Act.5-43 使節団メンバーの全く休んでいない休日 scene.2 下

<一人称視点・リーリエ>


 途中、一騒動あったけど予定通りトレーニングルームでの一つ目の目的は達成した。

 欅達のことについては後ほど冒険者ギルドでランクの再設定を行うことにして(流石にこのままじゃまずいからねぇ……あまりにも戦闘力が変わっている訳だし…………イルワの仕事がまた増えて間違いなく精神ダメージを負うだろうけど、まあそれは仕方ないよねぇ。人生は苦行なのだよ)、もう一つの目的を果たすことにした。


「で、次は何をするんだ? 親友ローザ?」


「次は原初魔法、法術、白魔法などと呼ばれている技術の最上位能力の一つ精霊顕在化だよ。《聖法庁ホーリー》では支部長クラス以上のみが使用できる力なんだけど、ボクに関してはハーモナイアがオプションで適性を大幅に上げちゃったみたいだから、実はできるんじゃないかと思ってねぇ」


「確か、原初魔法は目に見えない精霊と契約を結び、霊輝マナを供給することで発動できるローザさんの前世の世界由来の魔法技術ですよね? その精霊を見ることができるようになるのですか!?」


「もしかしたら……私にも」


「いや、残念だけどプリムヴェールさんとマグノーリエさんには無理かな。本来ならまずあり得ないことなんだよ。原初魔法は本当に適性を持っている人が極端に少ないから霊輝マナを用いて原初魔法を発動できる人間はあっちでもごく少数だったし、こっちの世界でもその点については変わってないと思う。そこから、支部長クラスから上しか使えない精霊顕在化を使うとなると……マグノーリエさん、支部長以上って全部で何人くらいいると思う?」


「……二十人くらいですか?」


「おっ、正解だねぇ……ピタリ賞だ……まあ、何も褒賞は出ないけどねぇ。主要な国家十六ヶ国に一人ずつ、そして《聖法庁ホーリー》の大幹部三人と、聖皇と呼ばれる選民救世教の実質トップである選民救世正統派党党首、三位聖霊教のトップである教皇、最終予言教の宗教指導者と同等の発言権を持つ一人の二十人から構成される二十人だよ。まあ、ボクが面識があるのは大倭支部の九重さんだけだけどねぇ。ちなみに魔女の一族でも精霊顕在化は当主を務めるクラスでなければできない……或いはそれに準ずる天才か……まあ、《聖法庁ホーリー》にとっては天災なんだろうけどねぇ。まあ、失敗するか成功するか分からないけど、成功すれば格段に原初魔法の威力が上がるから、そりゃ期待したいよねぇ」


 「まあ、成功するかも分からないから失敗しても笑わないでねぇ」と、釘を刺しておいてから霊輝マナを大量に放出して、精霊を顕現するイメージを思い浮かべる……そして。


 「本当にお嬢様ってなんでもありですよね? できないことってないのですか?」と半眼でこっちを見てきたアクアに「ボクって万能人間じゃないよ? ただの公爵令嬢だからねぇ」と大真面目に返しつつ、目の前に現れたソレに視線を向けた……まあ、要するにできちゃったってことだねぇ。


 九重勇悟の場合は火が狐、水が蛟、風が鼬鼠……というように属性に応じて姿が違うと言っていた。そして、使用者によっても精霊の姿は変わると……これらは、使用者のイメージに左右されるということだから、九重の場合は九尾の狐、蛟、鎌鼬なんかのイメージが強く反映されたんじゃないかな? 純大倭風だねぇ。

 そして、ボクの場合は水の原初魔法をイメージしてやったんだけど……その姿は塒を巻いた竜……あっ、はい。やっちゃった奴だねぇ……間違いなく。


「…………おい、ありゃなんだ?」


「お嬢様、制御できているんですよね?」


「うん、問題ないと思うけど……えっと、精霊さんだよね?」


 コクと小さく頷いてから咆哮一つ、優雅に空中を飛翔する水竜。その姿をマグノーリエ達は唖然としながら見つめている……うん、気絶者ゼロ。精神力上がっているねぇ。


「小さくすることってできるのか? そもそも、ここまで大きかったら戦闘時ならともかく普段は場所を取るだろ?」


『……場所を取るって、まるで物みたいじゃないか。まあ、僕は精霊――本来は形がないものだからね。ご主人様が望めば小さくなることもできるよ』


 ディランの言葉に憮然とした水竜が喋った……まあ、驚くべきところだろうけど、九重と精霊も会話していたからねぇ。意思疎通ができるからこそ、より強力な原初魔法を放つことができるわけだしねぇ。


「あの、お嬢様。名前がないと呼びにくいので、何かつけてあげてくれませんか?」


「…………まあ、アクアの言うことも一理あるよねぇ。名前がなくても意思疎通はできるけど、やっぱりあった方が楽なこともあるし…………物凄い嫌な予感がするけどやってみるか。そうだねぇ、『琉璃』なんてどうかな? まあ、今のボクの家名ラピスラズリを大倭名にしただけの安易なネーミングだけどさ」


 その瞬間、水竜の周囲に銀色の文字が生まれ、収束して首輪の形へと姿を変えた。首輪には出現した文字と同様の文字が刻まれているけど……うん、読めない。梵字とルーン文字を融合したような奇妙な文字だけど……うん、解析にはかなりの時間を掛けることになりそうだねぇ。

 まあ、何故こんなことになったのかはなんとなく分かる。


「ある種の『呪』だねぇ。最も短い『呪』、つまり名前を与えたことで概念を固定させた……でも、見た感じ陰陽術ではないから、陰陽術とは別系統の『呪』――現時点では『名付け』という仮名を与えるしかない現象だねぇ。……まあ、いずれにしてもこれは陰陽術でも原初魔法でもない…………ん?」


 点と点が繋がり、背筋が凍りついた。


「どうした、ローザ。血の気が引いているぞ」


「……なんでこんなことに気づけなかったんだろう。あのクソ魔女の一族がたったそれだけ・・・・・・・のために陰陽師一派に関わった訳がない。瀬島新代魔法と陰陽術と掛け合わせることで生まれた符術だけじゃない……この力も恐らくあのクソ魔女の手に堕ちている」


「つまり、お嬢様は前世からの因縁の敵――瀬島奈留美もこの力を手に入れているとお思いなのですね」


 珍しく冴えていたらしいアクアがボクの疑惧を一発で言い当てた。


「しかも、あの魔女は無駄に賢いからねぇ。きっと、ボクより先を行っている……これはまずいねぇ。《聖法庁ホーリー》にどうにかできる域を逸脱しているかもしれない。……とにかく、首輪の文字列と名付けのシステムの解析については使節団の移動の際にするとしよう……それじゃあ、琉璃。小さくなってねぇ」


『畏まりました、ご主人様!』


 琉璃が小さくなって掌サイズになった。『ピュイ』と鳴いて頬擦りした琉璃を欅達が恨みがましくみている……ほら、そんなつまらないことで嫉妬しないの。



<一人称視点・ローザ=ラピスラズリ>


 使節団二日目はシャンタブルズム山脈の山頂から出発した。ここからノルグの村に降り、ゴルジュ大峡谷を越えてユミル自由同盟に入るという行程だけど果たしてどれくらい掛かるか……まあ、ゴルジュ大峡谷でどれくらい時間を食うかに掛かっているによって変わってくるだろうねぇ。

 ちなみに、ノルグの村には寄らない予定でいる……まあ、得られるものも大してなさそうだからねぇ。


 馬車の中では相変わらずディラン達がゲームをやっている。そこに琉璃まで加わって……まあ、いいけどねぇ、馭者は精霊に任せているし。


「なるほどねぇ……仮称『名付け』、正式名称、『大いなる業アルス・マグナ』はボクの予想通りのものだったみたいだねぇ」


「お嬢様、もう分かったのですか?」


「まぁねぇ。『管理者権限・万象鑑定』を使ったら一発だったよ。文字の解読も終わったけど、まあこっちは別にいいかな? この大いなる業アルス・マグナってものは原初魔法と陰陽術を基盤にしているけど、そのどちらにも分類されない。大いなる業アルス・マグナには魔力や霊輝マナみたいなもの――銀霊マグヌム・オプスが関わっている。これが起こした『奇跡』の一つが昨日の『名付け』みたいだねぇ。さっきは『名付け』=大いなる業アルス・マグナみたいに言ったけど正しくは銀霊マグヌム・オプスによって引き起こされる一連の『奇跡』が大いなる業アルス・マグナであって、『名付け』はその片鱗に過ぎない……これってもしかして踏み出していけない領域に足を踏み入れちゃったかな? 『名付け』だけでも他に使い道がある訳だし」


「……さっぱり分からん」


「さっぱり分からないな」


 アクアとプリムヴェールが困惑の表情を浮かべている……まあ、二人はあんまり頭脳労働に向かないタイプだし。


「つまり、大いなる業アルス・マグナっていう奇跡じみた力には他にも使い道があるってことだろう?」


「ディランさんの言う通りだねぇ。形成の書[セーフェル・イェツィラー/סֵפֶר יְצִירָה]が世界を作る設計図だとして、銀霊マグヌム・オプスは世界創造の素材、大いなる業アルス・マグナは世界創造という作業を指すという仮説も立てられるくらいとんでもない力だよ。あらゆる概念を構築・創造する力……まあ、それも魔力みたいに自由自在にって訳にはいかないみたいだけどねぇ。まあ、形成の書[セーフェル・イェツィラー/סֵפֶר יְצִירָה]を手に入れることができれば、銀霊マグヌム・オプスを十全に使いこなすことができるんだろうけど」


 この虚像の地球を中心とするオムニバース以外に形成の書[セーフェル・イェツィラー/סֵפֶר יְצִירָה]は存在しないって雷神ウコンが言っていたっけ? ……形成の書[セーフェル・イェツィラー/סֵפֶר יְצִירָה]が自然発生するとは思えないし、遥か上位位階の存在が作り上げたシステムなのか、人類外の文明の遺産なのか、或いは人類の未来社会の産物なのか……まあ、この三つなら可能性は三つ目が一番高そうだけど、タイムラグなしに情報をやり取りするために虚数空間に設置した巨大なネットワークシステムって仮説は。

 まあ、実際のところ実像の地球、可能性が高いのは同オムニバースの個人またはグループがこのシステムを作り上げて、世界創造の実験を繰り返しているって仮説が一番信憑性が高そうだけどねぇ。そうなってくると、元凶は理の力イミュテーションを持つ理外者ミュータント辺りか……全く面倒な火種ばっかり撒き散らす連中だよねぇ。


「とにかく、今のボクには大いなる業アルス・マグナの『名付け』以外の使い方は分からない。だから、『名付け』の方でもう少しデータを集めようと思ってねぇ。次に戦闘があったらその時に実験しようと思うからそのつもりでねぇ」


「お、おう!? 覚悟を固めておくぜ、親友ローザ


 一様に頷くディラン達だけど、一体何を覚悟するんだろうねぇ。

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