? 使節団のリーダーはお前なんだから」


「当然、アネモネさんですよね? 私はエルフの代表者の一人として来ていますが、メンバーの一人に過ぎませんし」


「私はマグノーリエ様の護衛だからな。このメンバーで代表はどう考えてもアネモネ殿だろ?」


「いや……ディラン大臣だっている訳だしねぇ」


「俺はブライトネス王国の大臣として参加しているってことでいいと思うけど、この使節団って扱い的にはエルフとの合同ってことだから俺が代表になったら不都合が生じてくるだろ? まあ、エルフにはそんなつまんねえことでとやかく言ってくる奴はいねぇけど、勘違いした人間ってタチが悪いじゃん」


「まあ、そうだよねぇ…………じゃあ、代表してボクが話しかけるか」


 この時点でヴェルディエは混乱していた。「あの、人間とエルフが同盟を組んだだと!?」、「使節団とは一体何だ?」、「何故、この国に国の代表者がやって来たのだ!?」、会話の節々に含まれたボディブロウのような情報に、ヴェルディエは軽く目眩がした。


「それでは、改めまして。私はアネモネ――小さな商会を経営している冒険者ですわ。今回は、ユミル自由同盟に我々の祖国ブライトネス王国と緑霊の森との通商と開国のご提案に参った次第ですわ。その前段階として、獣王様に謁見させて頂きたいのですが、話を通して頂けないでしょうか?」


「……儂がその獣王じゃ。名をヴェルディエ=拳清チュェン・チン=ラシェッド=ティグロンと申す」


「あら、これは素晴らしい偶然ですわ。手間が省けました」


 「読心使って確信していただろ?」と半眼で視線を送ってくるディラン達を無視してアネモネが、ヴェルディエに微笑み掛けた。


「それでは、何故私達がこの国に使節団を派遣するに至ったか……それに付随してこの世界の真実というべきものや、今後の脅威、私達の提案したい案件など私の持っている情報を全て話させて頂きます。その上で判断なされるのはヴェルディエ様を初めとする獣人族の皆様です。どのような選択をなされるのも、獣人族の皆様であって、皆様が望めば我々は二度と皆様の平穏を脅かす一切の行動を取らず、干渉しないことをお約束しましょう……と、その前に自己紹介をした方が良さそうですね」



 三十のゲームによって産み落とされたこの世界の真実と、百合薗圓ローザ=ラピスラズリという人間の足跡、そしてこの世界が今後訪れるかもしれない脅威についてリーリエから聞いたヴェルディエは一言「今の私には何とも返答のしようがない」と答えた。


「獣人族の頂点に君臨するのは獣王であるということは知っておるな? 獣王は文字通り獣人族の王だが、その権力は永遠に続くものではない。年に一度、種族ごとの代表者二名ずつを選出し、獣王決定戦を行った上で新たな獣王を決めることになっている。儂は今代の獣王だが、来年はそうなるとは限らん。儂の一存で決めたことが次代の獣王によって即座に否定されるなどということになってはそちらにも迷惑をかけることになるだろう。……それに、我々はエルフのように多数決を取るよりも、獣王が一存で決めた方が全員が潔く納得する筈だ。そうだな……主らが獣王決定戦に出場して優勝し、獣王となれば問答無用で同盟を結ぶことも可能であろうな」


「正直その気はないけどねぇ。別にボクは強制的に獣人族を従えたいとは思わないし、ボク達と同盟を組むことが正解だと確定している訳じゃないからねぇ……ボクらと組むことで危険が増す可能性もある訳だし、逆に獣人族が危機に陥った時にボクらと同盟を組んだことで状況を好転させることができるかもしれない、具体的に言うと被害を減らせるかもしれないってことだねぇ。ボク達は亜人族差別を少しでも減らせるように動いている。なかなか偏見ってものは消えないけど、それでも少しずつ薄まっていくと思っている。……ぶっちゃけボク個人としてはどっちでもいいんだ。そりゃ香辛料貿易はしたいけど、どちらにとっても利益になる交易でなければ、共に高め合える関係でないのなら、わざわざ同盟を結ぶ必要はないと思う。得られるものも多いけど、変わってしまうこともある。それを拒めば、ボク達は二度と獣人族に関わないし、獣人族が滅んでも知ったこっちゃない。君達は勝手に滅んだんだからねぇ、例え獣人族に危機が迫っていることを知っていたとしても一度手を振り解いた相手を助けるなんてそんなお人好しな真似はしないよ」


「あっさりしておるのぉ……」


「というか、獣王決定戦にボク達って出場できるの?」


「問題はないじゃろう……ただ、何かしらの資格を求められることになるとは思うがな。獣人族にとっては力こそが全て――例えどれほど頭が良かろうと、力がなければ王座には着けん。逆に言えば、力さえあれば従えることはできんな」


「確かに、獣王決定戦そのものには興味があるけどねぇ。別に獣王の称号はいらないかな? 持ってても特に旨味はなさそうだし、ボクは対等の同盟相手を求めている訳であって、従えたいと思っている訳じゃないからねぇ。みんなもそうだよねぇ」


「獣王の称号とかいらねぇよな。ただでさえ、大臣の称号も返却してぇのに。親友に関しちゃ国王陛下から直接褒美を与えられる機会を得たのに、爵位みたいな価値ある褒美を望まず、ただ自分だけの家名を貰うっていうくらい欲がないんだぜ? それに、こいつに国のトップとか無理があるぜ。まあ、俺も御免被りたいが」


「ディラン、酷くないか? まあ、俺も堅苦しいものに縛られるより、身軽な立場で暴れる方が好きだからな。それに、私はお嬢様のメイドですから……まあ、獣王決定戦には興味がありますが」


「私も獣王の称号に興味はありません……そもそも勝てるとも思っていませんが。私は母からエルフの族長を継ぐことになると思いますが、それだけでも十分に重い立場です。その上、獣王なんて……」


「私はマグノーリエ様の護衛です……マグノーリエさんの親友でもありますが。護衛である私が獣王になるなどとんでもありません。それに、私には獣人族を率いる器などある訳がありません。……そもそも、このメンバーの中で弱い部類に入る私に勝ち目などありませんが」


「欲のない奴らじゃのう……いや、大役や権力というものの本質を理解しているということか。悪用しない者にとっては枷でしかないからのぉ。そうと決まれば、山を降りてリルディナ樹海かのぉ? こればっかりは他の族長と相談して今回の獣王決定戦のルールを見直さなければならないからのぉ」


 ヴェルディエにとっては、思わぬところで大きな仕事が降ってきたという状況だが、何故かヴェルディエは嬉しそうだった……ドMなのだろうか? えっ、そういうことじゃないって? 折角いい感じで纏まりそうだったのに、最後に台無しにしやがってって? ……面目次第もございません。

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