季節短編 2020年節分SS

某年節分:鬼斬と陰陽師と鬼娘による山奥廃村調査の記録。

<三人称全知視点>


 某年の狭義の節分の日、山城国の某所の山奥の断崖絶壁を一台のハーレーが走っていた。

 顔色一つ変えずにV型水冷DOHCレボリューションエンジンを唸らせているのは、美しい濡れ羽色の長い髪をヘルメットから見せている女性であり、その腰には時代錯誤な一振りの刀が鞘に納められている。


 女性の名は千羽雪風。数年前に国から独立した《鬼斬機関》に所属する鬼斬で、かつては「剣姫」や「冷血の鬼斬姫」の異名で呼ばれるほど鬼に対しても一切容赦をしない剣士だった。

 今でもその実力は衰えていないが、気を張っていた以前よりも幾分か丸くなったと雪風自身は自覚している。……もっとも、別の意味で疲れるようになり、いい加減再就職先を考えた方がいいのではと思うようにはなったが。


 そのまま断崖絶壁を進んだ後、雪風は道を逸れて森の中へと入っていった。そして、木に偽装された機械にIDカードを翳し、職場へと続く道を開く。

 地面が振動して目の前の地面が真っ二つに割れ、地下へと続く道が現れた。雪風は別段驚いた様子もなく地下への道を進んでいく。


 その先には巨大な空洞と、豪邸といっても差し支えない巨大は和風建築があった。

 この場所こそ、同じ山城国の地上から移築された《鬼斬機関》の本部である。


「…………今日は面倒なことになっていないといいのだけど」


 期待半分諦め半分という気持ちのまま、ヘルメットを外し、雪風は長い髪を揺らした。

 念のために鍵を閉め、雪風は駐車場から職場へと歩いていく。そして、本部の玄関の扉を開け、長い廊下を進み、多くの鬼斬達が集まる談話室へと向かった。

 そして扉を開けた途端、ビラジン類、ジアセチル等の有機酸とアンモニア臭の合わせ技……足の裏の匂いにも匹敵する臭いが雪風の鼻腔を直撃した。


「……ここは発酵蔵ですか? 職場に来る度に臭い匂いに襲われるのは正直嫌なのですが……辞表の提出も検討しているのですよ? それに、小豆蔲さんも小豆蔲さんですよ! 来る度になんで発酵食品ばかり持ち込むんですか!!」


 スーツの上からでも分かる形の良い大きな乳房と艶かしく括れた腰つき、すらりとして流麗な身体の曲線。すらりと伸びる手足が艶かしいその肢体は過不足ない完璧なプロポーションを誇っている。

 戦人とは思えない淡雪のようは白肌、切れ長の澄んだ瞳を内包する双眸、高い鼻筋、薄く小さな唇という相貌は間近から覗き込めが思わずぞっとするほど見目麗しく、花を恥じらわせ、月も恥じらい隠れるほど美しく整っている。まさに、仙姿玉質。


 そんな雪風の美貌が歪むほどの怒りを前に恐れをなした……訳ではなく、美貌に見惚れたから……でもなく、更に言えば辞表を提出されたら困るからなんとかして説得しよう……としている訳でもなく、「いつも言っているよねぇ……いい加減その辞める辞める詐欺も詰まらなくなってきたよ」という視線を向ける雪風の上司の後を追うように、一斉に納豆を混ぜる手を止めた鬼斬達と燃えるような赤髪を持ち、二本の小さな角を持つ少女のような見た目の鬼が雪風に視線を向けた。


「遅かったな。今日って節分だろ? だから、例の四百二十四回納豆を混ぜるって奴に挑戦しようと思ってな」


「いや、なんでそうなるのよ!! 納豆がなんで節分に関係あるのよ!! 豆は「魔を滅する」邪気払いの力があると言われているけど、それは特殊な力を込めた豆に限られるのよ! そもそも納豆を鬼の小豆蔲さんが食べるって喧嘩売っているの!?」


 更に机の上にはなんの当て付けなのか節分に魔除けとして使われる、柊の小枝と焼いた鰯の頭……ではなく、鰊の代わりに鰯を使った世界一臭いスウェーデンの缶詰が置かれていた。明らかにわざと趣旨をずらした新手の嫌がらせ、あるいは悪意というスパイスが効きすぎた悪戯である。


「……別にそういう意図があった訳じゃないよ。それに、今回はお土産を持ってこなかったし。納豆は常陸国に出張していた圓さんのお土産で、こっちの鰯版シュールストロミングは試しに作ったものを御剣さんに是非ってことで持ってきたみたいだよ」


 雪風の上司で鬼斬機関のトップで鬼斬の棟梁、渡辺満剣にはゲテモノ料理好きという悪癖があった。また、《鬼斬機関》が唯一その存在を認めている赤鬼小豆蔲という女性の鬼も何故か世界中の紛争地域を巡る調停者として活動し、たまに大倭秋津洲に帰ってきた際には必ずと言っていいほどゲテモノ料理をお土産として持ってくる。

 雪風はポンチョとビニール手袋という装備で半ば強引にシュールストロミングを開けさせられ、数日間匂いが取れなくなるという悪夢のような経験をしたことがあった。もう二度と関わりたくないと思っていたが、馬鹿上司と鬼娘は頭がおかしいのか、それとも処理を雪風に任せっきりにした結果それほど被害を蒙らなかったからなのか、懲りずに世界一お関わりになりたくない缶詰を置いている。二人が悪いのか、それとも分かっていて手渡す弟子が悪いのか。


「そういえば、節分といえば『鬼は外、福は内』だよね。場所によっては鬼も内に入れてくれるところがあって、鬼の身としては嬉しいんだけど……『鬼は内、福も内、悪魔外』って口上はあんまり好きじゃないね」


「あ〜、確かに圓のところに下宿しているヴィーネットちゃんっていい子だもんな。健気だし、真面目にしっかり喫茶店でアルバイトしているし……あのホワリエルっていう天使の子の方がダメだろ? ヒモはよくないと思うぜ」


 大幅に脱線する御剣と小豆蔲を前に青筋が増えていく雪風。美人が笑顔のまま怒りを溜め込む姿が恐ろしいからなのか、元々雪風が怒ると怖いことを知っているからなのか、納豆を混ぜる手を止めていた他の鬼斬同僚達が一斉に納豆の皿を机に置いた。

 ちなみに、鬼斬が討伐してきた生まれついての鬼の方には天使や悪魔も分類される。もっとも、《聖法庁ホーリー》の大倭支部画配置されるようになってからは天使と悪魔は対象に外されたが。

 悪魔討伐は長年魔女と敵対してきた《聖法庁ホーリー》の領分だ。それに、圓が神界と繋がりを持った今、迂闊に手を出せばそれこそ百合薗グループという大倭秋津洲においては三本の指に入る敵対してはならない者達と敵対することになってしまう。一度徹底的にボコボコにされた《鬼斬機関》は仕事の両分をしっかりと弁えて行動しているのだ。


 《鬼斬機関》の討伐対象は近年では人から成った鬼、それも害意があるものに限定される。

 小豆蔲のような種族的な意味での鬼、ファンタジーに登場する精霊種族、亜人、魔族などの生まれついての鬼に関しては観察や事情説明を経て、害意がなければ放置またはそれぞれに対して適切な対処を行い、人間に対し害意を持つ場合は討伐するということがマニュアル化されている。


「それで、本日私が朝早くから呼び出された理由は納豆を食べさせるためだったんですか? それとも、シュールストロミングを開けさせるため?」


 「そんなことのために私は《鬼斬機関》で働いている訳ではないのですが」と鋭い視線を向ける雪風。

 このように朝から呼び出される羽目にならなければ今頃優雅な朝食を摂ることができていた筈だ。危険な討伐対象がいるのならともかく、危険物シュールストロミングを開けるために呼ばれたというのなら「それは業務外です」と言って即時帰宅してやるつもりだった。


「……あー、ちゃんと任務だよ。全く……場を温めてからにしようと思っていたのにさ……………………圓が出張帰りに寄るついでに一つ俺達に依頼をしていってな。雪風さんと俺をご指名だ……まあ、あいつからしたら俺達が馴染みの鬼斬だからな」


 「圓ってお土産を渡すためだけに山城国に来るような奴じゃないだろ?」とそんなことも分からないのかと視線を送る御剣。その態度にイラッとした雪風だが、鬼と敵対している時以外の上司がクソ野郎なのはいつものことなので面倒を避けてスルーする。


「それで、いつものように帰国して顔を出しに来た小豆蔲さんに話したら興味を持ってな。……今回のは人が成った鬼……ではあるんだが、実体を持った奴じゃどうやらないみたいなんだ。所謂強力な残留思念……魂の方は天に召されているらしいが、魄の方が強力に残っているらしくてよ。依頼を持ち込んだ圓の方も協力したかったみたいだが、例の蒼岩市の事件の対処があるみたいで、こっちまで手が回らないんだそうだ」


「あのニュースになっていた事件ですね。「電界接続用眼鏡型端末」をつけていた人が未だ何人も意識不明のままになっているとか……私もこの目で確認しに行ったのですが、魂が抜け落ちていたように見えました。圓さんによると電脳体の部分に魂が乗っかったままだから今頃は「Bブルー.ドメイン」の中を彷徨っているということでしたが……それって一種の幽霊ですよね」


「まあ、だろうな。ただ、波長が違うから俺達が対処するような話にはならないだろうさ。「電界接続用眼鏡型端末」を使わなければそもそも認識できないし、徘徊しているのも「Bブルー.ドメイン」の中なんだろ? まあ、それこそ政府に新設されたっていう電脳局の仕事だろ? 俺達までそっち関連の仕事は回ってこないだろうし、圓が着手しているならなんとかなんだろうしな。すぐに意識不明者も目を覚ますだろうよ」


 圓に対する過剰な期待のようなものが見えるが、実際あの少女の如き少年は化け物染みているので一度決めたことは絶対にやり遂げることを御剣達は理解している。

 御剣は「この話は終わり」と簡単に切り上げ、本題となる依頼書を雪風に手渡してきた。


 依頼書の内容は要約すると「大和国の山中に廃村があり、そこから残留思念が半ば悪霊化して徐々に範囲を広げている。圓自身は悪霊の方ではなく、それがもたらされた根本原因の方に興味があるが、残念ながらなかなか手が離せないので餅は餅屋にお願いしたい」ということになる。


「怪異……悪霊の対処じゃなくて、根本原因の究明のほうが重要なのね」


「ああ、その示されている地域ってのが『urban légend』が少し前に特集していた陰謀論――秘密結社・呪ノ智慧研究会の拠点の一つなんじゃないかってことらしい。俺も正直あの雑誌は信用ならないって思っているんだけどな」


 『urban légend』は「株式会社・學泉」が発売している怪しげなオカルト雑誌だ。神聖三百人委員会セイント・オリンピアンズや「タワー」といった陰謀論の中枢に深く切り込んでおり、一部には根強いコアなファンはいるものの、やはり扱っているものが扱っているものだけになかなか売上が上がらないという噂がある。


「……あそこの記事は他のオカルト雑誌よりは信用してもいいって圓さんは言っていたよ。……でも、編集長さんは信用ならないって言っていた。調べても過去の経歴が分からないみたいだからね。神聖三百人委員会セイント・オリンピアンズや「タワー」も実在しているし、二つとも圓さんと影法師シルエットさんが追っている……って、圓さんが言っていた」


「あ……そうなのか。まあ、そういう連中と鉢合わせになることはないだろうし、別に念頭に置いておかなくてもいいだろう。……それじゃあ、出発するか? 何故か時間指定もされているしな」



 山奥に隠されたヘリポートから出発し、御剣、雪風、小豆蔲の三人は大和国に入り、そこから目的地となる山の麓に降り立った。

 何故か依頼書には麓にある喫茶店に行くようにと書かれていたのだ。


 喫茶店は「Kaffeebrise」という名称で、黒リボン、カッターシャツに黒のスカート、ベスト一体型のエプロンといったオーソドックスなカフェの制服を着た女性が一人で経営しているようだった。


 店内はカウンターと五つの席というこじんまりした形になっているようだ。

 そのカウンターには二人の男女が座って珈琲を嗜んでいる。


「よっ、お前達も呼ばれてきたのか?」


「お久しぶりです、皆様」


 席に座っていた黒スーツの男とレディーススーツを着た赤縁眼鏡の女性はどうやら雪風達と同じ目的で集められたらしい。


 黒スーツの男の方は桃郷清之丞、大倭秋津洲帝国連邦で強大な力を持つ財閥の一つ桃郷財閥の創業者一族の当主で大昔に鬼ヶ島に渡って鬼を討伐したという桃郷とうごうの太郎たろうを祖先に持つ男で、祖父の代で「鬼とは徹底抗戦」という方針だった当時の《鬼斬機関》と対立して抜けたが、今でも鬼斬りの技を完璧な形で継承している。


 レディーススーツを着た赤縁眼鏡の女性は土御門遥。平安時代の陰陽師で源平動乱時代から陰陽寮を統括している安倍氏流土御門家の祖、安倍晴明の直系の子孫で、数年前に民営化した陰陽寮のトップである。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


「そうだな……おススメはなんだ?」


「ブルーマウンテン、千二百円。コピ・ルアック、一杯三千円。ブラック・アイボリー・コーヒー、一杯三千五百円……この辺りがおすすめですね」


 さらりと高価トップスリーを出してくるマスター。


「なかなか面白いものを揃えているね。本場で飲んだことがあるけど、もしかして直接仕入れているの?」


「いえ、前任者のマスターは自分で入手ルートを持っていたみたいです。ただ、私は常連で通っていたところ跡を継がないかと言われて修行している間に師匠がぱったり逝っちゃいまして、当時の入手ルートについては闇に葬られてしまいました。まあ、師匠の美味しい珈琲の淹れ方は教わっていましたのでご贔屓にはしてもらえているんですけどね。この珈琲は皆様もご存知の百合薗グループにお願いして、提携している貿易会社から卸してもらっています。あっ、改めまして、翠山みどりやまあかねです。圓さんと影澤さんの友人で、喫茶店のマスターと副業で小説家と漫画家をやっています」


 ニッコリと笑いながら雪風のスカートを覗こうとする茜だが、色々と規格外な圓と嘘か誠か滅亡の危機から二度人類を救っているという影法師シルエットの友人となれば只者ではないだろう。


「……ナチュラルにスカートを覗こうとするのやめてください」


「あっ、すみません。いつもの観察の癖で……。でも、女の子同士で学生の頃に胸を揉み合っていちゃついたことってありますよね? まあ、それと似たようなものだと思って」


「はい、そうですか……ってなる訳ないでしょう!?」


 雪風が手刀を繰り出そうとして……目の前から茜の姿が消えていることに気がついた。

 いつの間にかカウンターに戻っていた茜が嫌味のない笑顔を浮かべている。


「それで、ご注文はどうなされますか?」


 何もなかったように話を戻され、憮然とする雪風であった。



「秘密結社・呪ノ智慧研究会の拠点ですか? ええ、確かにこの山中の廃村を拠点の一つにしていたみたいですね。流石に麓までは降りてこないとは思いましたが、念のため知り合いの梓巫女さんにお願いして霊の類を寄せ付けない結界を張ってもらいました。まあ、生きている鬼には効果がないようですけどね」


 流石に何も飲まないまま退出するのは悪いだろうということで当て付けに一番安いアメリカンコーヒーを頼んだ雪風達は、先に到着していた清之丞、遥と情報の共有を行うことにしたのだが、珈琲を淹れていた茜が割って入った。やはりこの喫茶店を指定しただけあってセクハラ紛いのマスターも何やら事情を知っているらしい。


「梓巫女ですか……残っていたんですね」


 梓巫女とは特定の神社に属せずに各地を渡り歩いて託宣や呪術を行っていた巫女のことだ。明治時代に途絶えたという話を遥は聞いていたが、どうやらごく一部が残っていたらしい。


「まあ、あの人は一日の大半をネカフェで過ごしていて、梓巫女として働いている時間は週に何日もないみたいですけどね……お金もどうやって稼いでいるのやら。なんでも並外れた幸運で富籤を当て続けて総資産が影澤さんの半分くらいにまでなっているらしいですが、影澤さん並に胡散臭いのでどこまでが本当なのか……」


(((((……うわ、生臭巫女だ)))))


「流石にその梓巫女さんも調査は厳しいということで結界を張ってネカフェ巡り……じゃなかった、遍歴に行きました」


 調査を断念した……ということは、調査自体に行ったのだろう。その上で断念したとなれば、今回の調査対象はそれだけ危険な相手ということなのだろう。より一層警戒を強め、珈琲代を割勘で支払うと雪風達は「Kaffeebrise」を後にした。


「しかし、楢山節考の映画に出てきそうな山だな……まあ、楢山は信濃国の山だが」


「ついでに言うと、あの物語は明らかなフィクションですからね。当時も年寄りの権力は強いものでしたし、置いてきても自力で戻ってくる老人を山に背負っていくよりも、放っておいても勝手に死ぬ胎児を放置したり、人工妊娠中絶で水子にする方が口減らしの方が楽だもの……まあ、悪しき風習よね。あの頃は鬼の数も段違いに多かったと思うわ……まあ、現代は現代で質の悪い鬼はいるのだけど」


 勤子内親王の求めに応じて源順が編纂した『和名類聚抄』には「鬼は物に隠れて顕わることを欲せざる故に俗に呼びて隠と云うなり」とある。「オニ」とは「隠」の訛りであるという説もあるとのことだ。

 それを当て嵌めれば、咎められることを恐れ、隠れてイジメを行う者達も、それを見て見ぬフリをして群衆の中に隠れる者も、ある種の鬼であることになる。顔の見えない場所で、匿名であることをいいことに陰湿な口撃を加えることが可能なSNSというツールは鬼の溜まり場となることも少なくはないのだろう。


 まあ、最終的には鬼は人に仇なす人ならぬもの、または歴史の勝者にとって都合の悪いものの総称となって行くのだが。そうして都合が悪い者達が隠され、鬼として討伐される……人側に悪意があり、罪のない鬼が生まれるのなら、その鬼を討伐する鬼斬とは果たして何なのか? 圓と出会い、ただ鬼を殺すことが鬼斬の使命だからという思考停止をやめた雪風にとっては大きな問題となっている。


 山を登って行き、目的地に近づくにつれ、白い靄が立ち込め始めた。それに合わせて体感温度が下がり、肌寒くなる。

 叩きつけられるような生への執着、嫉妬、領域を侵す者への怒り、明確な殺意。

 その負の感情から来る呪いは強大ではあるが、雪風を含めてその程度の邪眼や魔眼でやられるような鍛え方はしていない。


「…………つまらないね」


 赤い闘気と紫色の妖しい妖気を立ち上らせた小豆蔲が、二本のサバイバルナイフを構え、地を蹴って加速した。


「こっちだよ? ついて来られるかな? ほら、こっちだよ? それじゃあ効かないよ? ほらほら、どんどんいくよ? 追いつけるかな?」


 赤い迅速闘気が地を蹴って加速するごとに勢いを増し、全く別の力へと昇華していく。

 後に神速闘気と名付けられ、神攻闘気、神堅闘気と共に武装闘気とは別の新たなる極地として語られることになるその力によって音速を超えた小豆蔲はジグザグに霊の群れを進み、抜けた先で立ち止まった瞬間、紫色の傷を負った霊達が一瞬にして消え去った。


「相変わらず速いな。目で追えなかった」


「お褒めに預かり光栄だよ……しかし、数が多いだけの木偶の坊だね、これじゃあ。一流の鬼斬や陰陽師が出る幕はないかもしれないね? それ」


 寄ってきた霊を一撃で仕留め、「麻痺」の性質が付与された紫の妖気を放って霊達の動きを止めた小豆蔲が、再び神速のジグザグ攻撃を叩き込む。


「これじゃあ、本当に全滅させそうだな。……それじゃあ、俺も暴れさせてもらうぜ。小豆蔲さん、離れておいてくれ」


「――了解。お手並み拝見といこうか」


 愛刀、太刀銘備前国長船住兼光を鞘から抜き払った清之丞が太刀に霊力を行き渡らせた。


「桃郷一刀流壱之太刀・桃式山崩し!」


 そして、清之丞が太刀を振りかざした瞬間、太刀を覆い尽くすように霊力が伸び、巨大な大剣と化して地面諸共霊を両断――浄化する。


「まだまだいくぞ! 桃郷一刀流二之太刀・桃式十字斬!」


 続いて空中に縦の斬撃を放ち、あえて留まらせた霊力の斬撃に勢いよく横の斬撃をぶつけて十字の霊力の斬撃を放った。

 斬撃が重なり合うのと同時に高密度に送り込まれた霊力は斬撃が放たれるのと同時に爆発――巨大な十字架と化して幽霊を纏めて浄化する。


「……これは《鬼斬機関》の棟梁として負けていられないな。渡辺流雷ノ型・霹靂之抜刀」


 霊力が雷の性質を帯び、発生した磁気の反発を利用して高速の斬撃が放たれた。

 浄化の性質を持つ雷を宿した髭切りの太刀が刀身で霊を切り裂き、更に空気の絶縁を破壊した稲妻が命中した霊を浄化する。


「渡辺流火ノ型・劫火之太刀」


 続いて霊力の性質を燃え盛る炎へと変え、振りかざされた刃渡り二メートルを超える炎の剣が一直線上に霊を焼き尽くした。


「千羽鬼殺流・太歳」


 雪風が木星の鏡像となる仮想の惑星の名を冠する鬼斬の技で霊力を溜めて放出し、暴風を起こした。威力や微妙な性質変化コントロールこそ霊力の性質変化に秀でた渡辺流の奥義「颶風鬼砕」に劣るが、それでも有象無象の霊を討伐するのには十分なようで、瞬く間に浄化されていく。


「おっと……残念そっちは虚像だ。渡辺流水ノ型・湖畔月影ってな。渡辺流水ノ型・洌流之太刀」


 水に性質変化させた霊力に自らの姿を写し、虚像に攻撃させた御剣がニヤリと笑い、水を纏った剣で霊を両断した。


「渡辺流風ノ型・風刃飛斬」


 続いて霊力を風へと性質変化させ、鎌鼬のような斬撃を二、三度放って遠くの霊を切り裂く。渡辺流の十八番は渡辺流の奥義が「颶風鬼砕」であることからも分かるように風への性質変化であり、斬撃に纏わせた霊力に鋭い風の性質を付与することは造作もないのだ。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」


 一方、遥は両手で手印を結び邪悪なものから守る力に変換する剣印の法で身を護った上で、片手ずつで手刀を作り、空中に四縦五横の格子を描く破邪の法で霊達を浄化していった。

 更に剣印の法が解けた場合に備えて「護光結界」も展開している。物理防御と邪を払う効果を持つ結界を通り抜けることはこの辺りにいる有象無象の霊には不可能だろう。


「キリがねえ。ここは一旦突破して進むぞ! 桃郷一刀流奥義・浄土桃斬」


「渡辺流奥義・颶風鬼砕ッ!」


「千羽鬼殺流・歳星――九頭蛟」


「吾是天帝所使執持金刀。非凡常刀。是百錬之刀也。一下何鬼不走、何病不癒。千妖万邪皆悉済除。灼熱赤符――急急如律令」


「苦し抜きに倒してあげる。斬る、どんどん斬る、切り崩す、こっちだよ? これならどうだ! ちょっと本気出すよ? 斬る、どんどん斬る、切り崩す、切り拓く、素早く斬る、滅多に斬る、矢鱈に斬る、滅茶苦茶斬る!」


 清之丞が浄化の性質が付与された霊力を纏わせた武器で斬撃を放ち、御剣が鋭い風の刃をイメージした霊力を武器に宿し、勢いよく抜刀して横薙ぎすると同時に爆発させて周囲全てを斬り捨てる。

 雪風が霊力を水に変換して生み出した九つの頭を持つ蛟で霊を食らい纏めて浄化させ、遥が鞘から抜き払った白刃に「刀禁呪」を掛けた上で火属性の陰陽五行エネルギーを込めた霊符を貼り、炎の斬撃を放った。


 そして、四人の間を縫うように走り、「麻痺」の性質が付与された紫の妖気を周囲に放ちながら音速に到達した小豆蔲が圧倒的な速度で接近し、猛烈な速度で嵐のように放つ連撃である「烈刃嵐撃-滅茶苦茶斬る-」でフィニッシュを決めると、そのままモーゼの海割りのように開けた道を小豆蔲を先頭に抜けていく。

 その先にあったのは小さな廃村だった。



「一体この村で何をやっていたのかしら?」


 ごく普通の、忘れ去られた廃村……何故そんな場所にこれほどの霊が溢れているのだろうか?

 雪風達はそれぞれ村を探索することにした。

 何故か、村の外よりも霊の数が少ない。これなら問題なく探索は可能だろう。


 遥によってそれらしい情報がもたらされたのは調査開始から十分後のことたった。


「…………ここが、秘密結社・呪ノ智慧研究会の拠点であることは間違いないわね。でも、相互確証破壊? の目的で呪いを開発していたってどういうことかしら?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げる雪風。


「相互確証破壊とは核戦略に関する概念・理論・戦略で核兵器を保有して対立する二ヶ国のどちらか一方が、相手に対し核兵器を使用した場合、もう一方の国が先制核攻撃を受けても核戦力を生残させ核攻撃による報復を行うというものだね。これによって、一方が核兵器を先制的に使えば、最終的に双方が必ず核兵器により完全に破壊し合うことを互いに確証するということになる。まあ、一種の核戦争を防止する方法だよ。結末を知っているのに殺し合う馬鹿はいないからね。……この大倭秋津洲という国にも核兵器はある。でも、化野さんはたった一人で不可能とされていた反物質爆弾の量産に成功してしまった。民間が世界一の兵器を持ってしまったのだから、国としては何らかの対抗手段を持っておきたいと考える……そのために反物質爆弾に対抗可能な手段を考えて、そして呪いに行き着いたんだろうね」


 呪術の専門家といえば、邪馬財閥の創業者一族の現当主の邪馬凉華が挙げられるだろう。

 詳しい資料解析も彼女に委ねるべきだと判断したが、その前に自分達でも調べておこうと机に乱雑に残された資料を確認する雪風達。


「どうやら、事情を隠してアルバイトで何百人、何千人と集めたようね。コトリバコ、蠱毒……とにかく様々な実験を重ねてナニカを作り上げようとした? 既存ではない呪殺兵器? それを完成させるのが政府の目的であったみたいだけど」


 だが、出資者には未来理科学コーポレーションの名も挙がり、研究員名簿には黒澤大学の学生や講師の名前も見受けられた。中には例のオカルトサークルのメンバーの名前もある。

 政府とは別にオカルトサークル……より正確には瀬島奈留美の思惑があったとしたら。


 ここまでの犠牲を払い、隠された実験――その果てで奈留美が呪い殺そうとした人間は一体誰なのか?

 雪風達はその後、その村を徘徊していた霊達を全て浄化して資料を持って下山。清之丞に資料を託してそのまま普段の仕事に戻ることになる。


 しかし、その後味の悪い謎の事件は雪風達の記憶に残り続けた。

 瀬島奈留美がたった一人の人間を殺すための人型呪殺兵器をお披露目する、数年前のとある節分の日のお話である。

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