Act.4-9 遊びたい大人達〜沈みかけの島からの脱出を目指して〜

<一人称視点・アネモネ>


 緑霊の森、と呼ばれる地域の面積はブライトネス王国の三分の一に匹敵する。

 別名、【帰らずの森】とも呼ばれる露天型大迷宮フィールドダンジョンの一種ではあり、その内部は生い茂る木々と度々発生する霧などが理由でエルフの討伐を目的とした討伐隊が過去何回も姿を消しているらしい……しかし、その討伐隊を派遣しているシャマシュ教国や天上光聖女教って阿保なのかな? ……向こうは鎖国中の国なのにわざわざ討伐隊を派遣して刺激するなんてねぇ。


 まあ実際、この緑霊の森というものの実態は「警戒用の薄い結界」と「許可のない相手の空間認識能力を狂わせる魔法」と「広範囲に渡る水系の幻惑魔法」の組み合わせと、緑霊の森そのものの自然現象――濃霧の組み合わせで、ちょちょっとマリーゴールドにアカウントを切り替えて魔法系三次元職の魔導帝が覚える奥義「大規模術式崩壊グラム・ディストラクション」でサクッと壊したけど……。

 ちなみに、極めて小規模に効果を及ぼす場合は「術式分解グラム・ディスパージョン」という魔法系二次元職の大魔導師が覚える魔法で十分なんだけど、今回は範囲が広かったからねぇ。……まあ、邪魔な蜘蛛の巣みたいな結界を壊したからエルフ達には勘付かれたと思うけど……。


「……まあ、これから交渉に行くってのに、呑気にジュリアン・コートランドスミスの代表作をプレイしている人達にはいい薬になると思うけどねぇ」


 二人から四人用の沈みかけのアトランティスから脱出するボードゲームを楽しくプレイしているディラン・アクアチームとバルトロメオ、ハルト、楪の五人と、その周りでワイワイ楽しそうにしている他メンバーに一瞬ジト目を向け、すぐに視線を前方に戻しつつ、見気と【気配感知】、【魔力感知】の練度を上げる。


「うわっ、またサメを出しやがった! マズいぞ、親友! あの女引きが強すぎる!!」


「くそッ、このままだと楪の一人勝ちになっちまう! バルトロメオ王弟殿下、ここは共同戦線を敷きましょう」


『うふふ、ではハルトさん❤︎ 私と組みませんか❤︎』


「……あの、俺もかなり痛い目に遭わされたので……バルトロメオ様、ディラン様、アクア様、俺とも共同戦線を敷きませんか? 楪さんを倒したら三人で仕切り直しということで」


『――そんなッ!』


「そりゃいい……おお、クジラだな。三マス進めて……おおっと、船が大破したな」


『……そんな、私の船が!!』


「ちっ……お前ら、とっとと(火山が)爆発してゲームオーバーになりやがれ!」


 ……なんでボクだけ除け者なんだろうねぇ。ちょっとイラついてキャラ崩壊しちゃったじゃないか。


「ええっと、前方三十メートル先で多分エルフ二名が魔物と交戦中。……どうします?」


「そっちで片付けてくれないか? 『Survive: Escape from Atlantis!(アイランド)』が今いいところだから」


「……君達、全員目的忘れているよねぇ……。本当にとっとと噴火して全員ゲームオーバーになっちゃいなよ。互いに足引っ張って未だに誰も脱出に成功できてないなんて、クソ笑えるねぇ。それじゃあ、八脚軍馬スレイプニル。そのまま進路真っ直ぐで頼むよ」


『『『――ヒヒーン!!』』』


「しまった! ゲームに熱中し過ぎてお嬢様の機嫌を損ねた!!」


「……いや、流石に親友ローザがそんなことで怒るとは……確かに俺達がワイワイやっているのに一人だけ周囲警戒だもんな、そりゃどんな聖人君主でも怒りを覚えるか」


「あの、大臣様。そもそもアネモネローザさんって結構喧嘩っ早くて白黒はっきりつけるのが好きなタイプだと思うのですが……」


「確かにヴァケラーの言う通りかもな。なんたって……あの陛下の生みの親だからな」


「「「「「……ああ」」」」」


 ……なんでそこで納得するんだろうねぇ。ボクはあそこまで他人の不幸は蜜の味を地でいかないけどねぇ。

 馬車から飛び降り、そのまま地を蹴って加速――と同時に『銀星ツインシルヴァー』の両刀を鞘から抜き払う。


「フューリアス・スパイク」


 猛烈な勢いで直線的に突撃するウェポンスキルに、「圓式基礎剣術圓流耀刄」と「千羽鬼殺流・貪狼」を掛け合わせて爆発的な勢いで突撃し、双頭の直疾魔牙犬オルトス・オルトロスの心の臓を貫いた。と同時に、左の剣で人体の急所である目、首、心臓、肝臓、腎臓、鳩尾、金的、それらを陽動にしての両肩、両膝の十三箇所の内、六箇所を狙った六連突――「静寂流十九芸 剣術八ノ型 六花突」を放つ。


 犬狼牙卿コボルト・ロードを一撃で仕留め、ターンレッド・オノドリムに武装闘気でコーティングした「エアスラッシュ」を放って一刀両断……しかし、『Eternal Fairytale On-line』と『スターチス・レコード』の魔物がごちゃごちゃに出てくるのか……でも、あの魔物はどっちのものでもないよねぇ。


 間違いなくマロッキョ・グランサー……ボクと高槻さんが中心になった第六作。乙女ゲーム『スターチス・レコード』で大失敗した二人が「再出発」と「原点回帰」を目指したMMORPG 『Ancient Faerys On-line』に登場する羽の生えた三つ目の大蜥蜴だねぇ。


 乙女ゲーム『スターチス・レコード』で大失敗したボク達が「再出発」と「原点回帰」を目指したMMORPGで丁度召喚された時期から三年前にサービスを終了しているんだけど、やっぱりサービスを終了しているか否かは関係ないんだねぇ。


 妖精の国アールヴ・ヘイムを舞台としたプレイヤースキル重視の世界観で、スキルの熟練度の上昇率が高い代わりにレベルアップでの基本パラメータの上昇率は低い。まあ、『Eternal Fairytale On-line』が職業とステータス重視だったからあえて違う路線を探ったんだよねぇ、確か。

 種族は火妖精サラマンダー水妖精ウンディーネ風妖精シルフ木妖精ドリュアス土妖精ノーム闇妖精スプリガン光妖精アルヴ猫妖精ケットシー工匠妖精レプラコーンの九種族が存在し、各種族ごとに転生システムが存在し、転生によって各種族の得意なパラメータが大幅に上昇していく。……まあ、転生するのが前提になっている上に、システムはPK推奨で、敗北時のアイテムドロップや熟練度ロストといった手痛いペナルティが存在しているから、美形の妖精が棲まう国というイメージに反し、難易度はかなりお高めなんだよねぇ。


 レイドという概念は存在せず、定期的に発生するイベントによって世界の形が大きく変わっていく。一度発生した大規模なイベントは二度発生することはなく、希少なアイテムも獲得できるのは各サーバーで一人限りであるというのも珍しいことではない……まあ、古参に優し過ぎて新規プレイヤーに厳しいゲームだって結構クレームが来ていたんだよねぇ。まあ、ガチャ機能で武器攻撃力や武器防御力の実力の差に関しては埋めれるようにしたけど。……まあ、課金だけで強くなれるほど世の中はないからねぇ、結局時間を使えってことなんだよ、時間を。



極技・終焉波動剣エターナル・ハイウェイヴ・ソード!! 短剣斬嵐撃リッパーズ・ストーム!!」


 『銀星ツインシルヴァー』の両刀を鞘に仕舞い・・・・・、イベント職の剣聖が習得する最上級のバフ特技で物理攻撃力とクリティカルを特大上昇させた。

 そして、アネモネの持つ三つ目の職業――短剣使い系四次元職の短剣巧帝とイベント職業の魔縫師の二つを持っている場合に解放される短剣使い系・魔縫師系四次元職の短剣魔縫帝の奥義を発動し、無数の張り巡らせたワイヤー伝いに放たれた無数のミスリルナイフが一斉にマロッキョ・グランサーを含む魔物に殺到した。……えっ、いつワイヤーを仕掛けたんだって? まあ、そういうスキルだから発動と同時にワイヤーは自動で張り巡らされてくれるんだねぇ。


 縦横無尽にミスリルのナイフが飛び回り、的確に魔物を撃破していく……ほうほう、敵は『SWORD & MAJIK ON-LINE』、『Eternal Fairytale On-line』、『スターチス・レコード』、『Ancient Faerys On-line』の四種類の雑魚敵か。……しかし、『Ancient Faerys On-line』が出てくるとなると、やっぱり絡んでくるのかな? ……『Ancient Faerys On-line』を代表する神のノルンとかミーミルとかが。

 或いは九妖精の共通の祖先であるディーウァ=妖精クァエダムか、各種族の領地の領主か、将又システムのみを流用してくるのか……いずれもあり得そうだし、油断ならないねぇ。


「ふう、これで全部だねぇ。とりあえず、魔物は解体して素材部位の回収と、後は食料に回そうかな? この辺りの魔物はそもそもギルドでも扱ってもらえないだろうし……もしくは、希少生物として受け取ってもらえるのかな? まあ、いずれにしてもかなりリスキーな話になるし、やっぱりボクの方で取り扱った方が安全牌アンパイだろうねぇ……それはそれとして、そんな警戒をしなくてもいいと思うけど、まあ君達が最も警戒する人間が樹海に入って来ているんだから、そりゃ警戒をするよねぇ。寧ろ、しない方が愚かだ」


 フードを被った小柄な性別不明と、その性別不明を守るようにミスリルの細剣を構える絶世の長身美女。……絵になるねぇ。


「……何者だ! 何故人間がこの森に入れる!? ……ッ! マグノーリエ様、ここはお逃げください!!」


「……えっ、もしかしなくても百合だよねッ! お姫様を守るエルフ姫騎士! 王道中の王道! オークにくっ殺なんて到底許されることではないのです! そんなオークは丸焼きじゃ!!」


「……よく分かりませんが、くっ殺のようなことはしないようですが……それでも、人間は信用できません」


「た、確かに少し怖いです……テンションが。ですが、ずっと夢見ていた人間とのファーストコンタクト!! こ、怖いですが……もしかしたら、私を人間の世界に連れて行ってくれるかも!!」


「ま、マグノーリエ様、落ち着いてください!! もしかしたら、こやつ、マグノーリエ様を奴隷として売り渡すつもりかも」


「いや、しないよ! これまでの人間のエルフに対する所業を考えれば絶対にそう思うだろうけど、ボクはエルフにもドワーフにも、獣人族にも魔族にも差別意識はないし……まあ、少し偏見はあるかもしれないけど……そもそも、ボクはエルフと健全な通商フェアトレード交渉のために来たし、一緒に行動しているブライトネス王国っていう人間の国の使者の目的はエルフと人間の国の国交を樹立し、つまらない差別意識を無くすこと。つまり、人間の他種族に対する下等だという認識を改めさせ、同じ世界の住民として交流を持ちたいという目的でここに来ている。……まあ、ボクとしては正直このまま鎖国したエルフがどんな命運を辿るかはどうでもいいけどねぇ。鎖国しているから危機から逃れられるということもあるし、逆に情勢を知らなかったばかりに大きな時代の畝りに呑み込まれるかもしれない。正直、ボクはあくまで通商を目的にして来ているから、目的のものをボクの経営するビオラ商会に卸してもらえればそれで十分。その見返りもなんらかの形でこちらから手渡してドライな関係を続けるというのも手だと思うよ? ああ、人身売買とかじゃないから。この辺りにある香辛料……そうだねぇ、このショウガ科の多年生草本の種子――これはカルダモンってこっちでは呼ばれているんだけど、こんな感じでボクらは香辛料を求めているんだよ。これを一定量販売してくれるのなら、こちらもそちらの望むものを提供するつもりだよ……あっ、人間の奴隷とか、アルビノの死体とかは流石にやめてねぇ」


「するか、そんなこと! ……しかし、マグノーリエ様。今の話は本当は真っ赤な嘘で、私達を奴隷にするつもりなのかもしれません!! 途轍もなく強いですが、私が命を賭けて時間を稼ぎます、ですから、マグノーリエ様はその間にお逃げください!!」


 …………ああ、本当に融通が効かない。本当にイライラするねぇ。

 何より、一番ムカつくのは。


「…………いい加減にしろよ。さっきから聞いていたら、お前はその人を守るために身を挺するとか……どれだけ自分の命を軽いものだと勘違いしているんだ!! 巫山戯るなよ! その人にとってお前は何だ! お前にとってその人が大切なように、その人にとってお前が大切な存在なんだろってことは、初対面のボクにだって分かる! ……ああ、分かったよ。そこまで言うなら思い知らせてやる、後悔させてやるよ。自分の愚かな決断を、その忠義一辺倒の猪突猛進さが招くもしもを……それで痛い目を見れば、少しは周りをよく見えるようになるんじゃないか!」


「やはり、貴様! 私たちを攻撃しようとしていたのではないか!!」


 はいはい、面倒だねぇ。もう会話で誤解を解こうとか面倒くさくてやりたくなくなるよ。


「アカウントチェンジ・マリーゴールド」


 だからねぇ、その身を待って思い知らせるんだ。「自分の身を犠牲にしてでも誰かを助けようとする」……その考え自体が例え美しいとしても根本から間違っているとねぇ。


 ……結局、生きてなきゃダメなんだよ……死んだら何も残らないんだよ。

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