Act.1-18 大迷宮挑戦と廃棄された計画 scene.5

<三人称全知視点>


「さあ、人生最後のデバッグだ。どこまでやれるか分からないけど、ゲームクリエイターとしてここで逃げる訳にはいかないねぇ」


「まどかちゃん!?」


 必死で圓の側に行き、連れ戻そうとする咲苗を巴は必死に押さえつけた。


「咲苗、貴女が出て行ったところで何も変えられないわ! ただ死にに行くだけよ!!」


「それでも――」


『咲苗さんだったね。とりあえず、静かにしてもらえないかな?』


 圓を喪ってしまうのじゃないかという気持ちに囚われ、我を忘れていた咲苗はその言葉で正気を取り戻し、首元に視線を向けた。

 光の剣が突き立てられ、少しでも動けば切り裂かれる――自らの命の危機にようやく気づき、咲苗はようやく静かになった。


『圓さんの慈悲に縋りたくないって我儘を言うなら今ここで殺すよ? 正直君達を生かしておく理由が私達にある訳じゃない。ただ、圓さんに求められたから、ただそれだけなんだから。いざとなれば、この場の全員を地上に送る。それが圓さんとの約束だからね』


「……地上に戻れるなら、今すぐ圓さんと一緒に戻せばいいんじゃないか?」


 東町の真っ当な問いに、ホワリエルとヴィーネットは揃って溜息をついた。


『私達もそう思うわよ。貴方達以上に、私達にとって圓さんは大切な人なんだから。でも、それは無理な話よ。だって、圓さんはもうこの場所を死に場所って決めているんだから。……圓さんは沢山の人を殺してきた。そうしなければ、家族・・を守れないから――でも、そんな生活をしていたから圓さんは擦り切れてしまった。誰よりも貴女達みたいない生活に圓さんは憧れていたの。……だから、ここで命を落として、やり直すつもりなの。百合薗圓でも、園村白翔でもない――転生して、真っ新な形で今度こそ平和で平凡な生活を送るつもりなのよ』


 咲苗がやろうとしていることは、本当に圓のためなのか。

 望んでもいない敵を殺して、その罪の背負って、これからも生きろ――それは最も残酷な願いなのではないか。


「それは当然だろ……人殺しは悪いことだ。圓にはその罪を背負って罪を償い続ける義務がある」


『残酷ね、勇者様。でも、それって貴方達も同じことよ。魔族を殺し、その十字架を背負い続ける覚悟が貴方達に本当にあるのかしら? もし、魔族は人間と違うから殺してもいいなんて理屈を出すならお話にすらならないし、本気で誰かを殺める覚悟ができていなくて、ただ勇者という立場に浮かれていたとしたら、それはそれでお笑い草よ』


 ヴィーネットに突きつけられた言葉の刃はあまりにも正鵠を射過ぎて、最早致命傷だった。

 結局、完全に自分達がこれからやろうとしていることを正しく認識して消化できていなかったのだと、実際に魔族を目の前にした時、本当に戦えるのか、と目を背けてきた疑問が渦を巻く。


『……でもね、私達はそれを望んでいない。もう二度と会えないなんて、そんなの許容できない。圓様が私達に与えてくれたものは、私達の思いは、そんな簡単に捨てられるものじゃない。圓様は私達のことを見縊っている』


 ヴィーネットとホワリエルの瞳に宿るのは圓に対する挑戦の焔。

 圓だけが平穏な日常を生き、自分達だけが悲しい思いをするなんて、そんなの嫌だという確固たる意志。


 咲苗はそんな二人が羨ましかった。そんな関係に自分もなりたいと、そう強く思った。


『全ての存在は転生する。例え姿形が違っても、私達との記憶がなくても、私達は必ず圓さんと再会する。絶対に見つけて見せる――だから、覚悟していてね』


「やれやれ……まあ、君達がそれだけ執念深いことは分かっていたから、きっとそう言うと思ったよ。……なんで、静かに平穏に生きさせてくれないのかねぇ?」


 そう言いながらも、圓はどこか嬉しそうだった。――しかし、当人はそれに気づいていない。その思わず惚れてしまいそうな優しい微笑みはあくまで無意識の産物なのだろう。


(……そうだよね。まどかちゃんがただで死ぬ訳がない。ちゃんと全部分かっていて、その上で勝算があるから死ぬことを受け入れたんだ。――でも、ホワリエルさんもヴィーネットさんも、まだ諦めていない。絶対に見つけ出すって、そう決めているんだ……)


「まどかちゃん! 私も必ず見つけるから! 十年以上探してようやく見つけたんだから、これで終わりなんて、そんなに簡単に諦めることなんてできないよ!!」


「本当に執念深いねぇ。でも、嫌いじゃないかな、そういうの。でも、見つけられるかな? すぐ側にいたのに、ボクが初恋の相手だって気づけなかった咲苗ちゃんに」


「……確かに、私はまどかちゃんに教えてもらうまで園村君がまどかちゃんだって気づけなかった。でも、今度は絶対に見つけてみせる! 見つけて、今度こそまどかちゃんを振り向かせるんだから!!」


 ホワリエルとヴィーネットに対抗するように、咲苗は圓に挑戦的な視線を向けた。

 ホワリエルとヴィーネットはそんな咲苗の姿にムッとした表情を浮かべたが、圓は振り返って二人を制して微笑んだ。その表情は、かつてイジメから守ってくれた少女のものと同じ柔らかなものだった。


「それじゃあ――敵さんもそんなに待ってくれないみたいだし、そろそろ仕掛けるよ! 瀬島新代魔法――四次元顕現」


 刀を鞘に戻し、新たに四次元から取り出したのは二本の短刀だった。

 その二刀を逆さに握る姿は、剣士モードという名の狂戦士バーサーカーモードの時よりも荒々しい。


「烈刃嵐撃-滅茶苦茶斬る-! 千羽鬼殺流・歳星! 常夜流忍術・飛斬撃!!」


 鬼斬機関が唯一その存在を認めている鬼で、圓の師匠の一人でもある調停者赤鬼あかおに小豆蔲しょうずくが最も得意としているサバイバルナイフの二刀流を前提とした近接戦闘術の唯一技を、影分身の応用で斬撃を自然エネルギーで補強し、斬撃を飛ばして敵を切り裂く技と霊力を武器に通わせて自在に操る木星の別名の名を冠する鬼斬の技を組み合わせ、圓は猛烈な速度で嵐のように放つ連撃を実体化させて三体の鋭利な骨によって構成されたムカデを束ねたような化け物に放つが……。


「……やっぱり、相当硬いねぇ」


 やはり、本来紡錘巨空城-レモンズ・シャトー-の九十三層ボスとして君臨する化け物――圓最大の手数を誇る烈刃嵐撃-滅茶苦茶斬る-を軸にしたコンボでも浅い切り傷をいくつか作るのがせいぜいで、骨の三絡蜈蚣の討伐には至らない。


「それなら、Ich werde den Flammenspeer freigeben.」


 圓が呪文を唱えると共に文字が浮かび上がり、全ての文字が空中を駆け巡った瞬間――生み出された真紅の槍が霜の巨人へと襲い掛かった。


『まさか、火属性中級魔法の〝火焔槍フレイムランス〟!?』


「いや、ゴルベール騎士団長の推理は間違いだよ。これは、この世界の魔法の元となったマジックスキル――魔力を消費せず、呪文を完璧に唱えることでのみ発動することが可能な力だねぇ。ちなみに呪文はドイツ語――使おうと思えば使えるし戦力強化にはなるだろうけど、教えている時間がないから、まあ諦めた方がいいねぇ」


 霜の巨人はあまりダメージを受けていないように見えた。だが、実際は剣で切り裂く以上のダメージを受け、皮膚の一部を爛れさせている。

 霜の巨人の弱点は魔法だ。これは棍棒による物理攻撃と氷属性の範囲攻撃を使いこなす強力な相手から距離を取って狙撃系の魔法で攻めろという意図があって設定されたもので、霜の巨人の弱点である火属性と合わせて常に四倍のダメージが設定されている。

 といっても、火属性の魔法をバンバン撃ったところで勝てる相手が九十五層ボスを務められる訳がない。


「瀬島新代魔法――四次元顕現」


 短刀を二本四次元空間に戻し、新たに一振りの刀を取り出した。

 そして圓は二刀を鞘から抜き、構える。――二刀流だ。


「千羽鬼殺流・貪狼! 闘気昇纏・金剛闘気! 闘気昇纏・剛力闘気! 闘気昇纏・迅速闘気! 雷精-黒稲妻・纏-! 瀬島新代魔法――重力操作! 瀬島新代魔法――斥力の刃! 二刀流ユニークウェポンスキル・クエーサーストリーム-圓式-」


 圓の二刀が眩しい輝きに包まれた。そこから放たれるのは、爆発的な踏み込みにより一瞬でトップスピードに達し、相手の間合いに入ってからの超高速で放たれる五十連撃。

 人間の限界を遥かに超えた連撃が、圓自身の身体操作を極めた末に到達した究極にして全ての剣術の基礎となる技術と融合し、更なる限界を超える。最早、巴達の目で追える範囲を疾うに越えている。


 斥力の刃によりあらゆる物質を両断することになった斬撃が骨の三絡蜈蚣の外殻を熱したナイフでバターを切り裂くように切り裂いた。

 骨の三絡蜈蚣は必死に攻撃範囲から逃れようとするが、刀に宿った重力強化により地面に縫い付け、身体が思うように動かない。

 身体能力が闘気で強化し、瀬島新代魔法に宿った黒稲妻が威力を上げるという念の入れようだが、それが必要じゃないと思えるほど圧倒的だった。


 骨の三絡蜈蚣が頽れ、残るは【The great frost giant】と【The flame devil king】の二体。

 絶望的な戦力差にも関わらず、無傷のまま一体を討伐するという順調な滑り出しだが……。


「…………これは、まずいねぇ」


 霜の巨人が大きく棍棒を振りかざし、放たれた猛吹雪が圓を呑み込んだ。

 そこから戦況は一気に動き出す――。

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