季節短編 2020年雛祭りSS

雛祭りイベントと身分差二人の両想い

<三人称全知視点>


 蒼岩市立狭間高校の教室にて、一人の男子高校生が野垂れ死んでいた。


「一体どうしたのよ? 何かあったの?」


 普段はその男子高校生――玉梨たまり滄溟そうめいを揶揄っている高峰たかみね麻冬まふゆもこの時ばかりは心配そうに滄溟を見ていた。

 女子バレー部のエースで、美少女でもあることからファンクラブもあるという滄溟のような非モテとは対極にあるリア充だが、幼馴染ということもあって滄溟とは住む世界が違うのにも関わらず交流を持っている。


「…………もう当分はカレーを食べたくない。コンビニも見たくない……」


「一体何があったのよ? どうしたらカレーとコンビニにトラウマができるのよ!?」


 普段は麻冬と交友関係があり、かつ人に嫌われないために当たり障りのないような態度を取ってきたことで女子達から男子扱いされなくなったこともあって、女子達から無害な存在として扱われているため唯一女子の着替えを覗いても咎められることなくスルーされていることから男子勢から絶望的なほどのヘイトを溜めており、これ以上自分の立場を悪くしない為と麻冬を避けているのだが、今回ばかりはその気力もないのか屍状態を継続している。


「本気で死ぬと思った……今ならこのクラスの全員というか学校の全員から殺意を向けられても生温いって思えるかも。アハハハハハ……」


「本当にどうしたの!? どうなればそんな風になるのよ!!」


 ほとんど焦点が合わない目でカタカタと笑う滄溟はかつてないほど恐ろしかった。

 無自覚に麻冬が胸を押し当てているため、クラスの男子達から膨れ上がったヘイトもまるで気にせず死んだ魚の目をしている。


「とにかく、何があったか教えなさい!」


「思い出したくないんだけど……まあ、気になるのも仕方ないよね。昨日、観光客? に声を掛けられてね」


「もしかして、外国人だったの? 滄溟って英語苦手だから仕方ないよね?」


「いや、普通に大倭秋津洲人だったよ? 五人グループで『urban légend』の記者を名乗った陣内ヒロトさんって人と、ヒロトさんの高校時代からの親友だっていう自称江戸帝国大学法学部、京都帝国大学経済学部、大阪帝国大学文学部卒を主席で卒業した天才投資家の胡散臭い影澤照夫さん、その弟子を名乗っている自称女子中学生の木天蓼猫美さん、梓巫女として各地を遍歴しているという自称ネカフェマイスターの沙乙女さおとめ紫恵奈しえなさん、「Abroad Merchandises」という小さな貿易会社の社長をしているっていう院瀬見花奏さん……まあ、そのうち沙乙女さんと院瀬見さんは用事があるからってすぐに消えちゃったんだけどね」


「ところで、『urban légend』って聞いたことがないけど何かの雑誌なの?」


「『urban légend』は拙者達の業界では有名なオカルト雑誌でござるよ!」


 割って入ってきたオタクの男子高校生に「ふーん、そうなんだー」と適当に相槌を打ちつつ、「それで? その人達はなんで滄溟に声を掛けたの? 無害っぽいから?」と尋ねた麻冬。


「よく分からないけど、俺のことを知っていたっぽい? 何故か沢山人がいたのに俺を狙い撃ちしてきたみたいだったからさ。妙なことといえば、陣内さんは例の事件を調べてきたみたいなんだけど、影澤さん達はどうも様子が違って、もしかしたら例の事件のことをあらかた掴んだ上で何か目的があって蒼岩市に来たのかもしれない。……だったら、俺が死に掛けたのも納得がいくからね」


 例の事件とは、「電界接続用眼鏡型端末」をつけていた人が未だ何人も意識不明のままになっているという事件だ。蒼岩市の老舗電脳機器メーカーで蒼岩市の税収のほとんどを賄っていた「蒼岩電機製作所」は責任を追及され、政府機関の電脳局や滄溟達が聞いたこともない大企業が建て直しに尽力している最中らしい。


「いや、自分だけで納得しないでよ。……それで、なんで記者達を案内していた死に掛けるのよ?」


「順番に話していくよ……陣内さんは「電界接続用眼鏡型端末」の関連の情報を調べるために「蒼岩電機製作所」に取材に行くことにしていたらしく、俺はその案内役として声を掛けられたらしい。それにこの市の出身者として何か知っていることがあれば教えて欲しいとも言われたけど、今回の件に関しては多分この学校の中にも真相を知っている人はいないんじゃないかな? かくいう俺もこの事件に関しては報道されているレベルのことしか知らないんだけどね。それで、事件を調べるために「蒼岩電機製作所」に向かおうとしたら……空から四枚の塔の絵が描かれたカードが落ちてきたんだ」


「塔の描かれたカード? ますます意味が分からなくなったわ」


「まさか、「タワー」でござるかッ!? えっ、つまり「タワー」から逃げ切ったってこと!? 滄溟殿は勇者でござるよ!! あの伝説の殺し屋から逃げ切るとか尊敬するでござる!! 異世界から帰ってくるよりも絶対に凄いことでござる!! そんな滄溟殿が無害だなんて天地がひっくり返ってもあり得ないでござる!!」


「ああッ! タロットの大アルカナに属するカードの一枚で、カード番号はⅩⅥ、正位置の意味は破壊、破滅、崩壊、災害、悲劇、悲惨、惨事、惨劇、凄惨、戦意喪失、記憶喪失、被害妄想、トラウマ、踏んだり蹴ったり、自己破壊、洗脳、メンタルの破綻、風前の灯、意識過剰、過剰な反応、逆位置の意味は緊迫、突然のアクシデント、必要悪、誤解、不幸、無念、屈辱、天変地異と、正位置・逆位置のいずれにおいても凶とされている唯一のカードとして有名なあのカードを送られてから一週間以内に必ず「不幸な事故」で死ぬと言われている有名なあの殺し屋だよッ! いいから少し黙ってて、話が進まないッ!!」


「そこまで知っているって絶対に只者じゃないでござるよね! まさか、『urban légend』の読者!?」


「……そこのオタクはほっといて話を戻そう。それで、嫌な予感を覚えながら影澤さん達と歩いていると道の真ん中にカレーライスが置いてあったんだ」


「えっ…………なんでカレーライス? まさか、道の真ん中にカレーライスが置いてあるなんて絶対に怪しいのに拾って食べたりなんか……」


「それが、影澤さんが『やっぱり毒入りやないな。よし、カレーライスといえば福神漬けや。コンビニに買いに行くぞ』って言い出して、そこからコンビニまで向かって走ると、突然工事現場の足場から鉄の棒が降ってきたり、道にバナナの皮が落ちていて危うく転び掛けたり……その先に尖った石があってそのままだったら見事に頭に直撃だったり……パッと見じゃ分からないけどかなり凶悪な罠が仕掛けられていた。影澤さんは『まあ、仕掛けてくるよな。「タワー」』って言っていたからまず間違いなく知っていたんじゃないかな? 寧ろ炙り出すために蒼岩市に来た? まあ、影澤さんと猫美さんは俺にカレーを持たせて何故か「電界接続用眼鏡型端末」に似た眼鏡で何事かしていたんだけど……その時に漏れた言葉がね……」


「……一体何だったのよ」


「これに関しては俺も墓場まで持っていくつもりだったから……俺だって死にたくないんだよ。みんなだって死にたくないだろう? という訳で、向こう側の不手際で俺の殺人予告も解除されたし、もう正直影澤さん達にはお関わりになりたくないね。後でミッシェランの高級チョコレートケーキを奢ってもらったって絶対に割に合わないし」


「よく分からないけど……大変だったのね」


 今回ばかりは気の利いた言葉をかけてあげたいと思った麻冬だったがそれ以上の言葉は浮かばなかった。

 始業のチャイムが鳴り、麻冬はモヤモヤとした気持ちを抱えながら自分の机に戻った。



『ちゅーことがあって、蒼岩市で凛花さんの彼氏に会うて来ましたんや。なかなかおもろい子やったよ。肝が座っとって、聞いとったイメージと少し違うとりましたけど』


 アイドルの全国ツアーの最中、押さえていたホテルの一室で皐月凛花は影澤の報告を聞いて愕然とした。

 凛花の隣にいるマネージャーの木崎きざき紗都美さとみは無表情のまま凛花の背後で控えているが、彼女は滄溟という凛花のファンとSNSアプリの裏アカウントで交流を持っていることに否定的なため、内心では負の感情が渦巻いているのだろう。


「……危険な目には遭わせていないのですね?」


『影さん、報告は後ほど聞かせてもらうからよろしくねぇ。それと凛花さんは安心して大丈夫だよ、流石に死んでいたら…………連中ならサラッと無かったことにして揉み消すか』


「怖いこと言わないでください! ヴィラン……じゃなかった、滄溟君は私にとって……」


「凛花にとっての何なのかしら? 貴方は今やトップアイドルで人気女優なのよ! そんな貴方に一介の冴えない高校生が釣り合う訳がないし、そもそもアイドルは恋愛禁止――」


『そこまでだよ、木崎。悪いけど、君達への投資は今日限りで打ち切りにさせてもらう。ボクは君達みたいに金に目が眩んで、凛花さんを人気アイドルで女優の凛花さんという一面でしか見ていない君達に協力するつもりは更々ないからねぇ。提供した楽曲も著作権はボクのものだけど、まあ人気アイドルで女優だからボク抜きでもやっていけるんじゃないかな?』


「お、お待ち下さい…………凛花と圓さんのタッグだったからこそ、ここまで凛花は活躍することができた。凛花自身の頑張りもありますが、それでもここまで上り詰める事はできなかったと思います。どうか……御慈悲を」


『そこまででええんちゃう? 自分かて何も本気で潰そうなんて思てへんのやろ?』


『いや、割と本気だったよ? ファンを笑顔にするアイドルが、自分が笑えないなんて悲しいじゃないか。そんなことも忘れてしまったなんて、失望ものだからねぇ……ボクとしては凛花さんに自由に生きてもらいたい。自分の好きを貫いて欲しい……だから、ボクは皐月凛花という人間に投資したんだよ。皐月凛花の事務所にはたったの一銭も投資したつもりはない。勘違いも甚だしいよねぇ?』


 紗都美の顔から血の気が引いた。ただ世間話でもするような気楽さで紗都美に、凛花の事務所に死刑宣告をしかけた……幸にしてそれが確定することは無かったが。

 凛花に匹敵する……或いは凌駕する美貌を持ちながら決して表舞台には姿を現さない男の娘――百合薗圓。そのゾッとするほど美しい天使のような容姿が、時に紗都美の目には恐怖の象徴として映る。


 凛花は隠れオタクであり、そのことを隠してアイドルや女優として活動してきたためストレスを抱えていた。そんな凛花のストレスの発散方法がSNSの裏アカウントだった。そこで、凛花――マジdeゴミ野郎はヴィラン……滄溟と出会ったのだ。

 ちなみに、凛花と滄溟は握手会で一度会ったことがあるくらいで、表向き面識がないことになっている。

 唯一、専属のメイクアップアーティスト兼ヘアメイクに無理を言って共にホテルのイベントに参加したことがあるが、滄溟は男装した自分の姿を知っていても、それが凛花であるとは気づいていないだろう。


 ところで、そもそも凛花が何故ヴィランの正体を知っているかというと、影澤と圓が何故か「滄溟=ヴィラン」という事実を知っていたからである。情報源は不明だ。とても情報の入手法を聞けるような雰囲気では無かったため、今も凛花はその話を怖くて聞けずにいる。


『そういえば、もうすぐ雛祭りイベントだねぇ。滄溟さんも決闘倶楽部のギルドマスター、ニンバスとして『Eternal Fairytale On-line』をプレイしているし、折角だから二人でゲーム内デートでも楽しんできたら? 丁度サブアカウントを持っていたよねぇ? 確か、アッシュ君……だったっけ?』


「私がサブアカウントを持っていることは運営側だから分かるとして……どうして、滄溟さんが『Eternal Fairytale On-line』をプレイしていることが分かるんですか?」


『さぁねぇ? 黙秘させてもらうよ』


 圓が笑顔ではぐらかしたのを見て、凛花はこれ以上探ってはならないのだと悟った。


「分かりました。裏アカウントで声を掛けてみます。……『Eternal Fairytale On-line』をやっているか違和感なく聞き出して……それからイベントに誘う……」


『うんうん、人気女優なんだしいけるんじゃないかな? 丁度皐月凛花のツアーもその時期には入っていなかったし……だよねぇ? マネージャーさん?』


「は、はい……ですが、何故それを圓さんが?」


『表側の人間は詮索などせず表側にいつまでも居続けるべきだと思うよ? Curiosity killed the cat……好奇心は猫を殺すっていう有名な諺みたいにねぇ、知らない方が幸せってこともあるから。それじゃあ、楽しいデートをしてくるといいよ……あっ、男の子同士の設定だったか…………反吐が出る』


 最後に今まで見せたことがないほどの嫌悪感を露わにした圓が通信を切った。


「本当にどこに地雷があるか分からない方ですね…………とにかく、圓さんに嫌われたくなければ凛花の自由を縛るような真似はしてはならないと……」


「圓さんの基準はなんとなく分かるよ……最後のだけはどうしても分からないけど。圓さんは優しいんだよ……一人一人に寄り添って、相手を慮っている……やり方が強引だけど、きっと圓さんにはそうするしかないんだ。器用に見えて、案外不器用なところもあるのよね」


 凛花は天上の女神のような理解の及ばない存在の中に、優しい人間味のあるところを見つけたことに嬉しさを感じながらSNSアプリを起動した。



「それで、影澤さん。はどうだった?」


『何も知らんようやった。彼が技師の息子なら少しは情報を持ってんちゃうかって思っとったんやけどな』


 皐月凛花の熱狂的なファンの一人であり、ヴィランという裏アカウントで三千人を超えるフォロワーを誇り、『Eternal Fairytale On-line』では新進気鋭の戦闘系ギルドでギルドマスター……彼ら曰く「総裁」を務める男、玉梨滄溟。

 彼の父は「電界接続用眼鏡型端末」の「脳に対してデータを送受信できるシステム」を開発した技師で、名を玉梨たまり泡松ほうまつという。

 そして、彼は同時に「脳に対してデータを送受信できるシステム」の危険性を誰よりも理解している人物だった。しかし、当時共同研究をしていた研究グループのメンバーや「蒼岩電機製作所」の重役陣は泡松の進言を受け入れず、利益の追求のために邪魔な彼を解雇した。


 現在、林檎農家を営んでいる泡松だが、「電界接続用眼鏡型端末」を掛けていた者達が意識不明になることが多発した事件が起きた際に過去の罪を改めて自覚し、過去の過ちの償いのために圓と交渉――圓に「蒼岩電機製作所」の買収を決意させることとなった。


 圓が、「蒼岩電機製作所」の買収を決意した理由は経営陣や働いている社員のためでは断じてない。

 たった一人――正しい進言をしたにも拘らず利益を追求した会社から捨てられ、それでも過去の過ちの償いをするために、「蒼岩電機製作所」の事件の可及的速やかな解決のために圓に頭を下げた一人の技術者のためだったのである。


 「蒼岩電機製作所」との交渉は進み、まもなく「蒼岩電機製作所」は圓の手に落ちるだろう。


『…………本当にいいのかい? 彼らは貴方を捨てたんでしょう?』


『そんなことは些細なことだ。私は今の林檎農家の生活が気に入っているからな……妻や息子には迷惑を掛けたが……。……君ならこの技術を有効に利用してくれると信じている。……もう二度とこのような惨劇を引き起こしてはならない……この技術を正しく使ってくれることを祈っているよ、圓さん』


 あの日、優しく笑った元技師の姿を脳裏に思い浮かべ、圓は優しく微笑んだ。


「幸せになってもらいたいねぇ、あの技師さんの息子さんには。しかし、凛花さんもそう易々と彼を射止めることは無理だろうねぇ。彼には麻冬っていう幼馴染がいるし、彼女も無自覚ながら滄溟を想っているからねぇ」


『楽しんでんなぁ。しかし、ええのん? 自分も三角関係の渦中やろ?』


「前々から言っているけど、ボクは月紫さん一筋だよ? それに、百合は愛でるものであって割って入るものじゃないからねぇ」



 『Eternal Fairytale On-line』の雛祭りイベントは『乱戦 雛祭りseason.3』という題が付けられたものだった。

 前々回の五人囃子との乱戦、前回の三人官女との乱戦に続き、今回は左大臣・右大臣との乱戦――各地のフィールドに現れるこの二体の特別なモンスターを討伐して菱餅というアイテムを集めるという内容である。


 菱餅はアイテム交換でイベント限定アイテムと交換することが可能だ。また、従魔捕獲愛好家にとっては、今回しか出現しないかもしれない右大臣・左大臣を獲得するチャンスでもある。


 『Eternal Fairytale On-line』の都市の一つで、ニンバスは人を待っていた。

 その待ち人はSNSの裏アカウントで知り合い、親友となったマジdeゴミ野郎の『Eternal Fairytale On-line』における姿――アッシュ君である。


 同じアニメを見ていたり、同じアニソンが好きだったりと趣味が似通っていたため、意気投合して互いに顔も知らぬまま親友となったのだが、まさか『Eternal Fairytale On-line』をプレイしているとは流石のニンバスも驚きだった。


 ニンバスはサービス開始当日からプレイしている古参である。ランキング一位のリーリエに師事していた経験もあり、それが彼の細やかな自慢でもあった。

 『Eternal Fairytale On-line』で双璧を成すアイドルプレイヤーの一人で、『MilkyWay』のギルドマスターである✧Étoile✧と共に根強いファンがいる……が、彼女達に匹敵する美貌を持つ女性プレイヤーでランキング二位のくノ一、夜影のガードが固いため、彼女と言葉を交わす機会に恵まれることは奇跡に等しいとすら言われている。


 アイドルといえば、猫耳のあざと可愛い姫プレイをして人気を博し、『厨二魔導大隊』のサブマスターを務めるchatonに「語尾に『にゃ』をつけるところとか、猫耳なところとかがキャラが被っているから」と(性格は金にガメツイchatonと姫プレイをしている彼女では対極でとても被っているとは言い難いが)と露骨に嫌われている『桜花猫姫』の桜猫が台頭しており、他にも美女や美少女と評される容姿の者も何人かいるが、いずれも二大巨頭には遠く及ばない。


 ニンバスはいつの間にか二大巨頭の✧Étoile✧に、何故か皐月凛花の像を重ねていた……が、決して浮気をする気はないと凛花一人だけのファンでいようと極力意識しないようにしていた。勿論、凛花=✧Étoile✧という事実には気づいていない。


◆アッシュ君

 ごめんごめん、待った?


◆ニンバス

 いや、今来たところだよ?


 まるでデートで待ち合わせをしているカップルのような会話をした二人はそのまま近くの森に向かった。

 今回のイベントの範囲はフィールド全てで、魔物も出現するエリアにはどこでも左大臣・右大臣が出現する。


 途中、桜猫を神輿に乗せて「今回こそ、桜猫様に一番になってもらうのだ!!」「「「「「「おー!!!!!」」」」」」「やめるんだにゃー!!!!」というコントみたいな勝鬨を上げるギルド桜猫親衛隊に遭遇することもあったが、基本的に(凛花にとっての)デートを妨げる者はいない。


◆ニンバス

 しかし、今回は珍しいな。いつもなら、エトワールさんのファンクラブが師匠のギルドと張り合っている筈だけど……。


◆アッシュ君

 そ、そんなに張り合っているように見える……の?


◆ニンバス

 まあ、師匠は別格だから張り合うのはやめた方がいいと思うけど。エトワールさんにはエトワールさんの魅力がある訳だし、路線が違うからね。


◆アッシュ君

 どちらかというと桜猫さんと同じ路線だよね?


◆ニンバス

 桜猫さんは会いに行けるアイドルって感じだけど、エトワールさんはなんか全く別世界の人って感じだからな……まあ、まだ俺の好きな女の子に比べたらまだ手の届きそうな気がするんだけど……。まあ、浮気みたいだからファンクラブにも入会していないからファンですらないんだけどね。


◆アッシュ君

 君って本当に律儀だよね。それで、君が好きな娘って一体誰なんだよ? あっ、二次元の娘か?


◆ニンバス

 …………ズカズカ聞いてくるなぁ。まあ、マジdeゴミ野郎になら教えてもいいか。……皐月凛花だよ。


◆アッシュ君

 皐月凛花ってあの?


◆ニンバス

 ああ……。


◆アッシュ君

 人気アイドルでありながら清純派女優としても活躍していて、朝ドラの主演女優もしているあの?


◆ニンバス

 そう!


◆アッシュ君

 SNSフォロワー数が国内で十本の指に入る、250万人を超える?


◆ニンバス

 そーだよ! ていうか、詳し過ぎね? まさかお前もファ……


◆アッシュ君

 リーリエさんから楽曲提供を受けていて、リーリエさんの裁量ひとつで首が飛ぶっていう、あの薄氷の上のアイドルの皐月凛花!?


◆ニンバス

 いや、最後のどこ情報だよ! ……ってか、やっぱり凄いなぁ……リーリエ師匠。あの人ならこのゲームの運営だったり、大倭秋津洲帝国連邦の経済を掌握していたりしても別に不思議じゃないよな。


◆アッシュ君

 ウン……ソウダネ。


◆ニンバス

 もしかしたら……お父さんを救ってくれたのもあの人なのかも…………って妄想が過ぎるか。


◆アッシュ君

 えっ……お父さんを?


◆ニンバス

 うん……俺のお父さん、蒼岩市の意識不明事件のきっかけとなった技術を作った技師なんだよ。途中から、心のケアのために使える医療技術として使えるんじゃないかって研究をしていたんだけど……その技術の危険性、今回の事件みたいなことになるんじゃないかって危惧していて、それで会社に進言した結果、クビにされちゃったんだ。


◆アッシュ君

 …………そう……なんだ。


◆ニンバス

 俺達家族にとっては嬉しいこともあったんだけどね。あれだけ仕事一筋で家族を蔑ろにしていた父親が俺達のことも大切にしてくれるようになったって……一緒にいられる時間も増えたしね。でも、あの事件のニュースを聞いた時、お父さん罪悪感を抱いて……とても辛そうだった。お父さんの作った、医療技術として役立てたいと研究をしていた技術を奪ったあいつらが勝手に自滅したのはザマアミロって思うこともあったけど……でも清々しくはならなかった。お父さんの望んだのはこんな未来じゃなかったから。……実は将来の夢のためにコツコツと勉強しているんだ。お父さんの夢だった電脳治療ができる医者になりたいから……あんまり頭が良くないから茨の道だけどね。


◆アッシュ君

 ヴィランは凄いよ。夢に向かって頑張っているんだね。


◆ニンバス

 ……俺なんか大して凄くないよ。まだ成れると決まった訳じゃないし、救えるのもほんの一握りだけ……沢山の人を笑顔にして、沢山の人に夢を与えられる凛花さんにはやっぱり敵わない。俺にとっては永遠に憧れの人だよ……憧れのまま終わる人だよ。


◆アッシュ君

 ……。


◆ニンバス

 さて、出てきたみたいだね。左大臣と右大臣、沢山倒して菱餅をゲットしよう!


◆アッシュ君

 ……そう……だね。


 剣による物理攻撃を仕掛けてくる左大臣と、弓矢と魔法による攻撃を仕掛けてくる右大臣は厄介な強敵だったが、所詮はMOBモンスター。たまに「儀仗劒・秘太刀」のような強攻撃を受けて瀕死になり掛けるものの、回復アイテムで押し切った。

 そうこうしている間に四時間が経過、菱餅は千個ぐらいずつ集まった。


◆アッシュ君

 ごめん……そろそろ用事があって。


◆ニンバス

 そうか。今日はありがとな……俺はもうちょっと狩っていくよ。またどこかで一緒に遊びたいな。


◆アッシュ君

 そうだな。またいつか遊びたいな。


 ニンバスはアッシュがログアウトするのを確認すると左大臣と右大臣の討伐を再開し、少ししてから自分のギルドに戻った。


◆ニンバス

 さて、今日もギルドのみんなと遊びますか。


 裏アカウントで三千人を超えるフォロワー数を誇るように、『Eternal Fairytale On-line』では決闘倶楽部というギルドで高い信頼を得ているギルドマスターであるように、彼の本当の自分を慕って集まる人は意外に多い。

 滄溟ではないからこそ、無害キャラじゃないからこそ輝ける自分こそが本当の自分なんだと、滄溟は次第に感じるようになっていた。



「やっぱり、滄溟君って凄いな」


 パソコンを閉じ、大きく伸びをした凛花は自分が決して間違っていなかったことを確認して嬉しそうに笑った。

 自分が好きになった人は、本当に凄い人だった。自分みたいな仮初の幸せを与える人じゃない、万人に笑顔を振りまく存在などではない……ひとりひとりに寄り添って、優しく支えていける男だ。


 彼ならきっとなれるだろう。父が為せなかった夢を叶えることも。


「私は、そんな滄溟君に相応しくなれるのかな?」


 ――凛花の呟きは夜の静けさの中に溶けて消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る