Act.1-6 シャマシュ教国の召喚勇者達への歓迎会兼説明会 scene.2

<三人称全知視点>


 メイド達は一糸乱れぬ動きで(ただし心の中は乱れに乱れまくっていたが)デザートを用意させに行き、王族や一行を招いた際に使うような最高レベルの部屋では園村、東町、咲苗によるしょうもないメイド談義……という名のディベートが続いていた。


「まず、そもそもメイド自体見慣れているからねぇ。あえて、選べというなら好みは戦闘メイドってことになるだけだよ。そもそも、ボクはメイドをくノ一と混同させているところがあるからねぇ。苦無とか手裏剣とか改造した櫛とかを使う暗殺者系メイド(特殊素材の全身網タイツの上からメイド服を着た和風系のメイド)を割と気に入っているんだよねぇ」


「…………マジか……分からない訳ではないけど……でも、正統派メイドが一番だというのは譲らないぞ!!」


 クラスの雄猿達は想像で鼻の下を伸ばし(くっ殺を想像した)、女子達は男子達と不毛なやりとりをする馬鹿二人に冷ややかな視線を向けた。


「でも、くっ殺じゃないんだよねぇ。ボクの好みのメイドさんを妄想で汚した人達――覚えておいてねぇ」


 部屋の温度が一瞬で南極に変わった気がしたが、多分気のせいだろう……気のせいだろう。


 その後、改めてメイド達がデザートを並べたところで本題に入った。ちなみにデザートは小さめの焼き菓子だった。



「それでは、お約束通り一から説明させて頂きますので、まずは私の話を最後までお聞き下され」


 そこからエバッバルが話し始めたのは、まさにファンタジーの王道テンプレで、酷く身勝手な話だった。

 長々とした話なので、スッキリと要約しておこう。


 まず、この世界はユーニファイドと呼ばれている。このユーニファイドには大きく分けて人間、亜人族、魔族の三つの種族が存在するようだ。

 その三つの種族がそれぞれ様々な形態で国を作り、大小乱立しているが、人間族はシャマシュ教国の他にシャマシュ聖教教会を邪教と考え、聖女こそ魔王を倒し、世界を平和にすると考えている天上光聖女教を信仰する者の多いブライトネス王国、その隣国のフォルトナ王国、などなど。亜人族は様々な場所に小国を築いているが、中でも大きいのは獣人族によるユミル自由同盟とエルフの支配下にある緑霊の森――彼らもアニミズム的な神を信仰しているためシャマシュ聖教教会とは相性が悪いそうだ。

 そして、魔族のオルゴーゥン魔族王国。魔王を頂点とする多種族国家で、シャマシュ教国やブライトネス王国と敵対しているようだ。


 人間と魔族は数百年くらい争っているらしい……といっても、ほとんどは人間側から一方的に攻撃しているみたいだが。だが、魔族側から侵攻したということも無い訳ではない。こちらが信仰上の理由から亜人族や魔族の存在を許せず、支配下に置こうとしているのに対し、向こうは食料などの問題が理由のようだが。後に調べてみると、魔族側で大きな飢饉が起きた年に魔族による侵攻が行われている。


「…………どこかで聞いたような国名があった気がするけど、きっと気のせいだよねぇ」


「親友……俺もだ。気のせい、だよな?」


「ちょっと昔にやった乙女ゲームに『スターチス・レコード』って作品があって、そこにブライトネス王国って国名が出てきた気がする。実はメインメンバーの高槻斉人先生とフルール・ドリス先生――尊敬している先生達がタッグを組んだ最高傑作だから、何回もやり直してプレイしたんだ!」


「えっ、咲苗さん、あのゲームやったことがあるの!? 俺、昔は乙女ゲームって女の子向けだって思っていたから避けていたんだけど、あの先生二人のタックで作るって話だったから初めて買ったんだよね! やっぱり神作だったよ!!」


「…………まあ、ボクはあんまり好きじゃないんだけどねぇ」


「「えっ!?」」


「あの高槻斉人先生とフルール・ドリス先生の代表作だよ!? なんで……園村君も好きそうなのに」


 話が脱線に脱線を重ねていたが、オタク二人と、オタクと化した女神を止められるものはこの場にはいなかった。エバッバルは好々爺然と優しく微笑み、女神のメッキが剥がれた咲苗の姿にクラスメイト達は幻想がぶち壊され、咲苗の本性を知る巴は溜息を吐いている。


「あれを神作だっていう人は『ちょっとおつむ大丈夫かな』ってのが正直な話だよねぇ。そもそも家庭用ゲームコンシューマーゲーム向きじゃなかった内容を家庭用ゲーム用にしたから多くの設定がボツにされたってことで、ノーブル・フェニックス社内では『ボツの屍の上に完成した乙女ゲームというシュールな存在』とされているみたいだし、あれ以来意見の相違で社内で大論闘を繰り広げている高槻斉人とフルール・ドリスも、『もう家庭用ゲームは作らねえ』と意見が一致したって噂を聞いたことがあるからねぇ。内容は良かったんだけど、選んだハードが悪かったって感じかな? 個人的にはMMORPG『Eternal Fairytale On-line』があのコンビのものでは最高の作品だと思うんだけど」


 ようやくついて行ける話が出てきた、とクラスの一部が水を得た魚のような表情になった。

 その一人は巴だ。実は巴も咲苗に誘われてMMORPG『Eternal Fairytale On-line』をプレイしたことがあるので、話題についていくことができるのだ。


「そういえば……咲苗さんもあのゲームプレイしたことがあるんだっけ? ハロウィンのリアルイベントにも参加したみたいだし、その時に中学生の頃にクリスマスのリアルイベントにも参加したって言っていたよねぇ?」


「うん、『四つ葉のクローバー』っていうギルドに所属しているよ。巴ちゃんも」


「あ〜、戦闘系八十七位の……確かあそこって男人禁制だったねぇ。昔ゲーム始めたばかりの頃にあそこのギルマスしてた子に色々と教えてあげたっけ? あの子、元気しているかねぇ……最近は忙しくてなかなか連絡を取れてなかったからねぇ(まあ、あの子はただのホステスだから側迷惑な男絡みで面倒ごとに巻き込まれるのがせいぜいで、厄介な面倒ごと・・・・・・・に巻き込まれることはないだろうけど)」


 巴と咲苗は顔を見合わせた。改めて目の前にいるのが本物のゲーマーであることを理解した咲苗は、「やっぱり普通のオタクじゃ園村君には釣り合えないんだね……」と激しく落ち込んでいる。


「そういえば、親友はどこのギルドに所属しているんだ?」


「世の中には知らない方がいいこともあるんだよ?」


「……その心は?」


「黙秘したい」


 咲苗と巴と東町は「ああ、実はランキングの上位に入らないんだな」、と勝手に納得した。

 MMORPG『Eternal Fairytale On-line』はとにかく課金要素が多い。その分、満足できる形になってはいるが、未成年の咲苗達は大量課金ができないのでそこまで強者にはなれない。きっと、園村も同じ壁にぶつかり、使える金がある大人達にあっさり抜かされてしまったのなと勝手に解釈した。


「ごほん、続きを話してもよろしいでしょうか?」


 話が終わったのを確認し、エバッバルが続きを話し始める。


「我々シャマシュ聖教教会が崇める唯一神にして、守護神たるシャマシュ様は、この世界を創られた至上の神なのです。おそらく、シャマシュ様はこのままでは人間が滅ぶと悟られたのでしょう。それを回避するために、シャマシュ様は神の使徒たる我らに召喚の秘儀を授けたのです。貴方方の世界はこの世界よりも上位に位置し、例外なく強大な力を持っているそうです。シャマシュ様の神託では、貴方方という我々にとっての救いを派遣すると――貴方方に是非その力を発揮し、シャマシュ様の御意志の下、魔族を駆逐し、我ら人間をお救い頂きたい」


 エバッバルの話ははっきり言って滅茶苦茶だった。こちら側の都合を考えない一方的な理論で、戦いを強要する。


「ふざけるのも大概にしてください!! 結局、私達に戦争をさせようということですよね! そんなこと先生は許しませんよ!! きっと家族も心配しています! 早く地球に帰してください!!」


 当然、教師の鑑・・・・の愛望は猛反発した。まあ、ちっこい先生がぷりぷりと怒っているだけなので迫力には欠けるが。


「なるほど……そして、おそらく片道切符なのでしょう? 皆様は神から異世界召喚の秘儀を授けられた……ということは、貴方方では帰還の切符を用意することはできない。神にその気がなければ使い潰されるか、ゲームの駒にされるか……」


 途端、恐慌状態に陥るクラスメイト。彼らは平和の口が「まあ、別に大倭秋津洲でなくても実験はできますし、素晴らしい実験場を提供してくれたという意味では感謝しておりますが。果てさて、神というのはどのような身体の構造になっているのでしょうか? 内臓はどのような色をしているのでしょうか? 薬物にはどれくらい耐えられるのでしょうか? 原爆には対抗できるのでしょうか? 反物質爆弾には? ああ、興味が尽きませんねぇ」と物騒な言葉を無音で紡いでいたのが、その言葉を正確に受け取った者はこの場に一人しかいなかった。


「ええ、分かりました。どうせ貴方方には我々の帰還に力を貸すことはできない。それだけの情報で充分です。――ただ、これだけは覚えておいてください、エバッバル聖下。貴方方の考える法則だけが世界の全てではないということを」


 その場で、数少ない冷静なままだった平和はエバッバルに対して挑戦的に微笑んだ。

 その顔には「あまり私達を舐めない方がいいと思いますよ」と書いてあるようだった。


「みんな、ここでエバッバルさんに文句を言ったって仕方ない。彼にだってどうしようもないことは分かっただろう? この世界の人間達は滅亡の危機に瀕しているんだ。それを同じ人間として放っておくことはできない。だから、悪である魔族を滅ぼそう。それに、もしかしたら魔族を討伐し終えれば俺達を下の世界に帰してくれるかもしれない」


「そうだ、曙光さんの言う通りだろ? エバッバルさん。俺も戦うぜ!!」


「そうですね。シャマシュ様もこの世界のために戦った皆様のことを無碍にはしないでしょう」


 カリスマ性を発揮した曙光がエバッバルに賛成した瞬間、空気は一瞬で変わり、活気と冷静さを取り戻した生徒達が続々と賛成していった。

 東町と咲苗が「これって、良くない流れなんじゃ」と類似した異世界ものテクストを思い出して、激流と化した賛成の流れに懐疑的な視線を向けていたが、女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っているこの状況を変えるのは不可能だろう。それに、結局賛成する以外の道は残されていないのだ。


 そんなクラスメイトを見ながら園村は嘲笑を浮かべていた。その嘲笑の矛先は教会に踊らされたクラスメイトであり、そして――。


 ――漆黒に包まれた・・・・・・・両手を眺めながら、園村は儚げに笑った。

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