第8話
夜。
深夜。
人間ではない者達が生きる時間。
僕は一人で懐中電灯を手に取り、
友達が来にくいのはやはりこのトンネルが原因だよな、と脳内では適当な事を考える。
絹衣の家に入るべく、僕はドアノブに手をかける──がその瞬間、二階の窓から花瓶が落ちてくきた。
僕は今日のために呪術の文字式で身体を無理矢理強化させてきたから、花瓶を余裕で避けることが出来る。
というかやっぱりそうか──そうだよな。
あの人はやはり僕の邪魔をしてきていたんだよな。
僕はドアにまで駆けて、ドアを突き破る。
ドアが無くなった瞬間に大量の蝿が出てくる──そして僕に直線で向かってくる。
「気持ち悪過ぎだろ!」
僕は素早く腰を下げて、蝿達の横を通り抜ける。
そのままの勢いで二階まで駆け上がる。
というかこの家、夏だってのに寒過ぎないか。
師匠の冷房ガンガン部屋より断然こっちの方が寒いとかまずいだろ。それは。
二階に辿り着いて絹衣の部屋まで行くぞ、と思っていたが、どこからともなく空中から数本のナイフが飛んでくる。
僕はその数本のナイフのうち一本だけキャッチし、それ以外は身体を飛躍させたり、捻ったりしてなんとか避けた。
「この位じゃあ僕は死なないぞ」
僕を殺そうとしている奴──と絹衣の部屋に入りながらそう叫ぶ。
そしてそこにはいた。
僕を殺そうとしている奴が。
今回の物語の邪魔者が。
今回の事件の犯人的人物。
細い体躯を締め付けているボロボロで所々破れている黒いドレス。
薄い赤色で塗られた細い唇。
目元は黒く染められ、眼球が動いていることぐらいしか分からない。
手に持っている細くて長いナイフと一冊の本は絹衣 羽衣の日記であろう。
闇の中から生まれた闇みたいなオーラを纏った人物。
「聞いていますか? 絹衣の母親である──
絹衣が成仏出来ない理由である人物と僕は相対する──。
*
「今回の事件の犯人的人物──それは恐らく絹衣の母親である絹衣 空棺だ」
まず母親が何故絹衣の成仏を邪魔するのかという動悸が分からなかったし、そしてやり方も全くもって分からなかった。
当たり前だ──幽霊が成仏しないようにする術なんて僕には分かるわけがない。
「すみません。重大発表してもらって申し訳ないのですが、僕には全く分からないのですが……動悸とか……」
僕の右側の席に座りながら、そしてスターバックスの新作カプチーノを飲みながら──神定さんは笑う。
僕の左側に座りながら、スターバックスのカフェラテを飲みながら──結乃は真顔で、無言でいる。
そして離れた席では師匠とレガートさんが談笑を交わしている。
化け物の比率が高い夜の八時のスターバックス。
「まずは証拠一というか、私がそう思った理由一。まず羽衣の記憶喪失だ。幽霊になるにはお前らも知っている通り、強い後悔の念等が必要だ。何かを成し遂げられなかった悔しさ、屈辱、恨み、憤怒とかな。しかし今の羽衣にはそれが全くと言っていいほどに無い。そんな奴はそもそも論として幽霊なんかにはなれないんだよ。だから誰かの工作が必要だって訳だぜ。後悔の念ではなく、念の工作」
そして二つ目──と神定さん。
「これは記憶喪失繋がりの考えだが、羽衣が羽衣自身の日記を見れていないという部分だ。これには何かしらの作為、つまり工作したという空気感を感じた」
「いやちょっと待ってくださいよ──工作を感じたのは分かりましたが、そもそもどうやったか教えてもらっても……」
「ちょっと黙ってろよ。この二つの条件から分かることがあるだろう。まず羽衣を呼び出す、それには降霊術が使われているということと、そして羽衣が成仏しないようにする封印する術が使われているということ──そしてそれは恐らく悪魔的儀式の一種だろう。そして羽衣が死んでからすぐに死んだ人間が一人いるだろ?」
神定さんは
彼女の八重歯が見えている──まるで王は私だ、とでも言うかのように。
「あ、だから──だから! 神定さんは!」
「そーだからだ。だから私は空棺の仕業って言ってんだよ。流石に証拠があり過ぎだからな」
「じゃあまずやり方はともかく動悸は──?」
「そんなのお前、聞かなくたって分かるだろ。最愛なる娘なんだぞ? 言葉を濁さす言うと『貴方だけが私の生きる希望。私の元から離れないで』とかだろ」
「いやいやそれは無いと思いますよ。逆に考えてください、最愛の娘が困るって分かるじゃないですか──普通だったら」
「最愛の娘が死んだ時、普通な状態でいられると思うか? 正常でいられると思うか? 寂しくて、寂しくて、寂しくて寂しくて、寂しくて寂しくて寂しくて寂しくて寂しくて寂しくて堪らねぇ─だろ──普通だったらよ。だから空棺は願ってしまったんだろ悪魔にな。降霊術は独学だろうが、幽霊の封印とかその次元になったら、悪魔レベルの力が必要だ。そして悪魔に願うには魂が必要だ。しかし夫の魂を使う勇気が自分には無い──だから自分を犠牲にしたんだと思うぜ。最愛の娘もいたけど、その夫さんも最愛の夫だったということだろう。自分の命よりは優先出来たんだからな。とち狂った精神状態でもな」
「…………成程……そう言われると確かに納得出来ますね……」
「そして悪魔に願ったことは『自分と羽衣が永遠に一緒に居られる』だな。ほら椴松。お前言ってたじゃん『蝿が何故か直進で自分に飛んできた』ってな。あれはきっと空棺の仕業であり、悪魔の力みたいなもんだ。この家に人を近付けないという防衛本能であり、この封印を壊されないようにする願いの力」
「しかしあれ以降は基本的に何も無かったですよ? 一度切りってわけじゃないですよね? 流石に」
その時、結乃が何故か僕の肩をつんつんとつついてきた。
なんだ? と思いながら、そっちを見てみたら何故か結乃が嘲笑の笑みで僕を見ていた。
「あのさっきから聞いてて思ったのですが、椴松さん。馬鹿すぎませんか? 普通に考えてくださいよ。思い出してくださいよ。貴方が何故襲われなかったかを。その時の状況を。そして今日の絹衣さんを。そんなのどう考えたって塩竈さんのおかげって分かるじゃないですか。絹衣さんと塩竈さんの過去には何かあったのは確定的だと思いますよ。その過去が塩竈さんを守り、そのお零れで椴松さんも守られているんだと思います。だから塩竈さんと離れた時に襲われたんですよ──その隙をついてきたんでしょう」
絹衣と塩竈の関係──?
なんだそれは。
そんなのあったら塩竈だって動いているだろうし……あ、そういやそうだった。
アイツは人を助けないんだったな──人を自分の力では助けないで、人を動かして人を助けるんだった。
だから僕は、僕が協力させられたって訳か。
本当だったら……んん、いやそれにしても分かっていたなら、もっとそれらしい事を言うよな。
塩竈は。
アイツは答えは言わないが、それと分かるように言葉を言う奴だ。
正解ではなく、半正解を云う。
なのにアイツはそういう裏があるような台詞を今回は言ってはないじゃないか。
言葉の深さを感じられるようなことは──。
つまりアイツも普通に知らないだけなのか?
ただ単純に絹衣を助けたいという思いだけなのか?
まあもしかしたら途中で気付きているかもしれないが。
その可能性は高い──何故なら塩竈が「
じゃあ本当に偶然の再会なのか。
偶然の再会による偶然の産物──そしてそれに付着している物は僕か。
なんてことだ。
僕は完全に傍観者じゃないか。
どの主人子にもなれたことはないが、なんともこれは……。
「どうしたんですか? 椴松さん。もしかしてショック受けちゃいました? 『馬鹿すぎませんか?』っていう私の言葉に」
真剣に考えていたら、結乃がそう言ってきたため僕は結乃を睨み付けながら「うるせえ」と言う。
「そんな訳ないだろ。お前の『馬鹿』って言葉に嘆くようなことはもうないわ。今までどんだけお前に言われてきたと思ってるんだ?」
ふふっ──と結乃は少女らしく小さく笑う。
「それもそうでしたね。心配して損しました」
「いややっぱり多少傷付いたから謝ってくれ──心配してくれ」
「嫌です」
「だったら言うんじゃねぇよ!」
「おい本題に戻るぞ。つまりだな。羽衣を成仏させるためには、まずその空棺を倒す必要があるんだ。倒すというより悪魔祓い──悪魔殺しだ」
「簡単に言ってくれますけど、もしかして世界最強である神定さんが倒してくれるのですか?」
「ハッ、笑わせるな。そんな訳ねぇだろ。私はこの物語には無関係なんだよ。そんな私が羽衣の家に行ったとしても、空棺に逢えねえよ。塩竈という因果の粒とお前は羽衣の家に行ったから逢えただけだ」
「ってことはつまり…………まさか……」
「そうだよ。だからお前は一人で倒すしかないんだよ。しかも空棺は今現在幽霊でもあるが、悪魔にも己を取り憑かせているから、幽霊と悪魔のハーフになっているだろうから、とてつもなく強いかもな」
そんな神定さんの言葉と現実に絶望していた時、僕の肩をとんとんと叩いてきた人がいた。
まーた結乃か? と思いながら、そちらを振り向くとなんとそこには先程まで師匠と談笑を交わしていたレガートさんがいた。
「あの椴松さん」
「えっ……とはい、なんですか?」
「絶望中に申し訳ありません。絹衣 羽衣さんの死、そして絹衣 空棺さんの自殺──に関係するというか、その時周りで起きた事件で変なのがないか調べていたのですが……凄いものを見つけてしまいました」
「……なんですか? あの前にも話しましたが、絹衣と同い年の少女が自殺した事件は、今回の事件とは無関係ですよ……?」
「違いますよ。それではないです。それは絹衣さんが死ぬ少し前、貴方の学校の生徒に起きた事件です──人が死んだ訳では無いですが」
僕は思い出す。
とある暴力的な事件を。
「え、そんなの……あ、あれもそう言えば事件と言えば……違う。確かにあれは明確に事件の一つだったよな。僕の学校の生徒に起きた忌まわしき事件──」
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