Act.1-17 大迷宮挑戦と廃棄された計画 scene.4

<三人称全知視点>


「なんで……なんでまどかちゃんが死んじゃうって話になるの!? だってまどかちゃんは強いんだよ! このメンバーで一番強いゴルベールよりもずっとずっと」


 一人少女の何気ない言葉で瀕死の重症に陥ったが、加害者の少女はまるで気づいていないようだ。


「そうだねぇ。これまでの貯金もあるけど、一番は――これかな?」


 圓は懐から一枚のカードを取り出して咲苗に投げて渡した。


「これは……タロットカード? 「タワー」のカードだよね?」


「そう。タロットの大アルカナに属するカードの一枚で、カード番号はⅩⅥ。正位置の意味は破壊、破滅、崩壊、災害、悲劇、悲惨、惨事、惨劇、凄惨、戦意喪失、記憶喪失、被害妄想、トラウマ、踏んだり蹴ったり、自己破壊、洗脳、メンタルの破綻、風前の灯、意識過剰、過剰な反応、逆位置の意味は緊迫、突然のアクシデント、必要悪、誤解、不幸、無念、屈辱、天変地異と、正位置・逆位置のいずれにおいても凶とされている唯一のカードとして有名だよねぇ。そして、これは正体不明の伝説の殺し屋を暗示するものでもあるんだよ。位置でも逆位置でも不吉な意味を持つタロットカードである「タワー」を殺し屋から送られてから一週間以内に必ず「不幸な事故」で死ぬと言われている。つまり、ボクはこれを送りつけられた日から一週間以内に殺されるってことだねぇ。そして、この依頼を出した人こそ、大倭政府の政治家達なんだよ。しかし、異世界にまで来て律儀に依頼を達成しようとするなんて本当にプロ意識の賜物だよねぇ。ってことで、明らかにクラスメイトの中にその「タワー」がいる訳だけど、ボクにも結局それが誰かは分からなかった。まあ、「タワー」は決して自らの手を汚さない。ボクもバナナの皮とサブリミナル効果までは辿り着いたけど、それを用意した当人までは辿り着けなかった」


 クラスメイト達の中に殺し屋がいるという衝撃の事実を暴露され、混乱の渦中にあるクラスメイト達に更なる衝撃が走る。その中で反応した二人が自分の予想通りだったことを確認し、圓は満足そうに微笑んだ。


「……おいおい、親友。なんで政治家に目をつけられているんだ?」


「理由は至極単純だよ。第二次大戦後、それまでの「国家総動員法」を改正した「財閥総動員法」という武器を手に入れた政府は、その力でボク達から多くの税金を毟り取ってきた。財閥一族からは五十パーセント税金という無茶苦茶な法律をね。それを君達は無言で容認した。自分達に関係はないから、お前達は私達よりお金を持っているんだからと。ただ、この法律はここで終わらない。「財閥総動員法」の最大の特徴は財閥一族の全員が失踪や死亡を遂げた場合、これまで財閥が保有していた全てを国に返還しなければならないという無茶苦茶なルールだ。そして、それはボク達新世代の成金達にも適用される。つまり、だ。ボクがいなくなればボクの持っていたものは全て大倭秋津洲帝国連邦のものになるってことだねぇ。そもそも、あれは大東亜共栄圏なんて理想を掲げて植民地を増やした政治家の自業自得。結果として、植民地経営が上手くいかず、そのためのお金を得るために連中からしたら無駄に金を持っている、素直に言うことを聞くボク達を一つ潰そうって話になってもおかしくはない。だって自国民を一人殺すだけで国を生きながらえさせることができるのなら、国民達は生贄スケープゴードを黙認してくれるだろうからねぇ。でも、ボクらが非暴力不服従なんて掲げる可愛い玉じゃないから戦争が勃発する。それが、大倭秋津洲帝国とボク達が戦争する理由で、ボクに対して政治家が暗殺者を送り込む理由。実際は高校に通っている間に殺すつもりだったみたいだけど、結局ボクが隙を見せなかったせいでこうなったって訳。まさか、大倭秋津洲帝国連邦も、「タワー」も異世界でその暗殺が実行に移されることになるなんて考えてもいなかったんじゃないかな? でも、結果としてそうなった。「タワー」はさっきも言ったように「不幸な事故」で対象を暗殺する暗殺者だ。でも、普段は不幸な事故なんて起こらないから仕掛けを用意する。でも、【ルイン大迷宮】では用意する必要なんてほとんどない。だって魔物に殺されたりトラップに嵌ったりして死亡したら、それはもう不幸な事故だから。だから、このタイミングを選んだ。まあ、それでも用心に越したことはないから、仕掛けの一つや二つは用意していると思うけどねぇ」


「そこまで分かっているなら、貴方なら対処もできるでしょう? なのに、どうして死ぬって決めつけるの! 咲苗がどれだけ貴方に会いたかったのか……本当に分かっているの!? 折角再会できたのに、こんなところで、こんな終わり方なんて、絶対に認められる訳がないでしよ」


 過去でどうであれ、巴が咲苗のことを大切にしていることを圓は実感できた。――ならば、もう大丈夫だろう。


「ボクが死ぬのは確定している。それこそ、この世界に来た瞬間からこの未来が見えていた。ボクの生来の力は物事の浮き沈みを色として視認する超共感覚ミューテスタジア。俗的に使おうとすれば、株の上がり下がりを完璧に未来予知してお金を稼ぐってことなんだけど、本来は誰が死ぬか、誰が生き残るか、この人についていけば大丈夫か、この人についていくと死ぬのか、そういうどの人間に賭けるベットするか、そういうのを見極める力なんだよ。その力でボク自身を見た結果、見えたのはどす黒いまでの闇色。この色が以前見えたのは米加合衆連邦共和国が金融恐慌を起こした時だったっけ? まあ、この能力はボクが認識したことも念頭においているから回避は絶望的、まあ、確実に死ぬね、って思ったよ。だから、ボクが死ぬということは決定事項だ。……まあ、こんな形になるとは思っても見なかったけどねぇ」


 新たに三つの魔法陣が、巨大なホール状の三百五十一層に出現した。

 三百五十一層の構造は敵側に通路のある袋小路型ホール。敵を全て討伐しない限りは撤退すらできない。


「今度はなんだ!?」


 三体の鋭利な骨によって構成されたムカデを束ねたような化け物と、白い眼球と凍りついた髭を持つ凍えた腰蓑一つの筋骨隆々な青い霜の巨人、灼熱の身体を持つ巨大な悪魔。

 三体とも咲苗や東町の記憶には存在しないものだ。当然、ゴルベール達が深層に出現する魔物の名を知る筈もない。


「…………【The three-necked skeleton centipede】、【The great frost giant】、【The flame devil king】――《紡錘巨空城-レモンズ・シャトー-》のドレッドナインボスが三体とか……しかも通常敵判定なんだよねぇ、これ。どれだけ難易度を上げれば気が済むのさ」


 流石の圓も冷や汗を流した。二十五層、五十層、七十五層には他のボスよりも明らかに強いクオーターボスよりも更に隔絶した力を持つ九十一層以降に出現するドレッドナインボスが三体。

 それは、犬狼牙帝コボルトエンペラーなど足元にも及ばない本当の化け物だ。


 圓は自らの手に視線を落とし、闇が更に濃くなったことを確認した。やはり、決定打はこの三体らしい。


「……俺達はここで死ぬ、のか」


「いや、ゴルベール騎士団長達は死なないよ。ボクの家族・・が責任を持って地上に届ける。――神界の天使よ、魔界の悪魔よ! 今、我が元に顕現せよ! 来て、ホワリエル! ヴィーネット!!」


「圓さん、一体何をするつ――」


 巴が言い終わる前に、激しい光と漆黒の闇が圓の左右で膨れ上がった。



「……まさか、神話に出てくる天使と……魔族!?」


『心外です、魔族と一緒にしないでください。私は魔界出身の悪魔――ヴィーネット。そして、圓様のお隣にいるのが神界所属の天使のホワリエルさん。――本来ならば貴方達のために力など使いたくありませんが、圓様のたっての願いです。責任を持ってお守りし、地上に送り届けます』


 普段は優しい表情を見せるヴィーネットだが、圓のクラスメイトや騎士団に向ける視線は絶対零度そのものだった。


『ってこと。あんたらには興味なんてないし、本当は戻ってゲームしたいんだけど、圓さんのお願いじゃあ聞くしかないよね!』


『ちょっと、ホワリエル! 圓様のお願いとゲームを天秤にかける時点でダメでしょ! 圓様がどれだけ私達によくしてくれたと思っているのよ! ……天使を戦争の道具か何かと勘違いしている《聖法庁ホーリー》と違って、圓様は私達のことを家族として見てくれた。……例え種族が違っても、私達に上下関係はない。圓様は、みんなは私達の家族なんだから』


 覇気のない天使を嗜める真面目な悪魔の姿は、まるで種族と中身が逆転しているようだ。

 天使よりも天使らしい真面目な悪魔と、堕落した悪魔よりも悪魔らしい天使――だが、決して仲が悪いという訳ではなく、お母さんのように甲斐甲斐しく世話を焼くヴィーネットと、それをウザがりながらも内心では好意的に受け取っているホワリエルは傍目から見ても良い関係を築いている。


「やっぱり、百合は最高だよ! うんうん、女の子は女の子と付き合うのが一番だよね!!」


 そして、死ぬ一歩手前という異常事態においても平常運転の圓。


「えっ……どういうことなの!? まどかちゃんってそっち派だったの? 腐なの!? 腐男娘ふおとこのこだったの!?」


「前々から咲苗だけじゃなくて私にも視線を向けていた気がしていたけど……それってもしかして……」


「うん、なんで咲苗さんと巴さんってこんなにお似合いなのに、付き合わないのってなんでかなってずっと思っていたよ」


(ああ……無理だったのね。圓さんは咲苗さんをそんな風に見ていたんだから)


 これは特殊な形の失恋だと、親友はこの瞬間に失恋したのだと気づいた巴は咲苗に視線を向けた。

 どうやら、親友は諦めていないらしい。「まどかちゃんと一緒に生き残って、恋愛対象だって認めてもらうんだから!!」と白雪の夜叉の幻想を顕現しながら覚悟を決めている。


「それじゃあ……ホワリエル、ヴィーネット。頼んだよ。そうそう、ボクの予想は当たっていたみたいだから、そのことを這い寄る混沌ニャルラトホテプに報告しておいてもらえないかな? こっち方面のことは彼に任せているし。――やっぱり、ユーニファイドは複数世界観統合計画[Multi-world view integration plan]によって形作られた世界だって。I.Q230の天才なら、そこからすぐにボクの言わんとしているところまで辿り着く」


『『畏まりました』』


 異口同音で主人の願いを叶えることを誓った二人は、主人の願いを叶えると同時に、その戦いに水を差さないように結界を展開した。


『神聖結界』『邪陰之結界』


 異口同音で展開された相反する結界が互いに邪魔することなく咲苗達を護る。

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