Act.5-14 第一回異界のバトルロイヤル 一日目 scene.2 上

<三人称全知視点>


「ストームフォース・トライアド! 纏武装!!」


 プリムヴェールが三重の風の加護を得つつ、その風の加護に武装闘気を纏わせる。


「ウッドランス! 纏武装!!」


 そして、二つの風の刃と風の槍を躱すと魔法で生成した木の槍を放った。

 その槍には当然武装闘気込められている。


「今度は木の槍か。だが、躱せばそれまでのこと!」


 あまりにも狙いが単調な木の槍を、ミスルトウはそのまま大きく回避することなく、ほとんど動かずに紙一重で躱す。

 それが、プリムヴェールの狙いとも気づかずに。


「今だ! 治癒闘気解放! 大樹成長」


 プリムヴェールが叫んだ瞬間、狙い澄ましたように木の槍に内包されていた大量の治癒闘気が木の槍を成長させ、瞬く間に空中に大樹を作り出した。


「……なんだと。まさか、プリムヴェールが搦手を!」


 自分の娘は自分に似て融通が効かないほど真面目だとミスルトウは心のどこかでも思っていた。

 だからこそ、このような真正面からではなく、相手の油断を誘う攻撃などをしてくるとは思っていなかったのである。


 ミスルトウはそこから伸びてくる大樹の枝を回避しようとした……が、気付くのが遅かった。

 翅を貫かれたことで飛べなくなったミスルトウは、そのまま地面に落下……寸んでのところで風魔法を発動し、勢いを殺して降り立つ。


「これでようやく、対等に戦えますね」


「……対等か。後悔はするなよ、私の剣の腕はエルフでも三本の指に入る」


 誇張でもなんでもない。ミスルトウはエルフでも上位の剣士だ。といっても普段は剣を帯刀していない。一応、ミスリル製の両刃剣を持ってはいるものの、プリムヴェールもミスルトウが実際にその剣を使っている姿をほとんど見たことはない。

 だが、それでもミスルトウはエルフ随一の剣士なのだ。そう、彼の剣は――。


「ストームブリンガー……風を凝縮した剣だ。いくら斬撃を受けても壊れることはない」


 相手の剣と鍔迫り合いになることはなく、斬撃を受ければ擦り抜け、敵だけを確実に斬る。

 更に、ミスルトウのそれは特別製だ。


「行くぞ! 風刃空断」


 ストームブリンガーから風の刃が十二本現れ、遠くから斬撃を放つと同時に風の刃が一つ消えた。


「来るか! 千羽鬼殺流・廉貞!」


 それを目視することなくプリムヴェールは完全に音と気配を消す隠密行動技に特殊な呼吸法と歩法によって相手の脳を誤認させ、自身の存在を認識させなくする古武術の抜き足を組み合わせた技能を駆使して姿を消し、風の刃を躱す。

 風刃空断はストームブリンガーの派生系で、目視している場所ならばどこでも斬ることができるという厄介極まりないものである。

 空気と風の刃を一体化させ、狙いを定めた場所で風の刃を再発生させることで対象を斬る。躱す方法はミスルトウの位置察知を掻い潜る他にはない。


「千羽鬼殺流・巨門! 千羽鬼殺流・歳星! 千羽鬼殺流・禄存-気散-!」


 特殊なステップで瞬時に残像を発生させ、残像を囮にして攻撃を仕掛ける奇襲の技に霊力を武器に通わせて自在に操る鬼斬の技を組み合わせて霊力の篭った分身を作り出すプリムヴェール。

 更に霊力を分散させてその中に紛れることで姿を隠す逃走の技で、分身に込められた霊力をも隠す。


「ならば、全て切り裂くまでだ! 風刃空断」


『千羽鬼殺流・武曲!』


『千羽鬼殺流・貪狼! 千羽鬼殺流・輔星!』


『千羽鬼殺流・九星! 千羽鬼殺流・太白!』


 ストームブリンガーの残りの刃全てを円形に展開し、ミスルトウは姿を捉えられないプリムヴェールを狙う。

 一方、三人のプリムヴェールは廉貞を解除すると風の刃を躱しながら、一人目は弧を描くようにして、対象に斬撃を浴びせる鬼斬の技を放ち、二人目は爆発的な踏み込みにより一瞬でトップスピードに達し、相手の間合いに入る技から鞘を使わずに右腕で剣を背中に構え、左手で刃を押さえ極限まで力を溜めてから斬撃を放ち、更にその場で回転して放つ二段構えの斬撃に繋げ、三人目は武器に霊力を流し込むことで破壊力が増し、相手の体内に毒のような効果をもたらす鬼斬の技を使いながら逆袈裟、左薙ぎ、左切り上げの三角、右切り上げ、右薙ぎ、袈裟切りの三角で六芒星を描き、唐竹、逆風、刺突を放つ九連続攻撃を仕掛ける。


「残念だったな……そこは私の間合いだ。ハリケーン・リッパー」


 しかし、プリムヴェール達の攻撃は届かない。ミスルトウに攻撃しようとした三人のプリムヴェールは、ミスルトウが展開した暴風の渦を発生させる風魔法に飲み込まれて鋭い風に切り刻まれる。


「勝ったか?」


 暴風の領域を解除し、青いウィンドウを開く。何か腑に落ちない違和感を抱きながらもランキングを確認しようとして……。


「……そうか、こうして私を油断させるまでが作戦だったのか…………強くなったな」


 腹から生えた鋒を見て、堅物で真面目だった娘が健かに育ったことを確信したミスルトウは、優しく微笑みを一瞬浮かべるとポリゴンが崩れ落ちるように消えていった。


 倒されたプリムヴェールは、霊力を込めた残像だった。

 プリムヴェールは作り出した三つの残像にあえて廉貞を解除させ、囮に使った。そして、安心し切って、或いは疑問を感じて風魔法を解除してウィンドウを開く一瞬の隙を狙ったのだ。


 プリムヴェールの騎士道に反する、騙し討ちのような卑怯な戦法だ。かつてのプリムヴェールならば決してそのような方法を選ぶことは無かっただろう。

 だが、今のプリムヴェールは違う。卑怯だからと手段を減らしている場合ではない。強くなるために、形振り構っていられる状況ではないのだ。今のプリムヴェールには、そのような贅沢・・が言えるほどの強さはないのだから。


「申し訳ありません……私は、悪い娘になってしまいました」


 誰よりも高潔であろうと、マグノーリエに相応しい隣に立って守れる騎士になろうと、そう努力をしてきたプリムヴェールは、ローザと出会い、変わった。

 それは、彼女の思い描いてきた、そしてミスルトウがプリムヴェールに求めてきた正しい騎士・・・・・の在り方からは掛け離れている。


 だが、今のプリムヴェールはそれでもいいと思っている。形などは関係ない……ただ、マグノーリエの隣に居られるのなら、仲間の力になれるのなら、マグノーリエやみんなが笑ってくれるのなら、それで十分だ。


「そのために……生きなくてはな」


 ――死んでしまえば、マグノーリエ様はきっと悲しむだろうな。


 かつてのプリムヴェールは、自分の身を犠牲にしてもマグノーリエさえ守れればと、そう思っていた。

 だが、それではダメなことをローザに教えられた。喩え、マグノーリエが生き残っても、それが親友を失ったことで得られた生ならば、彼女は何も嬉しいとは感じないだろう、とローザはそんな当たり前の、ずっと忘れてしまっていたことに気づかせてくれた。


 その時に誓ったのだ。形振り構わず、マグノーリエと、みんなといつまでも笑っているために、強くなろうと。


「さて……行こうか」


 プリムヴェールは『銀光降星のエスパダ・ロペラ』を強く握り直すと、白雲世界の探索を再開した。



 ところ変わって極乾砂漠。ジルイグスとペルミタージュを二人同時に脱落させ、三時間経過の段階で二位に躍り出たアクアだったが、その後は誰とも遭遇することなく成績を伸ばしあぐねている状況だった。


「……まずいな。このままだと、早期決着が難しくなる」


 アクアは三日目の討伐時のポイント二倍でインフレーションが発生しないように、初日のうちから敵の数を減らしておきたいと考えていた。

 だが、このままでは最悪三日目まで生き残り、多くのプレイヤーが五ポイントを得る事態にもなり兼ねない。


 リスクが高い代わりにリターンも大きくなる三日目突入はでき得る限り避けたかったが、元々二日で決着をつけるのは現実的には難しかったか。……アクアは、ここでようやく三日目に突入した場合の方針を練り始めた。とはいえ、目標は三日目までに生き残りを減らして、不測の事態が起こる可能性を少しでも削いでおくことのままなのだが……。


「さて……覚悟を決めて行くとするか」


 アクアの目の前には砂漠には不釣り合いな扉があった。

 何か建物がある訳ではない。ただ扉だけがそこにあり、簡単に裏側に回れてしまうが裏側には扉の切れ目がなく一枚の板になっている。

 現実的では無かったとしても、電脳空間では可能だ。――おそらく、ここがボスの部屋に通じる入り口なのだろう。


 アクアは覚悟を決めると扉を押し開けた。

 中はドーム型になっており、無数の光が線の中を行き来する近未来的な世界が広がっている。

 その中心には機械の巨人をヌルに改造したような、漆黒の存在がいた。

 『End of century on the moon』において、みんなのトラウマと呼ばれた鋼鉄の銃巨人を基にした五つの世界を守護するボスの中でも規格外の戦闘力を誇る化け物――ヌル・鋼鉄の銃巨人である。


 そのヌル・鋼鉄の銃巨人が一瞬、横に揺れるような動きをした。咄嗟に嫌な予感がしたアクアは左に走って回避行動を取る……と、ヌル・鋼鉄の銃巨人はアクアですら目で追えない速度で真っ直ぐフィールドを駆け抜けた。

 これは、ヌル・鋼鉄の銃巨人の「ランオーバー」という技で、通常攻撃でありながらその攻撃速度と威力から初見殺しとして名を馳せているのだが、アクアは当然そのことを知らない。

 アクアが回避できたのは本当に奇跡のようなことであった。


「……これは厄介だな。ローザ様、なんてものをボスに設定しているのですか!!」


 アクアは『カレトヴルッフ』に武装闘気とようやく数日前に習得した覇道の霸気を纏わせると、ヌル・鋼鉄の銃巨人に向かって突撃した。


 刹那、ヌル・鋼鉄の銃巨人の一つ目が怪しく輝き――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る