第5話
「幽霊がいるかどうかです?」
「ああ、そうだ。前に僕に聞いたよな。妖怪、幽霊、
「うーん、私はまあ──普通に信じていますよ。宇宙人も信用してますしね」
「その宇宙人と幽霊の信用レベルはなんなんだよ。全然関係ない両極端ぐらいの二つなのに」
「前にも私が言いましたけど、知識は暗闇を照らす明かりなんですよ──つまり私という化け物がいなかったら、椴松さんは化け物という物を信じてはいなかったですよね?」
「ああ確かにそうだな──それがどうしたんだ?」
「幽霊とか宇宙人とかそういう類の物って目の前に現れるまでは半信半疑ぐらいが丁度良い──ってことですよ。椴松さん。で何故そんな質問を?」
「…………いやなんでもないさ。夏だから幽霊特集を見ちまってな。気になったんだよ」
「ふぅん、成程です。ですが、もし目の前に困っている幽霊がいたとしたら、椴松さんは助けて──救ってそうですね」
「救えないさ。僕に出来ることは物語を曖昧にすることだけだよ」
僕はそこまで言ってから立ち上がり、結乃の家のテーブルの上から使用した食器をシンクまで持っていく。
因みに今日の夜ごはんは、夏野菜たっぷりなカレーだった。
何故今日、夏野菜たっぷりなカレーにしたかと言うと──結乃は野菜が好きじゃないので、野菜を全くと言っていいほどに食べていないのだ。
しかし全く野菜を食べないというのはあまりにも身体に悪過ぎる……。
だから野菜などの食材は手間暇かける必要があり、大変面倒臭いのだが、結乃の事を思って──愛情をたっぷりと込めて作ったのである。
健康第一だからな。
結乃は最初嫌そうな顔をしながらカレーに手をつけたが、今回は僕の自信作であり、意欲作なため、手が止められなくなっていたぜ。
バクバクと食べてくれる姿を見ると嬉しくなってしまう──幸せだ。
「どうしたんですか?」
幸せ気分に流されながら、シンクでmiwaの「kiss you」を鼻歌交じりに食器を洗っていたら、結乃が後ろ髪を一つ結びにし、Tシャツの上にエプロンを着て、手伝いに来てくれた。
今まで一回も手伝ってくれたことないのに、どうしたんだ……どういう風の吹き回しだよ。こいつ。
いや──どうしたんだよ、って聞いてきてるのはこっちなんだけども。
「いや結乃がカレーを完食してくれたのが、嬉しかったってだけだよ」
それもあるが塩竈と喧嘩……ではないが、多少の食い違いをしてしまっていて不安になっていたのだ。
だからそんな時にいつも通りの結乃を見て、幸せというより安心感を覚えていたのだ──居心地が良い、というのが正しいのかもな。
だけどこの事を言うには、絹衣の事を打ち明けなきゃいけないし、出来るなら打ち明けたくない。事件に巻き込みたくない──。
「もしかしてですけど、事件が起こったのですか?」
皿を布巾で拭きながら、そしてこっちを見ながらそう言ってきた。
え──と僕は
まさか見抜かれたのか……?
「まさか見抜かれたのか? という顔をしていますね。はあ──何か起きたのなら言ってくださいよ。椴松さんよりは役に立ちますから」
「なんで事件が起きて困っている、つまりメインキャラの一人である僕より目立つ気まんまんなんだ? お前は」
結乃はふふっと小さく少女らしく笑った──そしてこう言ってくる。
「なんせメインキャラが椴松さんですしね。余裕です──さあさっさと白状してくださいよ。私が皿洗い手伝ってあげてるんですから」
ああもう……全く結乃には適わないぜ。
「はあ……わっかりましたよ──結乃お嬢様」
*
「ふうん、成程。大体の事情は把握しました。だからご飯を食べていた時、幽霊を信じるとか信じないとか聞いてきたのですね」
僕は事細かに今日起きた出来事を結乃に説明した。
話し上手ではないし、分かりにくかった部分もあるだろうが、結乃は特に話を止めることなく聞いていたので、理解出来た──と思っても良いだろう。
皿洗いを終えた僕達はベッドに腰掛けながら、話していた。
結乃が人差し指と中指を立てて、ピースサインを作り、僕に見せてくる。
「そして椴松さんの話を聞いて分かったことが二点程あります」
「お、なんだよ。改まって言ってくれるんだから、だいぶ重要っぽいじゃないか」
「重要と言ったら、そうかもしれませんね」
なんとですね──と結乃はシリアスな顔をして僕に言ってくる。
「この件、私はあまり役に立てなさそうです」
「おい! それは駄目だろ! いや逆にそれだけは駄目だろ!」
「い、いや、
「もし本当に猫爲断片集が来てたら、今ここに来れていないだろうけどな」
「それもそうでしょうね──しかしもう一点あることをお忘れなくです。椴松さん、私は役に立ちませんが、私は二つアドバイスが出来ますよ」
「お! なんだよ、それ」
「それじゃあ教えますか。まず一つ目、それは椴松さん──貴方が決定的に見落としている部分があるということです。そして二つ目、それを解消するために、ある人に会いに行くべきということです」
「んん、誰だよ。ある人って」
「まあまあ。出会う方には私が事情を話しておくので、任せてください。私が後、この事件で役に立てるのはこれぐらいなので──椴松さんはただ話を聞きに行くだけで良いのです」
見落としている部分とそれを解消するために人に会うか──成程。
僕や塩竈ですら、まだ知らないことか。
現時点でまだ分かっていないこと……。
そしてその誰かと出会うことにより、その見落としが解消されると……。
「いやいやすげー役に立ってるぜ。申し訳なくなるぐらいにな。お願いしてもいいか?」
僕がそう言うと、結乃はふふっと小さく少女らしく笑った。
「いいですよ。その代わり明日も夜ご飯を作ってくださいね。あ、因みに会いに行くのは
え? 今から?
もう夜の八時を超えるという時間だ……別に明日でも良いってのに……。
そもそも今から行ったら、その人に迷惑だろう。
「……何故今からなんだ?」
「決定的に見落としている部分があるというのに、明日の夜に行ってたら、明日のお昼などを無駄にしてしまうじゃないですか? 勿体無いですよ──しかもどうせ
「え、その人って師匠のか……えぇ、行く気失せてきた……」
迷惑をかけることに対する罪悪感等は人を知った瞬間に一切無くなったが、その代わり行きたい欲も全身の毛穴という毛穴から抜けてしまった……。
しかしこれで行かないのもなんだしなあ……頼んだ物は頼んじゃったし……。
「はあ……行きたくないけど──行くしかないよな……」
*
「私だ」
「いや知っていますが」
十四度に冷房が設定されている異質な一室。
身長百七十センチ手前で痩せ型。
ソファーに深く腰掛け、背もたれに凭れかかる女性──赤いグラデーションのかかった髪に、三白眼。
低くくて重い特徴的な声──重々しいではなく、重が二つの重重しい声。
仕事着は、そして私服はスーツの
師匠は僕の言葉を聞くと、いや正確に言うと僕の顔を見てだろう。
笑ってきた。
嘲笑い、嘲笑──まあいつも通りのこの人だ。
「結乃から話は聞いたぜ、何かを私に聞きたいことがあるんだってな」
「……え……? いえ、それは……」
おいいぃ、結乃。
師匠に何を聞けばいいんだよ。
お前は師匠に「会いに行き、話を聞けばいい」なんて言っていたが、師匠はよく分かっていないっぽいぞ……。
あの時、僕は結乃の事を有能だと思ったが──僕が決定的に見落としている事を解消するために何を聞けばいいのかは教えてくれていないし、まさかアイツ無能か?
異能力は持っているが、無能なのか?
……僕は師匠が完全に理解してるって気持ちでここまで来てしまったが──は、まさか!
それぐらいの事は自分でどうにかしろという暗示なのだろうか?!
指示を明示せずに、指示を暗示していたのか!?
そうか、つまり──指示はしっかりと出してくれていたんだな!
有能じゃん!!
「はは、色々と考えてやがるな! 無駄だってのにな」
言葉通り色々と考えていた時、師匠が僕の思考を停止させてきた。
しかし──何故無駄なのだろうか。
「だって私は結乃からお前が何を困っているのか、何を話せばいいのかとか色々指示されているか。明示レベルでだ、しっかりとな──」
「え、じゃあ何故さっき『何かを私に聞きたいことがあるんだってな』って言ったんですか?」
「え? ああ、そりゃあお前が苦悩している姿を見て、楽しむ為だろうが」
こいつ!! クソが!
そして結乃! お前やっぱり有能だ! 愛してるぜ! 明日の夜ご飯はお前の大好物である唐揚げに決定だ!
「ふん──馬鹿が二人も集まりやがってよー私も呼ばずによォ」
そして師匠も今までその声の主がいた事に気付いていなかったのか動揺している──
「──
師匠はソファーから立ち上がって、神定さんに掴みかかりに行く。
僕は何も出来ず、ただそれを呆然と見つめる。
「さっきというよりは、最初からだぜ。椴松のゴミが部屋に入った時に一緒にな」
「椴松は知らないみてえだぞ!」
「そんなの知られないように入りゃあいい話じゃねぇか。そんなことで一々動揺してるから、
「──クソが!」
師匠は怒りを叫びながら、手を離す。
ダランとした身体を支えるかのようにソファーに再度凭れかかる。
「あの……えと……」
「入っていいぞ──レガート」
「はい、それでは失礼させていただくとしますよ。吸血鬼みたいに許可も頂けましたし」
細身で紳士的なタキシードを着ている泰然自若──そんな男が部屋の扉を開けて音を立てずに入ってきた。
細目。細身の体躯に、長い黒髪は良く似合う。外国人の様に高い鼻。
見た目は冷淡そうな彼ではあったが、口調は朗らかで、入ってきた時の笑顔は好印象を与えてくる。
「誰だよ……と思ったら、レガートか。久々だな」
「はい、お久しぶりですね。沈着冷静で、冷淡な男ですよ」
どうやら冷淡らしい──しかも沈着冷静とはな……まあ自分で言う部分に関しては色々言ってやりたいが、まあよしとしよう。
「は、初めまして。椴松です………椴松 竜二です」
僕は腰を低くして、挨拶をしに行く。
レガートさんは身長が百九十センチはあるからする意味なんてないのかもしれないが、こういうのは気持ちの問題ってやつだ。
大事なのは誠意を見せること。
「君は確か──あの忌まわしき高校の生徒だったかな?」
いきなりレガートさんは僕の両肩をグッと掴んでくる──細い四肢をしている部分からは想像出来ないぐらいの力で。
「待てよ、コイツとアイツは関係ねぇぞ」
コイツは人間だ──と師匠。
その言葉を聞いた途端にレガートさんは手の力を緩めて離してくれる。
爽やかな笑顔──なはずなのに、その笑顔は異様に不気味に感じられた。
裏を感じられるというか。
「そうでしたか。それはまあなんとも……良かったです」
「は、はあ……なんかすみません……」
誰だ──そのアイツって。
僕の学校に化け物がいるのか?
いやそりゃあ勿論結乃はいるが、結乃以外には思い付かない。
もしかしたら結乃のことなのか──レガートさんの恨んでいる相手とは。
「結乃じゃないから安心しやがれ」
神定さんが僕の真横にまで近付いてきて、僕の双眸を見つめながら、僕の心を追い詰めながらそう言った。
「あの勝手に人の心読まないでもらえますか……?」
「別にいーだろう? 私が世界最強でいる理由の一つなのに、活用しない方が駄目だろ」
「いやまーそりゃあそうかもしれませんが。というか本題に入りましょうよ。皆さん。僕は話を聞きに来たのです。ここに」
「そういえばそうだったな。忘れていたぜ」
彼女の金髪が揺れる、月明かりに照らされて輝く──彼女はいつも通り僕の瞳の奥に入ってくる。
読心してきているな。
「じゃあさっさと話を始めようか。この物語の終わりのために、そして彼女の成仏のためにもさ」
午後十時前──こうして僕らの話し合いが始まった。
鬼が出るか蛇が出るか──しかしどちらが出ても意味はあるだろう。
この物語は進むのだろう。
なんせここには世界一の探偵であり、世界一の郵便屋であり、人類最強の女──
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