Act.4-31 ブライトネス王国大掃除計画 scene.1 中

<三人称全知視点>


 呼び鈴を鳴らすと給仕服(フレンチメイドタイプのメイド服に清楚なアレンジを加えたもの)を着た二人の女性社員が銀のプレートに乗せたカレーライスと水の入ったグラスを持ってきた。


 実はこの女性社員というのはアザレアとアゼリア――ニーハイム姉妹である。

 『ビオラ』の古株の店員である二人は現在幹部クラスの地位にいるが、今回は大商会の商会長二人に給仕するということで、二人自ら給仕役に名乗り出た。大商会の商会長相手の給仕に下っ端を出す訳にはいかないので、二人の起用は最適解と言えるだろう。……まあ、その見返りとして二人にはアザレアが担当している服飾雑貨店『ビオラ』の雑貨製作部と、アゼリアが担当している服飾雑貨店『ビオラ』の装身具製作部の手伝い――デザイン製作画を何枚か作成――を要求されたが。二人曰く「圓さんのデザインは私達の目から見て斬新なのですが、お忙しい立場ですのでこういう機会にしかお願いできませんので」とのこと……「もっと頑張らないとねぇ」と亜人族関係の仕事が終われば今まで以上に『ビオラ』のために今まで以上に仕事をすると心を決めたアネモネであった……が。


「ほう、こりゃ見たことのない料理だなァ。なんっていうんだ?」


「これはカレーライスという料理です。レシピをどこで入手したかなどは詮索なさらない方がよろしいかと。レシピそのものはお譲り致しますのでご安心ください。ただし、あくまでこれは私流であって、調理の方法は様々――よろしければ自己流のカレーや、これを踏み台にした派生料理などを作ってくださいませ」


 統合アイテムストレージからバレないように取り出した二枚の紙をモルヴォルとルアグナーァに手渡す。


「やっぱり、アネモネさんは面白い人でございますね。普通はレシピを公開などはされないものですが……それだけで、お金になる訳ですから。…………どれどれ…………これは、なんのご冗談ですか?」


 ルアグナーァは紙を見て固まった。どうやら、ルアグナーァは「滅茶苦茶なことを書きよって。こんなもの絶対作れる訳がないだろうが! 馬鹿にしているのか!!」と思ったらしい。


「なるほど、嬢ちゃんが今回俺達を呼び出した理由がこれと繋がるってことか。いやァ、面白そうな話だねェ」


 一方で、モルヴォルの方はこのレシピが今回の会談に二人が呼び出された理由と密接に繋がると推理したらしい。


「流石はジリル商会の会長様ですわね。今回用意させて頂いた料理は今回の本題のメリットを実感して頂くための仕掛けということになります。こちらの料理はふんだんに香辛料を使ったものになります。そして、香辛料はブライトネス王国では非常に入手が困難な品物として有名です。これらを念頭に置いたうえで話をお聞きください。――では、本題に入らせて頂きます。まず、私共ビオラ商会は現在大規模作戦を計画中です。まあ、ある種の挑戦ですね。それを成功させた場合、この世界の経済の常識は大きくひっくり返ることになるでしょう。勿論、これはお二人向けの説明ですので、経済の常識がひっくり返るということだけ覚えておいて頂けばよろしいとは思いますが、他に軍事、政治などの分野でも大きな変化が起こることになるでしょう。そのメリットの一つがこちらの香辛料です。我々の大規模作戦が成功した暁には香辛料を始めとしてこれまで入手困難なものが手に入ることになります」


「なるほどなァ……でも、香辛料を簡単に手に入るとなりゃ……あれの原産地ってフォルトナ王国の辺境……緑霊の森に程近いところか、ユミル自由同盟の境界スレスレだからなァ…………ってェ、まさか!?」


「ええ、そのまさかですわ。我々はつい先日緑霊の森のエルフと交渉して、貿易を行うための話し合いをして参りました。勿論、現状のままでは行えません。この国には奴隷制は存在しません……が、誠に残念なことに亜人族や貧民街の子供を奴隷として取引する商人や購入する貴族がいます。安心安全な取引を行うためにはそのような憂いは絶たなければなりません。――我々、ビオラ商会は悪徳商人や貴族の摘発に動こうと思っております……が、そのためには証拠を集める必要があります。ビオラ商会もアンクワール様のご助力を仰ぎ、証拠集めを進めていきたい訳ですが、お二人にも是非ご協力を賜りたく今回お二人を招いた次第です」


「なるほど、それは面白い話でございますね。なるほど、亜人族との取引……でございますか。しかし、それはちと厳しいのではございませんか? この国で大勢力を誇り、庶民からの信仰も厚い天上光聖女教は亜人族を『人間に劣る野蛮な種族』と捉え、奴隷として扱うことを許しておるようですから」


「ええ、存じております。……が、私の情報網によりますと、天上光聖女教はこれまでの教義を愚かなものであると思い直し、亜人族や魔族との協調路線に移行したようです。なんでも、女神の御神体である聖女の力を持つ吸血姫が総本山に現れたらしく『これまでの行いを改めるように』という神託を与えた……とか。まあ、教会に問い合わせれば分かることですので、信用ができないというのであればご自分でお確かめください」


 ジェーオとアンクワールが「全く関係のない第三者みたいな口振りだけど、全部ローザさんがやっているんだよな……」と第三者のように振る舞うボクにジト目を向けてくるけど、仕方ないよねぇ……だって、アネモネとリーリエは別人だってことになっているんだからさ。


「なるほど……しかし、それほどの大規模作戦をビオラ商会様だけで行えるとは思えませんなぁ。それに、我々・・ということは協力者がいるということでは? まあ、大方亜人族との貿易の利益を求めた中上流貴族のどなたかだとは思われますが」


「――ちなみに、今回のスポンサーはラインヴェルド国王陛下その人でございますわ。香辛料取引を求めた我々と、亜人族との関係修復を求めていた陛下の意見が一致したからこそ、使節団を派遣することが決まったのです。まあ、陛下には陛下なりの何かしらの目的があったのでしょう。生憎一介の商人である私には詳しい事情は説明されておりませんが」


 「嘘つけ!!」という視線を向けるジェーオとアンクワール。だが、三大商会に数えられるほどの力を得ているとはいえ、まだまだ新参者で経験も薄く信用も得られていないアネモネ相手にそこまで情報を開示するのがおかしいというのもまた事実。「目先の利益に囚われた商人を上手く利用してやろう」と王家が考える可能性は無きにしもあらず……だが。


(……何故、国王陛下は王室御用達である我がマルゲッタ商会ではなく、経験の薄い小娘が経営するビオラ商会と組んだのだ!? 正室のシャルロッテ様の嫌うジリル商会と組むよりはマシだろうが、相手は得体の知れないビオラ商会だぞ!!)


 ラインヴェルドはアネモネに関する情報をルアグナーァよりも遥かに持っており、少なくともルアグナーァ以上にアネモネ――圓のことを信頼している訳だが、その事実を知らないルアグナーァにとっては訳の分からない話である。


「確かに、私共は新参者でお二方の商会のような太いパイプも信用も勝ち取れてはおりません。だからこそ新地開拓に繰り出し、常に新しいことをしていかなければなりません。どこで知ったのかは分かりませんが国王陛下は私達を使い捨てにできる駒とでも考えたのでしょう。今回の件は失敗の可能性が高いものでしたから、王室御用達のマルゲッタ商会には頼み辛かったのでしょう。そこで、使い捨てても何の問題もないビオラ商会を利用した。一方、私達の方は成功すれば亜人族との貿易権の独占という利益を得ることができますし、王族の覚えめでたいのであれば王室御用達の二番手になれるかもしれないという期待もありました。賭ける価値は十分にあるお話しでした」


 「よく、そんな嘘がペラペラ出るよな」と呆れた視線を送ってくる二人を無視し、さもありそうな話をでっち上げる。正直な話をしたところで信じてもらえはしないだろう。それくらいなら、「人間は信じたい話を信じるもの」という性質を利用して、あり得そうな作り話をした方がいい。


「なるほどなァ。お嬢ちゃんの言いてェことはよォく分かったよ。……しかし、いいのかァ? それじゃあ、肝心の貿易権の独占ができねえじゃねェか? 俺達もそれを聞いちまったら一枚噛ませてもらいたくなるからなァ。まあ、そもそも奴隷制については俺も前々から嫌悪感を抱いていたし、商売している連中の情報を集めるのには手を貸すけどなァ」


「……流石に我々商会だけでは足りませんし、背に腹は変えられないものでございます。貿易権の独占は諦めることと致しましょう……あ〜ぁ、残念。折角いい商売ができると思いましたのにぃ」


「確かに美味しい話ではありますね。我々、マルゲッタ商会もご協力致しましょう。その代わり……商売は公平に参りましょう」


 悔しいという表情を見せながら、内心では北叟笑む。「勝った」という言葉を呑み込み、アネモネは最後の締めに入った。


「それでは、今後ともよろしくお願い致します。先輩方」



 アネモネ達は屋敷の一室を去った。もうここに用事はないと立ち上がり自身の商会に帰ろうとしたルアグナーァは、何故か難しい顔をしたまま席に座り続けているモルヴォルに疑問を感じた。


「どうかされましたか?」


「いや…………まんまと一杯食わされた気がしてなァ」


「そんなまさか。……ビオラ商会が必死になって手に入れた亜人族――エルフとの交易の権利を手に入れることができた。これは大きな成果ではありませんか? 寧ろ、損をしているのはビオラ商会の方ではありませんか?」


 モルヴォルの考えがルアグナーァにはさっぱり分からなかった。長いこと商売敵として戦ってきたルアグナーァにはモルヴォルの考え方が分かるようになっていたという自負があったのが、そのライバルの考えがさっぱり読めないというのはなかなか悔しいものだとルアグナーァは感じた。


「今回の話、不自然なところ無かったかァ?」


「……………言われてみれば、確かに。天上光聖女教が亜人差別反対派になったということであれば、貴族との繋がりがあった彼らに調べさせればいいもの。わざわざ、我らに協力を求めればエルフとの交易の独占ができなくなる。……一体あの娘は何をしたかったのでしょう? やっぱり、経験不足の若者だからこそ、あんな杜撰なことをするのでしょうか?」


「……だったらいいんだろうがァ。もしかしたら、だ。今回の話は俺達に協力をさせつつ、エルフとの交易をすることを予告しに来たんじゃねェかな……と思って」


「いや、そんなまさか…………何故、商売敵に塩を送るのか。そんなことをしたところで商会の得にはならないでしょう」


 モルヴォルはルアグナーァの話を聞いて「それはそうだよなァ」と心の中で相槌を打った。


「普通なら、そんなお人好しなことはしない。だけど、アネモネさんが仮に俺達とは別のものを見ていたとしたらどうだァ? ……俺は商売をする以上は客の気持ちを考える。客の求めるものを用意して満足してもらうのが俺たちの仕事だからなァ。だが、彼女は面と向かっている客だけではなく、もっと広い視野で物事を考えているとしたら。それこそ、人間だけじゃなくて相手方の種族のこととか、商売だけじゃなくて政治や軍事や、そういったものを複眼的に見ているとしたら……元々独占なんて望んじゃいない。誰もが自由に交易を行い、好きなものを自由に手に入れることができる、満ち足りた世界……あの嬢ちゃんは一体どんな景色を見ているんだろうなァ。もしかしたら、自分の利益なんて二の次かも知れねえぞ……実際、アンクワールも昔より生き生きしているしなァ」


「確かに……私達はとんでもない勘違いをしていたのかもしれませんな。ただ、商才があったお人好しな、甘さを残した小娘ではない……我ら以上に商売に精通した女狐。……ただ、今のところは我々と敵対するつもりはないようですから、脅威と捉える必要は無さそうですな。それに、私はあの人を敵に回したくない……薄汚れたわたしにはあの娘が抱いているであろう『願い』は眩し過ぎる……ただ、成就して欲しいとは思いますよ。……すみません、青臭い話をしてしまって、とっくの昔に捨ててしまった若い頃の夢見がちなところが戻ってきてしまったようで」


「いいことだと、俺は思うけどなァ。まだまだ現役だってところを見せてやろうぜェ。……そのために、まずは悪徳商人の摘発のための情報集めだなァ。お互い頑張ろうぜ、新しい時代って奴のためになァ」

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