Act.1-5 シャマシュ教国と召喚勇者達への歓迎会兼説明会 scene.1

<三人称全知視点>


「遠路遥々異世界からようこそいらっしゃいました。勇者様、そしてご同胞の皆様。私はシャマシュ聖教教会で教皇の地位に就いておりますエバッバル=テル・センケレ――以後、お見知り置きくださいませ」


 法衣集団の中でも白いズッケットを被り、白いスータンを纏い、教皇紋章が綺麗に刺繍された白いサッシュを締め、赤いマントを着用した七十代くらいの老人が進み出てきた。

 老人といっても纏う覇気や眼光が鋭い。また鍛えられているようで、無駄肉の一切ない身体からは老人という雰囲気が一切感じられない。顔に刻まれた皺や手や首に出た老いがなければ四十代や五十代といっても通るかもしれない。


 その後ろにはこの場において一人だけ浮いていたお姫様を従えた姿からは、この国がどのような権力関係になっているかを象徴しているように思える。


「わざわざご丁寧にご挨拶ありがとうございます。私は大倭秋津洲帝国連邦尾張国立鳴沢高校二年三組の副担任を務めております、門無平和と申します。先程は願いを聞き届けていただき、誠にありがとうございました」


 エバッバルに対応したのは副担任を務める平和だった。

 本来ならば担任が出るべきなのだろうが、その担任は小動物のようにオドオドした愛望なので、どうにも頼りない。赴任した時期も同じで堂々とした平和が窓口になることに対して不服そうな生徒はこの場に一人もいなかった。


「こちらは、このシャマシュ教国第三王女のオリアーナ=R=S=エラルサ様です。神託の勇者召喚の儀式に大きく貢献してくださいました、強力な魔法使いでもございます」


「お初にお目にかかります、オリアーナ=R=S=エラルサです。王族ということは気にせず、オリアーナとお呼びください」


 オリアーナと名乗ったお姫様は、可憐に微笑んだ。その瞬間、クラスの男子達のテンションが大きく上がったことを園村は見逃さない。また、女子達も昔、一度は憧れを抱いた本物のお姫様を目の前にして興奮を隠せないようだ。


「そちらの要望通り、この世界に関する諸説明を終えてから王族の方々への謁見ということで構いませんが、その前にうちの生徒の一人がお二方に質問と要望があるそうなので、そちらをこの場でお願いしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、構いません」


 平和の提案に、エバッバルはにっこりと微笑んで肯定の意思を示した。

 現状、咲苗達の持つ情報力は圧倒的に少ない。質問をするにしても、この世界に関する諸説明を終えてからにすべきだと咲苗達は考えていたのだが。


「お初にお目にかかります。大倭秋津洲帝国連邦尾張国立鳴沢高校二年三組出席番号十五番の園村白翔と申します。まずは、教皇聖下にいくつかご質問の方をさせていただきます」


 普段のオタクキャラからはあまりにも掛け離れた他所行きの園村の姿に愛望と曙光以下、クラスメイトのほとんどが衝撃を受けたのはいうまでもない。

 中には「オタクの分際で、何を出しゃばっているんだ!」と心の中で思っている者達もいるようだが、それよりも衝撃の方が大きいのだろう。


「まず、天井の壁画――大変素晴らしいものだと感じました。エバッバル聖下以下、シャマシュ聖教教会教徒の皆皆様の信仰の厚さと職人の皆様の高い技術力を窺うことができます。ところで、壁画の四方に刻まれている文字ですが、シャマシュ聖教教会教徒の皆皆様の信仰する御神、『シャマシュ』の名が刻まれていると推測致しますが、その認識で間違いはないでしょうか?」


 何を当たり前のことを……と言おうとして、クラスメイトの一部は『シャマシュ』以外にも、例えば『太陽神シャマシュ』のような何かしらの敬称がつく可能性に気づいた。

 そして、エバッバルもその考えに至ったのだろう。自分達の信仰を壁画から読み取り、褒めるという気遣いに嬉しさを感じたことを表情に出したまま、エバッバルは目の前に立つ園村と名乗った中性的な少年の洞察力に感心した。


「素晴らしい。その通りでございます。……ところで、どうしてお分かりに」


「実は、あの楔形文字には見覚えがございまして。丁度、シャマシュ聖教教会の皆様がご信仰なされている神と全く同じ名を持つ神がかつて信仰されていた最も古き文明とされるシュメール人が中心となって起こした古代メソポタミア文明にこれと全く同じ文字が使われていたのです。ちなみに、その神は最も古き太陽神であり、善良なる神であり、正義の神であり、生者を守る神であり、占いの神でもあります。……ところで、楔形文字と仮称で呼ばせて頂きます、あの文字は普段の生活でも使うものなのでございますか?」


「いいえ、一部の祭事の時に使うもので、アッシリア文字と呼びます」


 生徒達は「異世界に地球の常識が通じる訳がないじゃないか」と内心鼻で笑っていたが、園村はそれを聞いて一つの確信を得たようだ。

 アッシリアとは、古代オリエントで使用された楔形文字そのものを指し、これを用いた諸民族の言語・歴史・政治・社会・経済・法律・宗教・芸術・文学などを研究する学問であるアッシリア学にも繋がる。つまり、名称は違えどこの文字の正体が楔形文字であると判断することが可能になったのだ。

 そして、これは園村がこの世界に来てから抱いていた一つの疑問に対する答えを導くための一つの要素となり得る。


「ありがとうございます。続いて、オリアーナ姫殿下」


「はっ、はひっ! なんでしょうか!」


「そんな緊張なさらなくとも……別に取って食ったりはしないんだけどねぇ。今後、しばらくは王城で生活する事になるでしょうが、その際使用人の方々にいくつかお願いごとをすることがあるかもしれません。まだ具体的にどのタイミングでどのようなお願いをするか分かりませんし、まあ、割と気まぐれで思いつきで行動することもありますので、何やら突飛で意味不明なことをお願いするかもしれませんが、その時には是非協力頂けるよう、王族であるオリアーナ姫殿下から手配の方をお願いできないでしょうか?」


「は、はい! それくらいでしたら……そもそも、皆様は神に選ばれた勇者様なので王城にいる間は何不自由なく生活できるように手配するつもりですが」


「ありがとうございます」


 園村は願いを聞き届けることを確約したエバッバルとオリアーナに礼を述べると共に人を殺せもしない顔・・・・・・・・・で穏やかに笑った。

 その瞬間、オリアーナが感じたのは得体の知れない恐怖といい得もしない嫌悪感・・・だった。

 必死に表情を取り繕おうとした。相手は勇者として召喚されたオリアーナより実質的には立場が上の存在にも関わらず、目上の人に対する礼を尽くし、気を遣った言動と態度を選び取ってくれていた。そんな彼に対して不誠実だと思うが、どうしても取り繕えない。


 何も感じさせない硝子のような静かな眼差しに本能的な戦慄を覚えた。

 殺気も利口さも、感情の一片すら感じさせない表情を見て、全く人間的なところをオリアーナには認めることができなかった。


 彼は、きっとオリアーナに全く興味を示していないのだ。彼の礼節には一切の感情が篭っていない――いや、込められていてもあくまで上辺だけ。

 今ここで、もし彼が暴れ出したとして、神殿に配置した衛兵に対処は可能だろうか? きっと、敵対行動を取り始めたということにすら気づけず、何人か殺されてしまうだろう。


 こんな化け物が、住む世界は違うものの同じ人間で、しかも年齢的にもかなり近いなど、果たしてあり得ていいのだろうか?


「それでは、ご案内致します」


 エバッバルが勇者一行をシャマシュ聖教教会の総本山とそこに隣接する王城へと案内する中、一人残されたオリアーナは、今更ながら自分達がとんでもないものを召喚してしまったことに恐れを感じていた。


 事実、このオリアーナ達が敢行した異世界召喚はこの世界の根幹を揺るがす大きな切っ掛けとなった。

 しかし、それはこの時オリアーナが思い描いていたものとは全く別の――この世界に対する他世界からの因縁浅からぬ厄介者達による侵略という形ではあるのだが……。



 勇者一行が通されたのは総本山の一角にある全長十メートル以上にもなる巨大なテーブルがいくつも並んだ大広間だった。

 テーブルの材質は紫檀にも似たもので、いかにも高級そうだ。調度品や飾られた絵、壁紙も職人芸の粋を集めたように煌びやかな作りである。

 王族や一行を招いた際に使うような最高レベルの部屋なのだろうことは容易に想像がついた。後は、特別な晩餐会などか……。


 ちなみに、ここに案内されるまで暴動が起きなかったのは、ほとんどのメンバーが未だに置かれている現実に認識が追いついていなかったからだろう。また、咲苗や東町といった多少創作に傾倒して状況を理解していた者達も「ここで騒いでも意味がない」と別の意味で納得していたので、騒ぎを起こすことは無かった。

 また、平和が事前に話をつけた上で、エバッバルが全員に事情を説明することを召喚された面々が全員揃っているところで語らせたことや、カリスマ性限界突破の曙光が落ち着かせたことも大きい。

 ちなみに、本来纏め役になるべき愛望は副担任の平和や生徒の曙光に先にクラスを纏められてしまったため、完全に涙目になっていた。「私の存在意義って…………」と呟きながらブルブル震えており、羽戸山達親衛隊は「そんな愛ちゃん先生も可愛い!」と悶え、愛望が追加ダメージを受けていた。


 ちなみに、平和だが生徒を纏めることには興味がないようで、ここまでの長い廊下を歩いている間、どこからか取り出した音楽プレイヤーを起動して片耳イヤホンで音楽を聴きながら、最新の科学系の大学紀要に目を通していた。イヤホンから漏れ出てくる音は何故かオーケストラバージョンの『世に●奇妙●物語』だった。


 全員が着席したのを確認し、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイド達が入ってきた。

 メイド喫茶にいるような給仕の意味での本筋から離れたメイドでも、膨よかな(かなり意訳)おばさんメイドでもない、ヴィクトリア朝風の正統派メイド服を着た美女・美少女メイド達だ。


 異世界召喚という意味不明な状況でも、男という単純な生き物は本能を抑えられないようで、クラスの男子達の大半がメイド達を凝視して鼻の下を伸ばし、女子達から氷点下の視線を向けられていた。

 咲苗も傍に来て飲み物を給仕していたメイドを凝視していた。「私がメイド服を着たら園村君は喜んでくれるかな?』と思いつつ、少し苛立ちを覚えたので隣のメイドに渾身の殺意を乗せたジト目を向けた。


「……うーん、やっぱりコレジャナイ感が凄いねぇ。とりあえず、隠し武器が仕込まれた厚底ブーツとかを履いて、もう少し長めにしたスカートの中に隠し武器とか仕込んだら最高かな?」


「メイドの質が思った以上に低いですね。私のよく知るメイド達は客人の趣味や体調に至るまで完璧に熟知し、言われる前に客人が望むものをなんでも用意するものだと思っていましたが……おおっと、約一名そのような気の利いたことができないメイドもいましたね。とりあえず、昼食は取りましたが、デザートはまだなので何か甘い物を頂けませんか?」


 あまりにも空気を読んでいない園村と平和の発言に、場が一瞬にして凍りついた。

 園村が平和に今にも射殺さんという絶対零度の視線を飛ばすが、平和はのらりくらりと受け流す。


 ここまで完璧な所作だったメイド達も、この平和という客人の言葉には衝撃を受けた。「そんな完璧にできる使用人なんている訳がない!!」と心の中で叫んでいたが、実際に存在するのだから致し方ないだろう。

 生徒達は「平和先生って実はいい家の生まれだったりするのかな?」と執事やメイドに囲まれたお金持ちという平和の姿を想像して、「あれ!! 違和感ないな!?」と思ってしまったことに驚いた。


「えっ……園村君って戦闘メイド派だったの!?」


「マシか……親友。本物のメイドが一番だと思うんだが……何故、戦闘面に特化させようとする!?」


 咲苗は園村の意外な性癖を知り「戦闘メイドなんて無理だよ」と心の中で半泣きになり、正統派メイドが好みの東町は「おいおいマジかよ、なんで正統派メイドの良さが分からないんだ?」と心の中で溜息を吐いた。

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