Act.1-4 クラスの高嶺の花は名も忘れた幼馴染との有り得べからざる恋の夢を見るのだろうか scene.4

<一人称視点・園村白翔>


 ボク、園村白翔。自立したオタク気質な高校生、実は小説もイラストも描けたりするの!

 突然クラスの二大女神様に絡まれて、びっくり!

 クラスのみんなから針の筵みたいに殺気を向けられちゃうし……ボク、どうなっちゃうの~?!



<三人称全知視点>


「ってな感じで、八十年代くらいの少女漫画的なノリになりたい気分だよねぇ」


 目の前に座るのは満面の笑みの咲苗、右隣には「逃さないわよ」と睨みを利かせる巴……まではまあ許容しよう。咲苗の両隣には曙光と荻原が座っている。そして、左隣にはいつの間にか降って湧いた東町と……。


「あの……なんで、平和先生までいるんですか?」


 女神から雪女にジョブチェンジしたような氷点下の視線を向ける咲苗に対し、平和は古本の笑みアルカイックスマイルを浮かべながら大人の余裕を崩さない。


「別に私がどこの誰と一緒に食事をしてもいいでしょう? 実際に新宮寺女史は羽戸山はとやまさん達と食事をしているようですし」


 どうやら、「愛ちゃん」、「愛ちゃん先生」、「愛望お母さん」などと呼ばれている愛望は非公式ファンクラブである愛ちゃん先生を守り隊に所属する羽戸山はとやま啓介けいすけたつみ半蔵はんぞういぬい櫻子さくらこ本橋もとはし靖菜やすな北村きたむら篝火かがり二ツ杁ふたついり瑞稀みずきのグループに捕獲されて一緒に昼食を取ることになったらしい。

 ちなみに、平和と一緒に食事を取れなかったファン達は、平和と一緒にいる園村を認めた瞬間、「死ね」と露骨に殺意を伴った視線を向けてきた。


 ちなみに、残るクラスメイトは小田切おだぎり史朗しろう一ツ橋ひとつばし源文もとふみ上田うえだ信司しんじ宗谷そうやもみじ富永とみなが亜矢子あやこという男女混合の仲良しグループで、これでクラスメイトは全揃いということになる。


「もしかして、お弁当ってそのサンドイッチだけなの? 私のお弁当、分けてあげるね!」


「いえ、大丈夫です。追加の弁当持ってきているので……まあ、本当は夜食だけど」


 刻一刻と増していく圧力に気付いているのかいないのか、園村がリュックサックから重箱を取り出した。


「へぇ……家族にでも作ってもらったのかい?」


 その質問には曙光の「オタクに料理なんてできる訳がないよな。どうせ家族に作ってもらったんだろう? そんな家族に迷惑をかけてばかりの親不孝者が咲苗に相応しい訳がない」という曙光自身気付いていない副音声という名の悪意があったのだが、園村はそのままの意味で受け取ったようで――。


「いや、自分で作ったけど? ……まあ、確かに全体的に見れば多少なりは手伝ってもらったけどねぇ。というか、ボクは今家族と一緒にいないから作ってもらえる訳がないよ?」


 あまりにも唐突に落とされた爆弾発言に、不良達までもが衝撃を受けたようだ。

 愛望が「どう慰めたらいいんでしょう!?」とあたふたしているが、そんな愛望を微笑ましそうに眺める生徒はいない。


「あれ? 知りませんでしたか? ま……おっと、園村君は現在両親と距離を置いて、とある友人に頼み込んで仮の住まいに住んでいるのですよ?」


 その平和の言葉には「そんなことも知らないのに、よく親友やら片想いやら、そういう関係を築けますね」という言葉の毒が含まれていたが、咲苗にはそれに気づけるほどの心の余裕が無かった。


「……確か、ゲームクリエイターのお父さんと少女漫画家のお母さん……だったわよね?」


 巴の口から語られた園村の両親の職業の話を聞いた時、ズキリと咲苗は胸の痛みを覚えたような気がした。


「まあね……色々と事情があって、両親と離れて生活を送っているよ」


「どうやら、俺は少し園村君のことを勘違いしていたみたいだな……まさか、そんな苦労を。家族と離れてきっと寂しかっただろうに――」





「――君の価値観でボクが幸せかどうか測らないでくれないかな?」




 その瞬間、教室にいた全員が背中に刃物を当てられているような、背筋の凍るような冷たさに襲われた。

 それが園村の口から発せられたとは到底思えないほどのドスの効いた、殺気を孕んだ声。

 長い髪の隙間から覗く全てを飲み込むような漆黒の瞳は炯々と輝いている。


本当の・・・家族と暮らすことだけが幸せじゃない……そういう偏見的な見方はやめようね?」


 漆黒の瞳を引っ込め、人を殺せもしない顔・・・・・・・・・で穏やかに笑った。

 その僅かに見えたかんばせは七不思議の幻の女神そっくりで……。


「やっぱり、ご主人様あるじさまの特製お弁当は最高ですね」


 ただ一人、洗練された箸使いで平和だけが美味しそうに手製弁当を頬張っていた。



「あれ? おかしいな……私がお弁当を食べてもらう予定だったのに、何故ご相伴になっているのかな?」


「咲苗……私もよく分からないわ。そして、なんで私まで弁当をもらっているのかしら? あっ、この椎茸の煮物美味しいわ」


 出汁の効いた、余計な調味料で誤魔化していない和食は咲苗と巴の口にあった。それこそ、高級料亭で出てきそうな料理に、「俺達にはないなんてそんな話ないよな?」と半ば強引に惣菜の卵焼きを取った曙光と荻原が蕩けるような表情になり……「男の蕩ける表情なんて見たくはないんだけどねぇ」と園村の冷たい評価を受けている。


「親友、俺も何かもらっていいか?」


「……そういえば、何も取ってなかったんだねぇ。好きに取っていけばいいんじゃないかな?」


 そう言いながら、園村も煮物に手を伸ばし……。


「うん、やっぱりまだまだだねぇ。どちらかといえば、不味い部類に入るかな?」


 あまりにも辛辣な自己評価に巴達は揃って「どんだけストイックなんだよ!!」と心の中で叫んだ。


「しかし……なんだろうね? こういう感じで呉越同舟で一緒に料理を食べるってお料理系魔法少女以来、過激化するデスゲームの予兆な気がするんだけど…………ん?」


 その異変に気づいたのは、園村を含めてクラスに何人いただろうか。

 園村はその異変の方に意識を向けたことで、クラスに何人かいた気づける筈のない・・・・・・・・予兆に気づいた者の存在に意識を向けることはできなかった。いや、思考を分割させれば可能だったが、あまりにも予想外の事態にそこまで頭が動かなかったのである。


 突如、教室の中心に現れた純白に光り輝く円環と幾何学模様――それに一瞥を与えた瞬間、全員が金縛りにでもあったように輝く紋様を見つめる中、園村は一瞬の迷いもなく叫んだ。


「――平和教諭ッ!!」


「畏まりました!!」


 徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した魔法陣。流石に教室全体に異常事態が広がったことで、ようやく硬直が解けたようだが、その後に訪れたのは理解不能な状況によるパニックだった。


「皆! 教室から出て!」


 愛望が咄嗟に生徒を廊下へと避難させようとしたが、パニック状態になった生徒達にはまるで効果が無かった。

 多少オタク知識のある咲苗と東町が多少余裕を取り戻したのかクラスメイトをなんとか廊下に避難させようとしたが、烏合の衆と化したクラスメイトを避難させるのは二人の力でも至難の技だった。


 そんな中、園村は机を大きく蹴り、更に平和のアシストも借りて大きく跳躍――空中に飛び上がった。

 魔法陣から離れればこの異常事態から抜け出せると考えた訳ではない。この異常事態の状態が、昨今とあるネットサイトを中心に溢れ返っている異世界召喚の兆候なら、より沢山の人員を異世界に送り込むために空間干渉系の魔法を利用するか、或いは結界を展開して外に出さないような手を打っているだろう。つまり、既に手遅れなのだ。


 それよりも、園村は自らの思う建設的なことをしようとした。――そして。


「なるほど……やっぱり、見たことのない・・・・・・・魔法陣だねぇ」


 魔法陣の全貌を確認して床に降り立った園村とクラスメイト達をピカッと光った魔法陣の輝きが呑みこみ、視界を白く塗り潰した。



「……ここ、は?」


 咲苗が目を開けると、そこは見慣れた教室では無かった。


 まず、咲苗達は円形状の大理石製の台座の上に横たわっていたようだ。咲苗達のいる部屋はその台座を中心として、いくつもの美しい彫刻が彫られた巨大な柱によって支えられたドーム状の空間になっており、周囲の壁には海や山、森といった自然の景色が描きこまれた壁画が嵌め込まれ、天井には後光を背負った長い金髪と碧眼を持つ中性的な顔立ちの存在が青空を背景にして描かれている。


 天井の絵の四方には歴史の教科書に載っている楔形文字に似た文字で何かの文が彫り込まれていたが、そこまでの知識を持ち得ない咲苗に解読することはできなかった。

 まあ、そもそもそれらの言葉は楔形文字ではなく異世界言語の可能性がある。それならば、例え楔形文字に関する知識を持っていても解読は難しいだろう……まあ、類似点から探すなど、解読の手掛かりの一つにはなるだろうが。


 台座の下にはまるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んでいる男女数十人の姿があった。

 彼らのほとんどは白地に黄金の刺繍が施された法衣のようなものを身に纏い、傍には中心に小さめの宝石が嵌め込まれ、その周囲に魔法陣が刻まれた白杖が置かれている。


 異質なのは、その中に薄桃色のプリンセスラインドレスを身に纏った、いかにもお姫様といった出で立ちの、白金の髪が腰まで緩やかに波打つ、幼さを残すものの綺麗な顔立ちをしている少女の姿があることだろうか? だが、その表情は疲弊しきり、花の顔の血色は悪く、汗に濡れ、肩で息をしている。

 お姫様は咲苗と目が合ったところで、にっこりと微笑んだ。その笑顔は弱々しく、無理をしていることが伝わってくる。


「咲苗さんも起きたんだねぇ。これで三人か……」


 既に目を覚ましていたらしい園村が咲苗に声をかけてきた。

 どうやら、状況を呑み込めていない咲苗とは異なり、平常心を保っているように見える。

 園村は咲苗を見て「うん、問題なさそうだねぇ」と小さく呟いた。一体何が問題ないのだろうか? この異常事態に巻き込まれた時点で問題ありまくりではないのだろうか? 呟きを拾った咲苗は思わず抗議したくなったが、この場ですべきではないと考え、やめた。


「――今回の責任者だというご老体とは、平和教諭が話をしているから問題ないよ。今起きているメンバー……まあ、ボク達三人に先に説明するよりも、みんなに対して説明する方が向こうも手間が省けるからねぇ。それに、何が起きたかは咲苗さんも大体理解しているみたいだから問題ないよねぇ」


 魔法陣が現れてから、咲苗には薄々何が起きたかは分かっていた。異世界召喚――そんな信じ難い事象が実際に起きてしまったのだろう。信じたくはないが、それ以外にこの異常事態を説明できるものはない。


(なんで、園村君も平和先生もそんな風に動けるのかな?)


 園村も平和もまるで異常事態に混乱せず、なすべき行動をなしている。

 咲苗は、そんな二人の姿を見ながら、状況把握も感情の整理もできていない自分の無力さを呪った。

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