Act.1-19 大迷宮からの帰還と最古参の使用人 scene.1

<三人称全知視点>


 「大いなる霜の巨人の猛吹雪」――体温低下によって移動力と身体能力にほとんど行動不能になるほどのペナルティ、視界が真っ白になる特殊な盲目状態、永続ダメージを発生させる吹雪に巻き込まれた圓。


「千羽鬼殺流・玉兎。闘気昇纏・金剛闘気」


 その即死級の一撃を圓は耐え切った。しかし、その代償にところどころ凍傷を負い、中には壊死した部分もある。


「泰山府君は天曹地府を管領して閻羅冥官を摂行す。禍福を科定して寿命を増減す。仍て之を敬う者は福祚を得、 之に帰する者は寿命を保つなり! Ich werde mit diesem Licht behandeln.」


 太山府君の力を借り受け、自然治癒能力を前借する泰山府君祭と光で傷を癒す魔法で凍傷を癒した圓。だが、壊死した部分が回復することはなく、十全な状態を取り戻すことはできない。

 そして、これを好機と見た元ドレッドナインボスな魔物達は圓の立て直しを許さず、間髪入れずに攻撃を仕掛ける。


 蒼眼の悪魔は両手用大剣に宿した炎を振りかざした。真紅の焔が床を伝いながら圓に迫る――「終焉の焔の大剣」だ。


「五十嵐流体術三ノ型・嵐走! 千羽鬼殺流・文曲!」


 丹田に溜めた気を蹴り足から爆発させることによって爆発的な突進力を得る五十嵐流体術で焔の剣を躱した圓はそのまま壁伝いに天井に辿り着き、天井に霊力で固定し、刀を鞘に収めて電磁加速式二丁拳銃ダブル・ミニレールガンを取り出した。


 ――ドパンッ! ――ドパンッ!!


 電磁加速式二丁拳銃ダブル・ミニレールガンから相次いで放たれた二つの弾丸は霜の巨人に吸い込まれるように殺到した。

 弾丸に込められた「火精-爆裂灼熱-」は霜の巨人の筋肉を貫きながら進み、身体の真ん中辺りに到達したところで発動し、爆発を巻き起こした。


 銃火器の師匠である斎羽さいば勇人ゆうとが「圓様に狙撃銃の扱いじゃ負けないが、拳銃で戦ったら勝ち目はねえな」と高評価した我流ガン=カタに霊力と闘気を込めることで火種として威力を上げた、原初魔法の込められた弾丸を電磁誘導で加速させて撃ち出すという圓の案は、斎羽、千羽、赤鬼の三人に「エゲツない(意訳)」という評価を受けた。

 

 土弄りとザボリをこの上なく愛する世界最強の狙撃手と、「剣姫」や「冷血の鬼斬姫」の異名で呼ばれている女剣士、燃えるような赤髪を持ち、二本の小さな角を持つ少女のような見た目の調停者の女鬼から素で怯えられたその力は霜の巨人にも効果があったようで、弾丸の命中した胸を中心にかなりの範囲を吹き飛ばしたようだ。


「…………そう簡単にはいかないよねぇ」


 だが、霜の巨人はここで終わらなかった。自らの吹き飛ばされた部分を氷で補い、戦いを続行したのだ。


 「大いなる霜の巨人の猛吹雪」と「紅蓮の悪魔の煉獄顕現」――霜の巨人と蒼眼の悪魔の全力という悪魔のような同時攻撃が霜の巨人を撃ち抜いた直後の圓に殺到した。


『これは危険ですね……そろそろ地上に転移した方が』


 今の攻撃で結界の一部にヒビが入ったのを一瞥し、ヴィーネットは潮時だと感じたようだ。

 ホワリエルは小さく首肯して、宿への転移のための術式を編み始めた。


「そう……それでいい」


 吹雪と灼熱が晴れた後の圓の姿は目を覆いたくなるほどだった。

 激しい火傷と凍傷。最早立っているのが不思議なほどの傷を最大防御してもなお受けながら、圓は凄惨な笑みを引っ込めることはなかった。


 その姿に、「ああ、この状況でなお圓は楽しんでいるんだ」と、咲苗には分かった。

 自分の死が近づいているのをここまで実感しながら何故こうも笑えるのか、咲苗には分からなかった。小学校での唐突な別れから彼女がどのような人生を送ってきたか、咲苗には彼の根幹を形作った日々がどのようなものだったのか分からないのだから、それも致し方ないのだろうが……。

 自分の好きな人が、一体何を考えているのか、咲苗にはさっぱり分からない。それが、悔しくて、辛い。


『術式が編み上がったよ』


「よし、それじゃあクラスメイトと・・・・・・・騎士団の皆様を・・・・・・・無事に送り届ける・・・・・・・・ように頼むよ」


 新たに魔法陣が展開され、中から【The three-necked skeleton centipede】が飛び出した。

 その事実を一瞥を持って確認し、冷や汗を拭いながら圓は微笑んだ。


『『畏まりました!』』


 術式が発動し、転移の魔法陣がクラスメイトと騎士団、未熟な天使と悪魔の足元に展開する。

 一生のお別れになるかもしれない、そんな状況にも関わらずホワリエルとヴィーネットは涙一つ流さない。


 ――もう既に二人は圓と再会するという目的地を見据えている。二人が涙を流すのは、大切な人と再会できた時の嬉し涙がいい。きっと、圓も涙を流してお別れすることなど決して望んではないのだから。


 圓を灼熱の槍が貫いた。蒼眼の悪魔の炎で形作られた、自らを貫いた槍を一瞥し、炎に干渉して・・・・・・槍を生み出したなんちゃってを一瞥し、圓は小さく「やっぱり、不穏分子はここで一掃しておいた方が良かったかな?」と呟いた。


 ――咲苗を狙う悪意、その正体が炎纏槍士・鮫島大牙であることは容易に想像がついた。

 鮫島にとって、オタクでイジメられる程度の存在でしかない園村が咲苗から優しくされるというのは許し難い状況だったのだろう。例え、圓側に咲苗に対する恋愛的な意味でも好意が全くないということが発覚しても、邪魔であることに変わりは無かったということだろう。


 結局、「タワー」が用意したバナナの皮は見事に圓を死へと誘った訳だ。


「――まどかちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 咲苗の慟哭は転移が完了したことでかき消された。


「……もう、これは無理かな」


 そして、瀕死の重症を負った圓を「慈悲なき骨蜈蚣の乱心」、「大いなる霜の巨人の猛吹雪」、「紅蓮の悪魔の煉獄顕現」が襲い、圓の命を掠め取った。



「……ホワリエルさん、ヴィーネットさん。私を、まどかちゃんのところに戻してください」


 転移が無事に終わり、咲苗達は宿の一室――園村に割り当てられていた部屋に戻ってきた。


 あのまま戦っていたら確実に全滅していた。圓がいたからこそ、咲苗達は生き残ることができた。

 本性を現し、勇者以上の力を振るってみせた圓ですら、あの転移先の強力無比な魔物達に勝利することは不可能だったのだ。今更大聖女回復役一人が行ったところでどうこうできる話ではない。


『圓様の慈悲を蔑ろにするおつもりですか? 迷宮で朽ち果てる前に私が殺しますよ?』


 ヴィーネットが射殺すような視線を咲苗に向けた。その中には「彼の気持ちを蔑ろにするような人が、よく恋人なんて名乗れますね」という嘲笑が含まれている。


『……まあ、お気持ちが分からない訳でもありません。実際、私だってすぐに皆様のことなど投げ出して圓様を助けに行きたかった。……でも、もう決めたんですよね。転生した圓様と再会するって――それなら、最後までその意思を通してください。圓様の恋人を自称するなら、それくらいやってもらわなくては』


 咲苗はホワリエルやヴィーネットに対抗するように「圓を見つける」と宣言した。

 つまり、ある意味においてホワリエルやヴィーネットとライバル関係になったという訳だ。ホワリエルとヴィーネット側に咲苗と協力して見つけようなどという気は全くないのだから、これは恋する乙女と圓の家族との譲れない戦いということになる。


『……ヴィーネット、それくらいにしよう。同じように圓さんを見つけたいって思っているんだから、目的は同じ。それに、私は危機管理が甘いのと自分の影響力をろくに理解していない、禍いを呼び込む性質さえなければ、咲苗さんに好感を持てる』


 ――とはいえ、圓を先に見つけることを譲る気は更々ないし、協力なんて絶対にしないけど。と心の中で続けられた言葉を咲苗は感じ取り、ホワリエルとヴィーネットに挑戦的な視線を向けた。


『さて…………本来なら、私達は今すぐ圓様の最後のご命令を速やかに実行に移さなければならないのですが。咲苗さんの他にも圓様の慈悲を蔑ろにされた方々がいらっしゃるようで……しかし、困りましたね。圓様は『クラスメイトと・・・・・・・騎士団の皆様を・・・・・・・無事に送り届ける・・・・・・・・ように頼むよ』と頼まれてしまいました……その意思に反する訳には参りません』


 ヴィーネットは本当に残念そうに顕現した闇の剣を手の中で消した。

 この中に圓を手に掛けた者がいる――それを知りながらも、決して命を奪えないもどかしさをホワリエルとヴィーネットは感じていた。



 ――唐突に部屋の扉が開いた。


 一体誰が、と咲苗達が視線を向けるとそこには見たこともない美女がいた。


 長い黒髪を苦無型の髪留めで止めているメイド服姿の女性だ。

 オリジナルのものだと思われるヴィクトリア朝のメイド服に限りなく近いメイド服に網タイツを合わせ、黒いハイヒールを履きながらも全く不自由さを感じさせない歩きは、凛々しいくノ一を彷彿とさせる。


「……ホワリエルさん、ヴィーネットさん。こちらにいらしていたのですね」


 美女から二人に向けられた視線はあまりにも冷ややかなものだった。

 今にも膨れ上がりそうな殺意を必死で押さえ込んでいるように、抑揚のない声で尋ねる。


「ヴィーネットさん……この方は?」


 咲苗はヴィーネット達がこの女性の正体を知っていると確信して震えるヴィーネットに尋ねた。例え、三人にとってはあまりにも場違いな質問だったとしてもこの場で尋ねない訳にはいかなかった。

 咲苗達は状況に全くついて行けていないのだから。


「……柊木咲苗、誰が発言を許しましたか? 愛玩動物の分際で随分な態度ですね。今すぐ叩き斬って差し上げてもよろしいですのよ? ……まあ、圓様がそれを望まれないことを承知していますから、メイドとして咲苗様と巴様には一切手を下さないことを誓いますが」


 メイドは咲苗と巴に微笑んだが、目が全く笑っていなかった。


「まあ、確かに私の態度は無礼なものでございましたね。……百合薗家の忍者を統括する忍統括の役職を与えられている常夜とこよ月紫つくしと申します。圓様に仕える最古参の使用人です」

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