夢であって欲しかった
ありあす
第1話
気が付いた時、俺は女の横にいた。
夜の公園、ベンチに俺達は座っている。
「あの、貴女は誰ですか?」
「変な冗談を言うものだわ。私は貴女の恋人でしょう? 恋人の由芽よ」
恋人なんかいたっけな、と俺は頭をかく。
女はとても美人だった。
彼女が恋人だというならそれでいいじゃないか。不思議とそんな気分になった。
「今日は一緒にデートをして回ったのよ。そしたら貴方が疲れたというからここで休んでいたの。思い出した?」
「そうだったかな……?」
言われてみればそんな気もしてくる。
彼女がそう言うならそうなんだろうか。
「まだボヤッとしてるの? ほら名前を聞かせてみなさいな。気が確かになってくるはずよ」
「俺の名前……俺の名前は××だった……と思う」
「全く、シャキッとしないわね! 次は年齢と血液型言ってみなさい」
なぜそうも聞いてくるのだろうか。
不思議に思いながらも頭がはっきりしないのは確かだ。
少し唸った後に再び質問に答える。
「×歳の×型だ。少し頭がはっきりしてきたよ」
「あらそう? なら良かったわ」
頭がはっきりしてきて思い出した。
「なあ、俺ってやっぱり恋人なんていないよ……」
「ごめんなさい、嘘をついたわ。元恋人だった私よ? 顔を忘れちゃった?」
「いやそれはおかしい。だって俺には恋人が出来たことがないんだよ」
そう言った時、突然目の前が真っ暗になった。
──
目を覚ますと俺はベッドにいた。
「うう……ここは家のベッド……さっきまでのは夢だったのか」
恋人がいる夢なんて寂しい夢を見たものだ。
俺は少し悲しくなった。
ベッドに座り、立ち上がろうとした時、ドアが突然開かれる。
「お兄ちゃん起きろー! ってちゃんと起きてるね!」
「えっと……?」
誰だろう、と俺は首を傾げる。
こんなお兄ちゃんと呼んでくれる美少女な妹がいただろうか。
「私だよ! ソーニャ! もうお兄ちゃんってば冗談ばかり言ってー!」
「あーいたな妹。そうかいたな」
「もうひっどーい!」
思い出した。確かに俺には妹がいたのだ。
「それで起こしに来てどうしたんだ?」
「お兄ちゃんってばもう! 今日はお友達と待ち合わせしてるんでしょ? やっぱり忘れてる!」
「……あー、そういえばそうだったかな」
待ち合わせ……していた気がする。
確か××と待ち合わせをしていたんだ。
「どこで誰と待ち合わせしてたんだっけ? ちゃんと覚えてる?」
「あ、ああ。××と──」
なぜか口が強張る。
どうしてか分からないが言ってはいけない気がした。
「思い出せないの? ちゃんとしてよねもう!」
言えない理由に心当たりもない。
それに妹も立腹そうだし言ってもいいだろう。
「思い出したよ、××で待ち合わせしてるんだった」
「××での待ち合わせでちゃんと合ってるのね?」
「間違いないよ、××で待ち合わせしているとも」
妹はそれを聞き、満足そうにしている。
俺がちゃんと覚えていて安心したのだろう。
「お兄ちゃんだーいすき!」
急にハグしてくる妹。
なんてかわいい妹なのだろう、そう思った時急に頭痛がした。
『糞兄貴! さっさと死んじまえ!』
誰かの声が頭の中で響く。
そうだ……思い出した。
「お前は誰なんだ……」
「何言ってるのお兄ちゃん?」
「俺の妹はお前みたいにかわいくは……なかった」
俺の妹はデブだった。
口も酷く、いつも俺に罵詈雑言を浴びせてくる。暴力も振るう。そんな酷い妹しかいなかった筈だ。
「お前みたいにかわいい妹が良かった……」
呟いた時、俺は意識を失った。
──
再び俺は目が覚める。
「ここは……どこだ……」
辺りは薄暗く、一つの電球が天井から垂れて照らしていた。
俺は椅子に座り、両腕は肘掛けの上にある。
とりあえず立ち上がろうとした、が。
「なんだこれは……!?」
腹部、腕、脚がそれぞれベルトで椅子に固定されていた。
状況がまるで理解できない。
俺は混乱した、ひたすらに暴れるもまるで意味はない。
なんならベルトに抵抗したせいで身体のあちこちが痛くなった。
「おや、目覚めてしまいましたか」
女の声がした。
暗くてよく見えていなかったが、数m先に声の発信源と思われる女の姿を発見する。
「おい、これは一体なんだ! なんで俺は捕まっている!」
「貴方達が組織に手を出してしまったのがいけないの。周りを見てみなさい」
「組織? それは一体……」
周りを見ると、周辺の地面底には十人ほどが倒れているのが分かった。
倒れた人達の顔は見た事がある気がする。
「うう……こいつらは……」
「貴方の仲間達よ。貴方は××という名前だったわね。つまり副リーダーという事になるわ」
「なぜ俺の名前を……? 俺が副リーダー……?」
「名前はさっき貴方が教えてくれたじゃない」
俺が教えた……?
『恋人の由芽よ』
『ほら名前を聞かせてみなさいな』
急に夢の中での出来事を思い出す。
まさか……あれは。
「私は貴方の恋人でしょう? お兄ちゃんだーいすき!」
「お前は……!」
夢の中で聞いた声と同じだった。
コロコロと変わる声には恐怖さえ覚える。
つまりあれは夢だけど現実。
あまりの衝撃にか、記憶がはっきりとしてくる。
「そうか俺は……組織を潰さなければ……あの悪魔のような組織は……」
「残念だけれどもう無理よ。リーダーの場所も貴方は話してしまった。もう終わり」
「は……」
そうだ。俺は夢の中で合流予定の場所を話してしまった。
俺が捕まってしまった事で行けなかった、俺だけが知る合流場所を。
「お礼を言わせてもらうわ。とても厄介だったもの貴方達」
「はは……は……」
女が拳銃を俺に向けている。
もう用は済んだという事なのだろう。
俺はただ願った。
「どうかこれも夢であってくれ」
夢であって欲しかった ありあす @ariren
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