第2話
真夏の日差しは眩しい。
僕はそんな眩しい日差しを防ぐように手を目元に持って行き、手で日傘を──つまり日陰を作った。
そうすると夏の太陽の眩しさはだいぶ落ち着き、作る前より遠くがハッキリと見えるようになる。
しかし遠くを見て、見えた物は夏の青い空だけだった。
これから僕達を待ち受けるものが、輝かしい未来なのか、それとも一寸先も見えない暗闇なのか、それは分からなかった──見えなかった。
だから知る由もなかった。
いつもならそれに怖がるはずだった。
だけど今日はそんなことは考えなかった。
それが何故なのかは僕には分からない。
「どうしたんだ?
「そうか? 僕は別に──」
いや、本当はそうなのかもな。
僕は今現在、テンションが高まり、感情が
純粋にこれから始まる夏のイベントに心を踊らせているのかもしれない。
「そうなのかもな」
だから未来のことを一ミリも考えなかったのかもしれない──。
大丈夫だと勝手に確信し、それ故にこの様な愚かしい傲慢さを僕は見せているのだ。
僕達はこれから僕や
しかしそれは未来と同様に知る由もないのだった。
だから僕達はこんなにも足取り軽く──
「行こうか、竜二」
「おう」
*
刺引トンネル。
塩竈の話によればそれは曰く付きのトンネルである。
工事中の不慮の事故。
死んだ作業員の男。
どんな未練や生き様をその男は残して、遺して死んだのだろうか。
そんなの僕には到底計り知れなかった。
しかしそれは嫌に冷たい刺引トンネルに足を踏み入れ、緊張しながら十歩ぐらい歩いた時に──いやすまない。
ここまで言っておいてなんだが、本当は特段何も無かった。
トンネルの中には不良達がスプレーで描いたのであろう妙に上手い落書きぐらいしかなかった。
ここら辺の人はこれをしっかりと学んでプロのイラストレーターにでもなった方が良いだろう。
まあそんなの僕が知ったことではないけど。
四十歩も満たないぐらいで終わってしまったトンネルから出たら、また再登場をしてきた夏の日差し──はあ……もうコイツが幽霊より、そして刺引トンネルの存在より厄介なのは至極簡単な解だろう。
周知の事実。
既知の事実。
僕はそれを見ないふりするために、また手で日傘を作って日差しを塞ぐ。
はぁ、とまた溜息。
しかし、こんな場所で立ち往生みたいなことをしていてもなんだし、僕は「何も無かったし、もう帰ろうか」と塩竈に言おうとした。
その時、突然強い風が僕達の身体を通過していった──そしてそんな風に連れられてきたのかは分からないが、大量の緑色の葉っぱが僕達に向かって飛んできた。
「うわっ!」
僕と塩竈は日差しよりその葉っぱを優先し、手で払い、葉っぱが顔にかからないようにする。
その結果、無事に葉っぱが目には入ることはなく、僕達の周りに舞い散る。
そして日差しを塞いでいた手が目元から無くなったため、僕の視線は何にも囲われてないことになる──それ故にとある物が僕の
勿論未来ではない。
ましてや現実でもない。
しかも青空でもなかった。
それは白い家だった。
見えたのはボロボロで、周りの植物から
白いって言ってもペンキなどで塗ったのだろう──ペンキはあちこちと剥げている。
普通だったら汚い家で終わりだ。
しかし僕は何故かこのオンボロな家に魅せられていた──目が離せない感覚。
目が釘でも打ち付けられた様に動かせない。
魅力的でもないのに……オンボロで壊れかけなのに……妙に強く見える家。
「なんだ、この家……」
知らぬ間に発していた言葉に、反応してくる奴がいた。
それは塩竈だ──こいつはいつも僕の言葉を無視してくれない。
そう思いつつ、僕はそんなこいつの事が好きだなどと思いつつ、塩竈の言葉に耳を傾ける。
「あれ? 俺、言ってなかったっけ? 刺引トンネルの奥には廃墟があるんだよ。ま、見た目はやばいけど、なんてことない見た目だけの廃墟なんだけどな」
ほーん。
しっかしまあやばい所だな。
塩竈の大好きなホラー映画である死霊館の舞台よりやばそうだ。
雰囲気というか、家が息をしているような気がする……呼吸をしているというか……。
有り体に言うと、生きている様に感じる。
「なんで言ってくれなかったんだよ」
「え、いや、だから純粋に忘れてたんだってば。仕方ないだろ」
悪びれねぇな──塩竈はニヘラと笑ってきやがる。
まあこーいう奴って知ってるし、こーいう所もなんだかんだ好きなんだけどな。
軽く考えられるこいつが。
うわ……なんていうかさっきから塩竈のことを好き好き言い過ぎな気がしてきた。
やめよう。
いや親友として大好きなんだけどな──でもそれを言ったら、僕は赤倉や望々のことだって好きだし!
塩竈だけじゃないし!
結乃のことなんて愛してるし(週五回は家に行っていると思う)!
はあ、もういいや。
無駄な思考は停止しよう。
思考停止をしよう。
愚行停止──の方が合ってるな。
「どうするんだ? これ。まあ勿論帰るよな?」
「は? 行くに決まってんだろうが」
僕の問い。
それこそ世界で一番無駄な問い。
僕は様々なものを諦めて、意味もなく塩竈より先に足を動かした。
*
廃墟の扉を開ける。
ギィーィィと気味の悪い音がする。
今日二度目の不気味さを感じて顔を
しかしそれにしても嫌な空気だ。
誰にも触れられていないからなのか、空気が
引き裂かれているソファーと液晶が割られているテレビが置いてあるリビング。
とにかく僕達は探索を開始した。
僕は台所に行き、塩竈は隣の部屋に向かった。
台所を見ると基本的な調理器具や道具は残っていた。
シンクにまだ洗っていない皿等が残っており、
戸棚には何が入っているのだろうか、と戸を開けてみたが、割れた皿などしか入っていなかった。
まあ割れた皿があること自体、おかしいのだけれども。
戸棚から目を離し、横を見てみるとそこには冷蔵庫があった。
中に何かあるのか? とほぼ無心で開けてみる。
「うわぁぁぁ!!」
──それ正に
ブゥゥゥゥンと何十匹もの蝿がベルリンの壁崩壊の時みたく一気に外に出てくる。
僕はあまりの衝撃にたじろぎ──尻餅を付いてしまう。
とりあえず蝿まみれになるのは嫌だったから、尻餅を付きながらも後ろに下がる。
だがしかし──蝿は何故か僕に向かってというより僕に直線で飛んでくる。
「おい、どうしたんだ!?」
その時、僕の死に際にも勝る叫び声が聞こえてきたのか、塩竈がこっちにすっ飛んできた。
塩竈の大声に蝿達は驚いたのか、四方八方に広がり、何処かに向かって飛んで行った。
「おい大丈夫かよ、竜二」
「ん、あ。大丈夫だ。いや、えと──大丈夫じゃない……」
「何があったんだよ……」
「蝿が……蝿がやばい。蝿がやばかったの」
蝿? ──と塩竈は口から零したが、開かれて悪臭を放っている冷蔵庫に気付き、僕の言葉に納得した。
とりあえず塩竈は冷蔵庫を閉じてから、僕に手を伸ばしてくる。
僕は縄に掴まる様にその手を取り、なんとか立ち上がる。
「ありがとう塩竈……お前がいなきゃ、蝿はあのまま直線で僕に飛んできて、僕は蝿に食われて死んでいたのかもしれない……」
「ま、ドンマイだ。気にすんな! んーしっかし、なんで蝿共は竜二に向かって飛んで行ったんだ?」
もしかして臭いのか? ──と塩竈は僕の手首を思いっ切り掴んで、自分自身の近くにまで僕を引っ張る。
そして僕の首元の匂いを嗅いでくる。
因みに身長は塩竈の方が上なので、塩竈は少しだけ前のめりになって嗅いでくる。
「良かったな! 臭くないぞ!」
「ああそれは良かったけども……じゃあ理由は──なんなんだ?」
「分からねぇけど、災難って言葉で片付けていいんじゃないか? たまたま飛んできたってこともあるだろう?」
「……ま、そうだな。それも普通に考えられる選択肢……だよな」
「おう、でもこれからはなんかあったら怖いから一緒に探索しようぜ」
「そうしてくれると助かる」
*
それからは特段何も無かった。
お風呂場は浴槽が粉々に砕かれているだけで、それ以外取り上げることはないし、物置部屋の様な部屋にはタンスがぐちゃぐちゃに散乱しているだけだった。
因みに洋式トイレもあったが、また蝿が集っていたので、遠くから見ただけで逃げることにした。
リビング、台所、塩竈が見た和式の部屋(探索中に和式の部屋だと聞いた)、お風呂場、物置部屋(多分)、トイレ──台所以外特に問題無かった。
廃虚は二階建てなので、僕達は探索するために二階へ向かう。
部屋の数は二つ、そしてまた洋式トイレがある(もう探索しなくていいだろう)。
部屋一つ目は、夫婦の寝室だろうか。
大きめのダブルベッドに、小さなソファー、テレビ、タンス。
どれも破壊されていたり、ボロボロになっていたが、一番の注目すべき点は大きめのダブルベッドだった。
何故かと言うとそのダブルベッドはナイフで切り裂かれたような跡があり、シーツ等には血が染みていたからだ。
滲んでいた──という言葉の方がお似合いかもしれない。
血が滲んでいるベッド。
もうここまで来たら、破壊されているぐらいでは驚くことはなくなったが、それにしたって血はまた別格ってもんだ。
何種類もの残酷な想像が頭の中を駆け巡る。
これ正に別格。
正しくこれが別物。
悪寒ではない、悪寒戦慄だ。
ガクガクと震えてしまう。
「お、おい、ここはもう放っておこうぜ。ただ住んでいた人の生理が酷すぎてこうなっただけかもしれないし」
「あ、ああ、そうだな。確かに。僕もそう思う。ちょっとこれは生理が重いな……はは、笑えねぇけどもよ」
そう言って僕達はその寝室の扉を閉じた。
そして最後に残されている部屋に向かう。
逃げるように向かい、扉を開けた。
そこは子供部屋だった。
子供と言ってもそこまで幼くはない。
置いてある家具から見ると中学生ぐらいだろう。
今は汚れてしまっているが、元は可愛かったと想定出来るピンク色のベッドやカーペット。
大層大きめなタンス。
脚が折られている勉強机から散らばったのであろうシャープペンシルやノート。
僕はノートを拾ってみる。
ノートの文字はとても綺麗で丸文字だ──そして勉強の内容から察するに中学生二年生ぐらいの女の子であろう。
しかし、中学生二年生ぐらいの女の子がいるのに、家族は家をほったらかしてどこに行ったのだろうか。
夜逃げか?
いやその可能性は低いな。
壊されたり、ボロボロになったりしているだけで、元のこの家はとてもお金がある家──と予想出来るからな。
だからその可能性はあまり高くないと思う。
まあ人生何があるのか分からないから、なんとも言えんが。
「女の子だな、中学生二年生ぐらいの」
塩竈にそのことを言うと喜々とした表情で
「女の子だ! やったー!!」
と言ってきた。
もうここにはいない、そしてボロボロの女の子の部屋だけど良いのだろうか? と僕は思った。
まあ良いのだろう。
なんせこいつは塩竈だ。
何事も軽く考えてしまう癖のある塩竈
彼にとっているかいないかなんて小さな事だろう。
ミジンコより小さいだろう。
「じゃあじゃあこのおっきな〜タンスの〜中には〜下着が〜!」
「ビブラートを効かせて変態的なことを歌うな!」
「いいじゃんか〜!」
ルンルンでタンスの前に立つ塩竈。
僕も塩竈を止めるという義務のためにタンスの前に立つ。
「さあ〜それではオ〜プンッ!」
バンッと勢い良く扉を開けた──その時、タンスの上から何かが降ってきた。
タンスの扉を開けた衝撃のせいだろう。
そしてそれは塩竈がキャッチした。
長方形で、少しだけ分厚いそれは一冊の本だった。
本であり日記だった。
僕と塩竈は目線を合わせ、二秒間の沈黙を置いた後、ニヤッと笑った。
そこでタンスの中身への興味は失せた。
そして他人の日記を盗み読むという経験を僕達はしたことがなかった──なので申し訳ないが、この出来事は心を踊らせるものがあった。
心が踊ってしまった。
良いことではないが。
だから僕達は迷うことすら無く、その日記を開けた。
しかし表紙を指で挟んで、中身を読むために開けた時、視界が真っ白になる程の眩い光がその本から放たれる──それは部屋中を光で埋めるぐらいの強い光。
強烈な光のせいで僕達の視界はシャットダウンされる。
そして目の視力が戻った所で、僕達は気付いた──目の前に見知らぬ一人の女の子がいることに。
「私はここの家に済んでる幽霊だよ……へへ。そしてそんな私の名前は
僕は痛感した。
正しくこの瞬間に。
僕達の未来は真っ暗な暗闇だと──浅はかな後悔は決して意味を成さず、そしてそれ以上に僕達は愚かだということを痛感した。
そして僕達の冒険譚にすらならない人生譚が始まってしまったことを感じた。
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