Act.1-3 クラスの高嶺の花は名も忘れた幼馴染との有り得べからざる恋の夢を見るのだろうか scene.3

<三人称全知視点>


「まあ、一応念のためにね。まさかと思うけど、咲苗さんもボクみたいな・・・・・・オタクのように現実と虚構を混同している……そんな訳ないよね?」


 あくまで星の智慧派は虚構のもの――それを、実際に存在するものなんて思っていないよね? ましてや、門無平和教諭が這い寄る混沌ニャルラトホテプの化身なんて、そんな冗談は言わないよねぇ? という副音声が咲苗には聞こえた。


「そうだよね……そんなことある訳が……」


 そう言おうとしたところで、東町が咲苗を制した。


「平和先生がニャルラトホテプの化身ってのは、流石に無いと思うが、星の智慧派は確かに存在するぜ。……数年前に起こった地下鉄で毒ガスが撒かれた事件……あれを含めた数十の凶悪犯罪事件に関わり、今なお逮捕されていない科学者がいるって都市伝説を聞いたことがある。そいつは、星の智慧派を名乗り、数々のカルト教団やテロリスト集団に化学兵器を流している……」


「ここで都市伝説を出してくるのか……。オタクってのは現実と虚構の違いを理解した上で虚構を愛するものを指す――現実と虚構の差を理解できていないのはただの厨二病患者やそれを拗らせた高二病患者だよねぇ。……まあ、近年はそのオタクの質もかなり下がっているからねぇ。昔はギーク並みのパソコン操作ができたり、原本を読んで知識を深めるところまでしっかりやるのがオタクだった筈なんだけど、今はロクな知識も持たずにオタク扱いされている人って結構いるよねぇ。個人的にはあんまり喜ばしい風潮ではないのだけれど。……まあ、あまり面白みのない世界で、根はあっても枝葉のないものに尾鰭背鰭をつけて面白おかしくするのも一種の創作な訳だし、あまり否定できないんだけどねぇ」


 しかし、あくまでそれは創作であって現実とは違うんだよねぇ……。と続ける園村。どうやら譲る気はないらしい。


「どうしました? 私をネタにして何を楽しく談笑しているのか分かりませんが、もうすぐホームルームですから着席してください」


 どうやら話し込んでいて気づかなかったらしい。いつの間にか平和がすぐ側まで来ていた。

 他の生徒達は既に座っているようで、この場には園村、咲苗、巴、曙光、鋼太郎、東町の姿しかない。


「ほら、いくわよ、咲苗」


「俺達も席に戻るとしようか」


 咲苗、巴、曙光、鋼太郎、東町の五人はそのままいそいそと席に戻っていく。

 咲苗はその最中、背中に突き刺すような視線を感じた。「まるで、今すぐにも殺してやりたい」という強い意志の込められた視線に気づき、ふと視線を後ろに向けたが、そこには珍しく柔らかい表情を浮かべた平和の姿があるだけだ。

 その隣では、園村が溜息を吐きながら今度こそ突っ伏して夢の世界に旅立っていた。



「ふぁぁ……充電率八十パーセントってところかな? 全く、あのヅラ。変な時間に起こしやがって……ボクの予定だと九十パーセントくらいは回復できる筈だったのにねぇ」


 体内時計に従って正確に四限終了と共に、園村は大きく伸びをして起き上がった。

 ちなみに、ヅラというのは数学担当教師でどう見てもヅラな数学教師だ。品行方正、規律を好むこのヅラ教師は他の教師が(まるで関わりたくないと言わんばかりに)目を背ける園村にも積極的に注意し、寝落ちしていたら起こそうとする男だ。

 ちなみに、ヅラ教師の弱点はヅラでヅラを吹き飛ばすと気絶するという生態がある。まあ、ピンポイントな力加減でなければヅラだけを吹き飛ばすことは至難の技なので、江戸時代から続くという五十嵐流道場の一人娘で現在は「剣道小町」、「美少女剣士」、かつては「剣の妖精」と言われていた美少女の巴辺りならともかく、他の生徒には不可能な芸当だろう。そして、巴は性格的にヅラ教師と敵対することはない。


(……さて、昼食でも取りますか? と、その前に準備を――)


「園村君、昼までいるなんて珍しいね。お弁当一緒にどうかな……って」


 園村はお弁当に誘いに来た咲苗は、そのままの表情で硬直した。

 本四冊を特注? の器具で取り付け、特製のサンドイッチを片手にページを捲る、サンドイッチを食べる、水筒の中身を飲む、片手にページを捲る、サンドイッチを食べる、水筒の中身を飲む、片手にページを捲る、サンドイッチを食べる、水筒の中身を飲む、片手にページを捲る、サンドイッチを食べる、水筒の中身を飲む、片手にページを捲る、サンドイッチを食べる、水筒の中身を飲む、片手にページを捲る、サンドイッチを食べる、水筒の中身を飲む、片手にページを捲る、サンドイッチを食べる、水筒の中身を飲む……という無限ローテーションをしていた園村は、咲苗の方を見てこてんと首を傾げた。


「……えっと、なんだっけ? 席が必要ならどくけど?」


「そういうことじゃないよ!!」


 今にもハリセンを持って思いっきり振りかざしてきそうな咲苗を見ながら、園村は心底面倒くさそうに本を仕舞った。

 ちなみに、同時四冊読みである。咲苗はその姿にズキリと胸が痛んだ気がしたが、それが何故かはよく分からなかった。


「園村君って、咲苗の気持ちを分かった上でやっているわよね?」


「……まあ、ボクは空気を読んでいるつもりなんだけどねぇ。なんだか、最近高校に来る理由もなくなりつつあるし、仕事増えるし、ロクに休めないし……もう割と本気で高校辞めよっかな? もう一年通って当初の予定は果たしている訳だし」


「……ごめんなさいね。この子、自分が迷惑をかけていることに気づいていないのよ。でも、本当に貴方のことを……」


「あ、うん、別に本当はそんなの必要ないんだけどねぇ。寧ろ、ボクみたいな異物が存在していたら見たいものを見れないってことがよく分かったから。うんうん……やっぱりそうだねぇ」


 園村からは空気を読むことができても、それに従う気はないという態度が窺える。

 実際に、園村は咲苗の気持ちに気づいているのだろう。そして、その上であえてその気持ちを無視している。

 長年咲苗が再会を願った初恋の人を探すことを手助けして、誰よりも彼女の恋を応援してきた巴には、この園村の態度はどうにも許せるものではない。


(しかし、園村君が鮫島さめじま達にイジメられてまでこの高校に通う理由って本当に何なのかしら? ……たまに、咲苗の方に今にも蕩けそうな表情で視線を向けているから、何かしら咲苗に対して好意を持っている筈なのだけど……やっぱり、分からないわ。なんなのよ、この人!!)


 咲苗と園村の奇妙な関係と、園村の意味不明な思考回路に頭を悩ませる巴だが、まさか園村から咲苗に対するものと同じ類の視線を向けられているとは露ほども思っていなかった。……まあ、園村からの視線は何度も感じ取っているのだが。


 ちなみに、鮫島さめじま大牙たいがとは巴達と同じクラスのなんちゃって不良のリーダー格のようなものだ。

 他に虎杖いたどり勝治かつじ齊藤さいとう琢磨たくま松原まつばら重樹しげき澁澤しぶさわ省吾しょうごなどと連んでいるが、誰がリーダーかと明確に示せるような大きな力量の差(この場合はカリスマ性や純粋な物理攻撃力を指す。決してインテリヤクザみたいな賢さを指している訳ではない)はない。


 今朝、机に落書きを仕掛けたのも鮫島達である。こうした悪戯の数々を「乙女ゲームの主人公キャラが転生した悪役令嬢に対してやるような、小学生みたいな低俗な悪戯だねぇ」と園村は内心鼻で笑っていたが、決してそのことを口に出したりはしない。


 ところで、鳴沢高校にはそこそこの数の生徒が在籍しているので、小さな購買も設置されている。

 既に購買組は買い物を終えたようで、戻ってきて教室で昼食をとっていた。

 特に教室で昼食を取らなければならないという決まりはない(封鎖されているので屋上は無理だが、中庭のベンチなど屋外を選ぶという手段もある)が、この鳴沢高校二年三組では教室で食事を取る者がクラス全体の百パーセント……つまり、全員だった。理由は明明白白、二大女神の容を拝みたいからである。


「そういえば、あの三大女神の一角にして幻の女神って言われている謎の美人女子高生、最近見ないよねー。和子さんは最近見た?」


「えっ? ええっと…………見ていないかなぁ」


 教室の前の方では机を固めて数人の女子高生が談笑しながら昼食を食べていた。

 咲苗や巴、曙光のようなカリスマ性や女神性を持ち出せてはいないものの、時たまリーダーシップを発揮する、普通のクラスなら学級委員をやっていそうな山崎やまざき三葉みつばを中心とする女子グループだ。

 メンバーは妻夫木つまぶきえんじゅ風見原かざみはら夢路ゆめじ長良ながら椎菜しいな芳川よしかわ奈月なつき豊嶋とよしま和子かずこ稲垣いながき香織かおり――ちなみに、三大女神の名前を挙げたのは稲垣香織で、質問に答えたおどおどとした方が豊嶋和子である。


 一人の……悪く言えば陰キャラの人見知りの多い少女を、六人のザ・陽キャラという女子高生達が囲んでいるという光景は一瞬集団リンチと勘違いしてしまいそうだが、おどおどしながらも豊嶋はなんだかんだで馴染んでいるようである。


 園村はそんな女子高校生達に巴と咲苗に向けたような視線を向け、咲苗の周囲の空気が自分でも理解できないまま二、三度下がった。


 ちなみに、幻の女神とは唐突に校内に現れる鳴沢高校七不思議にも数えられる謎の女子高生だ。巴や咲苗に匹敵する美貌を持つ生徒名簿・・・・にも名前のない謎の女子高生――その正体は非業の死を遂げた絶世美少女女子高生の幽霊、セーラー服の女神の化身などなど、様々な憶測が飛び交っているが、未だに正体は明らかとなっていない。ちなみに、残り六つの七不思議は、深夜に奏でられるグランドピアノ(実は自動演奏機能付きでどこかの酔狂な音楽家が悪戯で毎回タイマーを深夜に設定していたというのが真相。ちなみに、奏でられるのは「妖精のエアと死のワルツ」というカオス)、美術室の描き足される絵(どこかの酔狂なイラストレーターが暇つぶしに書き出し始めたというのが真相。現在、停止中)、夜中に動く標本と剥製(どこかのこれまた酔狂なマッドサイエンティストが標本と剥製を改良して全自動ロボットにしたというのが真相。ちなみに『おい、やめろ』というと自爆モードに移行する)、校内を高速移動するという影(実はしっかり観測されたことがなく、気のせいではないかというのが一般的)、トイレの花子さんと校庭の一角に現れる戦死者の幽霊(昔から存在するし、実は事実)、そして、七つ目の幻の女神である。

 ちなみに、戦死者の幽霊は通りすがりの陰陽師見習い? に除霊され、花子さんは説得の末に高校を後にしているのだが、その事実を知る者は少ない。


「…………まあ、気が向いたときとかに出てくるんじゃないかねぇ? 統計的に」


「ちょっと、園村君、一緒に食べようよ!!」


 そういえば、まだ居たんだね……と咲苗と巴の姿を認めて、園村は盛大に溜息を吐き、クラスメイトのヘイトが瞬く間に膨れ上がった。

 「大変ね……と言おうと思ったけど、咲苗の気持ちに真っ向から向き合わないんだからこれくらいのダメージは負うべきだわ」と視線を送ってきた巴に、園村は「いや、無茶な話だよねぇ? 高嶺の花と付き合えるのはイケメン勇者みたいな曙光君みたいな人なんだって相場が決まっているんだよ?」と視線を返した。その二人の反応に、近くの席で食事をしていた荻原からピキリという小さな音が響いたのは言うまでもない。


「……全く四面楚歌だねぇ。こういうのっていずれ高嶺の花なヒロインと結ばれる、主人公とかの特権だと思うんだけどなぁ」


 心底面倒そうな表情を浮かべながら、園村は新しいサンドイッチに手を伸ばして紅茶片手に頬張った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る