第3話


 彼女は幽霊だ。

 腰まである白髪で、白色の花が散りばめられて描かれている青色のワンピースを着ている黄色の瞳の幽霊である。

 細い四肢に、小さい頭や唇に対して大きくて丸い目。

 

 ……これは紛れもない事実だよな?

 目の前に現れた非現実的現象を見て僕はそう思っていた。


「私は──成仏出来ない幽霊だよ」


 彼女の言葉通り──。

 幽霊である彼女は何故かずっと成仏出来ないらしい。

 そして彼女には記憶がほぼ無く、有るのは自分の名前と由来、人生を変えてしまうぐらいの出来事の記憶の欠片だけらしい。


 ──だそうだ。


 「らしい」……そうとしか言えない……なあ。


 因みに彼女が死んだのは三年前で、中学二年生の時に死んだらしい。

 三年前、中学二年生、それを聞いて僕は自殺をした初恋の彼女を思い出した。

 僕は彼女の記憶が有るとか無いとかの話より、その事が気になってしまい、死んだ彼女もどこかで生きていないかな──と夢を見てしまっていた(まあ幽霊だから生きているとは言えないのだけれども)。


 しかし塩竈の一言で状況は一転する。

 一転というより進展かもしれないが。

 だがそのせいで僕は夢現ゆめうつつではいられなくなる。


「じゃあ俺達が成仏出来る様に手伝ってやるよ」


 *


 彼女は跳んだ。

 彼女の胸は結乃よりはあるだろうけど、それでも決して包容力のある胸とは言い難く、椴松レーダー的にはBカップとCカップの境目ぐらいだろう。

 ぴょんぴょんと何度も跳んでいる。

 何故──彼女は何度も跳ねているかというとそれは「彼女のやりたいこと」をやるためだ。


 塩竈が手伝うと宣言した後にこう言ったのだ。


「幽霊って言うのはこの世に思い残しをした者である。だからそれの話や愚痴、それをなんとか解消させてやれば良いんだよ──そうすれば幽霊は成仏するものだ。和歌山県みたいに『幽霊船が出たら、ぶつかれば消える』なんて無理に決まってるからな。しかもそれは成仏ではなく、鎮魂でもなく、消去だから、あまりやりたくはないよな。無理に消すっていうのはやる側としても嫌だしさ。しかし記憶が無い以上、話を聞いてやっての成仏は出来ないだろうし、だから探そうぜ。果たしてやろうぜ。未練や後悔や、思い残しをさ」


 僕は塩竈の意見にほぼ賛成ではなかったが、幽霊である彼女と初恋の彼女が同い年で同じ年に死んだのだから、みすみす帰るってのも嫌で、塩竈の話に乗ることにした。


 こうして僕達の「彼女の成仏のためのやりたいこと」をやろう作戦は始まったのだ。


 そして今やっていることは「友達が家に遊び来る」というケースだ。


 彼女の家は言っては悪いが、立地が良くないというか、包み隠さずに言うと「遊びに来にくい」のだ。

 何故ならトンネルがあるからだ。

 それも普通のではない──曰く付きの刺引トンネルだ。

 だけどそのトンネルを通らないと遊びに来れないのだから最悪ってもんだ。


 だから僕と塩竈は彼女の友達ということになり、そして彼女は僕達という友達の訪問に喜び、飛び跳ねている最中である。

 彼女はまた跳ねる。

 だがこれに特に効果は感じられず、彼女がワンピースの下に履いている下着の色が白色だってことぐらいしか分からなかった。

 一つ目の「友達訪問作戦」終了。


 二つ目の作戦は「おうちでパーティ」。

 友達が来たことはあるけども、もしかしたらパーティーをしたかったんじゃないかという塩竈の意見だった。


 だがしかし──今現在、僕達には物が無い。

 パーティーが出来る物が無いため、僕達は一度帰宅し、物を取ったり、買ったりしてくるということになった。


 僕と塩竈は帰り道の途中で解散して、刺引トンネルの前出会うことにした。

 僕はお菓子とかそこら辺の担当だったから勿論気を利かせてお菓子だけじゃなく沢山の飲み物を持ってきたからリュックがパンパンになったのだが、塩竈は何故かそれ以上に大きいなサイズのリュックをパンパンにさせてきた。


「な、何が入ってるんだよ。そんなに」


「んー? これはなあ、ノートパソコンとモニターだ」


「あー成程、映画とか見るわけだな! 良いじゃん、パーティーっぽいし、彼女のやりたいことかもしれないしな!」


「まーそんな感じよ、気にするな」


「?」


 何を気にするな、と言うのだろうか。

 逆に何を気にして欲しくないのだろうか──。

 まあ塩竈がわざわざそう言ってるんだし、気にしてやらないのが男同士の優しさってもんか。

 男同士で同志。

 そんな事を考えていると塩竈が前に勝手に進み始めたので、僕もそれに遅れない様に足を動かし始める。


 *


 因みにパーティーの一部として観た映画はライト/オフだった。

 電気を消したら、現れる幽霊。

 そいつとの死闘というか、まあそいつからなんとか生き延びる系の話だ。

 幽霊とお菓子やジュースを飲み食いしながら、幽霊の映画を観るというのはなんとも変な感じだったが、まあ楽しかった。

 普通に。


 しかしそれで彼女が成仏するだとかそんなことはなかった。

 だがしかし発見があったことは確かだ。

 それは彼女が飲み食いという行動が出来るということだ。


 彼女に話を聞くと、彼女はお腹は空かないが、食べたら美味しいと感じることは出来るし、喉は乾かないが、飲み物を飲めば喉を潤したと感じることが出来るそうだ。


 それはなんとも便利ではないか、と思ってもしまったが、そもそもそのためには死ぬという行動が必要であるため、死んでしまう必要があるため、あまり良いと感じるのは失礼だと思った。


 映画を観終わり、ジュースを飲んで一息ついてから塩竈が絹衣に問う。


「どうだった? 羽衣、面白かったか?」


「うん、面白かったよ。へへ、ごめんね、私のためにノートパソコンとかモニターとか持ってきてくれて……こんなに暑いのに……」


「いやいや気にするなよ。こういう時は助け合いだって言うだろ、絹衣」


「んまあ、そうなのかもね。一日一善良いことをしていくと天国に行けるって言うしね」


 僕のフォローに絹衣はそう言うが、そもそも天国にも地獄にも行けてない奴が言うと物凄い説得力がないな──と失笑してしまいそうになったが、それもあまりにも失礼なのでなんとか耐えた。

 彼女はニコッと笑いながら言葉を続ける。


「でも、そもそも虫とか動物を殺さないで、嘘を付かないで生きていくなんて無理だから天国に行ける人なんていないけどね! だから私も地獄行き! 決定!」


「今から成仏させてやるって言ってる人達の目の前でそういうこと言うんじゃねぇよ!」


 ついツッコミを入れてしまった。

 しかし幽霊にツッコミを入れる機会なんてそうそうないって事で胸に閉まっておくことにした。


「え? ってことは絹衣は成仏したくないって訳か? もうこのまま幽霊のままで──」


 僕がそう問おうとすると彼女は「へへ」と笑ってきて、僕の言葉を遮ってくる。


「そうは思わないかも。だってダラダラとこのまま幽霊で生き続けようとしても無理だからね。知ってるかな──幽霊ってのにも寿命はあるんだよ」


「え? そうなのか?」


「うん、四百年ぐらいらしいね。七生祟るとか言うよね──そりゃあ今の時代はもう寿命が伸びたから違うと思うけど、昔はもっと短かったでしょ? だから五十歳の人が七人で三百五十だから四百年ぐらいってこと。しかもそれだけじゃなくて、輪廻転生も周期とかあるって聞くし……」


「そういうのよく聞くよな。てかそれ言ったらもうそろそろ武者達消えるよな。幽霊の寿命が終わったら、それは成仏じゃなく消滅だろうな。きっとで、もしもの話にはなっちまうけどさ」


「へえ、ぼ、僕はあんまり知らなかったから、初耳だぜ……」


「というか思いがいつまでも残る人なんているわけないって言えちゃうしね。遺した後悔、怒りから来る復讐心、懺悔、そんなの永遠に遺るわけない──つまり寿命という物が無かったとしても、幽霊なんて薄っぺらい物は消えてしまうんだよ。悪魔とか天使は勿論消えないだろうけど」


 しかもね──と俯く絹衣。


「私はこのまま四百年ずっと幽霊のままなんて嫌だよ──我儘になっちゃうし、迷惑になっちゃうのも承知なんだけど、私は助けて欲しいって思ってるよ。……というか今話しちゃうんだけど、私、三年間ずっと意識はあったけど、私が見えた人って貴方達以外存在していないの。私の両親ですら、私が出てくる時の眩い光すら見えなかったの……だから頼れるのは貴方達二人しかいないんだ……」


 嘆きの言葉をつらつらと連ねていく絹衣に塩竈はスっと手を差し伸べて──笑った。

 いつもと同じ笑顔で塩竈は言う。


「んなこと言われちゃあ助けてやるしかないじゃん。なあ竜二」


 僕も小さくだけど笑ってみせた。

 彼女になんて言う言葉を言うのが正解なのか──塩竈とは違って分からないけども。


「──おう! 任せろよ、絹衣。僕はお前以上に曖昧な存在かもしれないが、それでもお前の踏み台ぐらいにはなってやれるよ。僕に手伝わせてくれ」


 傲慢にはならないように言葉を選んだ──薄っぺらい希望ぐらいにはなってあげれるような言葉を選んだ。

 「へへ」と彼女はまた笑う。


「ありがとう……!」

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