季節短編 2020年バレンタインSS

バレンタインには真の手作りチョコレートを、好きな男の子に……。

 これは圓達が異世界に召喚される前の最後のバレンタイン――その数日前の物語である。



<三人称全知視点>


「園村君、一つ質問があるのだけど……チョコレートって好きかな?」


 途端、クラスの男子達のヘイトがいつもの何割増しかというレベルで膨れ上がった。

 一斉に射殺さんとするような突き刺さる殺意の視線を向けられながら、いつも以上に不健康そうな園村は「なんでこっちに来るんだろうねぇ。巴さんとイチャついていてくれないかな?」という心の声は隠して生欠伸を噛み殺しながら、「そうだねぇ……」と少し考えるような仕草をした。


「まあ、どちらかといえば好きかな? ただ、この時期って忙しくなるからねぇ……ここ最近バイト先のデスマーチのせいでいつもよりも仕事が多いし、同僚からは折角の仕事をボツにされるし……可愛いと思ったんだけどな、チョコレートの針を飛ばす針鼠って。名付けてショコラ・ヘッジホッグ……名前は可愛くないけどねぇ」


 クリアファイルに挟まれた綺麗に彩色された、どことなく見覚えのあるタッチのチョコレート色のハリネズミのイラストを取り出して、一度眺め、「はぁ」と溜息を吐くと園村は机の中に戻した。


「でも、まあチョコレート自体は好きだけど。ここ尾張国は世界一チョコを売るというデパートもあるくらい高級なチョコレートが充実しているし、かなり混んではいるんだけど毎年楽しみにしているんだよねぇ。海外の有名店の味も色々と試してみたいし」


 引き篭りのオタクのイメージを持っているクラスメイト達には軽く衝撃的な趣味をこともなげに明かし、「そろそろ寝ていいかな? 流石にいつも以上に眠いから人と話すのも億劫なんだよ」と、高嶺の花な女神様と話せる機会というクラスの大半の男子達にとっては天変地異のような幸運を呆気なく手放す圓……じゃなかった、園村。


 一方、たった一人の咲苗の恋応援委員会の委員長兼参謀の巴は内心焦っていた。

 咲苗は市販のチョコレートを買ってきて溶かし、飾り付けをしたものを所謂本命チョコとして園村に手渡そうとしていた。だが、園村が有名ショコラティエのチョコレートに食べ慣れて舌が肥えているとなれば、素人である咲苗の腕ではそのインパクトを超えることは不可能だろう。

 クラスの男子達であれば、咲苗から貰ったというだけで付加価値が付く……が、園村の場合はそうはいかない。何せ、これだけ咲苗に好意を向けられながら一切その事実に気づくこともなく、当然応えることもなく、ただただ面倒くさいな、と咲苗との会話よりも睡眠を取ることに重きを置いているのが園村白翔という男なのだ。


 かなりの頻度で咲苗に好意的な視線を向けてこそいるが、話しかけようとすると一気にテンションが下がったように面倒そうな顔をする。まるで、関わることを良しとせず、あくまで遠くから眺めていたいと暗に示しているようだ……が、当時の巴に園村が実は百合好きであるという事実を推理することができる筈もなく、咲苗に向けられる視線の意味についての考察は一旦保留にしていた。


(……とはいえ、まだ園村君が手作りチョコレートを好んでいないと決まった訳ではないわ)


 ここで巴は一手を打つことに決めた。


「ところで、チョコレートというと手作りのチョコレートというものもあるのだけど、そういうものに興味はないのかしら?」


 まどろっこしい手を打つことが苦手な巴は単刀直入に聞くことに決めた。途端、咲苗だけでなく巴からもチョコレートを貰うのか!? と盛大に勘違いをした巴ファンの男達や巴を「お姉様」と敬愛してやまない女子生徒達から園村は一斉に殺意を向けられた。

 流石に面倒になってきた園村は視線を無視しながら「そうだねぇ……」と少し考え。


「前々から思っていたんだけど、手作りチョコレートを本命にするっていうのがどうにも分からなくてねぇ。一個千円を切るチョコレートを溶かして固め直してデコレーションをしたものが本命チョコで、義理チョコや友チョコが市販のものって、どう考えても市販のものの方がいいと思うんだけど。愛が込められているとかそういうのより純粋に美味しいものを食べたいからさ、そりゃ、ちゃんと規格通りに安定生産されているものや有名ショコラティエが試行錯誤して作った一品の方が美味しいのは至極当然。なんたって単価が違うからねぇ、単価が」


 「愛が込められているとかどうでもいいから、そんなことよりもより美味しいものを好きなように食べられるのが一番だよね、だからデパートのチョコレート巡りをするんだよ」と大倭秋津洲のバレンタインの一大イベントというか風習をバッサリと全否定する園村。まあ、近年ではそういう傾向が増えたため、自分のためのご褒美にチョコレートを買いに朝から並ぶという社会現象が起こるようになってはいるのだが……。


「誰にかは知らないけど、咲苗さんにチョコレートをもらうなんて随分と幸せ者だね。或いは巴さん? 確かに友チョコを贈り合うのはいいことだと思うよ。うんうん、そうだねぇ……特別に教えちゃおっかな? ボクの知り合いが経営しているお店に貿易に携わっているお店があるんだけど、そこではコピ・ルアックっていう貴重なコーヒーなども輸入していて……まあ、それはいいか。現地からカカオなんかも輸入していてねぇ、品質は良いものばかりを選んでいるから安心安全だよ。ボクもこの時期によく買い物に行くし……後はそうだねぇ、大和国の山奥に「Kaffeebrise」っていう喫茶店があるんだけど、そこのマスターをしている茜さんっていう人が年に一度、この季節にホテルを取ってチョコレートを買い漁りに来るんだけど、その人自分でもチョコレートを作るみたいで、実際に美味しかったから良かったら教えてもらうといいよ。まあ、余計なお世話かな? 一応貿易店と茜さん電話番号を書いておくねぇ」


「…………もしかして、園村君の彼女さん、かな?」


 ……咲苗が背後に白い夜叉を召喚しながら地の底から響いてくるような声でこてんの見た目だけは可愛らしく、しかし嫉妬深さ丸見えな張り付いた笑顔で尋ねた。その途端、教室の温度が二度ほど下がったような感覚をその場に居た者達は感じた。


「まあ、なんと言ったら……そうだねぇ、ゲームのフレンドかな? 対立しているギルドのメンバーなんだけど、その伝手でフレンド登録してねぇ。まあ、その前から共通の知り合いを通して色々と無茶なお願いを聞いてもらってはいたんだけど。……とにかく信頼のおける人なのは間違い無いよ? ただ、可愛い女の子・・・・・・が店に来たりすると平然とスカートを捲ろうとしたりセクハラをしてきたりするちょっとだけ変わり者な人だから多少の覚悟はして行ったほうがいいと思うけどねぇ……って、気づいたらメールきているし……はぁ、至急ですか。ということで、今日は結局欠席になりそうだねぇ、あっ、それじゃあ美味しい本命チョコをプレゼントしてあげてねぇ、ボク個人的としては男相手に贈るならそいつ八つ裂きにしてやりたいけど、まあ、本当に望んでいるなら仕方ないと思うからねぇ」


 そう言って荷物を纏めると高速で教室から去っていった。

 咲苗が園村にチョコレートを贈ろうと考えていたことはどうやら悟られずに済んだらしい。

 「男相手に贈るならそいつ八つ裂きにしてやりたいけど」という部分に関しては聞かなかったことにした二人は、とりあえず次の休みに園村から教えてもらった店にカカオを買いに行き、その足で茜という人に会いに行くことにした。



 茜という女性に電話を掛けると、茜も「Abroad Merchandises」という店に用事があるようで、当日店で合流するということを提案された。

 わざわざホテルで合流するよりも楽ということで二つ返事で了承した咲苗は、週末巴と共に園村に紹介された「Abroad Merchandises」に向かう。


「あら、二人も来ていたの?」


 そこで思わぬ先客に出会った。『Eternal Fairytale On-line』で所属している『四つ葉のクローバー』のギルドマスター、ポインセチアのリアルこと美空である。


「お久しぶりです。美空さんもカカオを買いに来たのですか?」


「えぇ……職業柄バレンタインになると常連さんにチョコレートをプレゼントしないといけないのよ。しかも、手作りの方が喜ばれるのだけど……やっぱり市販のチョコレートを溶かして固め直すっていうのはあんまり好きじゃなくてね。少し前から姫様……『Eternal Fairytale On-line』のランキング一位のリーリエさんに紹介されてこの店を紹介されたのよ」


「まあ、本来うちは企業向けに海外商品を一括販売しているのであって、小売業は対象外なんだけどね。なんだけどさ。流石に大株主様にお願いされたら断れないでしょう? ないよね? だから、うちは一見さんお断りなのよ、なのさ。……二人は咲苗さんと巴さんだね。だよね。Miss.Circleから話は聞いているわ。聞いているよ」


 美空と話をしていると、店の奥から店主らしき人影が現れた。


 背中まで届く黒髪の中性的な顔立ちの女性だ。雪のような白肌を持ち、丸眼鏡の奥には怜悧な光を宿した双眸が垣間見える。

 視線を落とすことなく高速で十二面体ルービックキューブを弄り、瞬く間に完成させた女性はカウンターにルービックキューブを置くと、咲苗と巴の方に視線を向けた。


「初めまして、僕は院瀬見いせみ花奏かなで。小さな貿易会社の社長をしているわ。いるんだよ」


は花奏さん。普通にワインレッドの花柄総レースのミモレ丈のフレアワンピースを着ているけど、歴とした男よ。私達と同じように『Eternal Fairytale On-line』もプレイしていて『厨二魔導大隊』……影澤さんのギルドに所属しているわ。アカウント名はカナエ=カナデ、称号は『六面魔導』よ」


 こんな美女が男の子の訳がないと、軽く常識を揺さぶられるようなショックを受けた二人だが、影澤の仲間といえば何故か納得できてしまう。二人の中の影澤のイメージは一体全体どうなっているのだろうか?


「ところで、Miss.Circleってどなたですか? 私……というか、咲苗は園村ってクラスメイトにこの店を紹介されたのですが?」


「あれれぇ? あるえ? そうだっけ? そうだったね? そういう設定だったね。まあ、細かいことは気にしなくていいんじゃない? いいんじゃないかな? 君達はカカオを購入したい、そのために来たんでしょう?」


 腑に落ちない話だが巴達はMiss.Circleの正体を知るためにここに来た訳ではない。

 すぐに気持ちを切り替え、二人はカカオの購入という当初の目的を果たすことにした。


 ――カランカラン。


 店のドアベルが鳴ったのは、咲苗と巴がカカオの棚を見ていた頃だった。

 肩まで届くロングな金髪をポニーテイルに纏めたワンピース姿の女性が姿を現した。


「いらっしゃい、いらっしゃいませ。いつも通り珈琲の定期購入かな? なのかな?」


「いえ、今日は貴女方が言うところのMiss.Circleにお願いされまして、咲苗さんと巴さんという方のチョコレート作りをお手伝いすることになりまして……もしかして、このお二人が?」


 と言いながら、ナチュラルに咲苗と巴の制服のミニスカートの中を覗き、満足そうに微笑む女性。


「間違いなくこの人が茜さんね」


 「どうやら園村君の忠告は無駄になってしまったようね」と溜息を吐きながらセクハラ犯にジト目を向ける巴。これが男ならばすぐに百十番をしただろうが、どう見てもそのようなことをしそうな見た目ではないので(寧ろどちらかといえばセクハラをされる側な雰囲気)、簡単に信じてもらうことはできないだろう。


「まさか、約束をしていた相手って『厨二魔導大隊』の『治癒要塞』エメラルドマウンテンさんなの? 翠山茜さんってずっと山に引きこもって知る人ぞ知る喫茶店を経営していると思っていたのだけど」


「私もこの時期は降りてきますよ? 美味しいチョコレートを食べたいですから」


 そう言いながら茜はいつの間にか美空に近づいてスカートを覗こうとして……美空がタチの悪い客から身を守るために習得した護身術で投げられそうになった……筈だが、いつの間にか遠くに移動した茜が何事もなく微笑んでいる。


「私も花奏さんもMiss.Circleの頼みは断れませんよ。咲苗さん、巴さん、今回は私も協力しますから美味しいチョコレートを三人で作っちゃいましょう」


「……楽しそうね」


「美空さんも混ざりたいですか?」


「本当は可愛いギルメン二人とキャッキャウフフしたいところだけど……これから帰って大量にチョコレートを作らないといけないのよね。とても残念だわ」


 「キャッキャウフフ」というところに若干歳を感じるところだが、茜も花奏もその点については指摘しない。

 「やっぱり美空さんは百合好きよね。だよね」と頷いている花奏と、「やっぱり年頃の女の子って可愛いですよね」と共感する茜と二者二様の反応をする二人に「何を考えているんだろう?」と疑問符を浮かべる咲苗と巴の二人だった。

 二人はまだ百合という世界があることを知らない。


 その後カカオを選び、可愛い女の子の笑顔を見たいという美空にカカオ代を支払ってもらうことになった二人は万全の状態で場所柄広いキッチンを備えている巴の家に移動して三人で真の手作りチョコレートを試行錯誤して作り上げることになったのだが……。


 バレンタイン当日、園村に手作りチョコレートを手渡そうとした咲苗とそれを見守る巴だったが、その日園村が高校に来ることは無かった。



 バレンタインの翌日、高校に現れた園村は大量のチョコレートを持っていた。

 といっても、下駄箱の中に大量のチョコレートが入っていた訳でも、急にモテ期が到来した訳でもない。相変わらず、彼の机には油性ペンでイジメの形跡が残されている。


「園村君……どうしたの、そのチョコレート」


 「今日こそは園村君に本命チョコレートを!」と思っていた咲苗は、両手に大量のチョコレートが入った紙袋を抱えた園村の前で固まった。そして、「誰だ、園村君に色目使った女狐はッ!」と背後に白い夜叉を顕現させて辺りを見渡す。


「いや……ちょっとミスってねぇ、取引先や友人知人に渡すために作ったチョコレートが余ってさ。あまり美味しくはないと思うけど、在庫一掃だと思って食べてもらえないかな? ごめんね」


 と、咲苗と巴に素早くチョコレートの箱を一つずつ手渡すと「それじゃあ」と一言残してまた男女を問わないチョコレートのばら撒きに戻っていった。


「…………巴ちゃん、渡せなかったね」


「……そうね」


「……食べてみよっか」


「……そうね」


 そのチョコレートは、試食したチョコレートのいずれよりも遥かに滑らかで美味しいものだった。ビターとミルクのチョコレートのセットのようだが、嫌味のある甘みもなく、苦過ぎることもなく、口に入れるとスーっと溶けて無くなってしまう。


「…………巴ちゃん、私、チョコレート渡すのやめるよ。園村君にこんなに美味しいものをもらった後で私の中途半端なチョコレートなんてあげられないよ」


「……折角咲苗が頑張って作ったチョコレートだから勇気を出して園村君に手渡してもらいたいとは思うのだけど……流石に今回はやめた方がいいわ。また、来年……頑張りましょう」


 「えっ、咲苗さんのチョコレート!? 食べたいんだけど!!」と群がってくる空気の読めない男子生徒達を一睨みにしてから咲苗と巴は教室に戻った。

 その後、渡すべき人に渡せず、巴と二人で夕暮れの屋上で食べたチョコレートの味は苦く、ほんのりしょっぱい味がした。

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