Act.4-11 エルフの女剣士のフードの少女〜結末の決まり切った物語の道化の辞め方〜

<一人称視点・マリーゴールド>


「おのれっ……謀ったなッ! ゆ、ゆるさんぞ!!」


 と言いつつもなんだか迫力に欠けている、目に涙を浮かべたプリムヴェールと、赤面したままドレスの裾を握りしめているマグノーリエを見ながら、ちょっとやり過ぎちゃったかな、とプチ反省している同じく純白のドレスを身に纏い、ガラスの靴を履いた姿のボク。

 あっ、ちなみにボクにドレス姿って恥ずかしいなって気持ちはこれっぽっちもないよ。そもそも普段からドレス姿だし、前世でもメイド服とか甘ロリとか、プリンセスラインのドレスとか着ていたからねぇ。だって似合うからしょうがないじゃん、似合うから。どこかの吸血姫とは違うのだよ。


「まあ、この『魔法のカボチャの馬車』って一種のネタアイテムなんだよ。男性が乗ると何もないんだけど、女性が乗ると純白のドレス姿――まあ、簡単に言うとシンデレラの姿になっちゃうんだよねぇ。ちなみに、馬車の中ではドレス姿から元の姿には戻せないけど、馬車を降りたら三つの方法で元の姿に戻せるよ。一、ガラスの靴を脱ぐ。二、十二時か零時になる。三、一定量以上のダメージを受ける……まあ、これってある程度のダメージなら肩代わりしてもらえる便利な効果だからねぇ。……ところで、マグノーリエさんってフードで顔を隠していたけどずいぶん可愛らしいんだねぇ」


「…………まさか、マグノーリエ様に手を出す気か! 武器を取られたままだが、マグノーリエ様に手は出させんぞ! どうしてもというなら……くっ、私を、私のことを好きにすればいい!! だから、マグノーリエ様にだけは――」


「だから違うって。二人ってエルフの姫騎士様と、お姫様って感じでしょう? いいカップリングだし、付き合ったらどうかなって思って……うーん、プリムヴェールさんが攻めで、マグノーリエさんが受け? いや、一見大人しそうなマグノーリエさんが攻めで、プリムヴェールさんが受け? ……うーん、迷いどころだねぇ」


 二人とも「?」を浮かべているけど、まあこっちの世界って大倭秋津洲あっちと同じで「同性愛」に不寛容だからねぇ。見事に人間も亜人族も魔族も「同性愛」に不寛容だし……一箇所くらい寛容なグループがあってもいいと思うんだけど、やっぱり子孫残せないから、ダメ?


「まあ、こっちは沼だからやめておいた方がいいよ。……そういえば、まだボクだけ名乗っていなかったねぇ。ボクは一応ローザ=ラピスラズリっていうブライトネス王国の公爵家の長女の立場にあるんだけど……まあ、今の姿のこともあるし、少々事情が混み合っていてねぇ、その辺りの話をしないといけないんだけど……あっ、追いついたねぇ」


 『魔法のカボチャの馬車』には負荷をかけちゃったけど、全力疾走したら八脚軍馬スレイプニルの引く馬車に追いついた。

 八脚軍馬スレイプニルに停止命令を下しつつ、『魔法のカボチャの馬車』を停止させて、馬車を降りた二人はすぐにガラスの靴を脱いでしまった……残念。魔法が解けちゃったねぇ……まあ、飽きたからボクも脱ぐんだけど。


「ということで、魔物の群れを討伐して保護……でいいのかな? 魔物に襲われていた二人を連れてきて今から事情の説明を……と思っていたんだけど……どうしたの?」


 撃沈しているディラン、アクア、バルトロメオ、ハルト、楪と、五人を放置して『Survive: Escape from Atlantis!(アイランド)』をプレイしているラル、ジルイグス、ヴァケラー、櫁と観戦しているその他大勢……一体何があった。


「聞いてくれよ、親友!! 誰も脱出できないまま楪が引いちまったんだよ! 火山をッ!!」


「……まあ、ご愁傷様です」


 全員で足を引っ張った結果全員死亡とか、幸先不安なんだけど……というか、ボクが魔物と死闘を繰り広げている間に君達一体何やってたの?


「さて……そこでボクが必死で魔物と戦っている間にゲームしていたみんな? 暗くなってきたし、そろそろキャンプの準備をするから程々にしてねぇ」


「…………あれは怒っているわねぇ。満面の笑みを湛えたまま怒っているわ!」


『お、お姉様! これは違うんです!! つ、つい楽しくなってしまって!!』


「まあ、別にいいけどねぇ。ただ、どうせなら誘ってくれても良かったのにって思っただけだよ。別にずっと遊んでいてもいいけど、はっきり言って何もしないなら全員ブライトネス王国に強制送還するからねぇ」


 いそいそと『Survive: Escape from Atlantis!(アイランド)』を片付けて全員正座でプルプル震えているけど、ボクって鬼畜じゃないよ? ただ、当然のことを言っているだけだよ。


「あの……この方々は? どうやら人間だけではないようですか?」


「……とりあえず、まずは互いに自己紹介をしてもらおうかな? それから、ボクのこととかその他諸々の事情は説明するからねぇ。あっ、今回の話は他言無用で頼むよ。伝える相手は一応餞別しているからねぇ……無差別に話して拡散していくと収拾がつかないくらいの大混乱になりそうだからねぇ」



「……お前が、お前さえいなければッ! 我々エルフは……我らの同胞はッ!!」


 プリムヴェールはボクの襟首を掴んで睨み付けている。

 怒りの種類が明確に変わったねぇ……これまでのただ漠然とした人間に対する怒りじゃない。明確にボクという一点に収束して長年の間に蓄積した全ての怒りをボク一人に向けようとしている。


「……全く、お嬢様はいつもそうですよね。自分に怒りの矛先を向けさせ、物事の解決を図ろうとする。背追い込み過ぎですよ……確かにきっかけを作ったのはお嬢様かもしれませんが、お嬢様はエルフに不幸になって欲しいからという悪意を込めて設定した訳でも……フォルトナ王国に滅亡して欲しいから滅亡させた訳でもない……そういうシナリオ、物語だった。それが現実化して混ざり合って一つの世界を生み出すとは思っていなかった……それに、お嬢様だって悪役令嬢ローザに転生していらっしゃいますわ。自分達が不幸だなんて、圓さんだけが悪いだなんて、決して言わないでください。それならば、創作品を――物語を作る全ての者を種族問わず、世界を問わず罰しなくてはなりませんわ」


 ……まあ、一発くらいは殴られてもいいかなって思っていたんだけど、まさかアクアが助けてくれるとはねぇ。

 ボクとプリムヴェールの間に割って入ってチョップで掴んでいた手を引き剥がして、そのままお姫様抱っこで距離を取ってくれるなんてねぇ……思わず惚れちゃいそうだよ……冗談だけど。


「邪魔をするな、人間! コイツさえいなければエルフはこれほど苦しむことは無かった! 卑しき人間によって迫害されることも! 同胞を失うことも!!」


「……そりゃ違うぜ。ローザがいなかったらどうなっていたか? ああ、確かにエルフが苦しむことも無かっただろうな? お前らも、俺達も、誰一人として生まれなかったんだろうからな。俺達は役割を与えられて生まれてきた、圓達にはそれが無かった。……いや、ローザが俺達の目の前に現れなければ、俺達が元々ゲームの世界の住人だってことにすら気づけなかった。つまり、それは圓の世界と同じってことじゃないのか? 唯一の違いに気づけない者にとっては、この世界はゲームを基にした世界ではなく一つの世界日常だ。……それに、ローザは一度だって俺達をゲームのNPCとして、自分とは違う者として下等だと見下したことは無かった。一人の友人として、人として見てくれている。……今回の話だってそもそもお前らにしなければそれで済んだ話だろ? ただの人間として怒りを向けられるだけで済んだんだから。それでも、ローザはお前らに話したんだ。非難されることも承知の上で、それでも必要だと思ったから、知っておいて欲しいって思ったから話したんだ。それくらい、分かってやってくれよ」


 ……やっぱり、ヒゲ殿下ってよく人を見ているよねぇ。こうやって他人を慮れるから沢山の令嬢に惚れられるんだろうねぇ。まあ、ボクは惚れないけど。寧ろ、悪友みたいな関係になりそうだよねぇ……ディランとかアクアと同じ括りの。


「……この世界の根幹を作ったのはボクだよ。……でも、責任転嫁するようで悪いけど、ボクはこの世界を作ろうだなんて思っていなかったし、元々ボクはボク自身が、そして多くの人に楽しんでもらいたくてゲームを作っていたんだ。……確かに、この世界で多くの人の運命を決定づけたのは間違いない……でも、ボツ設定や裏設定、エルフやドワーフといった、『スターチス・レコード』においては物語を彩るフレーバーテキストだったもの……そして、アクアやディランと言ったイレギュラー……様々なものが入り乱れて前提そのものが成り立たなくなっているんだよ。プリムヴェールさんとマグノーリエさんは物語の住人なのかな? ……いや、結末の決まり切った物語の道化のままで終わるつもりなのかな? 確かにこの世界には元になったゲームという弱くない強制力がある……でも、それも絶対じゃないんだよねぇ。もう、この世界は物語であって物語じゃないのだから。……それを変えていく切っ掛けは、この世界がゲームを基にした世界だと知った瞬間じゃない――その中でどうしたいか、何を変えたいのか、自分の意思を持って何かを為そうとする時、初めて変わるんだよ。悪役令嬢が追放されることもなく、処刑することもない……そう言った乙女ゲームではあり得ない未来を掴み取ることも、全ての種族が手を取り合うことも、絶対にできない訳じゃない……まあ、その道は茨に覆われているけどねぇ。その道を笑いながら進んでいこうとするクソ陛下ラインヴェルドには少しばかり尊敬を……と思ったけど、結局丸投げしているし、ボクが頑張っているところを玉座で踏ん反り返って笑っていそうだから尊敬もクソもあったものじゃないねぇ」


 ラインヴェルドを例に出したばっかりに話が一気に残念な感じになったねぇ……。


「まあ、結局のところボクが言いたいのはちゃんと色眼鏡を外して、相手と向き合って話を聞いて、接して、その上で、考えてみてもいいんじゃないかなって思うよ。相手が信用に足るのか、足らないのか。……それと、人間を一塊で捉えるのもあまり良くないと思うねぇ。プリムヴェールさんとマグノーリエさんは全く同じ存在ではないでしょう? それは人間も同じ――一人一人考えも、性格も、主義も、みんな違うんだよ。……まあ、中にはエルフに対して差別意識を持っている人もいる……かなりの数ねぇ。それは否定しない。でも、エルフにだってマグノーリエさんみたいに完全に人間を恐ろしい存在だとバッサリ否定することがないエルフもいるよねぇ。それと、同じなんだよ。……まあ、エルフと国交を持つことになったらラインヴェルド国王陛下も当然エルフと人間の交流に必要なエルフに対する偏見を減らす何かしらの手を打つと思う。……とにかく、さっきも説明したようにこの世界は不安定な上に様々な危険要素や不確定要素を孕んでいる。ボクとしては全種族が力を合わせた方がいいと思うけど、それは各種族が考えることであって強制することじゃないからねぇ。その辺りは任せるよ。……それじゃあ、ちょっと暗くなってきたしそろそろ夕食の準備をしようかな? プリムヴェールさんとマグノーリエさんも食べるよねぇ?」


 ちなみに、人間世界に憧れてエルフ領を抜けようとしたマグノーリエ=クインクエペタを親友のプリムヴェール=オミェーラが連れ戻しに来たというところで、ボクは二人に遭遇したらしい。

 食事も寝るところも取れた果物を食べて木の洞で寝るっていう行き当たりばったりなものだったみたいだねぇ……まあ、そもそもあの魔物相手に苦戦していたからそれ以前の杜撰な話なんだけど。

 しかし、運良く魔物を躱しながら二、三日くらい森の中を歩いてきたってことだから凄い運がいいよねぇ……というか、運が良いって話で済ませていいものなのかな、これ。

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