Act.4-32 ブライトネス王国大掃除計画 scene.1 下

<三人称全知視点>


 緑霊の森の国民投票から一週間と三日が経過したその日、ラインヴェルドはブライトネス王国の全ての貴族を王宮に召集した。

 国王の勅令となれば貴族達は参加せざるを得ない。もし欠席などすれば王族への忠義が疑われることになってしまう。


 ブライトネス王国がこの一帯を統一する以前は群雄割拠の時代が続いていた。小国が乱立し、沢山の王が勢力圏を広げるべく争いを続けた結果、多くの血が流れた。

 当時、小国のとある村の出身だったラインヴェルドの遠い先祖は、小国の王の圧政から村を救うために立ち上がり、最終的にその一帯を統一してブライトネス王国を建国した。ちなみに、その祖先と契約を交わし一帯統一へと導いた魔法使いの女性は最終的に祖先と結ばれて、その後も祖先を補佐したという。


 ブライトネス王国の貴族位や領地は全て王家が与えたものである。時代を経て幾らか風化したといってもその事実が変わることは無かった。

 あくまで王族が上というピラミッド構造は建国当時と変わらないのだ。通常の状態であれば王族には貴族の爵位や統治権を取り上げることはできる……まあ、その結果に異議を唱え、ブライトネス王家と全面戦争を繰り広げて勝利すれば統治権と爵位を取り戻すことはできるが……更におまけでブライトネス王国の領土と王位も手に入る。……おまけと本体が逆転しているような気もするが。


「よく集まってくれた。早速で悪いが本題に入らせてもらう。最近、この世界で様々な異変が起きていることは知っているだろうか? ゲートウェイと呼ばれる謎のゲートの出現……これもまた、その一つだ。アネモネ、という冒険者の迅速な報告で幸いこちらは後手に回らず報告を受けた冒険者ギルドも早期に冒険者達への周知徹底を行うことができたという。それ以前から出現している大迷宮ダンジョンと同様にこれは世界の異変と言わざるを得ないだろう。我々の預かり知らぬところで、我々の命を脅かすかもしれない異変が世界各地で起こっている。そこで、だ。我は情報の効率的な入手や危機へと一早い対応のためにエルフを初めとする、この世界において亜人族と呼ばれている者達……また、将来的には魔族をも視野に入れた巨大な協力関係を作り上げたいと考えている。これは元々我の悲願であった。容姿が違うというただそれだけの理由で、人間至上主義を掲げ、他の種族を蔑ろにするということ自体、我には理解できぬ思想だったからな。協力関係を作る目的は最初こそ異変に対する一早い対応ではあるが、将来的には経済、文化などの様々な分野でも交流を持ち、両者にとって刺激のある関係を築きたいと切に願っている……が、現状では残念ながら我の悲願を果たせそうにない。この中に、我が国で非合法とされている奴隷を取引しているものがいるようだ。そして、その大半を占めるのが亜人族だという……全く、実に残念な話だ。我が忠臣の中にそのような悪事に手を染めているものがいるとは……実に情けない」


「――失礼ながら国王陛下! 亜人族差別は天上光聖女教もお認めになられております!! 今更何を仰るのですか? 国王陛下も黙認なされておいででは無かったですか!」


 「あくまで黙認してきた国王も同罪でないか」と矛先を国王自身の黙認に切り替える非合法の奴隷制の中心核であるヴァドセトス=ディルオンズの姿に、ラインヴェルドは内心確信を持った。


「ああ、確かに我は黙認してきた。その見るに耐えない惨状を目の前にし、ずっと堪えてきた。我側にお前達を糾弾する大義名分が残念ながら無かったのでな。だが、この世界の異常事態を前に下らぬ内輪揉めをしている場合ではない。天上光聖女教も亜人族差別に対して考えを改めたようだ。最早お前達に味方をするものはいないぞ」


「な……なんのことでしょうか?」


「惚けても意味はありませんよ、ディルオンズ侯爵。今回、亜人族受け入れのために我々は調査を行いました。その結果、奴隷商と取引をしていた貴族のリストを作成することができております。僭越ながら読ませて頂きます」


 ちなみに奴隷商人達の断罪は既に終わっていた。それぞれ、相応の罰が下され、商売を指揮して甘い汁を啜っていた上層部の者の大半が鉱山送りか死刑となっている。これまで多くの者達の人生をめちゃくちゃにして来たのだ。情状酌量の余地はない。


「この中で自己申告と今後は奴隷の扱いを一切しないと約束する者には情状酌量を行います。周りに流されただけという方もいるでしょうからね。その方々も罪は罪ですので、なんらかの形で償って頂くことになります。奴隷の方々のアフターケアはこちらで行いますのでご安心を。貴方方に任せたら万が一がありますので。ただし、この決定に逆らう者、従うフリをする者に対しては領地没収と爵位剥奪を執行させて頂きますのであしからず」


 冷ややかな双眸をアーネストは奴隷を利用していた貴族達に向けた。


「我はディルオンズ侯爵であるぞ! こんな横暴、許されてなるものか!!」


 ヴァドセトスに共鳴して一部の有力貴族達が謁見の間から去って行った。


「彼らは領地没収と爵位剥奪で決定ですね。まあ、彼らは王国の決定に従わないでしょうが」


「そうだろうな。だが、その領地は爵位はブライトネス王家が与えたものに過ぎない。王国の決定に歯向かうのなら取り返さなければならんな」


 ラインヴェルドが凶暴な暴君の笑みを一瞬見せ、アーネストが内心で頭を抱えた。もっとも表情に一切出さないが。


「さて、そろそろ本題に入るとしよう。既に王国の使節団はエルフの緑霊の森と交渉を終え、国交を結ぶ準備は整えた。とはいえ、課題もある。差し迫った問題は、エルフが苦手とする卑金属が貨幣として使われていることだ。それでは、エルフとの経済的な交流はできない。そこで、だ。この問題を解決する方法を提案してきた者がいる。話を聞いてから採用するかどうかを考えようとこの場に呼んだ。……入室を許可しよう」


 謁見の間の扉が開き、カコン、カコン。と、ヒールの音が響き渡る。

 純白のブラウスにネイビーのタイトスカートのレディーススーツを着てヒールを履いた銀髪の美女は貴族の列よりも遥か後方で跪いた。


「面をあげよ」


 江戸的な作法では仮に面をあげるよう声をかけられても、主君を直視することはありえないのだが、この世界は異世界であるためそのまま顔を上げるアネモネ。

 絶世の美貌を持つ女性はいやらしさのない笑みを湛えたままラインヴェルドと対峙する。


「我が国だけではなく世界各国で使用されている硬貨。これを使わずしてお金をやり取りする方法とはいかなるものか、申してみよ」


「畏まりましたわ。……私はブライトネス王国で紙幣というものを発行してはいかがかと思っております。幸い、我が商会は高い印刷技術を持っております。これは他の商会にはないウリと言えるでしょう。ただし、そのまま紙幣を発行したところで信用がありません。そこで、紙幣を硬貨と交換できるということにするのはいかがでしょうか? いつでも硬貨と交換できるとなれば紙幣は硬貨と同等の価値を有することになります」


「なるほどな。……して、二つほど質問させてもらいたい。ビオラ商会は我々が緑霊の森に使節団を派遣したことや貨幣の問題の解決方法を模索していることをどこで知った。そして、ビオラ商会はブライトネス王国にどのような対価を求める。まさか、印刷技術を無償で提供するとは言わんだろう?」


「一つ目の質問にはお応え致しかねますわ。商人とは情報が命でございます。それをいずこから手に入れたのかということは例え国王陛下のご要望であるとしても開示することは致しません」


「貴様、さっきから聞いておれば平民の分際で!!」


 貴族の一人がアネモネに殺意を向けたその瞬間、謁見の間の一角――カノープスがいる辺りで猛烈な殺意が膨れ上がった……と思われたが、アネモネがそちらに一度視線を送るとさっきまでのピリピリと張り詰めた空気が嘘のように消え去った。


「構わん。……相手が新参の商人であることを理解したうえで我はアネモネをこの場に呼んでいる。多少の無礼は許そう。それで、対価として何を求める」


「国王陛下の構想する全ての種族が共存する世界――私も素晴らしいものと感じております。そのために尽力することができるというのは至上の喜びですわ。そうでございますね……ビオラ商会の名を頭の片隅にでも留めて頂ければ恐悦至極にございます」


「欲がないな、アネモネ。良かろう――今後はビオラ商会とも取引をしようではないか」


「ありがたき幸せにございます」


 という、事情を知る者達にとってはつまらない三文芝居に付き合わされたディランは「ああ、アクアに会いたいな」と逃亡癖を発動させそうになっていた。



<一人称視点・リーリエ>


「アハハハハハハハハハ、超ウケる! マジウケる! ヤベェ、腹が捻れるゥ! アハハハハハハハハハ」


 大勢の人が一斉にどっと笑う様子を意味する言葉だから一人が笑う場合には使用が躊躇われる「爆笑」だけど、それを使いたくなるくらい抱腹絶倒しているクソ陛下……じゃなかった、ラインヴェルド。


「アハハハ……ハハッ……痛ェ。……ともかく、終わったな。これで、亜人族に対する差別や奴隷を扱うことに関してはこの国では犯罪ということになった訳だ。そのルールに反する者から領地や爵位を剥奪できるようになった訳だし、それでもなお悪しき風習を引き摺るようなら、それ相応の罰を受けることになる。まあ、国家転覆を狙ったら狙ったで殺される訳だし、相変わらず物騒な国だな」


 そうやって物騒にしている元凶って間違いなくラインヴェルドだよねぇ、この独裁者が……と思ったけど、大人なので口にはしない。まあ、彼には彼なりの正義や理想っていうものがあってそれに向かって頑張っている訳だからねぇ……やり方は間違っているけどさ。


「それに、これで王家とビオラ商会も正式に取引できるようになっただろ? これまでなら新参者の礼儀のなっていない庶民っていう扱いになっていただろうが、俺が認めたんだから他の連中も文句は言えねえさ。まあ、その正体は公爵家の令嬢――今はまだ正式に爵位を持っていない訳だが、お家の権力は大公家を除けば対等か格上っていう高貴な身分のお方だからな。……まあ、権力を笠に着るタイプじゃないから関係ないか」


 大公家は王族の分家の家系が該当する爵位で、今の時代だとバルトロメオの他に四家……併せて五摂家なんて呼ばれているんだよねぇ。一応設定集では設定していたけど、本編ではバルトロメオしか関わって来なかったからねぇ……。


「それで、今後の話なんだが……まず、エルフに関してここからは政治家の領分だからな。ここら細かい打ち合わせを族長と進めていくから、そっちは心配しなくていい。ビオラ商会の交易の方はそっちで勝手にやってくれ。あっ、造幣のやり方は後で教えてくれよな。……で、反乱を計画中の貴族に関しては【ブライトネス王家の裏の杖】を動かすつもりだし、【ブライトネス王家の裏の剣】も動くだろ? ってことで、極夜の黒狼が動く必要はないから安心してくれ。で、だ。ここからはブライトネス王国の国王としてお願いしたい。これで条件が整った訳だから、獣人族だけではなく他の種族にも国交締結の話を国の代表としてしてもらいたいんだ。そのついでにフォルトナ王国で起こるクーデターについても未然に防いでもらいたい。……そうだな。ローザには俺の娘――プリムラの専属侍女としてしばらく働いてもらいたいからな。十歳から十五歳まで貴族令嬢に行儀見習いとして王宮に務めさせるっていう文化があっただろう? あれを入り口にして、俺が王女宮筆頭に任命すれば何の問題もないだろ? 優秀な奴が出世するのは当然のことなんだからな」


 なんかどんどん決まっていくねぇ……。しかし、乙女ゲーム『スターチス・レコード』のライバルキャラで肉饅頭の異名を持つデブスの王女……しかし、もし痩せれば絶世の美少女か……クソ陛下もボクの扱い方が分かっているねぇ。


「ボクはブライトネス王国に仕えて一生を終える気はないからねぇ。確かに超絶美少女も見てみたいし、暫くなら付き合ってあげてもいいよ。……ただし、これまで通り自分のやりたいことはやらせてもらうし、王族の操り人形になるつもりは更々ない。それだけは承知しておいてねぇ」


「俺はお前を操り人形にしたいとは思ってねぇよ。信頼できる友人として頼みてぇんだ。……俺の親友とその家族を救ってくれ。俺の娘を幸せにしてやってくれ……多分俺じゃあプリムラはゲーム通りに育っちまうからな。お前みたいな同世代の奴が近くにいた方がいいと思うから、俺の分までプリムラを頼む」


 なんだかんだでいい父親だよねぇ……破天荒だけど、ちゃんと立派な父親ではあると思うよ。……破天荒だけど。


「分かったよ。これから七年以内に他種族との国交樹立とフォルトナ王国諸問題の解決できるように頑張ってみるよ。友達・・の頼みじゃ断れないからねぇ。……毎回利用されているみたいだけど、ボクって甘いのかな?」


「……俺の掌で踊っていると見せかけて、俺を踊らせていることも結構あるだろ? お互い様じゃねえのか? ……まあ、嬉しい話だけどな。俺と対等な態度をしてくれる人ってなかなかいないからな。これからも楽しく行こうぜ、親友」

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