第6話
価値観は血の涙を流すが、私はそれを無視しながら彼とキスをする。
森林の陰でこっそりと誰にも見つからないように何度もキスをした。
言葉は交わさない──ただ唇と唇を重ねる。
接吻、正にそれは自我の喪失と言えよう。
神様がボロアパートの一室で首吊って自殺をしたこの世界に、私達を止めるものなどあるのだろうか。
いやきっと存在しないだろう。
夏の暑さのせいで身体からは大量の汗が溢れ出てきて、それがなんとも鬱陶しいがそんなのも気にしない。
気にせず唾液と唾液を混じり合わせる。
脚が震えていることに気付いたのか、彼は私の腰に手を回してくれる。
彼の瞳と私の瞳が──重なり、私達は目を閉じる。
それから私は彼を抱き締めようとした──しかしそれはなんと空振りで終わった。
え、と私は呟きながら目を開く。
彼がいるはずの景色──だがしかし彼は私の目の前にいなくなっていた。
何故なんだ、と私は思いながら、下を見てみるとそこには一輪の花が咲いていた。
うああああああああ──と私は訳も分からず大声を出しながら泣いてしまった。
大粒の涙を地に流した。
彼が私を好きになってくれることを祈りながら、私は泣き尽くした。
次に
私は思う──あぁやっぱり夢だったんだなあ、と。
私みたいな、
そうだよね。諦めちゃ駄目だよね。
そうだよ、羽衣。
私は今日も頑張るんだ!
頑張ってあの人を振り向かせるんだ……そして振り向かせたら、キスをするんだ……って今更ながら恥ずかしい夢を見てしまった……。
どんだけ激しいキスをしているんだ。私はまだ中学二年生だぞっ。
こんな淫乱な女子ってバレたら大変だ、ドン引きされてしまう……。
いやそもそも私の存在に気付かれていないだろうしなあ……はあ、頑張ろ。
なんとかするぞ、今日こそ──私は。
そう思いながら私は学校の制服であるセーラー服を着て、学校に登校したのだった。
あ、そういえば明日から夏休みだった──へへ楽しみだなあ。
*
「絹衣 羽衣。三年前の七月三十日、つまり夏休みの前の日に運転手の不注意によって車に跳ねられ、救急車で病院に運ばれたが、その後病院で死亡しています。なので彼女は交通事故に遭って死亡したらというわけです──」
レガートさんは捜査資料を読みながら、簡略化したもの僕達に伝えてくれる。
何故レガートさんがそういう警察しか見ることの出来ない特殊な物を持っているかというと、彼は警察官だそうだ。
しかも聞いた話によると結構上の方のお偉いさん。
化け物でありながら、人類を守るための国家組織の一人とはたまげたもんだ……まあレガートさん以外にも警察官とかやってる人いるらしいけど……。
そして今回レガートさんは
僕や
「彼女が通っていた中学校は柳通り中学校です。ということは椴松さんが通っていた十瀬文中学校とは違うようですね」
「まあ、それはなんとなく知っていました──学校の生徒が死んだら、多少話題になりますが、僕は彼女のことを知りませんでしたからね」
今回の場合は仕方がないのかもしれないが、僕は本当に何も知らないのだな……いつも終わってからだ──知るのが。
そして知っていつも後悔する。
初恋の彼女の闇にも気付かずに、彼女が死んでいたことにも気付かずに……いやでもやっぱり今回は仕方ないよな……。
流石に全事件を知れって言うのは無茶だしな。
僕は神様でもないし、神に強さを定められた人間の神定さんでもない──自分を叱るのはいいのかもしれないが、自分を責めるのはやめようか……。
そんなのプラスにならない、マイナスになるだけだ。
良い方向には決してならない。
だったらプラスになるように動いた方がいいよな。
「そしてお願いなのですが、死んだ状況とかもう少し事細かに教えて貰ってもいいですか? 彼女の後悔を粗探しのように探さなければいけないので──」
「分かりました。じゃあまず先に死亡場所から言いますよ……下校中に十瀨文中学校の近くに大きな坂があるじゃないですか? そこです、絹衣さんの死亡場所は」
「え──十瀨文のですか? 十瀨文の坂って言ったら、あそこしかないですよね」
自分の家から中学校までの間には、つまり通学路には大きな坂があるのだ。
自転車通学の子はその坂では自転車に乗っては行けない等のルールがあるが、それはその坂で交通事故があったから──と聞いているが、それはもしかしたら絹衣のことなのかもしれないな。
いやしかし気になるのはその部分じゃないよな。
絹衣が通っていた柳通り中学校とも、絹衣の自宅とも遠い──だからわざわざ来るわけがないのだ。
そして絹衣が通っていた中学校はとも遠いのだから、こっちの方面に友達がいるという可能性は低い。
気になる部分はここだ。
しかも夏休み前の日、その日とかは普通だっら午前中授業のはずだ。
だからつまり絹衣は道などに迷っていたのかもしれない、ということになるな。
道に迷っていた、途方に暮れていた、しかしめげずにこちらに来ていたと──そういうわけか?
「そしたら絹衣にはどうしても僕の十瀨文中学校に来たかった理由があるということになりますよね」
僕の誰にも聞いたわけではないから、独り言のような問い。
しかし師匠はそれを見逃さずに会話を始める。
「そうだな、つまりそういうことだよ──絹衣に
はどうしてもやりたかったことがあるって言うことだ。わざわざ遠出してまで。大冒険のように怖かったろうな、まさしく」
それがやり残したことなのかもな──と師匠。
「しかしだとしても理由が分かりませんよね……何か手がかりがあればなんですが……」
「あれ、椴松。絹衣はどこから出てきたんだっけか?」
「え、なんですか、それは彼女の日記から──ってそれじゃないですか!!! 手がかりイズベストアンサー!」
僕は座布団に座っていたが、立ち上がり片手を上に突き上げた。
「まーそこに正解が書いてあるなんて限らないし、それにだな、椴松。絹衣は二年も前に幽霊として息を吹き返した──アンデッドなんだぜ。じゃあその間何をしていたんだろうな」
「え……何とは?」
師匠は笑う──嘲笑う。
重々しい声じゃなくて、重が二つの重重しい声で嗤う。
「そりゃあ自分の家の中から出れはしないとしても、自分の家の中ぐらいは探索出来るだろ? 実際お前達の目の前で飛び跳ねたり、AV見て興奮したりしてるんだからさ──そして自分が出てくる場所も日記ってのは分かっているはずだ。日記から出ているのに記憶がほぼ欠如している。だったら日記を読めば多少は取り戻せると思わねぇか?」
「ってことは絹衣は本当は記憶を取り戻している──? 嘘を付いてるだけってことに……」
「それだけじゃあねえだろ?」
神定さんは僕の発言を途中で遮り、言う。
「誰かが邪魔をしているって可能性も捨てちゃ駄目だろうが──なあ、椴松」
「誰かが……誰かって──」
「レガート。絹衣の両親はどうなってるんだ? 教えてくれよ、幽霊みたいに曖昧な物じゃなくて、明確な解をよォ! はははっ!」
「父親の方は生きていますが、母親はベットの上で首を自ら切って
神定さんはレガートさんの解を聞いて笑う。
大声で、高らかに笑う。
「はははっ! はははははーっ!!! あー! これだヨ! これ! 面白くなってきやがったゼ! 化け物や怪物、幽霊が絡んでいる事件はいっつも面白いんだ! 人間の殺人事件では味わえないこの感覚ッ!」
神定さんは笑いながら、彼女の左顔を覆っている鋭い柄の痛い痛しい刺青部分を強く掴む。
さあ椴松──と神定さん。
「終わらせようぜ、この物語をな!」
僕は──頷いた。
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