第1話
「明日から部署異動となりました」
人事責任者の柔らかく落ち着いた声は、凍てつききっていた私の心をゆったりとまろやかに溶かしていた。
11月下旬、秋と呼ぶには遅く冬と呼ぶには温もりを感じた頃。
後輩からのセクハラにほとほと疲弊していた私は、馬耳東風な対応を続けた上長ごと人事案件として報告し
しばしの羽休め期間の真っ只中だった。
復帰面談にてそんな状況と会社としての利益を最大限考慮した結果、私も件の彼らも塵尻に異動となり
実質上所属していた部署は解散となった。
新しく出来上がった会社だから
大手の由縁もある会社だから
と鳴り物づくしの会社へ新卒入社したが、
実際のところは日々自転車操業の毎日に確実に疲弊しきっていた。
大学の同窓会で郷愁心から安易に当時の元カレと関係してしまい、成り行きで結婚。
今では1児の母。
同じ世代のなかではスピード婚に部類されるだろう。
惚れたはれた、といった感情がうごめくようなことは正直ない、言ってしまえば「こんな感じなんだろうな」といった結婚だった。
夫を愛していないわけではない。
子どもだってたまらず愛おしい。
日常ってこうやって築かれ、育まれ、営まれていくものだと実感はしている。
ただ、なんだろう。これで良かったの感は不定期についてまわってくる、
大概そういった感情は他人の恋事情だの、創作物だの何か触発されて相乗効果的に思うものだ。
私の場合はスーパーでの明後日以降の食品の買い出しだとか、親類の法事だの、先輩との昼食だの
ごくあり触れた日常のなかで唐突的に襲ってくるものだった。
否、唐突とは語弊があったかもしれない。
季節は決まって寒い時期だったかもしれない。
兎にも角にも、その頃は丁度その時期入りしていた。
ただし、彼に惹かれたきっかけはそれだけでは説明しがたい。
なんてたって声から惚れてしまったのだから。
可惜夜 世良ふぃ @seraseraserafi
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